コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て② 本を一冊だしただけの人
このnoteは、90年代後半に小説新人賞を受賞しておきながら、負けつづけたオッサンの回顧録になります。本を一冊だけだした人が、三十年近く抱えてきた本音を吐露します。
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このシリーズのタイトルは”少女小説家のなれの果て”と記しています。
けれども僕は、正確にいうならば小説家ではなく「少女小説を一冊だしただけの人」ということになります。
だから、このNOTEのタイトルに『コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て』とつけていいのか、実はそこそこ悩んだのです。
結局、わかりやすさやインパクトを重視して、少女小説家という名称を使わせていただくことにしたのですが。
『少女小説事典』という本にも、なぜか川村蘭世は記載されていたりする(他に記すべき人はいると思ったりします(^^;)ので……
この記事内でだけ「少女小説家だった」というポジションで語ることを、赦していただければと思います。
● 小説家と名乗ったことはないけれども
僕はプライベートで、小説家や少女小説家と名乗ったことは一度もありません。
(1996年~2026年現在まで)
これには、かつて小説を習っていたT原先生に「家とつく職業は、その仕事で家一軒建ててから名乗れ」と教わったからというのがあります。
よりカジュアルに「いいか、川村。おまえが小説家と名乗ったところで、誰も信じない。バカにされるだけだ。どうしてもいわなくてはならないときは、物書きの真似事みたいなのをしてます……とでも言っておけ」と、助言をくれたこともありました。
それは、本当にT原先生の言うとおりだったという実感を持っています。
フーゾクライターをしていた頃の先輩に「若い頃に、小説一冊だしたことあるんですよ」と語ったところ「はあ? 君が?」と訝しまれたことがありましたし。
とち狂ったホラ吹き野郎と思われてしまったようです。
一応、文筆業の界隈で「書く人として認識されている」関係性でおいても、信じてもらえなかったというのは……哀しいですね。
スマッシュヒットの3本くらい出さない限り(郊外の建売住宅なら、買えるか)小説家と名乗らないのが賢明なのだと思います。

● 不本意ながら「小説をだした」と語らねばならない時もある
生きていると、どうしても「小説を書いて、金銭を得ていた時期があった」と説明しなくてはならないときもあったりします。
たとえば就職活動の面接などです。
二年ほど前のことですが、面接官に職歴などを説明する中で「集英社のコバルトノベル大賞で佳作を受賞しまして、本を一冊だしたことがあります」と語りました。
すると「漫画で賞を獲られたんですか?」と返されました。
「いえ、今でいうライトノベルみたいな感じの小説なんです。漫画みたいな表紙ですが、中身は文章なんです。ノベルっていうのは小説という意味なので、漫画ではなくて小説なんです」と答えました。
けれども納得してくれない雰囲気で、再び面接官は「それは、漫画で賞を獲ったということですか?」と聞き返してきたのです。
こちらも再度「ノベルなので、小説なんです。ただ、コバルトというのは、少女小説という特殊なジャンルでして……宮部みゆきさんとか京極夏彦さんが書いているような一般文芸とは、違うんですけど……」と告げました。
今度こそわかってくれると信じて語ったのですが「その少女小説というのは、漫画なんですか?」とまたまた聞かれてしまうのでした。
その会社では結局雇ってもらえたのですが、この面接でしたのと似たような会話を、その方と二回しています。
よほど、コバルト文庫を小説と認めたくなかったのかもしれません。
僕の履歴書には中卒と記されているし、喋り方も軽薄で、本を読むような人間には見えませんから。
僕のようなアホ面したオッサンが「小説を書いて、本を出している」ということがどうしても受けいれられなかったのかもしれません。
そういう人というのは、そこそこの数いるようで……これに近い感じのことを、仲のいい友人や、つきあっている女性にも言われたことがあります。
● バイト先の先輩と語った中に、僕の真実があった。
二十代前半に、建築現場でバイトをしてたときがありました。
その中で、お世話になっている先輩と「読書や、本をだす人」について語ったことがありました。
先輩「川村はさぁー、いつも本ばっか読んでっけど、それって意味あるの?」
僕「まあ、そこそこ楽しいんで。意味とかはないですけど、本は図書館ならただで借りれるし、安上がりな趣味なんですよ」
先輩「はぁ? 本って趣味なの? 情報を受けとってるだけだろ。履歴書の趣味の欄に、読書とか音楽鑑賞って書く奴って、恥ずかしくないのかなあ。無趣味の代表だろ」
僕「じゃあ、どういうのが趣味なんですかね」
先輩「サーフィンとか、フットサルとかさあ。やる系じゃねぇの」
僕「なるほど……僕、わりと文章書くの好きで、ときどき小説とか書いたりするんですけど……」
先輩「川村、それ黙っとけよ、暗いオタクだと思われるぞ。あとよ、男は家族のために体張って、みんな生きてんだ。意味のねえことやってると、皆から相手にされなくなるぞ」
僕「……そういうもんなんスかねえ。でも、うっかり本とかになったら、お金も入るし、自分の知らない人と価値観を共有できるわけだし、楽しいかなあ……って思うんですけど」
先輩「ねぇよ。ない、絶対。オレもイロイロ人見てきたから、なんかやるヤツはわかる。おまえのは、現実見たくないやつの逃げでしかない。ちゃんと目の前のことに向き合えよ」
僕は心中で「でも、過去に一冊本だしてるんだけどなあ~」と思ってましたが、いいませんでした。
先輩のいっていることにも、理があると思ったからです。
僕の実人生が豊かで楽しかったら、本なんか読んでなかったでしょう。
ましてや、書くこともなかったでしょう。
本気で文学やっている人に比べると、僕は気合も努力も全然低いです。
また、20年前くらいまでは、いい年こいた大人(二十代半ばあたりから)が、個人的な趣味を楽しんでいると叩かれるという傾向は、強かったように思います。
(今は結婚せずに趣味に興じる人も多いので、夢追い人系ダメ人間に優しい社会になった気がしてます)
先輩の名誉のために記しておきますが、一般論としては正しかったし、人柄は悪くない方です。
トークもうまいし、ノリもいいし、色々親切に世話をやいてくれる人でした。
そもそも愛想の悪い僕に話しかけてくれるだけ、いい人なのです。
だから、僕も当時、胸襟を開いて話したのでしょう。
先輩に看破された通り、僕は逃げつづけてました。
コバルトをやめて以降、僕は一本の小説もしあげてませんでした。
漫画も描いてませんでした。
でも、働くのも嫌で、たまにバイトをやる感じで生きてました。
国民年金も健康保険も払ってませんでした。免除申請もしてませんでした。
当時の彼女にも愛想をつかされ、オッサンに寝取られました。
このあと、僕はさらにダメになってゆきますね。
30代はバイトすらしなくなり、治験とヤフオクだけで、四十半ばまで生きることになるのです。
離婚も二回したし、中学時代からの友人や、若い頃からの創作仲間とも喧嘩別れしました。
そもそも僕にとって、創作行為は”現実逃避”だったのだと思います。
だから、創作行為という”逃げ場所”が、小説家デビューという形で”現実”と繋がってしまったから、忌避感をコバルト文庫に対して覚えたのかもしれません。
だからコバルトからも逃げた。
逃げ癖のついたまま、どんどん堕ちてゆくことになった。
● 逃げるたびに、自己肯定感はさがる。そして自分を信じられなくなる。書けなくなる。文章ソフトを立ちあげるのも怖くなる。
僕のコバルトノベル大賞佳作はマグレや奇蹟のたぐいであり、再現性のないものです。
もう一度、小説を書いたところで、賞は獲れないという自覚はありました。
ときどき書きたいことはでてきたりしてました。
けれども、それは現実社会になじめてないところからくるフラストレーションを吐きだしているだけ。
単なる思いつきレベルのものを、メモするだけ。
スーパーに買い物にゆくときにするメモの方が、まだ内容がある。
物語として構成する力(筆力、気力すべて)は喪われてしまったように思えました。
ていうか、うっかりコバルトで賞獲れただけで、もともと持ってなかったんです。
そんなことを噛みしめつづける日々でしたねえ。
次回は”本を一冊だしただけの人”に、再びめぐってきたチャンスについて書きます。。
コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て③負け犬は、負け犬だから負けるんだ!
ご期待ください!
念のため、過去に一冊だけだした本のアマゾンリンクも残しておきます(^^;
● NOTEのサムネ変更中!(2026年8月追記)
最近、AIの使い方を覚えたので、サムネなどをいじってます。
以前に僕がキャンバで作ったものより、ずっとわかりやすいです。
しかしながら、ある種の”情念”は薄れてしまった気がしています。
何か物足りないのです。
しかし……しばらくはAIと向きあってみるつもりです。
旧サムネを残しておきます。

2026年9月に『檻の薔薇』という単行本が発売予定です。
第一話『蜜蜂と怪物』が、徳間書店さんのNOTEで公開されています。
いつまで、公開されているのかわからないので、興味のある方はぜひ覗いてみてください!ついでに、イイネも押してきてくれると嬉しいです('ω')ノ
他「なれの果て」のシリーズはこちらから
全八話(第一部完になります)
2025年に、大藪春彦新人賞 & 映像化奨励賞のW受賞しました。
徳間書店さんつくってくれたPVを見ると、主人公(視点人物)である男性のことは全然触れられてないので、コバルトで僕が書いたものとは違う印象を持たれる方もいるかもしれませんが……作風は、大きくは変わってないと思います。コバルト文庫の『吸血鬼の綺想曲』を好きな方ならば、きっと楽しめると思います♪
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