コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て⑧ ここまでか……さよなら東京。夢果つるとき
今回のnoteは、撤退戦をせねばならないところで、一発逆転を狙いつづけてしまった、愚かな青年が、完膚なきまでに心をへし折られる話になります。
負けがこんでいるときこそ、人間は奇蹟を求めがちです。
けれども「負け」とか「悪い流れ」っていうのは「理の積み重ねで起こっている現象」なので(負けの方が勝ちよりも、合理的に説明できるケースが多い)逆転劇って、まずまずまず起こらないんですよねえ。
51年生きていますが、欲しいタイミングでカミカゼがふいてくれたことは一度もないです!
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● コバルト編集部の反応
デビュー作発売後に、FAXで決別宣言をしたコバルト文庫編集部の担当編集者さんあてに、僕は手紙を書きました。
どのようなことを書いたか覚えてないんですけど、当時の僕なりに、きちんと謝罪はしたように思います。
で、封書を送った翌日に、デビュー時の担当編集者さんだった方から、電話がかかってきました。当時の僕は携帯電話を持ってなったので、家の固定電話だったと思います。
無視される可能性が高いだろうと、考えていたので驚きました。
定型外郵便で送った手紙に対して、翌日すぐに電話をくれるというのは、迅速ですね。
千葉県から送った手紙は、一日で東京の神保町にある集英社につくわけですが……
担当さんの手に渡るまで、2クッションくらいあるのかなあ……とかイメージしてて「返事がもらえるとしても一週間後あたりかなあ」と考えていたんです。
ちなみに、タイトルに”さよなら東京”と書いてますけど、僕が実際に住んでいたのは千葉県です。
とはいえ、さよなら千葉県だと格好つきません。
出版文化(出版社は東京にあるし、ものづくりする人たちは大概、東京に住んでいました。この頃は)と決別するという意味だとご理解ください。
● 約6年ぶりに、編集者さんと話した印象
僕がコバルト文庫を失礼なやり方で去って数年ぶりに、電話で話した印象を語ってみたいと思います。
まず、僕はコバルトをやめたときに「イヤなやつだなぁ~」という印象でいっぱいいっぱいだったのですが……数年経って話した印象だと「厳しい人ではあるが、意地悪な人ではない」のと「数字を求められる熾烈な世界で生きている人間ゆえの、問題解決に向けての頭の切り替えが早い」というふうに思いました。
また、その中で僕のデビュー作『吸血鬼の綺想曲』は「数字的には合格ラインで、残っていれば重版はかかっていた」といわれました。
※ 編集者さんは書き手の褒めどころを熟知していて、それをコミュニケーションにおいて駆使してきます。
まるっと信じるのは……反知性的な行為ではあります。
まあ、僕はまるっと信じていたのですが。
これは、もう、いけるっしょ!
ということで、1500枚の原稿があることを話したら……
コバルト編集部が作っている男性向けレーベルでスーパーダッシュ文庫というのがあるから、それにいいんじゃない――的なことをいわれたような記憶が、ぼんやりとあります。
それで、原稿をプリントアウトしたものを送った記憶はあります。
40字×40行で印刷して、辞典みたいに分厚くなったものを、穴あけパンチでバチンバチンバチンバチンと十回くらいに分けて穴をあけ、つづりひもで閉じて郵送した――感じだったと思います。
で、一カ月後くらいに、男性の編集者から電話がかかってきて「おもしろかったです。これは、本にしましょう」
といってもらったような記憶が、あります。
このとき、またも僕は真に受けてしまったのですが……別に契約書をかわしたわけではないんです。
編集者さんも業務の範囲内で、それに向けて一定の労力はさく気持ちではいてくれていたのだとは思います。
とはいえ、こういった言葉をもらえたからといって、書籍化が決定したわけではありません。あくまでに、それにむけて頑張りましょうというような話なだけです。
まあ、愚かな僕はノリノリで、出版確定したと思っていたのですが。
で、本題に入る前に、予備知識として「出版契約がされない理由」と「本は簡単にはだせない理由」を下記したいと思います。

● 閑話休題:出版契約がかわされないのは、書き手の自由を守るためでもある
本だすのって、お金がかかるわけですよね。
僕が聞いた話ですと、1万部売れないと赤字だそうです。
これは、出版社ごとに基準はあるのかもしれませんが。
某ラノベレーベルだと、一人の作家に三人編集者がついて徹底的に原稿を修正するとか聞いたことがありますし。
現在は、書き手の収入は初版のみだと1冊出して60万円(印税率8~10%)くらいだと聞いたことがあります。
では、書き手に60万円を渡すために、出版社は600万円くらい使うことになるわけですね。(多分、もっとつかっていると思います・初版だけだと赤らしいので)
で、数年前に聞いた話だと、重版率は20分の3ということでした。
コロナを挟んで、本屋さんもバコバコ潰れているし、現在はもっと低い確率かもしれません。
「勝率15パーセントの勝負に、無担保で600万円ぶっこむ」というのが、出版ビジネスの基本スタイルということですよね。
この時点で、出版社はリスクをめっちゃとっているわけですね。
で、普通に考えたら「負け確定勝負に600万円」は、これまでのお取引でいい結果をだしている人とだけ、やりたいわけです。
でも、それでは、業界がしぼんでゆくので「いつか、馬骨の中から、利益を産みだしてくれる奴がでてくるかも」と信じて、損を被りつづける覚悟で……投資してくれているわけです。
事前に契約書がかわされていれば、書き手側が安心して臨めるという部分はあるのですが……そうすることで、編集者さんと書き手の自由が初期段階から制限される確率が高くなるようなんですよ。
なぜなら「あなたの本をだしますよという契約書は、馬骨に600万円使いますよという契約書」なわけで……それって、編集長だけの権限でハンコ押せないですよね。
想像ですが、部数会議に出席する他部署トップのハンコとかも、いると思うんですよ。
編集長って、一般企業でいうところの課長クラスだと聞いたことがあるのですが……部長とかのハンコがないと「600万円規模の予算がかかるプロジェクトは動かせない」と思うんですよ。
(このあたりは、出版社ごとに差はあるかもしれませんけど)
それで、上の人や他部署の人を巻き込むことになると「実績がある・再現性がある・安全パイ」といった、固い企画しかあがってこなくなることが予想されます。
なので、書き手の「自由な発想を守る」ためにも、せめて作品が完成するまでは、他部署やお偉いさんの口を挟ませない状況を、編集サイドはつくりたいと考えているのでは……と思うわけです。
背後に偉い人や他部署の視線を意識しながら、書き手を褒めたり叱咤したりしながら「企画が通りそうな範囲で、クリエイティブな冒険をする」というのが、編集者さんの仕事だと思うんですよ。
ジャッキー・チェンの木人拳の修行レベルに、ハードな状況だと推察されます。
https://www.youtube.com/watch?v=kxW4RJAz8w4
この動画の1分40秒目くらいからが、そのシーンです。
そんな状況下で、編集者さんは「書き手の発想を侵害しないように気をつけながら、こういう課題をクリアしないと、会議で落ちるよ」的なことを伝えてきてて……それを作品にフィードバックする能力が、書き手には必要なわけです。
だから、その課題をクリアできなかった作品は「出版されず、書き手の労力が灰燼に帰す」ということは、起こってしまう。
これは、もう、システム的にしょうがないんだと思います。
で……ゲラまでいったら、さすがに書籍化はほぼほぼ確定のようですけど、そこにゆくまでは「急に話が消える」ということは、中堅くらいの方でも起こるようです。
ちなみに、このシリーズでちょくちょく名前がでてくるT原先生は、表紙イラストの発注完了後に書籍化がなくなった……ことがあります。
僕が見聞きした話をもとに組み立てた推測なので、違うところもあるのかも知れません。
● 人生初の炎上!
コバルトに謝罪を受け入れてもらえ……スーパーダッシュ文庫で本を出せると、僕は思いこんでいました。
まず、当時やっていたホームページの日記で「コバルト編集部と和解して、本だしてもらうことになりました」と高らかに宣言してますね。
いやいやいやいやいや、待てと。
おまえは先の失敗から何を学んでいるんだと。
出版契約はされてないんだよ。
この段階では「今後修正していって、いい作品に仕上がったら、企画会議にかけることくらいはできるかも」
という意味でしかない。
しかしながら、この頃の僕は自己懐疑性がゼロだったんですよねえ。
あとですね、当時ホームぺージの掲示板をとおして、読者の人と交流してたんです。
五年以上前に一冊しかだしてないのに、覚えてくれていた読者もいたりで……格好つけたかったという部分があったと思います。
そのとき日記では、いろんなもののレビューとかしてて、それなりに面白がってくれる人もいたんですよ。
そのホームページを通じて、僕を知ってくれた人もいて、そういう人たちを惹きつけておくためにも、刺激的なことを書かなくてはと思ってました。
そして、書いている中で、セルフコントロールがきかなくなってゆくんですよねえ。
最初はブラックなことを混ぜるとか、シニカルな言い回しくらいだったものが……もっと過激に、こんなこともいっちゃうの的な……どんどんきつい言葉になっていっちゃうんですよ。
一線を越えてしまったものが、あったみたいですねえ。
あとですね、業界裏話的なことをいくつかしてたんですけど、その中でよそに洩らしちゃいけないことも書いちゃったみたいなんですよねえ。
巨大掲示板にもスレッドがたてられて、ボコボコにやられました。
自分が蒔いた種ではあるのですが……当時は怖かったですねえ。

● T原先生からのメール
その炎上で、いろんな業界人にも伝わってしまったみたいでした。
それはT原先生にもとどいてしまったようで「おもに苦言です」というメールが来ました。
25年前のことですが、メールのタイトルはありありと覚えてますね。
T原先生は、事態を僕より俯瞰的に見ていました。
そして、メールの中で、僕の犯した過ちを一つ一つ丁寧に諭してくれていました。
あと、T原先生を悪くかいたことに対しても、きちんと苦言を呈されてました。
それによって僕は、冷静になることができました。
恥ずかしさもあって、T原先生に返事は書きませんでしたが、サイト上には謝罪文は載せました。
それで、僕を叩いていた人たちの溜飲は下がったみたいで、だいぶ勢いが衰えた感じがしました。
ただ、そこから色々と話が交錯していって……
「T原と川村蘭世が対立している」
「T原が川村蘭世をたたきつぶした」
的な言説も流れ始めて……T原先生までたたかれ始めたんですよねえ。
状況を整理すると……
① 川村蘭世の暴言日記が炎上!
② T原先生がメールで諭す。(そもそも、川村蘭世が日記で、恩を仇で返していた)
T原先生は、ハラスメント的なところは一つもなく、淡々と事実ベースに、間違いを指摘していた。
③ 川村蘭世がサイトに謝罪文を載せる。
④T原先生は友人の編集者さん(川村蘭世が一番迷惑をかけた人)や、他の業界人とも、炎上騒動について話したりはしていたようです。
その話に尾ひれがついて「T原が弟子を討った。イジメた。ホームページを潰した。ひどい奴だ」みたいな流れが、巨大掲示板の中でできてしまったのです。
その後、T原先生からはメールを二通いただきました。
「きちんと謝罪したことはよかった。君の潔い姿勢を評価してくれている人もいるよ」とか「二人して、ボロクソに言われてるなあ」とか、ユーモアの混じった励ましのものでした。
T原先生の友人の編集者さん(詳しくは前回参照・僕に多大な迷惑かけられた人)は「川村君もT原も注目されていいなあ。オレも混ぜてもらって、一緒に叩かれたいよ。オレだって当事者なのに」と笑っていたというようなことも、メールには書かれていました。
間に受けるわけにはいきませんが、その言葉でだいぶ救われました。
しかし、それで終ったわけではありません。
僕はコバルト編集部にも、今回の騒動を謝罪しなければなりません。
電話をすることにしました。
● 1500枚の地雷原稿は……!
記憶は曖昧なのですが……僕は、土曜日か日曜日に電話したような気がするんですよ。
でも、担当編集者さんは電話に出たんですよね。
土・日も編集部って電話鳴るんですかね。
四半世紀前のことなので、ちょっと記憶があいまいですが。
まず、電話では厳しく叱責されました。
そして、細かいことについてイロイロ詰問され、それに答えました。
同じことを三回位答えたりもしたので、もしかしたら録音されていたのかもしれません。
僕の想像以上に、大問題になっているようでした。
それで、集英社まで来るようにいわれました。
当時(今は違うのもかもしれない)集英社の一階ロビーはうちあわせ(漫画の持込の人が多い)用のスペースになっていました。
僕が少年ジャンプに持ちこんでいた頃は、ここでコーヒー飲みながら、原稿読んでもらってたなぁ……あれから、七年くらい経っているのかあ……とか思いながら、待っていたことを……書きながら思い出しました。
(この当時から7年なので、今から30年以上前です。人生あっという間だ)
そんな懐かしい場所に、コバルトの最初の担当編集者さんと、1500枚の原稿を読んでもらったスーパーダッシュ文庫の編集者さんが現れました。
僕は、頭を下げて謝罪の言葉を述べました。
結構ひどいやめ方したのに、セカンドチャンスをもらえたのに、それを自ら潰すようなことをしてしまって、申し訳なさと恥ずかしさの中にいました。
二人は、しばらく僕の様子を見ていましたが、1500枚原稿(400字換算なので……40×40で印刷すると、400枚くらいだったと思います)の紙束を置いて、なにも言わず去ってゆきました。
そのとき無言で去った編集者さんたちは「開いた口が塞がらない」という感じだったのかなあ……と、当時は思いました。
今、想像するに、録音していたのかもしれません。
裁判になったら、口頭の依頼でも契約が成立していると判断される可能性はあるので、そこをつつかれたら(最終的に企業が勝つでしょうけど)面倒なことになるかもしれない。
だから、謝罪の言質を取り、原稿を返却したという既成事実をしっかりと記録に残したかったのかもしれない……という可能性を考えています。
(会社の法務部から、そういう指示があったのかも)
もしそうだとしたら、余計な手間をかけさせてしまったと(気を使わせてしまったことを)申し訳なく思いますねえ。
● 出版消滅報告と、T原先生からの言葉
炎上騒動はつづいてましたので、燃料を投下するようなものではあるのですが、ケジメとして「出版はなくなったこと」を、ホームページで報告させていただきました。
当時の僕の掲示板には、死体斬り系のコメントも届きましたが「最初アンチだったけど残念です。また、がんばっている姿を見せてください」というようなコメントもありました。
巨大掲示板のアンチの人たちも、途中からは、暖かく見守ってくれているようなムードにもなっていました。
案外、人って優しいなあと思えましたね。
この終わりの始まり騒動の中で経験した「出版消滅×3+失恋+炎上騒動」の連続コンボは、人生最大級のダメージだったのですが……わりと素直に受け入れられているのは、このとき優しい言葉をかけてくれた人たちのおかげだと思います。
そして、先生の言葉も大きいです。
出版消滅報告の、次の日くらいにT原先生から電話がかかってきたのです。
今回の騒動の中でT原先生から三通メールをいただきましたが、返事はしてませんでした。
恥ずかしかったし、なんといえばいいかわからなかったんです。
着信音が鳴ったとき、当時は固定電話だったので、誰からかかってきてるのかわからなかったので、受話器を取ってしまったんです。
開口一番「生きてるみたいでよかったよ」というようなことをいわれた気がします。
その後は励ましてくれたり「川村君のスター性が、たくさんの人を惹きつけちゃったねえ~」とかイジられたりしました。
そして、文筆業で生きてきた方だけあり、印象的な言葉もくれました。
「川村君……起きてしまったことは、すべていいことだよ。これは、殺人鬼の残した言葉なんだけどね」
とT原先生はいいました。
殺人鬼がいったというところに「狂気的なポジティブさ」があり、先生が好みそうな、シニックとエスプリが効いているなあ~と思いました。
今はまだ「よかったこと」として認識するほどの強さはないけれど……今回の失敗から学んで、いつか「よかったこと」にしよう。
そう決意をした記憶はあります。

● それから……
T原先生は最後に「川村君は妙な勢いあるから、なにやっても成功するよ」という言葉をくれました。
そこから……3年くらいクリエイティブなことはしませんでした。
疲れ果てたというか、やる気が起きなくて、普通に生きようと思ったんです。
まあ、普通に生きるのも大変だったんですけど。
そして当時の彼女と結婚して、地元でやり直そうと、大阪に帰りました。
このときは、もう真人間としてやってゆこうと思ってました。
でも、結婚生活は半年で終り……なんか寂しくなって、また、始めてしまうのでした。
古着屋作ろうとしてショップマネジメントについての職業訓練受けたり、シナリオライターめざしたり、お笑いの構成作家めざしたり、また漫画描いてアフタヌーンに持ちこんだり……テンバイヤーの事業化目指したり……趣味レベルだと、キーボード初めて挫折、ギター初めて挫折、古武術初めて挫折……あと、やっぱり、普通が一番と、もう一度結婚してみたりしました。
また離婚しちゃうんですけど。
ままならない人生をおくってましたね。
T原先生は「なにやっても成功するよ」といってくれたけど、なにひとつうまくいきませんでした。
大恥かいたり、ただただ馬鹿にされたり、えげつない目にあわされたり、新たなる詐欺師が5年おきに現れるようになったり、尻の毛までむしられて、身内からも蔑まれるような目に、何度かあいました。
結局、なんとか人に褒められるレベルのことができたのは、T原先生に教えてもらった小説だけでした。
2025年に、大藪春彦新人賞 & 映像化奨励賞のW受賞しました。
終わりの始まり事件から25年……結果をだせたのは小説だけだったんです。

女子格闘技興業の内幕を描いた『檻の中のワルキューレ』は、ジョシカクというニッチなジャンルを描いた群像劇です。某小説教室では「無駄なことしか書かれていないくせにっ!」と酷評されたのですが……なぜか受賞しちゃいました。
約30年ぶりの、再デビューとなりました!
2014年にも、阿刀田高TOーBE小説工房という公募ガイド内のショートショートの賞で佳作をいただけ(本名での受賞です)たのですが……それは出版社主催の賞ではないので、デビューにはカウントされません。
また、今はその賞なくなっているので、いいにくかったりします。
そして、T原先生は、僕の受賞の数年前に亡くなっていました。
「先生の仕込みがよかったおかげで、再デビューできました」
と伝える機会は、永遠に喪われたのです。
● 当時の関係者さまや、コバルト文庫の読者の皆さまへ
『コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て』というタイトルは、不穏なものを感じさせてしまったかもしれません。
僕の過去の失敗を反省しつつ、読み物として面白く語ろうというコンセプトで考えたときに、このタイトルが浮かんでしまったんです。
少女小説やジュニア小説は、一般文芸の小説家よりも若くデビューして、作家寿命が短いイメージがあります。
夢見がちなままデビューして、社会のことをわからないまま大人の理屈の世界で奔走した果てに……人生に奇妙な重しを背負って生きてゆくことになった人は少なくなかろう。
その人たちは、どうなってしまうのか?
そのなれの果てに、興味のある人はいるのでは?
と思ってしまったのです。
これからも夢にまみれてボロボロになってゆく人たちは後を絶たないでしょう。
そんな人たちにとって、僕の失敗談も役にたつところもあるのでは……と信じて書きました。
また、計らずも別名義で再デビューすることになりました。
そのときに、過去にコバルトでデビューさせてもらっておきながら大迷惑をかけてしまったことを隠してやってゆくのは、卑しい生き方なのではと思いました。
ある種の、懺悔録として書いた部分があります。
また、僕のコバルトデビュー作『吸血鬼の綺想曲』を読んでくれた方にも、今僕が書いていることを、お知らせしたいという思いがありました。
黒歴史と語りつつも、コバルト文庫でデビューさせてもらえたことは、感謝しています。
一年に一回くらいエゴサーチしていたのですが、2010年代になっても、僕の作品についてネットで語ってくれる人はいました。
その言葉に、救われた夜はありました。
暖かいファンがいてくれたことの一つには、コバルト作家さんたちや編集部の方々が、レーベルを育て紡いでいったからというのが大きいでしょう。
当時かかわった人たちに申し訳ないと思いつつも、感謝の気持ちも伝えたかったのです。
また、僕の大藪春彦新人賞受賞作の『檻の中のワルキューレ』なのですが……選評では女性キャラの評価が高かったんです。
この辺りは、通用しなかったなりに少女小説を勉強したことが、根になっていたのかもしれません。
僕の再デビュー作は、女子格闘技ものというコバルトの世界からは遠いジャンルではありますが「ひたむきな女性と、それを支える(応援する)やや能天気で賢しい男性」という構図は、雑誌コバルトに載せてもらった『王様のライセンス』という短編に近いんです。
また、内省的な主人公(格闘技興業の広報)と、ベテラン女子ファイター(気が強い)と、銀メダリストレスラー(天然)という構図・関係性は『吸血鬼の綺想曲』に収録されている『灰色の回旋曲』と似た配置なのです。
徳間書店さんつくってくれたPVを見ると、主人公(視点人物)である男性のことは全然触れられてないので、コバルトで僕が書いたものとは違う印象を持たれる方もいるかもしれませんが……作風は、大きくは変わってないと思います。
これからは、人に迷惑かけない形で頑張ってゆけたら……と考えています。
他「なれの果て」のシリーズはこちらから
全八話(第一部完になります)
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