コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て④ セツ・モードセミナーで、ぼろぼろ!
90年代後半にコバルト文庫でデビューした僕は、逃げるように小説家を辞めました。
つづいて漫画家を目指し、その過程でハルキ文庫でイラストレイターデビューをしました。
そこでの気づきによって、僕は漫画キャラ風のカラーイラストを描くのをやめました。
まだ二十代半ば。ここから先、どこへ向かうのか?
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● センスを身につけるべく、セツ・モードセミナーへ!
「休んで、最初の気持ちと向きあう」べき状況だったにも関わらず、またしても僕は”いっちょ噛み”で、状況を打破しようとするのです。
己の絵が表紙になって本屋に並んだのを見たときに……僕は、自分の至らなさに気づきました。
当時の僕は、それを”センスの欠如”と判断しました。
まあ、それもゼロではないのでしょう。けれども、それ以前の段階として、足元を見つめなおす時期であったことは、前回語ったとおりです。
しかし、このときの僕は「センスがないなら、センスを学べないいじゃなぁ~い♪」と、オサレ系イラストスクール(ザツに語るとそんな感じ。センスのよさげな人が通ってそうなイメージだけが、当時の僕にあった)セツ・モードセミナーへゆくことを決めたのです。
セツ・モードセミナーというのはファッションイラストのスクールです。
授業料が安いこともあり、様々な人たちが絵を学びに来ていました。
ファッション科もあり、ミシンの技術なども教えていました。
絵を描く人たちの集団だけあり、服の色の合わせ方も独特にうまい人が多かったです。
大学のキャンバスでは浮くような格好だと思うのですが、色味とシルエットのバランスは取れている。
それほど高いブランドものは使わず(絵を描きに来ているので汚れますしね)着ている服も、ハンジロウとかで売ってそうなボロボロ系が多かったが、まとまっている。
膝に泥とオイル汚れが付いたオーバーオール(元は海外の労働者が使っていたであろう、ゴミ古着)を、こじゃれた感じに着ていた女子のことは、今でも時々思いだします。
その服を着て、清潔感を保てる君は奇蹟だったよ!
あと、秋になるとニットとかカーディガン率が高いような気がしました。
おばあちゃんとカート・コバーンの間に……的なファッションを多く見た気がします。
僕はわりと服好きで、海外の人のスナップとか眺めていると、ときめくものがあるのですが、そんな雰囲気がセツの人たちにはありましたね。
そういう人たちを眺めているのは、展覧会でタブローを見ているような喜びがあります。
僕はセツ・モードに通うことを楽しめてたし、学びたいこともあった(ファッション科にも行って、服のつくり方も学びたかった)のですが……一年で去ってしまうのでした。
● 金がなくて、僕はセツ・モードをやめました
僕がセツ・モードに通いつづけることを断念した理由の一つとしては、お金が尽きたからです。
セツ・モードは、授業料は月額一万円で半年分前払いだったと思うのですが(25年前のことなので、正確には覚えてないです)大した額ではないです。
けれども……二年目を通うだけの銭が、当時の僕にはなかったのです。
まことに情けない話ではありますが。
新しいことに挑戦するときは、三年後もつづけていられるだけの環境づくり(お金や、住む場所、仕事の勤務時間帯など)を、整えてから臨んだ方がいいと思いますね。
このとき、数万円がなかっただけで貴重な学びの機会を喪失したことは、未だに尾を引いてます。
● 才能に負けて、僕はセツ・モードをやめました
理由②として「本当にセンスのある人に比べると、自分はショボい」と理解できたから……というのがあります。
セツの一年目の終わりに、最終課題というか、上の学年の方々による合評会みたいなのがあったのですが(記憶曖昧)
僕は、準入選(二位)だったと思います。
そのときに入選(一位)だったのが、ユキちゃんというセンスのいい女性でした。
彼女に、僕は全く歯が立ちませんでした。
一位と二位の差以上に、越えられない壁があるように感じました。
彼女のくすんだピンクの使い方は、本当に格好良かったです。
僕は二十代半ばに角川春樹事務所でイラストレイターデビューして、本の表紙を五冊描いてました。
当時、それなりにはできる方だったと思うのですが、アマチュアのユキちゃんに、まるで歯が立ちませんでした。
デッサン力とか、パースペクティブ理解とか、空気遠近法とか……写真のように緻密に正確に描くという能力なら、僕の方が上でした。
けれども色彩感覚だけで、圧倒された感じです。
ユキちゃんは伸びしろがまだまだあるように見えたし、この先、逆転の目はないように思えました。
全体的な技術は僕の方が高いのに、ワンパンで負けたという感じ。
少年漫画の、序盤のライバルキャラ(成長幅がないので、インフレが始まると同時にモブになる)みたいですねえ……
● 初登場時にはライバルポジションだった、ヤムチャよ……
先天的な才能(サイヤ人のような)がなく。
柔軟さや軽快さ(クリリンのような)もない。
僕は、ドラゴンボールZにおけるヤムチャです。
人造人間に胸を貫かれている姿こそ、当時の僕の心象風景を具現化したものですよ。
人の造りしものに、心をグッサリ貫かれてましたね。
僕がクリエイターを目指すというのは、狼牙風風拳でフリーザをぶっ飛ばすくらい難しいことのように思えました。
ヤムチャはZ戦士の端っこで……どういう気持ちで生きていたのだろう。
このどうしようもなくヤムチャな感じは、僕の生涯を通してつきまとうものではありますね。
なんとなく頑張って、できるグループにまぎれこめても、つねに「うぬは、我が軍最弱の者」とつきつけられるのです。
まあ、弱者男性ということですよっ!
● セルフサボタージュ……ジャクダンでありつづけることに、安心感がある。
ジャクダンゆえの、金なし・心弱し・伸びしろなし・未来暗しというところから「無理して絵をつづけてもいいことなかろう。将来の展望もないし、これ以上深みにはまる前に損切しておこう」というような理由で、二十代半ばの僕は、セツ・モードに背を向けました。
これは第3回からのテーマ……負け癖がついている・負け犬は、負け犬ゆえに負けるの続きになるのですが、この当時の僕は、負ける理由を探しているところがあるんです。
自ら負けにいっているんですよ。
敗北感を味わったときに、安堵してるんです。
慣れている、かつて知ったる場所なので、落ち着きがいいんです。
ここから二十五年を経た今も、この自滅モード気分はありますね。
なにかがうまくいきかけると、不安を覚えますから。
なんなら、自ら墓穴を掘りに行く。
負け犬の呪いによって、負けたときにしっくりくる。
破滅型ギャンブラーに、こういう傾向が見えますけど……セルフサボタージュ(自己妨害・自己破壊的行動)が近い状態かもしれません。
● 天才からの負荷
僕はセツ・モード・セミナーをやめると同時に、絵筆も折りました。
若いときほど、自分に見切りをつけるのが早いんですよねえ。
「ていうか、やめる以前に、なにも始まってないぞ。やれること全部やってからやめないと、中途半端なまま生きることになって、ひきずるぞ。結局やめれず、鬱になってゾンビみたいに、その界隈を周回するだけになるぞ。クリエイティブ・リヴィングデッドになると、中年期キツイぞ。言外に”すっぱい葡萄”が滲むようになって、顔が卑しくなってゆくぞ」と、当時の僕にいいたいっ!
ていうか、いいたいことは山ほどあります!
「敗北感を味合わせてくれる相手というのは、自分にないものを持っているわけなので、最良の教師だぞ」
「二年くらい負けを噛みしめながら、ユキちゃんの絵を眺めてろ。それだけで、成長できるぞ」
「なんなら、描く時間を減らして、その分バイトの量増やして金作ってでも、セツに残れ」
なんてことを、タイムマシンで告げにゆきたいです!
筋トレって、負荷をかけた筋肉を休ませないと、大きくならないと聞いたことがあります。
この時期の僕は負荷(負ける荷物と書く)が多すぎて、両手に重い荷物を持って、身動きできなくなっていたといえるでしょう。
荷を下ろし、ただ景色を眺めてればよかったのです。
そうすれば、違う見通しをつけることもできたのかもしれない。
● 現代のサリエリたちの、天才との向き合い方
ボクシング2階級制覇王者の畑山隆則選手が語った言葉に「僕は顎が弱い。坂本選手は顎が強い。僕はパンチが弱い。坂本選手はパンチが強い。だから、僕が勝つんですよ」というものがあります。
これは孫子の「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」にも通ずることです。
つまり「恐れることも、自分の弱いところ」も、実は大きな問題ではない。
そして「思考は現実化する→→理解できるということは、攻略の道筋も見つかる」ということだと思うんです。
攻略は可能といっても、困難な道ではありますし、辿りつけないことも多いでしょうが――その山を目指す過程で、足腰は鍛えられ、以前の自分よりもパワーアップはできると思うんです。
『ガラスの仮面』において、姫川亜弓は北島マヤから敗北感と同時に、多大な刺激を受けて、女優としてのカラをやぶってゆきます。
マヤの存在がなければ、亜弓さんは優等生をキープしたまま、凡庸な女優キャリアを歩んでいたかもしれません。
天才に引きあげてもらって開花した、凡人(適性はあるものの、才能はまあまあまあ普通)というパターンって、世界中にゴロゴロしてます。
映画監督とか、ミュージシャンとかに……オマエがそのポジションにいれるのって「すごいヤツの友達だったからやん」というヤツ、ちょいちょいいますよね。
画家とかも、ロマン派とか印象派とか、一群が一気に評価されたりしますけど、全員が才能があったわけではないでしょう。
一人の天才にひきづられるようにして、周囲のお友達がポイポイ世に出ちゃうのって結構ありますよね。
ハーバード大学のフェニックスクラブは、天才と交流させることで、優秀な凡人の脳に、天才の思考を学ばせる目的がある――みたいな話を聞きかじったことがあります。
「天才と雑談する中で、その思考システムの構造を、非認知的に理解できてしまう」
「一緒にいるだけで、レベルアップしてしまう」
という実例は、多いようです。
僕はユキちゃんと同じ教室に籍を置き、彼女の絵に対するマインドや向きあい方を学べばよかった。
それをしなかったのは、人生最大の後悔かも知れません。
● 二度と訪れない時間や、機会
セツ・モードの生徒さんたちは、下北や高円寺などに住んでいる人も多く、ファッションも生き方もかっこいい人が多かったです。
セツ在学時は、飲み会や展示会などに、僕もときどきは参加してました。
そこは、いつも文化祭前夜のような、なにかが起こりそうな雰囲気に満ちていました。
ああいった空気は、若いうちにしか味わえないものだと思います。
そのときその場所でしか得られない学びというものは、あります。
若い時期にしか受け入れてもらえないところとか、味わえないものは、あるのです。
そういった機会を喪わないためには、心とお金に余裕がないとなぁ~
と、セツ・モードのことを思いだすたびに、考えてしまいますねぇ~
次回からは、小説に再挑戦してゆく話になります。
僕の人生の最大の挫折というか……自滅話ではあるのですが、今なお引きずるトラウマです。
終わりの始まりです。
僕は己の放狼牙風風拳を信じて、磨いてゆくのですが……
コバルト文庫デビューの少女小説家のなれの果て⑤ 場所をつくれなくてシェアされずっ!
ご期待ください!
過去に一冊だけだした本のアマゾンリンクも残しておきます(^^;
他「なれの果て」のシリーズはこちらから
全八話(第一部完になります)
2025年に、大藪春彦新人賞 & 映像化奨励賞のW受賞しました。
徳間書店さんつくってくれたPVを見ると、主人公(視点人物)である男性のことは全然触れられてないので、コバルトで僕が書いたものとは違う印象を持たれる方もいるかもしれませんが……作風は、大きくは変わってないと思います。コバルト文庫の『吸血鬼の綺想曲』を好きな方ならば、きっと楽しめると思います♪
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