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イチゴ牛乳とママちゃん🌸 子ども時代編

※ここからしばらくは子どもの頃の話が続きます。

このシリーズでは、子どもの頃の私は「モモちゃん」、弟は「ポンちゃん」と表記します。

小学生くらいまでの思い出として読んでいただけたら嬉しいです。

昭和49年頃

モモちゃんは3歳から4歳になる頃

ポンちゃんが生まれる少し前、
ママちゃんと二人だけで過ごした時間を
今でもよく覚えている

ママちゃんはポンちゃんをお腹に授かり、
少しだけお腹が目立ち始めていた

それでもエプロン姿で赤いパブリカの
ハンドルを握り、近所をゆっくり走っていた

当時のママちゃんは、牛乳配達をしていたのだ

舗装工事が進み始めたばかりの住宅街

まだガタガタ道も多く、車の後ろには牛乳瓶を
並べたケースが積まれている

数軒ごとに車を止めては配達し、
またゆっくりと走り出す

助手席には、お気に入りのお人形を抱えた
小さなモモちゃん

おしゃべりは得意ではなかったけれど、
ママちゃんと二人きりで過ごす時間は
大好きだった

まだ身体が小さいモモちゃんは、
ママちゃんと話すたびに少し見上げる

すると目の前には、ハンドルを握る
ママちゃんと、少し前に丸くなり始めた
お腹があった
ゆで卵のような曲線だった

「前より少し大きくなったなぁ」

そんなことをぼんやり思いながら、
理由も分からず何度もそのお腹を眺めていた

そして、モモちゃんには毎回ひとつだけ
楽しみがあった

車に乗ると後ろを振り返り、
牛乳ケースをのぞき込む

白い牛乳

茶色なコーヒー牛乳

オレンジ色のフルーツ牛乳

そして時々だけ姿を見せる、
ピンク色のイチゴ牛乳

「ママ、今日はイチゴ牛乳あるの?

    モモちゃんの分もある?」

それが車に乗るたびのお決まりの言葉だった

イチゴ牛乳は、いつもあるわけではない

ママちゃんは3回に1度くらい、
モモちゃんのために
一本だけ余分に仕入れてくれていたそうだ

もちろん当時のモモちゃんは、
そんなことは知らない

「今日は当たりだった」

そのくらいの気持ちで、嬉しそうに飲んでいた

配達の途中も、

「ママ、今日はお天気いいね」

「お家帰ったら、おやつある?」

「絵本読んでね。」

お人形を触りながら、たわいもない話をする

ママちゃんは笑って返事をし、
また次のお宅へ車を走らせる

今思えば、妊娠中の身体で牛乳配達を
続けるのは大変だったはずだ

少しでも家計の足しにしたかったのかもしれない
そんなことを考えるようになったのは、
大人になってからだった

小さなモモちゃんには理由なんて分からない

ただ、赤いパブリカの助手席で
ママちゃんと過ごす時間と、
時々もらえるイチゴ牛乳が何より嬉しかった

今でも日帰り温泉などでイチゴ牛乳を
見かけると、この頃の話になる

「お姉ちゃん、イチゴ牛乳好きだったよね。」

そう笑うポンちゃんは、
あの頃まだママちゃんのお腹の中にいた

不思議なもので、イチゴ牛乳を見るたびに、
昭和49年の穏やかな時間が
今でも少しだけよみがえる

※ ママちゃんについては、これも読まれています

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