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なぜ私がママちゃんを書こうと思ったのか💐 第一章 あとがき

ママちゃんシリーズを書き続けて、
11記事になりました

このあたりで少し記事を休憩して、
なぜ5年前に亡くなったママちゃんのことを、
こうして書こうと思ったのかを
お話ししたいと思います

ママちゃんは5年ほど前に他界しました

そして、彼女には娘と息子、
二人の子どもがいます

ここからは、「母」と書かせていただきます

私も弟も独身で、子どもや孫はいません

年齢を重ねるにつれ、若い頃とは少し違う
価値観や考え方が芽生えるようになりました

それぞれ仕事を持ち、
自分の人生を歩みながらも、
弟と話すと不思議なくらい母との思い出が
次々と出てきます

「あの時、こんなことがあったよね。」

「そうそう、あれ覚えてる。」

そんな何気ない会話の中に、母との時間が
今でもたくさん残っていました

母が再婚してからも、結局は母と私と弟、
この三人で過ごした時間がとても長く、
濃かったように思います

その記憶や、その時代の空気まで、
何かの形で残したい

そんな思いが、この数年の間に
少しずつ大きくなっていきました

子どもや孫がいない私たちだからこそ、
残すなら写真だけではなく、文章として残したい

そして、いつか自分自身が年を重ね、
記憶が少しずつ薄れていった時にも、
読み返せる場所があればいい

そんな思いから、noteに書き始めました。

書き始める前の私は、母に対して
「少し気難しく、変わった人」という印象が
強かったように思います

もちろん、その印象が間違っていた
わけではありません

若い頃には理解できなかったこともありました

ぶつかったこともあります

腹が立ったこともありました

その記憶が消えたわけではありません

でも、不思議なことに書き始めると、
それまで思い出さなかった優しさや人情深さ、
何気ない日常も次々とよみがえってきました

イチゴ牛乳を買ってくれたこと

友達の朝ごはんまで用意してくれたこと

私の服を勝手に直してしまうような、
少し困ったところ

どれも母らしい一面だったのだと思います

人は、良いところだけでも、
悪いところだけでも語れません

母もそうでした

そして私も、きっとそうなのだと思います

母も私も、ごく普通の人間です。

特別な人生ではありません

でも、こんなお母さんもいたんだと、
誰かが笑ったり、驚いたり、
時には自分のお母さんを思い出したり
そんなきっかけになれたら嬉しいと思っています

そして、今は昔よりも生きづらさを
感じる人も少なくありません

何もかも嫌になったり、
投げ出したくなったりする日もあると思います

そんな時、母は決まってこう言っていました。

「命まで取られないから。」

豪快で、どこか母らしい言葉でした

もし今、少し前を向けずにいる人がいたら、
この言葉を思い出してもらえたら嬉しいです

ママちゃんシリーズは、
ここでひとまず第一章とします

少し違うテーマの記事を書いたあと、
また第二章を書こうと思います

次は、ポンちゃん(弟)が生まれた頃のお話から

まだ残しておきたい思い出が、たくさんあります

このシリーズを読んでくださった皆さんが、
ご自身のお母さんや家族との思い出を、
少しでも振り返るきっかけになれば嬉しいです

そして、また昭和の小さな思い出を、
一つずつ綴っていこうと思います
引き続き、よろしくお願いします

※ ママちゃんについては、これも読まれています


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