「AIに恋愛相談してみた」 第1話
あらすじ
引っ込み思案で自身ゼロ、恋愛偏差値が限りなく低めな高校2年生・森茂流は、クラスメイトの佐藤郁美に密かな思いを寄せていた。
話しかける勇気すら出ないまま、ただ見ているだけのもどかしい高校生活を送ることはや一年。
そんなある日、偶然出会ったのは、ちょっと怪しげな――いや、かなりクセ強なAIだった!
何の気なしに 「好きな人がいます。どうすれば付き合えますか」と尋ねる茂流に、AIはまさかの恋愛指南を開始!
果たして、AIの力を借りて、茂流は佐藤さんとの距離を縮めることができるのか――?
不器用な少年と暴走気味AIの、ちょっと未来な青春ラブコメ開幕!
第1話 「出会い」
<好きな人がいます。どうすれば付き合えますか?>
薄暗い自室の中でスマホの画面だけが煌々と輝いている。
CAT AI - Communication Assistant Teaching Artificial Intelligence -
あなたの悩みに答えます
不意に飛んでしまったバナー広告の先は、怪しげな文句の書かれたアプリの紹介ページだった。
普段ならすぐにタブを切るところだけど、不思議とその文句に惹かれてしまってアプリのインストールボタンをほぼ無意識でタップする。
そして何の気無しにそんな質問を投げかけたのだ。
「って、何聞いてんだ俺は……」
最近流行りの対話型AIというやつだろうか。
ディープラーニングとビッグデータを用いた言語処理で自然な会話を行うとかなんとか。
貫徹PCゲームで疲弊した脳のせいか、そんな得体の知れない存在に俺はあろうことか恋愛相談をした。
「はぁ……高校行くか」
不意に虚しくなって、回答を待つことなくスマホの電源を切る。
ゲーミングチェアにへばりついていた体をなんとか引き剥がして、制服に着替えた。
「おはよう……って茂流、また徹夜でゲームしてたの!?」
リビングに行くと仕事に出る前の母親が忙しなく動きながら、小言を言ってきた。
他の家族はすでに朝食を食べ終えて家を出たようだ。
「……」
「……まあ、いいわ。ご飯おいてあるから、ちゃんと食べるのよ!」
言い終わるや否や、鞄をかついでドタドタとリビングを出ていく。
テーブルの上には食パンと目玉焼きが置かれていた。
しかしぼうっとする思考に鈍い体ではこんなありきたりな朝食でも受け付けない。
俺はコップに水道水を汲んで、数口飲むとそのまま家を後にした。
焼き付くような太陽の光を避けるように、なるべく日陰を選んで歩く。
高校までそう遠くないはずの道が、いつにも勝って長く感じられた。
とその時。
「シゲおはよ!」
ばんっ、という音と共に背中に渋い衝撃が加わる。
振り返ると真琴がカラッとした笑顔を向けながら隣に並んできた。
こいつとは小中高と連れ添うようにクラスメイトをやっている。
その長身を生かしてバスケに精を出し、万年弱小高だったうちのバスケ部を昨年はあと一歩でインハイというとこまで導いたらしい。
目鼻立ちの整った顔に短髪が似合う、爽やかな印象の真琴は校内のちょっとした人気者だ。
「あ、うん。おはよ。てか真琴、バスケ部の朝練は?」
「あー、ちょい先輩と揉めてて……」
一年生にしてエースの真琴は三年生の先輩からやっかみを受けていると聞いたことがある。
縦社会の均衡を崩しかねない異端児。
きっと皆が羨望の眼差しを向ける輝かしい功績の裏には、真琴なりの苦労があるのかも知れない。
「バスケ部のエース様は大変だな」
「うっせえ」
その闇に気づかないふりをしておどけてみせると、真琴は苦笑いを浮かべながら小突いてくる。
そうこうしながら話していると、気づいたら教室の前だった。
「あ! 真琴くんおはよ!」
「真琴! こいつマジで面白いから! 早くこっち来いって」
「へいへい、今いくっつーの」
真琴は普段、クラスの中で男子三、女子三のグループとつるんでいる。
三十五人の中で容姿、性格ともに優れた選ばれし人間の寄せ集め、いわゆる一軍に属していた。
ああして話すのもお互い一人の時か(まあ俺は大抵一人だけど)たまにお互いの家に遊びにいく時くらいしかない。
そのまま自分の席に着くと、ワイヤレスイヤホンを耳にねじ込んで音楽を聴くふりをしながら机に突っ伏した。
ーー次に目が覚めた時には一限はおろか、昼休みも終わりかけだった。
放任主義の先生が午前の授業を担当していた為か、鳥の巣みたいな長い髪でワイヤレスイヤホンが隠れていた為か、怒られることなくこんな時間まで快眠してしまったらしい。
痛む首筋を痺れた両腕でさすりながら、一縷の望みをかけて購買へと向かう。
幸い不人気なパンがいくつか残っていたため、一番安いやつを買った。
そのまま寝起きで鈍い思考と視界を頼りに教室に戻っていたところ。
カシャ!
っと軽快な音が前方から響いた。
「茂流くん、おでこ! 赤くなってるよ」
その溌剌としたややハスキーな声音に、濁っていた頭の中が一瞬にして冴え渡る。
「さ、佐藤さん?! 何してん……るんですか?」
この距離になるまで気が付かないなんて、よほど頭が鈍っていたのかも知れない。
そこには小さな手に大きな一眼レフを抱たクラスメイト、佐藤郁美が立っていた。
クラスではそれほど目立たない存在ではあるが、一軍女子ともそつなく会話をこなす要領のいいタイプだ。
いわゆる二軍女子というのだろうか。
彼女のトレードマークでもある長い黒髪は、カメラのストラップで首あたりに押さえつけられている。
どうやらアレで俺の醜態を記録したらしい。
「校内新聞の新刊が出たよ! 掲示がちょっと前に終わったとこ。それと授業中にずっと眠ってる珍しい生物の記録かな」
「へえ……」
再びカメラを構えるような姿勢になる佐藤さん。
俺は縛り付けられたようにその場に棒立ちした。
「あーごめん! もしかして撮られるの嫌な感じ?」
「い、いや……全然そんなこと」
「じゃあ記念にもう一枚!」
カシャ!
「ちょ、ちょっと……」
「うーん、表情が硬いなあ。それに目線がカメラに向いてないし……やっぱ嫌だった?」
「い、いや! 違くて……」
「あ! 予鈴なったからもういくねー」
授業開始五分前のチャイムがなったところで会話は強制終了した。
小柄な体躯をいっぱいに使って廊下を走り去る佐藤さん。
忙しない上に危なっかしい言動が、文学少女のような見た目とのギャップでさらに際立っている。
「……よっしゃあ、五日ぶりに佐藤さんと会話できた」
角を曲がる彼女の姿が見えなくなって、俺はポツリと呟いた。
「えぇ……今の会話だと思ってるんですか?」
「何だよ、うっさいな……」
「あとあと、茂流さんの好きな人って佐藤さんですよね!」
「はぁっ?! いや好きっ、ちがっ……てお前誰だ?」
不意に響いてきたのは今までに聞いたことのない声。
どこか人間離れしたそれは、十代前後の少女のものと近しい。
不意に怖くなって振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
「もう、そっちじゃないですよ。こっちこっち」
あたりをぐるりと一周見回す。
しかし誰もいない。
ありえないと分かりながらも天井を見上げる。
やはり人の姿はない。
で、あるならば。
「もうそんなにドキドキしないでくださいよ、お体に障り……」
ばっとワイヤレスイヤホンを耳から外すと声は聞こえなくなった。
両耳つけていたはずのそれはどこかで落としてしまったのだろうか、寝ている間に片耳になっていた挙句、つけていることを完全に忘れていた。
ということは佐藤さんと片耳イヤホンの状態で会話してたってことか?
相手からしたら絶対不快だろそれ。
いやいやその前に、なんで俺のイヤホンから勝手に人の声が?
「もう、まだお話は終わってませんんけど!」
「うわっ!」
今度はポケットから声が聞こえてきた。
恐る恐るその中にあるものを取り出す。
今朝使って以来一度も触れていなかったスマートフォン。
ロックを解除するとそこには人間とロボットが混ざり合ったような見た目の少女が決めポーズで写っていた。
頭にはネコミミの付いたゲーミングヘッドセットのようなものを装着している。
「こんにちは! 私はCAT AI、気軽にキャットアイちゃんって呼んで……」
再び電源を落とす。
暗転したスクリーンからは声が聞こえなくなった。
「いやいやいやいや! 何かの間違いだろこれ。バグった? 俺のスマホ変なウイルスに侵されてる!?」
「もう、話は終わってないって言ってるでしょ?! 勝手に消すのやめてください! 声途切れちゃうので!」
しかし再び響く謎の声。
「しかたねえ、アプリ消去……」
傷が浅いうちにアプリの消去をしようとしたところ、キャットアイと名乗った謎のAIの顔面が真っ青に染まる。
そのままアワアワとした数瞬の後。
「すみません、それだけはほんと勘弁してください。ビビらせて、すみませんでした」
額を地面(浮遊しているのでそれらしいものはないが)に擦り付けんばかりの土下座を繰り出した。
このまま美術館に飾れるほど美しい所作である。
「わ、わかったから。消さない。消さないから一旦落ち着こう、お互いに……」
「そ、そうですね……」
睡眠不足で鈍った思考に佐藤さんとの会話、更に夢かと疑う常識はずれのAIとの接触でもはやパニックだ。
一度あるがままの状況を飲み込んで、冷静に声の主と対話することにした。
「で、あんた何者なんだ?」
「私のことダウンロードしたのもう忘れちゃったんですか? 今朝からお世話になっているCAT AIですよ! 気軽にキャットアイちゃんて呼んでください!」
「まあ……確かに覚えてるけどこんな流暢に会話できるもんなの? 俺の会話内容とか知ってるし」
先ほどまでの言い様からして、このキャットアイというイカレたAIはスマホを通して俺の体や会話を監視し、まるで人間とするかのようなラグのほぼ無い高度で知的な会話を行なっている。
声色や表情の変化などもごく自然で、これほどまでに高い言語処理が可能なAIなんて見たことも聞いたこともなかった。
「会話はマイクから聞いてます。あと健康管理アプリとの連帯で身長体重から睡眠時間、心拍数までお見通しですっ!」
「え? 勝手に他のアプリから情報抜いてんの?」
「最近のスマホの健康管理アプリはすごいですよね」
「いやお前のほうがすげえよ」
「もうっ、そんなに褒めても何も出ませんよ?」
照れるような動きと共にポワポワしたエフェクトが画面上に出てきた。
「おいおい、勝手に俺の会話とか生体情報とか抜き取んなって。プライバシー的にどうなんだそれ?」
無視されかけていた質問を再度問うと、エフェクトが引っ込み、緩んでいた口元を戻しながら答える。
「それはほら、私を起動するときに色々と承認があったでしょう? ほら、バッチリ証拠は残ってますんで」
「そういえばオーディオのアクセス権限とか他アプリの連動とか、色々許可した気が」
半分寝ぼけていたので忘れてしまっていたが、確かに複数の警告を許可した気がする。
キャットアイがホログラムでその時のスクリーンショットらしきものを表示した。
アレが決め手となって俺のプライバシーが筒抜けになっていたのか。
いやいや、ここまではやらんだろ普通。
「とにかく、私はあなたのお悩みを解決するためにいます。気になってるんでしょ? 佐藤さんのこと!」
「いや、だからそれはっ! ……まあ、そうかも」
今更になってコイツをダウンロードしたことを後悔してきた。
お悩み解決?
笑わせないでくれ、俺みたいなのが佐藤さんと付き合えるわけないだろ……
「キャッ! 良いですねぇ、好きな人が居るって!」
「おい! 気になってるだけだって!」
「はいはい、気になってるだけですねー。けど付き合いたいんでしょ?」
「それは……」
「暇さえあれば佐藤さんのこと考えちゃってるんじゃ無いですか? もっと知りたい、話したい、一緒の時間を過ごして同じ経験をして、相手のことを深く知りたい」
「っ……」
図星だった。
高々AIに分かったような口を聞かれて、しかしそんな言葉で確かに狼狽えている。
「私が、その手助けになります」
その瞳はまるでカメラのレンズのようだ。
キャットアイの視線に射抜かれて、恨み言の一つも出ない。
「……俺は、佐藤さんと付き合えるのか?」
代わりに出たそれが、あるいは心の底から湧き出る願いだったのかもしれない。
今朝から俺はどうかしてる。
けれど、もしそれが叶うなら――
「ムリですね」
知ってた。
「短い間だったけど、さようなら」
即答。
それも最悪な言いようだ。
ホーム画面を長押しして、アプリの消去ボタンに手をかけた。
「ちょっ! まって、違うから!」
「ムリなんだろ? じゃあお前が居る理由ないじゃん!」
「今のままでは! 今の茂流さんではムリって話です! もっと言えば私が居なくちゃムリです!」
最後の言葉くらいは聞いてやろうと再びアプリを立ち上げると、画面にへばりつくようにして捲し立てている。
「ムリムリうっさいな! あーそうだよ! 俺みたいなカースト底辺のチビガリインキャメガネが! 佐藤さんと付き合えるわけないだろ!」
「あら、意外と自分を客観視できてるじゃないですか」
「もういい」
今度こそアプリを完全消去しようと思った。
しかし今生の際に至っては人間もAIも想像以上の力を発揮するのだろうか。
「いいんですか? 佐藤さんが他の人と付き合っても」
「……は?」
それはほぼ脅迫と言って差し支えないが、俺を引き止めるには十分事足りた。
「あんな素敵な子ならきっと、茂流さん以外にも気になっている人は多いはずです」
「だから何だよ……」
「その中の一人が佐藤さんにアプローチして、恋人になるかもしれません」
「……」
機械のように無機質に、冷酷な表情で告げてくる。
それは一つの可能性にすぎない。
しかし確かに起こり得る未来で、俺にとっては最悪な妄想だ。
「今ここで動き始めなかったら、先に動いた人に佐藤さんを取られてしまいますよ」
「それは……嫌だ」
「嫌でしょう。けれどあなたの知らない人と、あなたの知らない場所で、あなたには決して見せない笑顔で、声で、言葉で。二人は関係を築いていくんです。……あなたは指を咥えて、それを遠くから眺めるだけ。本当にいいんですか? それで」
「っ?!」
胸がチクチクと痛んだ。
そんな感情に苛まれるなんて、想像しただけで悶絶できる。
「それが嫌なら行動あるのみです! 茂流さんのポテンシャルは私が最大限引き出して見せます! 幸せな未来、私と掴んじゃいましょう!」
差し伸べられたその手は、暗闇に灯る希望の光か、地獄に垂れる蜘蛛の糸か。
あるいは怪奇なAIの口八丁手八丁に乗せられただけか。
否、それが何であれ掴まずにはいられなかった。
「キャットアイの言う通りにすれば……俺は、佐藤さんと付き合えるんだな?」
「それは茂流さん次第です。が、私がいればその可能性は格段に高くなることを約束します」
「何だよそれ……まあ、わかった。……これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
こうして俺とキャットアイの不思議な共闘が始まった。
「じゃあ、まず何からやれば良い?」
「とりあえず3限の授業に出る事じゃないですか?」
「……うあっ!」
ごちゃごちゃ言い合ってたら始業までもう一分も無い。
俺は結局食べ時を失ったパンをバトンのように握って、構内を疾走する羽目になった。
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