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率直にお願い。読者の皆様、私の「パトロン」になってみる気、ありません?

実は前の記事で書いてみたことなんですが、独立エントリー記事にして、内容を大幅増補しますね。

このnoteを継続的にお読みになって下さるようになった皆様の少なからぬ部分は、特に「果てしなきスカーレット」が、実は世界映画史に残るクラスの超傑作なのに、観客動員がふるわずにレビューもどんちんかんとしか思えない不評だらけという日本の現実に直面したころから、完全に「覚醒」した「ゾーン」状態に入りっぱなしで、えらくマルチなジャンルでキレっキレの新規エントリー記事を量産できる態勢に忽然と切り替わったことは、認めて下さると思います。

おかげさまで、日々のアクセス数も、それまでの10倍という、とんでもない水準を維持しています。

コメントを書いてくださる方も、一気に増えましたね。ほんとうにありがたいことです。

できるだけ確認し、できれば全員の方にお返しコメントするつもりではいますが、私は私なりに忙しくて、まだお答えできてない方もあろうかと思いますが、どうかお許しください。

私の過去記事って、すでにむやみと多いから、とてもひとつひとつにコメントついてるかどうか、再点検できないでいます。

批判的なご意見を含めて、全部に紳士的にお返しするのが、私のポリシーですから、お待ちくださいね。


それはそうと。

私は自分で公然とゴーマンかますように、実は心理カウンセリング業界では、立教大学院博士前期課程を終えるタイミングで指導教官の村瀬孝雄先生が、臨床心理士の資格制度確立の最終段階で、「<西>(京都大学)の河合隼雄だけではなくて、永田町のおひざ元の<東>にも、政治家や官僚との交渉をトップレベルでする人材を東京大学に配置しておきたい、という、恐らく当時の心理業界のお偉いさんたちと文部省からの要請を受けて、ほんとうに「泣く泣く」東大に移籍し、それについて行く形で、私は、大学院研究生(博士後期待遇)として東大に移籍できたわけです。

私はそうなることを、心理専攻の助手さんに耳打ちされていて、事前にわかってたけど、まだ他の院生にも漏らせないシークレット事項でした。

なぜ助手さんが私にだけはそのトップ・シークレットを私には3か月も前に耳打ちしてくれたか?ですって?

それは、私の立教大学院での博士後期課程進学が、まだ選考試験前の段階で、教授会もシェアしている、既定路線だったからです(これ、村瀬先生、後に明言してくれました)。

要するに、村瀬先生は、私を自分の「後継者」として大学教授まで育てるつもりでいた(ただし、立教で)ということ。

少なくとも、学術研究者としては、それくらい見込まれていたということです。

東大移籍を院生たちに正式に発表する立教の研究室で、村瀬先生は、

「これで私の人生計画は無茶苦茶になってしまった!」

と、涙声から、ついには号泣になりました。

村瀬先生自身には、東大の教授になろうなどどいう野心も、名誉欲も、微塵もなかった。立教に骨をうずめるつもりしかなかった。

村瀬先生の「兄貴分」は、確かに東大の佐治守男先生であり、その佐治守男先生が定年退官したあとは、いわば「大空位時代」がはじまっていました。

これは佐治先生が、東大の名誉教授ではありますが、国立大学定年退官組の先生方にありがちなコースとして、よその、定年のもっと長い大学の教授職に更に転任するというコースを取らない道を潔くお止めになり、株式会社 日本・精神技術研究所に新設される「心理臨床センター」の所長に就任するという大英断を下したことの影響も大きいのです。

(株)日本・精神技術研究所公式サイトのトップページ

(株)日本・精神技術研究所って、心理業界の中では、かなり知られている名前だと思います。

なぜ「日本・精神・・・」と中点が入るかには、有名な逸話があります。

この組織は、当初はJR市ヶ谷駅そばにありましたが、後に旧ベネッセ本社のビルに移転しました。

いずれにしても、靖国神社のすぐそばなわけです。

そのため「日本精神・技術研究所」と理解してしまい、靖国神社の関連施設と思いこむ人が続出、右翼系の人たちの度重なる訪問を受ける始末になった(笑)

そこで「日本・精神技術・・・」に名称変更したそうです。

この、略称「日精研」は、何より「内田クレペリンテスト」の総括機関です。

企業の採用適性検査であまりにも著名です。

あの、となりの数字をどんどん足していく課題を時間を決めて延々やらされる奴。

読者の皆さんも、そのテストなら受けたよ、という方、非常に多いはず。

このテストの日本版開発者が、内田雄三郎という大学の先生でしたが、この先生が大学を辞めて創立したのが、この日精研の発祥です。

当然この心理検査には著作権があり、この検査の正式の評定権も、日精研の内田氏とそのご子息たちに法的には存在する。

ですから、ありていに言えば、日精研の業務の要は、今も、全国企業から送られてくる内田クレペリンテストの評定をして、企業にお返しするという業務であり、これだけで莫大な収益を現在も上げ続けているはずです。

ところが、この日精研の後継者の、ご子息の内田純平という方が、非常に見識の高い方でして、まさに佐治守男先生をお迎えしての、心理カウンセリングの研修活動を徐々に拡大していたわけです。

ただ、佐治先生が東大を定年退官されるとなった時に、日精研の内田所長は、ほんとうにおずおずと、「これからうちにもっとコミットしてもらえますか? カウンセリングの専門研修部門、うちの会社に立ち上げますので」と提案されたそうです。

ところが、内田所長の期待を超える、佐治先生の返事が、ほとんど即答で帰って来たそうです。

「うん、いいよ。カウンセリング研修部門のトップになってあげる」

こうして、現在に続く、日本を代表するカウンセリング研修機関、兼、大規模開業カウンセリングルームとしての、日精研心理臨床センターの歴史がはじまります。


ところが、非常に不幸な現象がありました。

それは定年退官した東大の佐治先生の後任、常識的に言えば、佐治先生の若い頃からのお弟子さんがすでに40代になっていれば、跡を継がせればよかったわけですよね。

詳しい原因は私にはわかりませんが、実は、その世代に該当する佐治先生の弟子、不在だったんです。

実際に東大大学院に後に赴任される佐治先生の直弟子である、下山晴彦さんですら、佐治先生退官時に、わすか30歳くらいでした。

この、佐治先生定年退官時に30歳前後の直弟子というのは、その後有名な先生方でも軽く2ダースいます。

残念ながら惜しくも亡くなられた方も出てきましたが、それ以外の先生方は、今やカウンセリング業界の重鎮、レジェンドだらけです。

私は、そういう、兄貴分、姉貴分からの、程度の差こそありますが、有形無形の影響を受けて、今日の私の基礎を形作りました。

もし村瀬先生が立教にいたままで、私も立教だけにいたら、とても不可能だった私の「財産」です。


実は私は東大大学院研究生在籍の段階から、この日精研心理臨床センター所属の特別嘱託社員でした。つまり、この心理臨床センターで、「フォーカシング個別指導」担当非常勤カウンセラーをその後関東を離れるまで、20年続けています。

それに加えて、このセンターからの「派遣」という待遇(当時まだ竹中平蔵ブレインの小泉内閣以前だから、「派遣」というのはたいへん珍しい形態でした)で、法政大学多摩学生部の非常勤の学生相談室カウンセラーに赴任します。

ですから、私は法政大学との直接雇用関係はなかったわけです。

あくまでも私の上司は、心理臨床センター所長の佐治守男先生その人(途中で佐治先生はお亡くなりになり、佐治先生が脳出血で帰り道に街頭でお倒れになる直前の深夜に日精研で先生と言葉を交わしたのが確実な最後の人物がこの私、というおまけまでつきます)という状態が、私が明治学院大学学生相談センター常勤時代も、パート勤務としての日精研非常勤カウンセラーは継続、それどころか横浜で開業以降すらそれは継続、まさに関東を離れるまで続いていましたから、実は私が20数年という、一番長期に渡り在籍し続けたのは日精研に外ならないわけです。

*****

実はもう少し、このあと私の、多く心理業界人やフォーカシング関係者すら知らない私のキャリアを明かして、

私って、何のめぐりあわせなのか自分でもわけわからんけど、

カウンセリング業界では稀にみる「良血児」なんですぅ


というあたりをフランクにお証しして、

だから、

みなさん私のこと、勝手に儲かってると思ってるでしょ?


でも、そうではないの。

警備員のバイトするくらいに、経済的にはたいへんなんよー

ということを、敢えてアピールしたいわけですが、その続きは、あとで加筆することにします。


実は、一度、念願の、閉鎖病棟のある単科精神病院のフルタイムに採用されたんですけど、諸事情(現場サイドの評価ではなく、雇用採用サイド上層部とおりあいつかくなって)により、短期間で辞めさせていただきくことになり、現在再度、今年度末という絶好のタイミングではありますので、全国どこに移住してもOKという条件で、私という心理職を常勤として「適正価格」で買ってくれる職場を探しています。


いずれにしても。

これだけのマルチで魅力的なコンテンツ、時には体験談(全部実話)を交えた爆笑エンターティメントとして、時には超ハードな、恐らく現代日本の現場心理臨床領域最先端の、学会誌に載ってもいい専門論文レヴェルの考察ととを描き分けるネット上のクリエイターって、皆さん、読んだこと、あります?

【追記】:実はこの記事を書いた直後に生じた事件(?)に基づき書いた新作ですが、恐らく私の文句なく最高傑作というか、超話題作になるでしょうね。特にASDの恋人いる人、読んでみて。

敢えて言うけど、

東畑開人さん


より売れてもおかしくないん違う?

「ふつうの相談」レビューという、恐らく現段階でのこの本の最高レヴェルのレビュー状態を今も堅持している記事

を書いて以降、東畑さんには、私の主要記事、DMやレスで送り続けているんですが、東畑さんすでに、私が次々送ってくる内容に、

もう勘弁してくれよー


状態だと思う(笑)

私は私なりに、まだ面識はないですが、東畑さんや山崎孝明さんの活動に非常に注目していまして、お二人は、非常に重要な試みを続けておられるとは思っています。

ただ、私には私なりに、このお二人の、現在の心理業界での立ち位置と評判の持つ、非常にデリケートで危うい側面に気づいています。

批判ややっかみが多いのも当然と思う。

(私は、学会会場でサイン会開いてもいいと思いますよ。もし私が新著を正式に出版社から出せたら、私も心理臨床学会でサイン会開く側に、公然とまわります)

でも、この際だから、

本音、ズバリ書いときます


ね。

東畑さん、もっと「どっしりと構えてて」いいはずです。


なぜ、普段のご自身のXのアカウント、ご自身の本の書評やワークショップの参加の感想のリポストだらけにするという「誘惑」に負けているんですか?

そんな拡散は、東畑さんの愛読者やファンが勝手にいくらでもやってくれます。

東畑さん自身率先してやらなくていいことのはずなんです。

そうしたふるまいが、あなたに「嫉妬」している他の同業者の目にどう映るか、考えてみたことありますか?

「売名行為」の鬼

ほんとうは、自分に自信がない、「ナルシスト」


これって、敵を増やし、新たな東畑さんへの揶揄を量産する悪循環にしか、私には見えませんが。

将来の大家である東畑さんは、

もっとどっしりと、

悠然と、

構えているべきなんです。


そうでないと、確かに手が届く可能性がある、

「河合隼雄の後継者」


なりそこないますよ。

これは、「なぜか(おそらく神様の「お計らい」ですが)」、カウンセリング自体ではなかなか食えなくて、警備のバイトすらしてるけど、村瀬孝雄・嘉代子ご夫妻の「血」を受け継ぐ「超良血馬」である、そして東畑さんたちよりは上の世代に生まれた私からの、こころからのメッセージです。

ちなみに、あの。


私は東畑さんや山崎さんと心理臨床学会で直接お会いして、腹を割って本音の話をしてみたい気持ちはあります(声をかけても、逃げないでください 爆)。

でも、

お二人とコラボして、

コネ作って、

「おこぼれ」に預かろうとか、

微塵も考えてませんから。

その「必要」は、恐らく、ないです。



というわけで、

恐らく、カウンセラー業界では稀にみる魅力的な文章クリエイター自分で言うなよな!なのわかってるが、どうもただ「待って」いてもそれをなかなか認めてくれる人、出てこないから)であることは、読者の多くの皆様、もうわかってると思うから。

このnote機能の「投げ銭」ももちろん嬉しいんですが(やっと昨日、はじめていただいた)。

読者の皆様、

あっさり、

私の「パトロン」に、

もう一歩踏みこんで、

なってくれへん?

これに申し込んでいただければいいです。


メンタルヘルスのサポートと、このnoteでの新記事がホットでアップ・トゥー・デートなものになるおまけがつきます(笑)

さすがに思わん? 皆様。

私がもし、
アニメの新作劇場映画「全部」の封切り直後レビューとか、
その映画公開時の舞台挨拶「全部」とか、
人気のアニソン歌手(May'nさんならMay'nさんでいいや)のライブ参戦レポート
とか、
今よりほんの少し高性能のスマホとビデオカメラとPC
(今俺使ってるの1万3千円の中古やかんね)持って、
東京とか大阪に出向ける「機動力」を持ったら、
あるいは「設定資料集」の類のグッズ、
無理なく買え出したら、

果たしてこのnoteの記事コンテンツのクオリティ、今後どうなるか?


投資してみる、価値、ないですか?


1963年放送開始の、白黒の「鉄腕アトム」本放送からアニメや特撮ずっとリアタイで観て来た、「重要無形文化財」レヴェルの鑑賞歴を持った、最新深夜アニメですら多少は観ている、日本のアニメの歴史と共に歩んできたウルトラ級のディープ・おたくっす。

(その大半の蘊蓄は、ネットで記事にしてない.。
・・・例えば、私が本気で冨野由悠季さんの作家論はじめたら、どうなるか?とかね。
私に「ニュータイプ」論書かせたら、とつもないスケールの、たいていのカウンセラーもドン引きの書けます。
今、まさに目の前に「閃光のハサウェイ」という格好のエサがぶら下がってるんだが、ちょうど劇場に行く資金ないんだよね・・・)。

若い頃は、徳間書店の「アニメージュ」編集部に読者代表として何回か出入り許されたレヴェルっす。

ここではご迷惑かかるといけないからお名前は出しませんが、おたくの皆さんがその名前を知ったらビビるレベルのアニメ監督さんからファンレターのお返事や、ヒロインの直筆イラスト、それどころがご本人がお会いして下さったケース、2回あります。

(だから、「迷宮のしおり」大阪ティーチインで河森正治さんと、他のファンに謙虚に混じってお話しできたなんてことは、まったく平常モードの感覚)

実は、「メガゾーン23」とか「トップをねらえ!」が劇場公開された時の舞台挨拶も参戦してまして、ということは、石黒昇さんや亡き鶴みろみさんや庵野秀明さんや「仇敵(爆)」オタキング岡田斗司夫さんの実物拝んでます。

JPop好きになれば浜崎あゆみのおっかけしてたくらいのアクティヴ派

自分で同人誌出して、雇った部下にウマ娘のコスプレさせたんだな。

ついでに、ウルトラ級のクラシック音楽おたくでオーディオおたく、ですらある。

ダメ押しは、しばらく前に出会った今の彼女が、「推しの子」から抜け出し出した「リアル星野アイ」やん?と、一部のほんものの写真見せた信頼できる人に卒倒された現実があるくらいに、おたくらしくない、女性との交際上手だったりします。

恐らく「弱者男性」に異性と徐々に親しくなる方法、レッスンさせたら、私ほどの実力者、滅多にいないと思います。

更に、フェミニズムについては、一番徹底的にその本質、つかんでる、日本における男性側のカウンセラーのひとり、という自負、あります(複数の著名活動家の方と、交流あります)。

フェミニズムって、実は男性の尊厳を守るための思想でもあり、実践活動だって、なかなか気づかれてないよね。



・・・というわけで、皆様、どうかよろしくご検討のほどを。




















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