【Vol.8】『健康』とは、肉体的・精神的・社会的・スピリチュアル的に満たされた状態のことである。
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
食と運動の話3部作は、読んでいただけたでしょうか?
(過去から現在に至るまで、私の歴史を一気に振り返ったような内容にもなっています)
大容量なので、お時間あるときにゆっくり読んでみてください👍
このシリーズの記事では、私が「パーソナルトレーナー」から「ととのえ職人」になっていった経緯(出来事や想い)などを書きながら、実体験と専門家としての立場から、
なぜ、ととのえることが大事なのか
ととのえるとはどういうことか
どういうふうに、ととのえるのか
ととのえると、どんな効果があるのか
その他、心と体の健康に役立つこと
なども、織り交ぜながら書いていますので、少しでも興味を持ったら、ぜひ読んでいってください。
きっと、何かしらのお役に立てる情報があると思います。
ただ、どうしても毎度ボリュームが増えがちだし、更新間隔も空きがちだし、伝えたいことが伝わらないかもしれないと考え、
3000字程度で、ちょっとゆるめに、日々思ってることとか、感じたことを、サクッと書くパターン(小語り)も始めました。
今回は、ちょくちょく語り、先日も少し書きましたが、
私の考える、本質的な『健康』について、語りましょう。
※情報が多岐に渡るのと、ボリュームが多い(関連記事も多い)ですので、時間ある時に、ゆっくり読んでください。
※関連記事は、文章の合間に差し込んでいます。途中途中すべて読んでいくと先に進まない可能性がございますので(笑)、一度全部読んでから、気になったものを読みなおす、という方法もお勧めです。
私が普段どんなことを提供しているかは、自己紹介記事をお読みください。
今も昔も『健康』という価値を伝える職業である
まず、初めに。
こちらは、12年前の私が発信する「健康」について。
こちらは、7年前に書いた『健康』について
これは、先日書いたもの。
『健康』については、健康を提供する立場として、ずっと考えてきました。
健康とは何なのか?
健康になるには?
健康と言える状態は?
健康と言える判断基準は?
どんな人が健康と言えるのか?
どんな人は不健康と言えるのか?
など。
まだフィットネスクラブの社員として働いていた頃。
肩、腰、膝、肘など関節が痛い痛い言いながら筋肉をつけているボディビルダーたちを横目に、健康ってなんだ?健康を害してまでやるトレーニングってなんだ?と疑問に思っていました。
※競技としてやられているので、その点の理解はしておりますが、『健康』を伝えるトレーナーとしては、疑問があるということです。
※競技者を見る場合は、目的が違うので、ハードなトレーニングを行う場合もあります。
※ただし、トレーナーとしては、絶対に怪我はさせないというのが大前提になります。
また、明らかに内科的疾患や精神的疾患なのに、手段として、単に筋トレをしようとしている人たち・している人たちを見て、果たして本当にこれでいいのか?とも考えていました。
それで、そもそも、健康の定義ってなんだ?そういえば、WHOの定義があったなと思って、調べ直したら、とても納得し、以降、私が発信する『健康』とは、WHOの定義に則った「包括的な健康」になりました。
※健康かどうかは、主観的な感覚による部分があるので、定義化が必要だと考えました。評価できないと、対策も練れないですからね
※WHOが定義する『健康』については、後述します。
食と運動の話〜医療と食事〜(中編)でも書きましたが、父親のガン発覚からの死に至るまでの期間が、より健康というもの、人生というものを考えるきっかけになりました。
※客観的に見て、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、当時の状況で、父が健康であったとは思いません。
※それらを害する要因に関しては、尊厳を尊重し、現段階では述べずにおきます。
とはいえ、当時の理解としては、トレーニングをしておけば、肉体的にも良いし、精神的にも良いし、その結果、社会的にも良くなるだろうという程度の認識ではありました。
12年前に書いた記事の最後に、「心も体も良好な状態にする事ができるのが、トレーニングです。トレーニングしましょう。」と結んでいるのは、まだ「パーソナルトレーナー」を名乗っていたからです。
パーソナルトレーナーが『健康』を売るには、「トレーニングという手段」を通じてになりますからね。
しかし、だんだんとトレーニングなんかしなくていい!とか、ブログに書き出していきます。目的と手段がズレてるだろ!と、より本質に向かっていきます。
所詮、「トレーニング」なんて手段の一つでしかありません。
実際に、目的をお聴きしていくと、手段としては、それだとトレーニングじゃないんだけどな…と思うことが多くなっていきます。
※これは、当時のご依頼に多かったのが、「ダイエット」や「痛みの改善」が多かったのもあります。
※ダイエットは、食事の話がメインで、痛みの改善には、動作改善(機能改善)がメインです。いずれも、心の状態の影響も受けています。
※痛みの改善に関しての記事も書く予定です。
そこから、「ととのえる・つかえる・きたえる」とか、どんどん自分の提供する価値やサービスをより具体的に定めていきました。単に、鍛えるだけでは、本質からズレていると、確信に至ったからです。
とにかく、考えて考えて、深めて深めて、今があります。自身が感じたことに対して、思考を深めていきました。それを追求していったら、普通のパーソナルトレーナーではなくなっていました(笑)
『健康』になることを目的とするならば、手段は「トレーニング」ではありません。要素の1つではありますが、絶対ではありません。少なくとも、トレーニングだけでは、健康になれません。
※これは、トレーニング指導をしてきた身だからこそ、言えることでしょう。トレーニングしただけで、『健康』になった人はいません。『健康的』になった人はたくさんいますが。
※私の場合は、トレーニング指導をしてると見せかけて、実は心や思考、人間関係、生活習慣、あらゆるところまでアプローチしています。だから、本人はただトレーニングしてると思っていても、実は結構違うことをやっていたりします。
なぜなら、トレーニングだけでは満たされないから。
肉体的健康にしか目が向いていないから。
※とはいえ、トレーニングを通じて、精神的健康にも影響を与えることもできます。体を鍛えることを通じて、心も鍛えられる側面もあるからです。心身一如ですから。
※また、体が変化することで、自信がつき、精神的健康が満たされていくという側面もあります。
※さらに、トレーニング仲間などができることによって、社会的健康が満たされたり、仕事にも良い影響が出て出世して、それによって精神的健康が満たされたり、ジムがサードプレイス化することによって、精神的健康・社会的健康が満たされたりすることもあります。
※一概に言えることは何もなく、結果として、良い変化が出るならいいじゃない、とも思うので、トレーニングを通じて健康になりたい!大いに結構です👍
『健康』とは、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、満たされた状態であるので、手段はトレーニングに限られません。目的に対して、手段は何が適切か?何が必要か?を、考えるのが本来の姿でしょう。
ところが、今の世の中は、手段が先行して、目的を手段に合わせているような状況です。パーソナルトレーニング、ピラティス、ヨガ、その他色々、、フィットネス系だけでも、もうよくわからない状況です。
フィットネス以外にも、治療系もあれば、栄養系もあるし、他にも色々あります。
そこで、『健康』のための手段として、大きく5つのカテゴリーに分けて考えるようにしました。それは、運動・治療・食養・休養・心の5つです。
これらの視点から包括的に捉え、その人にとって、何が今ベストか?優先順位はどうか?取りかかりやすいのはどれか?という視点で考えています。

それぞれの詳細に関しては、書ききれないので書きませんが(また別の機会に書きますね)、これら5つの要素から手段を考えていくと、だいたいどれかに当てはまります(複合的な場合がほとんどですが)。
これが、Your Best Solutionという発想ですし、Your Best Solutionという発想だから、トレーニングというものにこだわらないし、トレーナーとしての立場より大きく、広く、高く、深く、捉えているわけです。
※それで、パーソナルトレーナーという枠を超えて、『ととのえ職人』と名乗るようになったのです。
WHO:世界保健機関が定義する「健康」
「健康」とは何なのか?改めて、その定義をまとめておきましょう。
WHO(世界保健機関)は、1948年に、次のように定義しています。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(WHO)
健康とは、単に病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること。(世界保健機関)
『健康』とは、ただ病気でないとか、運動できるとか、そんな次元の話ではないんです。
※ここで『健康』という意味で使われている単語が、最近流行りのwell-being(ウェルビーイング)です。
※ウェルビーイングという概念については、また別の機会に書きます。
※beingというのがポイントで、状態を表すということです。
※『健康』とは、なる(do行為)ものではなく、ある(be状態)ものであると言っていたのは、こういうことです。
続・WHO:世界保健機関が定義する「健康」
1998年のことです。
WHOの執行理事会(総会の下部期間)において、『健康』の定義を以下のように改める議論がなされました。
Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual
and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、社会的にも、スピリチュアル的にも、ダイナミックな状態であり、すべてが満たされた状態にあること。
前述の文章に、dynamicとspiritualが、追加されています。
※「健康」の確保において、生きている意味・生きがいなどの追求が重要との立場から提起されたものとされています。
dynamicは、健康と疾病は別個のものではなく連続したものであり、
spiritualは、人間の尊厳の確保や生活の質(Quality of Life)を考えるために必要で本質的なものだという観点から提案されたそうです。
また、健康の定義の変更は基本的な問題であるので、もっと議論が必要ではないかという意見からも提案されたそうです。
最終的に投票となり、その結果、賛成22、反対0、棄権8で、総会の議題とすることが採択されました。しかしながら、その後、審議はされないまま現在に至っております。
肉体的にも、精神的にも、社会的にも、スピリチュアル的にも、満たされた状態が「健康」なのではないか。そして、それらは表裏一体で、流動的なものである。
定義化までは至っておりませんが、とにかく、「健康」とは、ただ運動をするとか、そんな単純なものではなさそうだ、ということはご理解いただけるのではないでしょうか。
『人間』というもの
Your Best Solution(あなたに合った最善の解決方法を提案・提供する)を考えていく中で、顧客のことをより深く理解しようと考えていきます。
パーソナルトレーナーという立場から、『個を観る』『人を観る』というところから、『人間』というものの理解が必要だと考えました。
※『人間』を相手に、『人間』を良くするのだから、『人間』というものを理解するべきだと考えました。
※また、同時に自分自身の『人間力』を磨いていくべきだとも思いました。
私の現在の見地は、このようになっています。

これに関しても、細かく書いていくとまた文章が長くなり過ぎてしまうので、別の機会に、詳細に関しては触れたいと思います。
※ワードを見ていただけば、察していただけるかと思いますが、科学的にも、哲学的にも、仏教的にも、スピリチュアル的にも、語れます。対象者に合わせて、視点を変えてお伝えしています。
とにかく、より高次元に捉えるという感覚になっていき、高次元で捉えてるから、5次元の世界から見て、スピリチュアル的健康というものも含めて考えているというわけです。
※スピリチュアルの世界は五次元ですから、実際に次元が違います。
※3次元や4次元の世界から、5次元の世界を見ようと思っても見えません。人は体験してないことは分からないからです。
※でも、こうであるならば、、と推察はできます。
※科学信仰が強い方は、証明できないものは信じないと言いますが、否定から始まる、否定して終わるのは科学とは言えないと私は思います。
※分からないものを証明していく、研究していくのが科学でしょう?だから、逆にないって証明するまでは、ないって言えないわけですよ。
※むしろ、この世界で科学で証明されてる方が圧倒的に少ないわけで。
※逆に、あるって考えた方が説明がつく、納得できるということがたくさんあります。それを証明していくって方が楽しくないですか?そもそも、科学ってそういうものではないですか?
※とにかく、また別の機会に語ります。
スピリチュアル的健康については、1998年に提言されただけで、正式に定義化はされていませんが、いずれ正式に加わるだろうと私は思っております。
※むしろ、WHOが定義しようがしまいが、私はこの定義に納得しているので、この定義に基づく『健康』を提供していきたいと思っております。
とにかく、高次元で物事を捉えられるようになると、同じ景色でも全く違ったものに見えてきます。説明がつかないものが、説明つくようになります。私はそうやって、視野を広げてきました。
※これは、新入社員が先輩社員の視点がわからない、部下が上司の視点がわからない、社員が社長の視点がわからない、というのと一緒です。自分より一つ上の立場で物事を観れると、仕事ができる人になれますよね。
※シンプルに、高いところから見渡せば、いろんなものがよく見えるし、気がつかないことに気づけたりします。
※視野を広げるというのは、そういうことです。自分の見えてる世界だけで物事を語るのは、視野が狭い証拠です。そんな視点もあるんだと思えた方が、素直な心で入れた方が、人としての成長もあると思います。
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Posted by 五木田 穣 on Wednesday, November 16, 2016
とにかく、自分が納得しないと納得しない気質なもので(笑)、自分が納得するものを追求していった結果、現在に至っております。
本質的な『健康』を伝えるのがミッション
『健康』という価値を伝える立場として、私のさまざまな経験を通して、この限られた命を何に使っていくか、自分自身のミッション(使命感)や、実現したい世界(ビジョン)を、常に考えてきました。
現在のビジョン、ミッションは下記のように定めています。
(進化・深化・真価して、こうなりました)
■ビジョン
一人一人が、自分らしく、笑顔で過ごせる『自立と共生』した社会の実現
■ミッション
心身ともに『健康』でありたい方のために、「方法」と「場所」と「出会い」を提供する
それは、Your Best Solutionという信念(最善の解決方法を提案・提供する)と定めた必然だったのだと思います。
下記のように、行動指針(価値観)も定めました。
■コアバリュー(価値観)
・Your Best Solution
私たちは、あらゆる可能性から、あなたの心と体に合った最善の解決策をご提案致します。私たちが提供したいのは、根本的な問題解決です。それを実現するために、あらゆる分野の最新の知識と技術を学び続けます。
・Your Best Partner
私たちは、あなたの生活を笑顔にするベストパートナーでありたいと考えています。教える教わるの関係ではなく、対等な立場で、あなたと同じ目線で考え、あなたにとって何がベストかを共に考え続けます。
・Your Best Supporter
私たちは、あなたの気持ちに寄り添い、心と体のサポートをします。一生涯のパートナーとして、サポーターとして、私たちにできるすべてを提供いたします。
最善の方法を探求するのだから、視野は広くなければいけません。だから、専門性に固執せず、分野を問わず、探究し続けてきました。
そして、私自身の価値は何か、私は誰の役に立てるのか、何を伝えられるのか、何を伝えたいのかを考えに考え抜いて、本質的な『健康』を提供していくことだと定めました。
■存在意義(パーパス) 私たちが存在する理由=価値
身体的、精神的、社会的、スピリチュアル的に満たされた『健康』を提供する。
なぜなら、ここまで徹底的に『健康』というものを、多角的に、本質的に、根本的に、包括的に考え、研究して、さらにその目線で提供している人は、他にいないという結論に達したからです。
※それぞれの要素を語る人はいても、全体を観てる人は、いないでしょう。
※特に、スピリチュアル的健康も含めて、『健康』を捉えている人、述べている人は、私の知る限り、いません。もし、いるのであればお話したいです(笑)
※また、それぞれの要素に対する深掘りレベルもなかなかいないと思います。普通一つに絞るのを、全部掘ってますからね(笑)
※でも、実際に穴を掘ってみると分かるのですが、1つの穴を掘るより、4つの穴を掘った方が、横への広がりがでて、縦へも掘りやすくなるんですよ。一気に抜ける時があるんですよ。
ここまで、色々と私の記事を読んでくれている方は、そう感じていただけるのではないでしょうか。
そして、具体的には、下記のように定義しました。
『私たちは、「健康」とは、それぞれの健康要素が複合的に満たされたものであると考え、それぞれに対する方法をご提案・ご提供します』
・身体的健康:
日常生活に不自由なく「いきいき」と過ごせること
・精神的健康:
自尊心に満たされ、幸福を感じ「いきいき」と過ごせること
・社会的健康:
人とのつながりの中で、共同体感覚を持ち「いきいき」と過ごせること
・スピリチュアル的健康:
大自然・神仏・宇宙とのつながりを感じ、「いきいき」と過ごせること
以下に、詳細を書いていきます。
※この「いきいき」にも、意味があるのですが、全部書くとキリがないので、また別の機会に書きます。
身体的健康とは

これは、肉体的に問題がないことを指します。
肉体的に問題がないというのは、
『人体の構造と機能』に問題がないこと、と定義しています。
あらゆる道具も、構造と機能があります。
構造に欠陥や不良があったり、機能に問題があったら、困っちゃう。
最低限の構造と機能を有していること。
不満がないこと。支障がないこと。
人の体は、各組織によって構成されていますので、
これら各組織に問題がないこと、正常であること、構造的に問題がないこと。
※細胞はどうか、筋肉はどうか、関節はどうか、神経はどうか、内臓はどうか、脳はどうか、血管はどうか、血液はどうか、体液はどうか、、、など、とにかく一つ一つの構造を見ていきます。
※医学的に、解剖学的に、と表現するとイメージしやすいかもしれません。
※「問題がない」という表現もポイントです。構造や機能に異変・変異があっても、問題として何も生じていなければ、問題ではないからです。
※また、本人の主観もあります。他者からみて異常でも、本人にとっては普通だったりするので。
※本人が問題に思っていなければ問題ではないのです。
車で言うなら、車検がとれている状態です。
また、機能として問題がないこと。各機能は、正常に働いているかどうか。
※自律神経はどうか、血流はどうか、ホルモンの分泌はどうか、免疫はどうか、、、など、各組織の機能を見ていきます。
※医学的に、生理学的に、と表現するとイメージしやすいかもしれません。
車で言うなら、車自体のスペックと運転技術と言えます。
とにかく、病気だとか病気じゃないとか、弱っている弱っていないとかではなく、その人にとって、生活に支障がない状態(精神的健康に影響を及ぼさない範囲なら)を、身体的に健康と捉えます。
※俗にいう障がいに関しては、先天的でも後天的でも、その人がその人らしく過ごせているのならば、身体的に健康と捉えます。
※人体の構造と機能も、人それぞれですから。
※その人の持っている身体的特性を踏まえて、健康的に過ごせているかどうかと考えます。
精神的健康とは

精神的健康は、大きく4つ(情緒的健康、知的健康、社会的健康、人間的健康)の要素に分けて考えられ、これら4つの要素が満たされていること、バランスが取れていることを、精神的に健康と捉えています。
情緒的健康は、感情の表現とコントロールができること。
喜怒哀楽の感情を表現できるか。
それは、適切な範囲か、建設的な範囲か。
嬉しい時に、嬉しいって表現できるか。
楽しい時に、楽しいって表現できるか。
怒った時に、建設的に伝えられるか。
哀しい時に、哀しいって表現できるか。
自分の感情のコントロールができるか。
怒り狂ったりしないか。
ずっと落ち込んでいたりしていないか。
他者の感情に共感できるか。
寄り添うことができるか。
知的健康は、思考能力。論理的思考。問題解決能力。
一言で言えば、考える力。
人間だからこそ、知識や経験をもとに考えることができる。
何か問題が生じた時に、何をすべきか、どうしたらいいか、考えることができれば、その問題を解決することができる。
これができないと、悩む。苦しむ。困る。
知的動物な人間だからこそ、知性も身につけたい。
社会的健康は、人や社会と建設的な関係性を築けるか。
一言で言えば、コミュニケーション能力。
情緒的健康とも関連しますが、人間関係を円滑に保てるか。
他者に依存し過ぎたり、他者を否定し過ぎたり、他者を拒否し過ぎたりしていないか。適度な距離感で、人と関われているか。
人間は、人と人の間に生きるから「人間」であり、人間は社会の中で生きていく社会的動物です。
アドラーは、『人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである』と言っていますが、対人関係=社会ですから、『健康』を考える上で、社会的健康が一番影響が強いと私は考えています。
人間的健康は、人生の目的や意義について、自分の考えを持っているかどうか。いわゆる、ビジョンやミッションと言ってもいいと思います。
人間だからこそ、この人生をどうやって生きるか、何をしたいか、したくないかを考えることができます。人生の目的や使命を考えることができます。
人間らしく生きる。人間力を高める。
自分さえよければいい。そんな考えは、不健康です。
今さえよければいい。そんな考えは、不健康です。
主体的に、世のため人のために生きる、
そんな人は、健康であると言えます。
※また、個人の気質(性格)、身体状況(先天的、後天的な身体の状態)、社会状況、経済状況、住居や職場の環境、対人関係などの影響も受けます。
※ゆえに、ダイナミックで、流動的なものであり、これといった正解はありません。その都度、その状況の中でのベストがある。どんな状況下においても大丈夫な状態(do行為ではなくて、be状態)にしておきたいところです。
社会的健康とは

精神的健康の1つの要素であり、精神的健康と密接な関係にあります。
先述もしましたが、人間は、人と人の間に生きるから「人間」であり、人間は社会の中で生きていく社会的動物です。、『健康』を考える上で、社会的健康が一番影響が強いと私は考えています。
いかに、社会と建設的な関係性を築けているか。
いかに、良好な関係性を保てているかが、大切です。
社会的なつながりの有無・社会的孤立感は、喫煙や飲酒、高血圧等よりも、死亡率に影響する、というのが研究で明らかになっています。
スマホばっかりいじってる場合じゃない。今の『世の中が不健康』なのは、人間関係がどんどん希薄になってきているからとも言えます。
「おひとりさま」とか言ってる場合じゃない。
余計な人間関係で悩むのもよくないですが、人間は人間だからこそ、良好な人間関係が必要です。
もっと、スキンシップ、たくさん取った方がいいです。
スピリチュアル的健康とは

スピリチュアル健康とは、最も理解が難しいところだと思います。
シンプルにいえば、
「サムシンググレート」という存在を信じることができるかどうか。
宗教ではありません。神とか仏とか、そんな偶像崇拝じゃなくて、
大いなる存在、偉大な力、何かに導かれてる、何かに護られている、そんな感覚があるかどうか。
昔の日本人なら持っていた
『お天道様に恥じないように生きる』
そんな感覚。
『ご先祖様が見守ってくれている』
『ご先祖様に恥じないように生きる』
そんな感覚。
大自然と対峙したとき、思わず手を合わせたくなる。
そんな感覚。
これも書いたらキリがないので、別途まとめようと思いますが、そもそも見えない世界の話ですし、高次元の存在の話ですから、言葉にするのは難しいです。感覚的に理解できるかどうか。
これは、頭で理解するものではありません。
心で理解するもの、魂で感じるものです。
とにかく、大いなる力によって、生かされている、護られている、そんな感覚が少しでもあれば、スピリチュアル的に健康だと言えるでしょう。
アドラーが想定した健康とは

ついでに、アドラー心理学の観点からも述べると、アドラーは、
「共同体感覚」の備わった人は、精神的に健康だとみなしています。
共同体感覚とは、「共同体」への「所属感」「共感」「信頼感」「貢献感」があること。
共同体とは、1番の最小単位は自分が所属するコミュニティなどです。学校や会社、部活、サークル、習い事、自治体、仲間など、自分が関わる人たちとの付き合いです。
そのコミュニティに対して、自分が所属している、一員の1人だという実感があるかどうか。自分の存在を感じれるかどうか。1人じゃないって思えるだけで、精神的に健康と言えます。(社会的健康と言ってもいいでしょう)
共感とは、喜怒哀楽という感情を共に感じれるかどうか。分かち合えるかどうか。(情緒的健康)そんな存在がいるだけで心強いものです(社会的健康)。
信頼感とは、無条件に信じ、頼ることができるかどうか。そんな存在がいるならば、安全基地として機能し、精神的に健康だと言えます。
貢献感とは、自分が役に立てているという実感があること。これがあると、自己有能感や自己肯定感を保つことができ、精神的に健康と言えるでしょう(人間的健康と言ってもいいでしょう)。
先に、共同体とは、1番の最小単位は自分が所属するコミュニティなどと言いましたが、アドラーが想定した「共同体」というのは、そんな小さなものではありません。

過去から現在、そして未来に至るまで繋がれてきた「いのち」。
これから繋がっていく「いのち」。
現在に至るまで繋がれてきたこの社会、文明、システム。
さらには、人間だけでなく、すべての「いのち」や地球や宇宙まで、この世界ははすべて一つであるという世界観。とても壮大で、スピリチュアル的で、東洋的で、哲学的で、仏教的だなと私は思いました。
人間だけでなく、すべての動植物(いのち)に優しい、私たち人間にとっても『健康』で、動植物にとっても『健康』で、地球も『健康』になれる。
私の考える本質的な『健康』は、そこまで想定しています。
アドラーが語る『精神的健康』は、社会的健康とスピリチュアル的健康も含まれています。(心身一如だから、肉体については言及する必要がない)
アドラー心理学を学び、実践することも、『健康』であるために有用だと私は思います。
今回も、長くなりましたが、まとめていきましょう。
健康に「なる」ために
まずは、身体的・精神的・社会的・スピリチュアル的に満たされた状態が『健康』だと知ることです。
それで、それぞれの要素に関して、自分にとって必要だと思うもの、優先順位の高いものから取り組んでいけばいいと思います。
健康で「ある」ために
『健康』とは、「なる」ものではなく、「在る」ものです。
「do」行為ではなく、「be」状態です。
まずは、行為doをしていく。そして状態beまで持っていく。
健康で『在る』ためには、
まず、自分の心と体と向き合い、自分の「好き」を大切にしましょう。
長ったらしく書きましたが、
シンプルにまとめれば、自分の心と体が、『快適』であればそれでいい。

自分の『快』を大切に、いろんなものをととのえていく。

自分が好きなこと。好きなもの。好きな場所。好きな時間。好きな仕事。好きな人。それらを大切にする。それらを第一に優先する。
自分が嫌なこと。嫌なもの。嫌な場所。嫌な時間。嫌な仕事。嫌な人。なんで、そんなことをわざわざしないといけないのか。なんで、自分を犠牲にしてまで合わせないといけないのか。
自分の「好き」という感情を大切にし、自分の周りが「好き」で満たされた時に、あらゆる不安や不満、悩みは消え去り、人は幸せを感じ、全てにおいて満たされた状態となり、それが「健康」である。と、私は考えています。
「ととのえる」の具体例は、今後一つ一つ書いていく予定ですので、楽しみにお待ちください😁
とにかく、これからもいろんなことを書いていきますので、気に入ってくれた方は、引き続きよろしくお願い致します😊
私の記事は、こんな方にお勧めです!
心と体を快適に過ごしていきたい方
本質的な『健康』で在りたい方(健康はなるものではなく、在るものです)
自分の人生を、自分の頭と心と足で歩いて行きたい方
トレーナーや治療家などの、心と体の健康に関わる職業の方
私という存在に興味を持ってしまった方(笑)
記事中の内容やそれ以外のことでも、ご質問やこんなことを知りたいというのがあれば、お答えしますので、お気軽にコメントなどしてください👍

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