見出し画像

やくざい師の叶え薬~ケアテイカー優の場合~ 【一】


あらすじ


「私もヒーローみたいに、誰かを助けたい」
幼い頃そう願った春田優は、大人になった今も“いい子”であり続けていた。無理や不満を飲み込む日々は、不眠となって心をむしばむ。
そんな優が導かれるように訪れた不思議な〈梟堂薬局〉で、やくざい師・釉薬から願いを叶える薬を貰えることになる。
優の願いは「自分の身体を差し出して、他人を癒す薬」。
差し出せば差し出すほど感謝され、報われるはずだった。けれどその善意は、やがて周囲を遠ざけ、自分自身も壊していく。
救いたかった“本当の誰か”とは、いったい誰だったのか。母との共依存に向き合い、本当の自分を取り戻す。優しくて痛い、現代ファンタジー。
  

登場人物


●春田  優(はるた  ゆう)

会社事務員 20代女性
自分より他人を優先してしまう、無自覚ないい子症候群。何かをしてあげないと自分に価値が見いだせない。
周りの評価は「真面目で優秀、優しくて一緒にいたくなる人」
外見もかわいらしく、ハイスペックな彼氏もおり、欠点がなく人から羨まれるような人物。

●釉薬  理人(ゆうやく  りひと)

フクロウが目印 梟堂薬局の「やくざい師」
丸眼鏡・和服で、ミステリアスな佇まい。
特別な薬瓶が視えた人にだけ「願いを叶える薬」を調剤する。

由美(ゆみ)
優の同期の社員

●隆司(たかし)
優の恋人
  


ヒーローに憧れていた幼少期


夕方のリビング。テレビの画面には、丸い顔のヒーローが飛んでいた。食べられる自身の体をちぎって、お腹を空かせた子に差し出している。
幼い優は、目を輝かせながら母に向かって無邪気に言った。

「私も、こういうことしてあげたいな!それでみんなが元気になるなら」

洗濯物を畳みながら一緒にテレビを観ていた母は、優の頭を撫で、笑顔で褒めた。
「そんな風に思えるなんて、さすがお姉ちゃんだわ。
優はほんと優しい、いい子ね。ママ、そんな優が大好きよ」

そんな言葉が聞けたとき、優の胸はいっぱいになった。頭を撫でられたり、ギュッと抱きしめられるときの、安心感。
その時だけは、妹も差し置いて自分がお母さんにとって一番なんだと思える。

——こうすれば褒めてもらえる。
——こういうことを求められている。
——こうすればお母さんが喜ぶ。
そうした感覚に、優はとても敏感になっていった。

大人になった優は、今まさに目の前の同僚に自分から取り外した左手を差し出していた。
血の気のない手を見つめながら、自分の体を差し出すヒーローに憧れた、あの夕方を思い出していた。

春田優は人から感謝されたい


「「ごめーん!! 誰かこの資料、今日中にまとめてもらえる?」

営業の佐々木がフロアの事務員たちに向かって声をかける。
だが皆、なるべく佐々木と目を合わせないようにして、自分の仕事に打ち込んでいるふりをしている。

「あ、私やりますよ」
優は、笑顔で資料作成を引き受けることを申し出る。

「本っ当にありがとう!!春田さん、いつも助かるよー!商談の日程が急に明日になっちゃったから、焦ってたんだ」
佐々木はホッとしたような表情で優に向かって、手を合わせる。

優は、本当は今日はやるべき業務で予定はもういっぱいだった。けれど、優はこういう時に手を挙げずにいられない。

⭐︎⭐︎⭐︎

「春田さん、いっつもさっきみたいな突発業務、引き受けるよね〜」

休憩室のテーブルでランチを取っていると、同僚が声をかけた。
同僚や後輩と4人で昼休憩を過ごすのが、優の日課だった。それぞれが持参した弁当や買ってきた弁当を広げ、雑談に花が咲く。

「偉いな〜。手が空いてても知らんふりする人もいますよ」
「うん……まぁ、誰かがやらなきゃいけないからね」

そう言いながら、優は家で焼いてきた焼き菓子を取り出した。
「デザートにどうぞ。家で焼いたパウンドケーキ、おすそ分けです」

「やったー、嬉しい!」
「いつもありがとうございます!優さんの作るお菓子、大好きです!」
「家でお菓子作りなんて、素敵女子すぎ!」
「お弁当も毎日作ってるの優さんくらいですよ」
「料理上手だから、素敵彼氏も離れられないですよね。胃袋がっちり!」
「いいなぁ、大手勤めで超素敵な彼氏……飲み会セッティングしてよ〜」
「いっただきまーす」

同僚たちは矢継ぎ早に、感謝や羨望、時折混ざる妬みの言葉を口にしながら、キャーキャーと騒ぎつつ優の手作りの焼き菓子に手を伸ばしていく。

都内のある繊維商社で事務員をしている春田優は、誰にでも優しくて、気が利いて、真面目な人。そんな風に職場では思われている。
体調を崩した同僚の代わりに報告書を仕上げたり、後輩の仕事をさりげなくフォローしたり、突発的な業務も積極的に引き受ける。
新卒で入社し5年目になるが、その姿勢が評価され社内でも頼りにされる存在になっていた。

見た目も特別な美人というわけではないものの、愛嬌がある可愛らしい印象の外見をしている。誰もが知る大手勤務の恋人もいて、何もかもが恵まれているように見える。

「羨ましい」と言われるたびに、自分でもそう思ってきた。仕事にも人間関係にも、大きな不満はない。皆が避けたがる仕事を引き受け、手作りの菓子を振る舞い、笑顔で感謝される。そのたびに胸の奥が温かくなって、満たされていくような気がしていた。

だけど。
定期的に、腹の底から湧き上がってくる理由のない不安に、眠れない夜がある。

眠れない夜


その夜。

……また、眠れない。
突発的な業務を引き受けて、2時間ほど残業して帰宅した優は、布団の中でその日の出来事を思い返していた。

佐々木さん。
誰もやってくれないから引き受けた資料なのに、あの人不満そうだったな。急いで仕上げたから、クオリティはたしかに保証できなかった。そういえば、ちゃんとお礼も言われなかった気がする。

……いやいや。
佐々木さんだって、あのあと資料をもとに明日の商談の準備だと言ってた。私より、よほど大変なはず。たぶん終電で帰れるかどうかってレベルだ。そんなふうに不満に思うのはよくない。……だけど。

モヤモヤとした考えが頭を巡り、優はどんどん眠れなくなっていく。
優は睡眠不足に弱い。
眠れなかった翌日は頭がぼんやりして、仕事にも支障が出る。だから、眠れない夜には素直に薬に頼ることにしている。
けれど今日は、うっかり薬を切らしていた。心療内科で処方されている、いつもの睡眠導入薬。

……明日、もらいに行こう。
やっと3時近くになって、意識がゆっくりと沈んでいく中、優はそう思った。

梟堂薬局と釉薬との出会い


翌日の退社後、優はいつもの心療内科へ向かった。定時で上がれば、ギリギリ滑り込みで受診できる——はずだった。
しかし、到着してみると、そこには「臨時休診」の貼り紙があった。

睡眠導入薬は毎日飲んでいるわけではないけれど、家に有ると思うだけで安心に繋がるので備えておきたい。
仕方なくスマホを取り出し、近くの心療内科を検索する。診察時間に間に合いそうな小さなクリニックがひとつ見つかった。駅から少し離れており面倒だが、背に腹は代えられない。優はそのクリニックへ向かった。

受付で事情を説明し、いつも服用している薬名を伝えると、診察はあっさり終わった。処方箋を受け取って帰ろうとしたときだった。

受付の女性が、申し訳なさそうな顔で言う。
「お薬なんですが、うちの提携薬局が今日はもう閉まっていて、代わりにこちらをご案内しています」
手渡された地図には、筆文字で【梟堂薬局ふくろうどうやっきょく】と記されていた。

「なんか、すごい名前……」
思わず、口から言葉がこぼれた。


⭐︎⭐︎⭐︎


地図を頼りにたどり着いたその薬局は、予想外の佇まいだった。
目立たない路地に面しており、周囲から明らかに浮いた様子の古びた和風の建物。木造の引き戸、すりガラス越しにこぼれる柔らかな灯り。まるで時間がねじれて、ここだけ別の時代に取り残されたような雰囲気だった。

優が引き戸を開けると、かすかに線香の香りが漂ってきた。

「こんばんは」
カウンターの奥から現れたのは、ひょろりとした体型の男だった。糸目で丸眼鏡をかけ、白衣ではなく和服のような服を纏っている。

「あの、処方箋、持ってきたんですけど…」
「はい、どうぞ。お預かりします」

その男が処方箋を受け取るのと同時に、ふと視線を感じて優はそちらを見る。カウンター脇の壁際。止まり木の上で1羽の梟がじっとこちらを見ていた。黒く大きな瞳。まばたきもせず、ただ静かに見つめてくる。

「梟?!」
思わず声が出た。

「可愛いでしょう。うちのマスコットです。モリフクロウのモリちゃん。ちなみに私はこちらで、やくざい師を務めております、釉薬理人ゆうやくりひとと申します」

梟をこんな間近で見るのは初めてだった。それに、薬剤師にフルネームで自己紹介されるのも初めてだった。
かわいいでしょうって、そんな……。
心の中で呟いたが、モリちゃんの黒い瞳はぱちくりと瞬きながら、じいっと優を見つめ続けている。その視線からなぜか目が離せなかった。羽毛はふわふわと柔らかそうで——

「かわいい……」
気づけば、優の口から声が漏れていた。

「そうでしょう、そうでしょう」
釉薬は嬉しそうに笑う。

「初めてのご来店でしたら、保険証の提示をお願いします。こちらのカウンセリング用紙のご記入もお願いいたしますね」
優はモリちゃんから目を離せないまま、上の空で用紙を受け取る。確かに、かわいい。でも衛生的に大丈夫なんだろうか?

「モリちゃんは調剤室には入りません。こちらの部屋と調剤室は二重扉になっていて、出入りのたびに手指の消毒も行っています。衛生面には問題ありませんよ」

「はあ……」
まるで心を読まれたようで、優は少し気まずくなった。ソファに腰を下ろしカウンセリング用紙を記入し始める。

優が記入し終わった用紙に目を通した釉薬が声をかけてきた。
「よく眠れないんですね。頻度はどれくらいですか?」

「いえ、たまにです。月に一度くらい。PMSの一種だと思います。いつももらってる薬なんで……」
あまり踏み込まれたくなくて、優は線を引くように言った。今日限りの薬局なのだ。いつもの薬さえもらえれば、それでいい。

「承知しました。では少々お待ちください。あ、モリちゃんは撫でても怒りませんから、ご自由にどうぞ」
釉薬は調剤室に入っていった。

薬を待つ間、優は店内を見回す。
広くはなく、市販薬や絆創膏、健康補助食品が整然と並んでいる。雰囲気はずいぶん変わっているが薬局としてはごく普通だ。

梟がいることを除けば。
優は立ち上がり、モリちゃんの止まり木のそばへ近づいた。目が合うと、「撫でて」と言われているような気がして、頭から背中にかけてそっと撫でてみた。

羽毛は滑らかでふわふわと心地よい感触だった。
モリちゃんも、瞼が下がり、うっとりと気持ちよさそうな顔をしている……気がした。
思わず口の端がゆるむ。モリちゃん、かわいいな。

そのとき、ふとモリちゃんの後ろの壁に目が留まった。木製の棚にいくつかの古びた薬が並んでいる。
中でも、一つだけ不思議な瓶が目に入った。青みがかった硝子の薬の瓶。パッケージもラベルもない。なんとも言えない綺麗な色のガラス瓶だ。
インテリア……?それにしては、妙に目が離せない。なんだろう、あれは。

「お待たせしました、春田様。いつものお薬ということで、飲み方などはご存知かと思いますが……」
釉薬の声で、優は我に返った。使い慣れた薬の説明を上の空で聞く。

「あと、お薬に頼りたくないとか、依存性が気になるようであれば、生活習慣の改善や漢方の併用も検討してみてくださいね」
「はい。ありがとうございます。ところで、あの棚にある薬の瓶って、何の薬なんですか?」

空気が、ぴんと張り詰める。

「それ、視えるのですか?」
「えっ?見えるって……?あの青っぽいガラス瓶の。ラベルのないやつ……」

釉薬は一瞬考えるような素振りをし、そしてゆっくりとうなずいた。
「なるほど。確かに、お視えになっているようで」

彼はゆっくりと入口に歩いて行き、店の札を裏返す。
「……え?」
何をしているのか、優にはわからない。不意に、外の世界と切り離されたような感覚が胸をざわつかせた。

「……あの薬の瓶が視えるお客様がいらしたときは、あれに薬を入れてお渡しする決まりになっています。閉店時間まではまだありますが、本日はもう閉店です」
背筋がすっと冷えた。

「これは、願いが叶う薬の瓶です。
春田様、あなたの願いは何でしょうか?」




いいなと思ったら応援しよう!