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バイオテック企業は、なぜ何度も資金調達するのか——Series A・B・Cから創薬ビジネスを理解する

このシリーズのラインナップは→ 第1回の記事でご確認いただけます。


バイオテックの資金調達ニュースは、金融ニュースとして流し読みされがちだ。

ただ、IQVIA Instituteの分析によれば、2020〜2024年に世界で上市された394の新有効成分(NAS)のうち、65%にあたる258品目は「エマージング・バイオファーマ(EBP)」が創出したものである。

※EBPとは、年間の研究開発費が2億ドル未満で、かつ年間売上が5億ドル未満の企業を指す。中国のみで上市されたものを除いても58%(189品目)を占める。2005〜2009年には43.5%だったので、20年で大きく比重が移った。

つまり、新薬の過半は、大手製薬ではなく小規模なエマージング・バイオファーマを起源としている。本記事では、こうした企業をまとめて「バイオテック」と呼ぶ。

そして、その会社群は、普通の会社とお金の回り方が違う。

普通の会社

商品 → 売上 → 利益 → 再投資

創薬バイオテック

資金調達 → 研究 → 資金調達 → 治験 → 資金調達 → 承認 → ようやく売上

普通の会社は、売った金で次を作る。創薬バイオテックは、売るものができるまでに10年前後かかる。その間の研究費、治験費、人件費は、その多くを外部資金で賄うことになる。

承認された薬が1つもない会社が、1億ドルを調達する。売上がほとんどない会社に、世界的な投資家が名を連ねる。そして数年後、その会社は数十億ドルで大手に買収される。

薬が売れる前の10年間、誰がお金を出しているのか。本記事は、その資金の流れを扱う。読み解く鍵は、一つだけだ。

バイオテックは、資金で「次のデータまでの時間」を買っている。そのデータがリスクと企業価値を更新し、次の資金調達・提携・M&Aを決める。



1. Series A、B、Cとは何なのか

会社が成長する過程で、複数回に分けて外部から出資を受ける。その1回ごとを「ラウンド」と呼び、通常は次の順に進む。

Seed(シード)→ Series A → Series B → Series C → Series D、E…… → IPO

ここで、最初に誤解を潰しておく。

Series A=前臨床、Series B=Phase 1、Series C=Phase 2、という決まりはない。

Series Cを終えてもまだPhase 1という会社は普通にある。後で実例を挙げる。

誰がA、B、Cと決めるのか

政府や取引所が認定するものではない。会社と投資家が、その資金調達をそう名付けているだけである。法的な定義はなく、慣行があるだけだ。

では、なぜアルファベットなのか。これは発行する株式の種類に由来する。

新しいラウンドで投資家が受け取るのは、普通株ではなく優先株(Preferred Stock)であることが多い。優先株は、会社を清算・売却したときに普通株より先に払い戻しを受けられる(清算優先権)など、投資家を保護する条件がついた株式である。各ラウンドで異なる条件の優先株を発行することが多く、そこで Series A Preferred Stock、Series B Preferred Stock といった名称が使われる。

つまり「Series A」とは、もともと株式の種類名であり、それがそのままラウンドの呼び名として定着したものである。

慣行にすぎないので、運用は柔軟だ。同じラウンドを追加で少し広げるときは「Series A-1」「Series A extension」、シードの後に少し足すときは「Seed+」「Pre-A」といった呼び方も使われる。呼び名そのものに情報はほとんどない。

バイオテック特有の「分割払い」

もう一つ、押さえておきたい慣行がある。トランシェ(tranche)である。

「Series Aで1億ドル」と発表されても、その全額が契約時に振り込まれるとは限らない。契約時に払われるのは第1トランシェだけで、残りは「Phase 1の安全性データが出たら」「特定の試験を開始したら」といった条件を満たしたときに実行される、という組み方がある。

臨床データという明確な区切りがあるバイオテックとは相性がよく、業界では長く使われてきた。米国のVC業界団体NVCAは、2025年10月にモデル契約書を改訂した際、このトランシェ方式を正式に条文へ組み込んでいる。

投資家の側から見れば、これは「全額を賭けずに、次のデータまでの分だけ払う」という発想である。本記事の背骨は、ここにある。


2. 誰がお金を出しているのか

「1億ドルを調達した」と聞くと、銀行から借りているようにも思える。しかし、売上も担保も乏しい創薬企業が、通常の銀行融資だけで10年に及ぶ研究開発費を賄うのは難しい。

初期資金の中心になるのは、VC(ベンチャーキャピタル)によるエクイティ投資である。しかも、ライフサイエンスに深い専門性を持つ投資家が中核にいる。

なぜ「専門性」が要るのか

普通の会社に投資するなら、見るべき数字がある。売上、利益率、顧客数、成長率。

ところが創薬スタートアップでは、これらがほぼ使えない。

売上:ほぼゼロ
利益:赤字
製品:まだ存在しない
Phase 1:まだ始まっていない

それでも数千万〜数億ドルが動く。では、何を見て判断しているのか。

  • 狙っている標的(ターゲット)の生物学は正しいか。その分子を叩けば本当に病気が良くなるのか

  • 前臨床データは信頼できるか。都合のよい条件だけで出た結果ではないか

  • 動物で効いたものが、人でも効く見込みはあるか

  • 安全性はどうか。同じ標的で過去に失敗した薬はないか

  • 作れるか。製造(CMC)の難易度は現実的か

  • 特許は守れるか

  • 臨床試験をどう設計するか。どの患者を組み入れ、何を主要評価項目にするか

  • 5年後に、同じ標的の薬が3つ並んでいないか

これは財務分析ではない。科学と開発リスクの評価である。

バイオVCは「財務を評価する人」である前に、「科学と開発リスクを評価できる投資家」である。

だから専門VCには、MD(医師)やPhD(博士)を持つ投資担当者が多い。そしてこの能力は投資後にも使われる。どの適応症から攻めるか、Phase 2の患者数をどう置くか、どの時点で提携先を探すか——臨床開発の設計そのものに投資家が関与する。「伴走型」と言われるのは、この意味である。

代表的な顔ぶれ

以下は「大手5社」のランキングではない。バイオ投資家にも、未公開から上場まで幅広く投資する会社もあれば、科学的アイデアから会社そのものを作る会社もある。その違いを理解するための代表例として、特徴の異なる5社を挙げる。

名前を覚える必要はない。押さえたいのは2点だけである。

一つは、資金が、投資先の決まる前から用意されていること。ARCHは2024年、投資先を一社ずつ決めるより先に、30億ドル超の新ファンドを組成した。VCはまずファンドとして資金を集め、そこから数年かけて有望な科学や企業に配分していく。金が先に待っていて、そこに科学が持ち込まれる。

もう一つは、ARCH・Third Rock・Flagshipに共通する性格だ。この3社は、単に既存企業へ投資するだけでなく、会社設立そのものから関与する。Flagshipの場合、社内で科学的な仮説を立て、検証し、成立しそうなら法人を作って経営陣を採用する。Modernaは2010年にこの流れで生まれた会社である。バイオテックの世界では、VCは投資家であると同時に創業者でもありうる。

日本にも専門投資家はいるのか

いる。AMED(日本医療研究開発機構)が「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」で認定しているVCの一覧(2026年4月1日時点)には、34の運用者が並ぶ。

国内勢ではファストトラックイニシアティブ、Remiges Ventures、Saisei Venturesなど。大学系では東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)、京都大学イノベーションキャピタルなど。製薬企業のCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル=事業会社が持つ投資部門)としてはAstellas Venture Management、Taiho Venturesなどが入っている。そしてRA Capital、The Column Group、EQT Life Sciencesといった海外勢も認定されている

この事業の仕組み自体が、日本の状況をよく示している。2021年度に経済産業省が創設し、3,500億円の基金を置いた。認定VCが補助対象経費の1/3以上を出資することが要件で、AMEDは補助対象経費の2/3を上限に補助する(1課題あたり総額100億円まで)。対象は非臨床試験、Phase 1、Phase 2、または探索的臨床試験の段階である。

つまり、専門VCが自ら資金を投じた案件であることを前提に、AMEDも審査したうえで最大2/3を補助する設計だ。専門VCの目利きを制度の中に組み込んでいる、と読める。


3. 資金調達は「次のデータまでの時間」を買う

ここが本記事の中心である。

架空の会社で、資金と開発段階の対応を見てみる。

大学の研究
  ↓
Seed            ── 候補物質を絞り込む金
  ↓
Series A        ── 前臨床試験とIND申請までの金
  ↓
Series B        ── Phase 1を回すための金
  ↓
Series C        ── Phase 2のデータを出すための金

IND申請とは、人に初めて薬を投与する前に、米国FDAへ出す治験開始の申請である(記事07で扱った)。

繰り返すが、この対応は決まりではない。見てほしいのは対応関係ではなく、リズムである。

投資家は「10年後に承認されるまでのお金」を一度に出しているわけではない。

次に会社の価値が大きく変わる地点まで、資金を出している。

理由は2つある。

一つはリスクの管理。前臨床の段階でPhase 3までの全額を出せば、Phase 1で安全性の問題が出たときに全額を失う。区切って出せば、悪い結果が出た時点で止められる。

もう一つは価格である。データが出て不確実性が下がれば、会社の評価額は上がりうる。前臨床の段階の評価額で全額を出すより、データが出るたびに新しい評価額で追加するほうが、既存株主の持分の削られ方は小さくなる。

結果として、こういう循環が回る。

資金 → データ → リスクの更新 → 企業価値の更新 → 次の資金

だから資金調達は何度も起きる。何度も起きるのが正常であり、失敗の兆候ではない。

そして、この循環が止まるときが危ない。データが出なければ次の資金は入らない。入らなければ、現金が尽きる前にリストラ、パイプラインの絞り込み、身売り、解散のいずれかを選ぶことになる。

実例——「Series Cで1億800万ドル」で、どこまで行くのか

2026年4月15日、米Terremoto Biosciencesが1億800万ドルのSeries Cを完了したと発表した。同社はAKT1というがん関連の分子を、類縁分子(アイソフォーム)を叩かずに選択的に阻害する低分子を開発している。副作用の原因になる部分を避けて、病気を進めている部分だけを狙う設計である。

投資家の顔ぶれはこうだった。

  • 新規:RA Capital Management、Deep Track Capital、Osage University Partners、BeOne Medicines

  • 既存:OrbiMed、Third Rock Ventures、Novo Holdings、Cormorant Capital

第2章で挙げた名前がそのまま出てくる。そして資金使途について、同社はこう述べている。

「この資金調達によって、がんおよび遺伝性出血性末梢血管拡張症(HHT)などの希少疾患の患者に向けた、AKT1選択的阻害剤の主要プログラムをPhase 1臨床開発を通じて前進させることができる」

Series Cで1億800万ドルを調達して、進むのはPhase 1である。主力候補TER-2013はPIK3CA・AKT・PTENに変異のある固形がんでPhase 1にあり、2つ目のTER-4480は2026年中に臨床入りの見込み、という段階だ。

もしラウンドの名前だけで開発段階を推測していたら、この会社の位置を2段階ほど誤解することになる。

なお同社は2026年6月、TER-2013についてFDAのFast Track指定を取得している(HR+/HER2-乳がんのうち、AKT・PI3K・PTENに変異があるもの)。Series Cで買った時間の中で、開発は前に進んでいる。

見るべきは、その金でどのデータまで到達できるかである。


4. Cash Runway——現金は「残された時間」

前章のTerremotoの発表には、書かれていないことがある。その1億800万ドルが、何年もつのかである。

未上場企業では、手元資金や現金の減り方が外から分かりにくい。一方、上場企業は四半期ごとに現金残高やキャッシュフローを開示するため、あと何年もつかを推定しやすくなる。この「あと何年もつか」がキャッシュランウェイ(cash runway)である。会社自身が「cash runway into 2029」などと示すことも多い。

考え方は単純だ。

手元現金 ÷ 現金の減り方(キャッシュバーン) = あと何年もつか

現金3億ドル、年間の現金支出が1億ドルなら、単純計算で約3年。冒頭の「into 2029」という言い方は、「2029年までの資金がある」という意味である。

バイオテックにとって現金は、単なる資産ではない。「あと何年研究を続けられるか」という時間そのものである。

そして重要なのは、年数そのものではない。その時間が、次の重要データの発表時点を超えているかどうかである。

データが出る前に現金が尽きそうな会社は、悪い条件で資金調達せざるを得ない。逆に、データが出た後まで現金がもつ会社は、良いデータが出れば高い評価額で調達できるし、悪いデータが出ても方針転換する時間が残る。前章の「次のデータまでの時間を買う」を、貸借対照表の側から見たものがランウェイだと考えればよい。

なお、企業が公表するランウェイは事業計画を前提にした見込みで、開発を加速すれば短くなる。また、自分で計算するときは損益計算書の赤字額を使わないこと。会計上の損失には株式報酬など現金が動かない費用が含まれる。実際の現金の減り方は、キャッシュフロー計算書の営業キャッシュフローで見る。

ランウェイの終わりと、次のデータの時期を並べてみる。これだけで、その会社が余裕を持って戦っているのか、追い込まれているのかが見えてくる。


5. 資金調達の値段と代償

「1億ドル調達」は、値段のニュースでもある

資金調達では、プレマネー(pre-money)とポストマネー(post-money)という2つの評価額が使われる。

プレマネー評価額     4億ドル   ← 資金が入る前の会社の値段
+ 新規投資          1億ドル
────────────────────────────
ポストマネー評価額   5億ドル   ← 資金が入った後の会社の値段

新規投資家の持分 = 1億ドル ÷ 5億ドル = 20%

つまり「1億ドルを調達した」というニュースは、1億ドルを手に入れただけではなく、投資家がその条件でこの会社に値段を付けたというニュースでもある。

前回より高い評価額での調達をアップラウンド、低い評価額での調達をダウンラウンドと呼ぶ。ダウンラウンドは、データが期待に届かなかったか、市場環境が悪化したか、現金が尽きかけて足元を見られたか——何かがうまくいっていない兆候であることが多い。

ただし、未公開企業の評価額は公表されないことのほうが多い。その場合は、調達額と資金使途に書かれた到達点から考えることになる。

希薄化(Dilution)——株主が払う代償

新株を発行して資金を入れれば、株式の総数が増える。1株あたりの持分は薄まる。これを希薄化(dilution)という。

【調達前】発行済 100株 → 既存株主 100%
【100株を新規発行】発行済 200株 → 既存株主 50%
【さらに200株を新規発行】発行済 400株 → 既存株主 25%

ただし、比率が下がることと損をすることは同じではない。会社の価値が持分の減少より大きく上がっていれば、持分の「金額」は増える。20%を持つ50億円の会社より、5%を持つ1,000億円の会社のほうが取り分は大きい。

問題になるのは、価値が上がらないまま株数だけが増える場合である。日本では、上場後に株価より低い価格で新株を受け取れる権利(いわゆるMSワラント)を使った資金調達が、既存株主の持分を薄め、時価総額の成長を妨げているという指摘がある。

資金調達は会社の生存に必要だが、既存株主には希薄化というコストがある。

だから「調達できた」というニュースは、株主にとって無条件に良いニュースではない。いくらの評価額で調達したのかが問われる。

なお企業価値の読み方そのものは、製薬企業の価値はどこにあるのかで扱っている。BIOらの調査では、Phase 1開始から承認まで到達する確率は平均で約8%、Phase 2開始からで約15%、Phase 3開始からで約50%とされる。開発が一段階進むたびに評価額が動く理由の一つは、こうした成功確率が更新されるからである。


6. その先に、提携・IPO・M&Aがある

臨床データが積み上がると、IPO、提携、M&Aといった次の選択肢が開けてくる。Series A・B・Cは、そこへ向かう助走である。

Seed / Series A / B / C → 臨床データ → 企業価値の更新
                                  ↓
                  ┌───────────────┼───────────────┐
                 IPO         大手製薬と提携          M&A
  • IPO:株式を公開する。ここで株式に市場価格と流動性が生まれ、VCはロックアップ期間(米国では180日前後が一般的)の経過後などに、段階的に回収できるようになる。上場した瞬間に全株を売れるわけではない

  • 提携(アライアンス):大手製薬企業と組み、アップフロントとマイルストーンを受け取る代わりに、権利と将来収益を分け合う。記事26で扱った

  • M&A:会社ごと買われる。記事27で扱った

数十億ドルで買収されるバイオテックも、数年前にはSeries Aで数千万ドルを集めていた小さな会社だった。

大型M&Aのニュースを見たとき、その会社の10年前を想像すると、業界の見え方が変わる。買収額に含まれているのは、その間に積み上がった臨床データと、それを可能にした複数回の資金調達である。

ここで全体像を描く前に、一つ補足しておきたいことがある。

【コラム】専門投資家は、未上場バイオだけを見ているわけではない

「VC」と聞くと、スタートアップだけに投資する人たちを想像しやすい。しかし専門投資会社には、上場企業の株式まで扱うところがある

RA Capitalは自社の方針を「full-lifecycle investing(全ライフサイクル投資)」と呼び、対象として「会社の立ち上げ/Seed/Series A, B, C/IPO/Public Markets」を並べている。OrbiMedも「シードステージのベンチャーキャピタルから、大型の上場企業まで」投資すると説明している。ARCHやThird Rockのように未上場を中心に据える会社もあるので、専門投資家といっても一様ではない。

つまり、同じ運用会社が、Series Aの小さなバイオも、大手製薬も分析している。共通しているのは科学を読む力だ。ただし、見るものは違う。

未上場バイオには、過去の売上や利益の実績が乏しい。だから、大手製薬に比べて科学と開発リスクの評価がはるかに大きな比重を占める。大手製薬には売上も利益もあり、株価という市場の答えもついている。科学を見る力は共通していても、大手製薬ではそこに財務の分析が積み上がる。

全体を俯瞰する——お金はどこから来て、どこへ戻るのか

ここまでの登場人物を、一枚につないでおきたい。

3つのポイントがある。

① VCの金も、元をたどれば誰かの金である。 VCファンドの原資は、年金基金、大学基金、保険会社、財団といった機関投資家(LP=リミテッド・パートナー)から集めた資金である。ファンドには期限があるため、一定期間内に回収して返す必要がある。投資家が「次のデータまで」で区切りたがる背景には、この時間の制約もある。

② お金の行き先を混同しないこと。 提携のアップフロントやマイルストーンは、バイオテック企業に入る開発資金である。株主への配分ではない。一方、M&Aの対価や株式の売却代金は株主であるVCファンドに入り、そこからLPへ分配される。前者は次の治験の燃料、後者は投資の回収であり、性格がまったく違う。

③ 大手製薬は、投資する側でもあり、される側でもある。 大手製薬はCVCを通じてバイオテックに出資する。その一方で、その大手製薬自身が、RA CapitalやOrbiMedのような専門投資家から上場株の投資対象として分析されている。

この循環がどれだけ速く、大きく回るか。それが、その地域から新薬がどれだけ生まれるかを左右する。ボストンやサンフランシスコ湾岸の強さは、優れた研究者がいることだけでは説明できない。**会社が失敗しても、そこで経験を積んだ研究者や開発人材は別のバイオテックに移り、成功した投資から回収された資本も次の創薬投資へ回る。**人材と資本が、この輪の中で再利用されやすい。ここが効いていると考えている。


7. まとめ——資金調達ニュースは、この5問で読む

バイオテックの資金調達ニュースを見たら、この5つを確認する。

① 何を開発している?(標的・モダリティ・疾患)
② 今どの段階?(前臨床/Phase 1/Phase 2)
③ 誰がお金を出した?
④ その資金で次のどこまで行ける?(プレスリリースの資金使途に書いてある)
⑤ そこまでキャッシュランウェイは持つ?(次のデータの時期と比べる)

試しに、第3章で見たTerremoto Biosciencesのニュース——2026年4月、Series Cで1億800万ドル——に当てはめてみる。

  • ① 何を開発している? AKT1選択的阻害剤。類縁分子(AKT2・AKT3)を叩かずにAKT1だけを狙う低分子

  • ② 今どの段階? TER-2013はPhase 1。TER-4480は2026年中に臨床入りの見込み

  • ③ 誰がお金を出した? 新規4社(RA Capitalら)+既存4社(OrbiMed、Third Rockら)。既存投資家も追加出資している

  • ④ その資金でどこまで? 「Phase 1臨床開発を通じて」前進させる、と会社が明言

  • ⑤ そこまで持つ? 今回の公表情報からは分からない

⑤が埋まらないことに、意味がある。⑤は未上場企業では外から見えにくい。上場後は現金残高やキャッシュフローが定期的に開示されるため、格段に追いやすくなる。Series C・1億800万ドルという見出しから読み取れるのは、この表のうち②〜④まで——それが分かるだけでも、ニュースの解像度は変わる。

③については、3つだけ見方を挙げておく。

  • 既存投資家が追加出資しているか。 前回から見てきた投資家が今回も出しているなら、内部で見えているデータに納得している可能性がある。既存投資家が一切参加していないラウンドは、理由を考える価値がある

  • 製薬企業のCVCが入っているか。 独立系VCが投資リターンを主目的とするのに対し、CVCには将来の提携候補や技術を早期に押さえるという戦略的な狙いもある。提携や買収の入り口になることがある

  • クロスオーバー投資家が入っているか。 上場株も未公開株も扱う投資家が参加するラウンドは、一般にIPOが視野に入った段階を示すとされる(上場前12〜18か月程度の投資を指す言葉として使われる)

なお、有名投資家がいるから成功するわけではない。専門VCも普通に失敗するし、失敗を前提にポートフォリオを組んでいる。顔ぶれから読めるのは、誰がその科学的・事業的リスクを取ったのかという一点である。

最後に、本記事の結論を置く。

バイオテックの資金調達とは、単にお金を集めることではない。次のデータまでの時間を買い、そのデータによってリスクと企業価値を更新していくプロセスなのである。

その時間に資本を出しているのが、科学と開発リスクを評価できる専門投資家たちだ。創薬は科学の営みであると同時に、年金基金や大学基金を含む長期資本が、まだ答えの出ていない科学に資金を託す営みでもある。

次に資金調達ニュースを見たとき、「いくら集めたか」ではなく、「その金で、次のどのデータまでの時間を買ったのか」まで読めれば、そのニュースの意味はまったく違って見えてくるはずだ。


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筆者について

経営コンサルティングを経て、現在は製薬企業の事業部門で経営企画を担当しています。このブログでは、製薬業界を「会計 × 経営企画 × 投資家目線」で読み解いています。


本記事は公開情報に基づく分析であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。記載した企業名・事例は、資金調達ニュースの読み方を説明するための例示です。


参考資料

業界構造・エマージングバイオファーマ

投資家(各社開示)

ラウンドの名称・契約実務

  • 優先株式のシリーズ名に由来する命名慣行(Series A/B/C Preferred Stock)。Cooley GO ほか米VC契約実務の解説

  • NVCA(全米ベンチャーキャピタル協会)モデル契約書の2025年10月改訂(トランシェ型ファイナンスの条項を組み込み)

事例

日本の制度

その他

  • BIO / Informa Pharma Intelligence / QLS Advisors, Clinical Development Success Rates and Contributing Factors 2011–2020(Phase 1開始から承認まで約8%、Phase 2開始から約15%、Phase 3開始から約50%)

  • U.S. SEC / Investor.gov(IPOのロックアップ契約。一般に180日前後)

  • Business Insider Japan「時価総額100億円の壁。日本のバイオベンチャーが直面する資金調達と成長のジレンマ」(MSワラントによる希薄化の指摘) https://www.businessinsider.jp/article/2505-bio-venture-exit-strategy/


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