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反・精神論 ― 私が「工数」と呼んでいた人たちへ_①人が数字に見えた時

「あの工程、工数が余ってるから一人抜こう」。悪意はない。むしろ真面目に経営するほど、人は数字になっていく。なぜそうなるのか——気合ではなく構造で経営を考える、全8話の連載です。


夕方の工場には、独特の音がある。

機械が止まり、空調だけが低く鳴っている。
誰かが台車を押す音。蛍光灯のジジという音。
その中で、私はいつも一枚の表を見ていた。
横軸に人の名前が並び、縦軸に作業が並ぶ。
マス目には数字が入っている。工数、と私たちは呼んでいた。

工数管理は、必要なものだ。誰が、どの作業に、
どれだけ時間をかけたか。それが見えなければ、
見積もりも立たないし、利益も計算できない。
私は製造業の現場を、営業として、商品開発として、
17年見てきた。だから断言できる。
工数を測ること自体は、まっとうな仕事だ。

ただ、ある時期から、
私はその表の見え方が変わってしまった。

マス目に並んでいるのは、もう人ではなかった。
「3.5」や「8.0」という数字だった。
Aさんが昨日、子どもの発表会のために早く帰りたそうにしていたこと。
Bさんが新しい治具のアイデアをぼそりと口にしたこと。
Cさんが、最近どこか元気がないこと。
そういうことは、どこのマス目にも入らない。
表は、人から温度を抜き取って、数字だけを残す装置だった。

人の温度を失わせる工数表

そして、温度を抜かれた数字だけを見ていると、
人間というのは不思議なもので、
本当にそれを「数字」として扱いはじめる。

「あの工程、工数が余ってるから一人抜こう」
「この案件、工数が足りないから誰か突っ込め」

突っ込め。抜こう。まるで部品の話のように、
私たちは人の話をしていた。悪意があったわけではない。
むしろ、真面目に経営しようとすればするほど、
人は数字になっていった。これが、私がいちばん
怖いと思ったことだ。冷たい人間が人を
数字にするのではない。仕組みが、
真面目な人間に人を数字として見させる。

人を工数として見はじめた会社では、何が起きるか。

まず、現場の知恵が経営に届かなくなる。
Bさんが口にした治具のアイデアは、工数表の
どこにも記録されない。だから、上には上がらない。
上は工数表の数字に夢中だからだ。

Bさんは一度だけ提案して、何も変わらなかったことを
学習する。次からは言わなくなる。
アイデアは、本人の頭の中で静かに腐っていく。

私は、これがどれだけもったいないことか、知っている。
営業として、商品開発として、現場を歩いていた頃、
私は何度も、こういう「腐りかけの知恵」を拾った。

ある作業者が、ラインの脇で「この部品、
こっち向きに置けたら楽なのに」と独り言のように言った。
それを持ち帰って、製品の仕様に反映したら、
不良率が目に見えて下がった。

彼にとっては愚痴だった一言が、会社にとっては利益になった。
違いは、その一言を拾う耳が、その場にあったかどうかだけだ。
工数表は、その耳を持たない。数字しか拾わないからだ。

次に、違和感が消える。
Cさんの元気のなさは、誰かが気づいても、
表には現れない。表に現れないものは、会議の議題にならない。
議題にならないものは、存在しないことになる。
議題になるのはいつもうわべの話だ。
Cさんが限界を迎えるまで、誰もその数字の裏側を見ない。

私はこの連載で、経営の話をしようと思っている。
ただし、よくある経営の話とは少し違う。
「気合を入れろ」「覚悟を決めろ」「もっと主体性を持て」
――そういう言葉で人を動かそうとする
経営を、私は信じていない。むしろ、
そういう言葉が飛び交う会社ほど、
設計に失敗していると考えている。

なぜそう考えるようになったのか。それは、私自身が、
人を工数として見る側にいたからだ。
そして、その構造の中で、私自身も一度、
立ち止まらざるを得なくなったからだ。
その話は、もう少し先で書く。

最初に伝えたいのは、これだけだ。
人が数字に見えはじめたとき、悪いのは
その人の心ではない。たいていは、
人を数字としてしか映さない仕組みのほうだ。
だとすれば、変えるべきは心ではなく、仕組みのほうだ。

経営を、気合や覚悟ではなく、構造で考える。

その入口として、まず「工数」という、
いちばん身近で、いちばん人を数字に
変えてしまう言葉から始めたかった。

この連載では、
「もっと頑張れ」「覚悟が足りない」「主体性がない」といった、
現場でよく飛び交う精神論の言葉を、
判断、業務、数字、市場、そして情報基盤という、
五つの設計の言葉に翻訳していく。
気合の問題に見えていたものが、
実は設計で解ける問題だった
――そう気づくための、8話だ。

夕方の工場の、あの低い音を思い出しながら、
私はこの連載を書いていく。

この連載は全8話のシリーズです。
続きのリンクは記事末にまとめています。

第1話 https://note.com/human_crab7218/n/n8872fb458234
第2話 https://note.com/human_crab7218/n/n4e3b6b8cbd19
第3話    https://note.com/human_crab7218/n/n9ad9bc6a54c4
第4話 https://note.com/human_crab7218/n/nbefd783e4f7b
第5話    https://note.com/human_crab7218/n/n489f6218d5b3
第6話    https://note.com/human_crab7218/n/n0a9f57d63ac1
第7話    https://note.com/human_crab7218/n/n10a0bb3dd4c7
第8話    https://note.com/human_crab7218/n/n48bd4bce70de

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【今日の問い】
あなたの会社の管理表に、数字としては乗らないけれど、
現場が知っている大事なことは、何かありませんか。

#ビジネス部門 #マネジメント #経営論


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