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「くるみ割り人形」不自由であることを誇れるだろうか「ねずみの王様」




〇はじめに あの世について


不自由であることを誇れるだろうか
何も知らず
何も聞かず
何も見ずに
わからないまま

スクールフィクション きのこ帝国


私はこれまでニンゲンがそれ単体で「こちら側」と「あちら側」を既に兼ね備えているということをお伝えしてきました。

そして、あくまで一つの捉え方ですが、「あちら側」とは「あの世」と近似なものであることもお伝えしました。

「司祭様!「あの世」って具体的には何のことなの?「天国」も「地獄」も本当はないんでしょう?そもそもなんで天国や地獄をニンゲンに教えたの?」

司祭は答える

「「ここ」ではないどこかに「善の世界」と「悪の世界」をつくらなくては、ニンゲンたちは「ここ」にそれらをつくってしまうからだ。
善の世界をつくろうとニンゲンたちがする、「天国」のことだ。そうすると、それに見合わないモノたちを収容する場所をつくろうとする「地獄」のことだ」

門は問う

「「ここ」以外に天国や地獄があることを教えれば「ここ」にはそれをつくりにくくさせれる、ってことだね?
 それじゃあ、天国や地獄っていうのは「向こう側」にあってニンゲンたちがそれを顕現させないようにしていた、ってことか!」

不思議の国のあなた(まとめ)

ニンゲンは死を迎えると、「個人的無意識」、即ち「幽界」へと一定期間身を置くことになります。

これも今までお伝えしてきたことですが、ニンゲンは自我(「こちら側」)、つまりカタチの世界を保つためにあらゆる不都合な要素(想念)を個人的無意識に貯蔵(抑圧)します。

「こちら側」で死を迎えた観測点は「幽界」でこれまでの抑圧されてきた想念と直に向きあい、そこで研磨され、再び「こちら側」へ戻るか、さらに向こう側へいくかを定められるという考え方です。


抑圧してきた想念(要素群)が「天国」を創り出し、

抑圧してきた想念(要素群)が「地獄」を創り出す、と言えるでしょう。

天国も地獄もどこかにあるのではなく、
あなたが既に、天国であり、地獄であるのです。

また、「こちら側」で生活する私たちが触れることができる「幽界」と非常に近くにある層がいわゆる夢です。
「こちら側」を主体とする私たちが「個人的無意識」及びさらに向こう側の要素群に直に触れることで自我が崩壊するのを防ぐ役割をもっています。

個人的無意識に蓄えられたカタチ無き要素群、
さらに向こう側から押し寄せるカタチ無き「欲動」、

そういった「あの世」から湧き上がるカタチ無きものたちを適宜、記憶の中にあるカタチに当てはめることで安定化させ、想念の解消や、メッセージへと昇華させるための層が夢といえるでしょう。


〇不自由であることを誇れるだろうか


私は「感情」が薄いニンゲンで、直接的な他者との繋がりで何か、「想い」といえるものを受け取ることができたのは「あの頃」くらいなものだったと思います。

そのような私が「想い」を受け取る対象は昔から「音楽」でした。

音楽に含まれるメッセージがこれまでずっと私に哲学を与えてくれたのです。



不自由であることを誇れるだろうか


これは私にとって非常に重要な人生のテーマの一つで、これもまた音楽が私に与えてくれたメッセージの一つです。


自分の知ること以外は知らない、
認識していないものは存在しないことになる自我の世界。
カタチに埋没しなくては存在を保てない安定化の世界。
「私たち」と「彼ら」に分けなければ事象を把握できない分裂の世界。

手で触れたものしか、
目で見たものしか、
聞いたものしか、嗅いだものしか、味わったものでしか
それでなければ経験要素を貯蔵できない肉体の世界。

このようなデミウルゴスの世界。

それに対して、
いつだって「あちら側」は美しく視えて、
いつだって人はいつかあった「あの頃」を、
いつかあったであろう「あの頃」を、
美しい「あちら側」に映し出して追い求めるのだとして、

それでも「こちら側」で生き抜いていく意味を見出せるのだろうか、

不自由であることを誇れるだろうか、

ここで生きていることを誇れるだろうか


こういった問いをどうか、
あなた自身も片隅に住まわせてあげてください。

未来でこの問いの重みがわかることでしょう。



〇くるみ割り人形とねずみの王様



前置きがかなり長くなりましたが、本題に入ります。

チャイコフスキーの「くるみ割り人形」はご存じでしょうか。

白鳥の湖」、「眠れる森の美女」とともに3大バレエと呼ばれるもので、原作はエルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン(E・T・A・ホフマン)の「くるみ割り人形とねずみの王様」という物語になります。

白鳥の湖も、眠れる森の美女も、非常に興味深い物語ですが、それはくるみ割り人形も同様で、特にその原作に関しては非常に多くのメッセージが含まれています。

あらすじをお伝えします。

主人公のマリーは非常に空想好き、というより空想と現実の境界が非常に曖昧な(カタチからはみ出ている)少女で、自身の部屋に飾った沢山のおにんぎょうから「いのち」の息吹を感じ取れるのでした。

あるクリスマス・イブの日、ドロッセルマイヤーおじさんがやってきて、マリーとお兄ちゃんのフリッツに自作の精巧なからくりをプレゼントしますが、それは二人には気に入られませんでした。
精巧なからくりは自由さがなく、二人に想像の余地を与えなかったためです。
代わりにマリーの目を引いたのは「くるみ割り人形」でした。
その形態とくるみを割る姿に、マリーはすぐ彼を好きになったのでした。
ただフリッツはそのくるみ割り人形を乱雑に扱い、歯が3本折れてしまったのでした。

「こいつはばかなうすのろさ」とフリッツはいった、「くるみ割り人形面していながら、ちゃんと噛めもしないや— きっと自分の芸ってものをわきまえてないんだ。— マリー、こっちへよこせったら!やつにぼくのくるみを噛ませてやるんだ。のこりの歯までなくしたってかまやしない。能無し野郎にくっついている、上顎もそっくりいかれちまったって。」

「だめ、だめよ」とマリーが泣きじゃくりながらいった、「あんたなんかに上げやしないわ、あたしのくるみ割り人形さんなんだから。ほら見てよ、あんなに悲しそうな目でこっちを見て、傷ついた口を見せてるじゃない! — あんたは情知らずよ― お馬さんをぶったり、兵隊さんを鉄砲で殺したりするひとなんだから」

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 p23

夜も更けてきて、子どもたちは眠る時間になりましたが、マリーはお母さんにお願いして、もう少しだけくるみ割り人形と一緒にいさせてもらえました。

マリーはくるみ割り人形を大切にハンケチでくるんでケガの様子をみると、くるみ割り人形は蒼ざめた顔をしながらも、痛々しくも、笑みを浮かべていたのでマリーはとても切ない気持ちを覚えたのでした。

マリーはくるみ割り人形がゆっくりと休めるように、他の並んでいるお人形さんたちにスペースを空けてもらえるように相談して回りました。

結局くるみ割り人形の休むベットはフリッツの騎兵隊の宿営する村までやってきたところで、マリーは寝室へもどろうとします。

すると…

―ひそひそ —ひそひそ、そっと耳打ちしたり、ささやいたり、衣ずれをさせたりの物音が、暖炉の裏、椅子のかげ、戸棚の裏、そこら中にざわつきはじめたのさ。
 そのうち壁掛け時計のぶつぶつつぶやく音がだんだん声高になり、そのくせ時鐘はちっとも打てないのだった。見れば、壁掛け時計の上に止まった大きな緊迫塗りのふくろうが。時計にすっかりかぶさるほど翼をばさりと垂らし、ひん曲がった嘴ごといやらしい猫面をひょいっとつきだすではないか。時計のぶつぶついうつぶやきは、やがてことばが聞き取れるほどはっきりしてきた。
「時計よ、時計、時計たち、時計たち、みなのものよ、大きな声でぶつくさいってはならんぞ、大きな声は禁物ぞよ。
 ねずみの王様はきっと耳聡いぞ ―歌うならプルルプルル —プム、プム、と古い歌だけを歌うがよいぞ —プルル、プルル —プム、プムと、鐘よ、時刻を鳴らせ、時刻を鳴らせ、もうすぐやつはお陀仏だ!」
 すると時計はプム、プムと、にぶいしゃがれた声で十二時を打ったではないか!

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 p30

するとなんと、ふくろうはドロッセルマイヤーおじさんに変わっていたのです。

すっかり怖くなったマリーの前に現れたのはおぞましくキィ、キィと鳴き声を上げる、七つの頭それぞれにきらめく王冠をかむったネズミで、その頭はシュルシュル、ピイピイと地面から頭をのぞかせているのでした。

ネズミがマリーめがけて走ってくるとマリーは恐怖のあまり人形たちの並ぶ戸棚のガラス窓へ倒れかかり肘でガラスは木っ端みじんになり、マリーに突き刺さったのでした。そこでマリーはいきなり胸は軽くなり、ネズミの声も聞こえなくなったのでした。

代わりに聴こえてきたのはマリーが倒れかかった戸棚の人形たちの声で、そこからくるみ割り人形がバッと飛び出てきて大声で言ったのでした。

「クナック ークナック ―クナック —おろかなねずみの下司野郎ども —おろかなばかなナンセンス話 ―ねずみ野郎ども ―クナック ―クナック ―ねずみ野郎ども ―クリックにクラック ―おおばかナンセンス。」

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫  p34

くるみ割り人形は剣を振り回し、他の人形たちを率いてネズミの王へめがけて進軍していったのでした。

激しい人形たちとネズミの王のタタカイでしたが、結局のところ人形たちは敗北し、くるみ割り人形は絶望して軍を退却させたのでした。

マリーはくるみ割り人形に激しく同情し、泣きじゃくりながら、わけもわからぬまま自分の靴をネズミの王めがけて力いっぱい投げこんだ。

その瞬間、マリーは左ひじに激しい痛みを思い出し、その場で失神してしまうのでした。



どこからどこまでがどこからどこまでで…


はたして、どこからどこまでが夢で、
どこからどこまでが現実で、
どこからどこまでが意識で、
どこからどこからどこまでが無意識かもわからないが、
とにかくマリーはその後深い眠りに落ちた。

朝起きてマリーはその夜のことをお母さんに伝えますが、ネズミにおどろいて倒れてけがをし、気絶してしまった故の幻覚として取り合いませんでした。

それでもマリーには今もくるみ割り人形の声が聴こえてくるようでした。

安静にしていなければならないマリーのもとにドロッセルマイヤーおじさんがやってきました。
マリーは昨日のことでドロッセルマイヤーに非難をしました。どうして私やくるみ割り人形さんを助けてくれなかったの?と。
おじさんは面白がってまるで昨日の時計のような文言を言いだして、すっかりマリーは恐ろしくなってしまったのでした。

お母さんに怒られ、ドロッセルマイヤーは言いました。

「ねずみの王様の(七つの首の)14の目をすっかり私がほじくりださなかったからといって、気を悪くしなさんな。そんなことはできん。代わりにきみをよろこばせてあげよう。」

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 P48

そう言ってくるみ割り人形の欠けた歯を器用に修理してあげたのでした。

さらに彼は言う。

「でも、マリー、ちゃんと白状しなきゃいけないよ」
………(中略)
「思っていることをちゃんと白状しなければいけない。くるみ割り人形は発育不全で、顔はまあ美しいとはいえない。そうだね。そんなみにくさがどうしてくるみ割り人形一家に入り込み、どう遺伝されたか、きみが聞きたいというんなら話してあげよう。それともピルリパート姫と魔女のマウゼリンクスと器用な時計師の物語はもうとっくの昔にご存じかな?」

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 P48

マリーと、一緒にいたフリッツはその物語に興味津々。

ドロッセルマイヤーはくるみ割り人形とピルリパート姫、マウゼリンクス夫人と時計師の物語を語り始めたのでした。


〇くるみ割り人形の過去


ある王国でピルリパート姫は生まれ、そのかわいらしさ故に王や家臣から大層可愛がられ、国中から祝福されていました。

ところがその母だけはピルリパート姫の今後に不安を抱き、心穏やかでなかったのです。

その理由が魔女のマウゼリンクスでした。彼女は自分を王室一家の親戚で、別の国では王妃だと思っていて、何年も王や王妃と同じ宮廷に暮らす不思議な女性でした。彼女とその7人の子どもたちは、ある日王様のソーセージの脂身を片っ端から平らげてしまったのです。王様は「脂身が足らん!」、と気絶してしまいました。

マウゼリンクスは裁判にかけられ、マウゼリンクスを宮廷から追い出すために宮廷時計師兼薬剤師のドロッセルマイヤー(なんと不思議な偶然!)がよばれました。

ドロッセルマイヤーのつくった仕掛けによりマウゼリンクスの親類縁者たちが次々と捕らえられていきます。マウゼリンクスは少数の一族を連れて宮廷を後にしますが、王妃様に「ねずみの王妃がお前の姫を八つ裂きにする」と言い残していったのです。それが王妃のピルリパートへの不安の理由でした。

そしてその不安は的中し、ある日マウゼンリンクス夫人、即ち大ネズミがピルリパート姫のゆりかごに頭をのせていたのです。すぐに追い払われたが、時すでに遅く、ピルリパートの姫の顔は醜い獣の顔に変えられてしまったのでした。

この一件の責任を押し付けられたのがドロッセルマイヤーで、期限内にピルリパート姫の顔を元に戻さねければ死刑だと言い渡されてしまったのです。

そこでドロッセルマイヤーが調査していくうちにわかったのが、クラカトゥクというとてつもなく固いくるみを割って(45ポンドの大砲をぶっ放しても割れないほど!)、その中身を食べることがこの呪いを解く術だったのです。

さらにわかったことはそのくるみを割ることができるのは、生まれてまだ髭を剃ったことがなく一度も長靴をはいたことがない男、でその男が姫にくるみを渡すことが必要ということでした。

ドロッセルマイヤーはその男を探しましたが、なんと不思議なめぐりあわせで、その男とはドロッセルマイヤーの甥(ドロッセルマイヤー青年)であったのでした。

青年は見事に固いくるみを割って見せ、ピルリパート姫を救い出したのでした。
宮廷はドッと感性に湧き上がり、みな一同、一斉に踊りだし始めたのでした。
青年はその衝撃のあまり体勢を崩し7歩後退するも、なんとか持ちこたえて再び7歩前進すると、なんとマウゼンリンクスが血みどろで転げまわっていました。

「おお、クラカトゥク、固いくるみめー おまえのせいで私は死ななければならない― ヒ、ヒ―ピピ、格好いいくるみ割りめ、おまえもまもなくお陀仏さ― 七つの冠かぶった倅がお返しをして、母親の仇を取ってくれるさ、チビのクルミ割め― おお、生命よ、あざやかにも赤い生命よ、私はそなたに別れを告げる、おお、断末魔の苦しみ! —キィ。」

くるみ割り人形とねずみの王様 E・T・Aホフマン 翻訳:種村季弘  河出文庫P72ーP73


不幸にも青年が踏みつけてしまったようで、なんと次は青年がピルリパート姫のような姿になり、そのままくるみ割り人形へと変わってしまったのです。

くるみ割り人形はその醜さゆえに、姫の呪いを解いた功績ももらえず、宮廷の外へ放り出されてしまったのです。

それでも天文学者の占星術のいうことには、彼の呪いはマウゼンリンクスの7人の子を斃したとき消滅し、その醜さにもかかわらない愛を手にするたろう、ということでした。

このドロッセルマイヤー青年こそ、マリーのくるみ割り人形で、
マリーを襲ったねずみこそ、マウゼリンクスの七人の子どもである、ということです。



〇階段→門→椅子→????????


くるみ割り人形とマリーの、7つ頭のねずみの王とのタタカイの一部始終は実際に読んでいただくとして、マリーの勇気によってねずみの王は遂に倒されたのでした。

そのお礼としてマリーは、ドロッセルマイヤー青年(くるみ割り人形)に人形への王国へ招待されたのでした。

マリーはくるみ割り人形についていく。
普段はしっかりとしまっている廊下の衣装だなの扉が不思議と開く。

そして階段がするすると降りてくる。

そこを昇った先には一面のまばゆい宝石のような光、氷砂糖の牧草地。

その数歩先には焼き固めた砂糖漬アーモンドと干しブドウでできた門。

門の先へ進むと甘い香りのするクリスマスの森。金や銀の実がなり、木や幹はリボンや花束で飾られ、甘い風がそよぐとスパンコール(スパーク)がパチパチと鳴って、「音楽」が響く、灯(精霊)たちが小躍りする。

くるみ割り人形がパチと手を鳴らすと羊飼いの男の子と女の子がマリーに金ぴかな椅子を用意する。

そこに座って広がるのは、猟師たちの笛とそれに併せた羊飼いたちのダンス。

そうして次にマリーの前に広がるのはオレンジの川


くるみ割り人形とマリーは川を沿って進んでいく。

次第に川幅は大きくなり、といえるほどのものとなる。

その湖は首に銀のリボンをつけた白鳥が浮かんで美しい歌をきそいあい、それにあわせてダイヤモンドの小魚たちが薔薇色の水の中から陽気に踊る。

「ああ」とマリーは感激のあまり叫んだ、「ああ、これはドロッセルマイヤーおじさんがいつかあたしに作ってくれようとした湖そっくりだわ、ほんとうに。あたしもそこで白鳥を愛撫する女の子でいるのよ。」
 くるみ割り人形は、これまでマリーがついぞ見たことのないような嘲りの笑みを浮かべると、こういった。
 「伯父さんにはまあそんな真似はできませんよ。あなたさまご自身は、シュタールバウムのお嬢様、そんな女の子どころじゃございません。でも、そんなつまらないことはさておいて、さあ、この薔薇の湖を舟で渡って首都へまいりましょう。」

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 P95

二人は12人のモール人の先導で舟に乗り、湖の「あちら側」
「首都」へと進んでいく。

すると湖から沸き立つ波しぶきの一つ一つから、可愛らしい少女がニコニコと彼女に向かって笑いかける。マリーはくるみ割り人形に嬉しそうに話しかける。

「あら、見てよ、ドロッセルマイヤーくん!あそこにピルリパート姫がいるわ。こっちにむかって愛らしく微笑みかけている。ほら、ご覧なさいってば、ドロッセルマイヤーくん!」
 くるみ割り人形はしかしほとんど嘆かんばかりのため息をついていった。「おおシュタールバウムのお嬢様、あれはピルリパート姫ではございません。あれはあなたさま、ひたすらあなたさまご自身なのでございます。薔薇の波の一つひとつからあんなに愛らしく微笑みかけているのはひたすらあなたさまご自身なのでございます。」
 そこでマリーはつと頭を引っ込め、目をしっかりつむった。とても恥ずかしかったのである。

「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 訳:種村季弘 河出文庫 P98


さて、「首都」に関してはご自身でお読みください。


〇結末と所感(デミウルゴスとソフィア、カタチの世界)


この後、彼女はユメから覚めることになります。
彼女のユメは家族たちから笑われ、嘘つきよばわれされ、
彼女のユメの世界は口にしてはならない世界となったのでしたが、
あの精霊たちの世界は、少し意識を「あちら側」に向けさえすれば、
いつだって「こちら側」に拡がっていくようでした。
彼女は内側の世界に引きこもり、
じっとものいわず動かないでいることが増えていったのでした…。


物語の結末に関しても自身で是非お読みください。


少しだけ所感を述べさせていただくとすると、冒頭でお伝えしたように、ニンゲンは夢の中で「あの世」から湧き上がるカタチ無きものたちを適宜、記憶の中にあるカタチに当てはめることで安定化させ、想念の解消や、メッセージへと昇華させます。

カタチに収まりきらないマリーの「力」は固い自我の殻を破壊する要素を求めていた。このとき自我をくるみの殻に映し出し、その殻を破壊する形態としてくるみ割り人形を見出した。

くるみ割り人形は「アニムス(内なる異性)」と考える。
内なる異性は「自我」と「無意識」の橋渡しをする存在として「境界」に顕れる。
内なる異性の顕れは大きく分けて「私」を「こちら側」から連れ去ってくれる異性と、「私」を「こちら側」へ連れ戻してくれる異性の顕れをもつ
(SIRIとIRIS)


「古事記と言霊」 島田正路 言霊の会 p38


マリーがもっと年齢を重ねて経験要素を多く貯蔵していれば、内なる異性はさらに別の顕れ方、生身のニンゲンを映していた可能性が高い。

また、マリーの恐怖の対象として7つ頭のネズミの王が存在がある。
ネズミの王はマリーの安定を壊そうとする恐怖の存在、「欲動」といえるが、その実マリーがカタチの世界から解き放たれないための「呪い」であり、同時にその世界の最後の砦として存在している。

正しく「カタチの世界の王」、デミウルゴスと位置付けることができるかと思います。

「7」つ頭というのも非常に意味深長で、グノーシス派のいくつかの文書によれば、デミウルゴス(ヤルダバオート、サマエル、サクラス)は365のモノと、12のモノ、7のモノを用いてニンゲンたちを監視していると解釈されています。

365、12、7、という設計図に従って「こちら側」に顕現する、カタチを守るための監視装置、という考え方で、365日、12か月(黄道12星座)、時計、曜日(7曜神)などはわかりやすいですが、オリンポス12神や、12使徒、7賢人なども、設計図からカタチとして組み立てられて「こちら側」表出した顕れということです。

カタチの世界を守る7つ頭の恐怖のネズミの王とは、まさにデミウルゴス的といえるかと思います。

そうすると、マウゼリンクス夫人は「ソフィア」といえるでしょうか。

ヤルダバオートは母ソフィアのクマを継いで、このカタチの世界の創造者となりました。

「恐怖」とは、カタチを、自我を、肉体を、
「私」を守るための、最後の母の愛と言ってもいいのかもしれません。

あなたにはホントウに聴こえないのか??

おかあさん」の声が…

「善」と「悪」を巡らせて

心を揺らし

彼女のホントウの姿を視るのです。

「どこから」おとなとこども「どこまで」


私がお伝えしてきたことが少しずつでも飲み込めてきていただけたなら嬉しいです。


不自由であることを誇れるだろうか


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



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・使用画像

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・参考文献

 ・「くるみ割り人形とねずみの王様」 E・T・A・ホフマン 
    訳:種村季弘 河出文庫

 ・新約聖書外典ナグ・ハマディ文書抄 (岩波文庫青825-1)
 ・「古事記と言霊」 島田正路 言霊の会
 ・「神と人間」 五井昌久

・今回の音楽


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