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どんどん、いなくなってしまう

1週間前は、まだなんとか会話ができていた。 「肌が乾燥するから、クリームが欲しいの」 弱々しく言った義理ママに、次に会うときに持って行くね、と約束した。 それを持って、一昨日、またお見舞いに行った。

病院ではなく自宅で最期を迎えたいという、本人の強い意志があり、住み慣れた自宅に移された。そして、ホスピスの看護師に世話されていた。

ベッドルームに入ると、彼女は目を閉じていた。もう、会話はできなかった。呼吸は乱れ、意識は遠のいているようだった。ぎゅっと手を握りしめても、握り返してはくれない。でも、声は聞こえているはず。周りのみんなはそう言った。

「おばあちゃんの最期を見届けるし、お世話もする」 そう宣言して、ここ数年ずっと寄り添ってきた北部に住んでいる孫娘が、乳児を抱えて飛行機に飛び乗り、昨日到着した。彼女が祖母の傍にいるときには、旦那さんが愛おしそうに赤ちゃんをあやしている。 近所の人が様子を見にきたり、看護師さんが出入りしたりするけれど、バタバタした空気は一切ない。そこにあるのは、とても静かで、優しさに満ちあふれた空間。

数時間かけて車を運転してきた私の息子は、祖母の手をじっと握りしめていた。平日は仕事があるから、看取ることができないかもしれない。だから悔いのないように、今、最期のお別れの言葉をしっかりと伝える、と私に言った。

彼女の手を握りながら語りかけるその言葉は、天国へ旅立つ人への「人生の祝辞」のように少し長くて、愛と感謝がこれでもかと詰まっていた。 義理ママはときどき、うめき声をあげた。それは苦しんでいるのではなく、私たちにははっきりと「I love you!」と言っているように聞こえた。

彼女はもう、準備ができているのだ。天国にいる最愛の夫や母親に、早く会いに行きたくてたまらない。だから、もう目を開けることはない。それでも、大好きでたまらない孫娘と孫息子にどうしても会いたくて、2人がやって来れる日まで、あの小さな身体で一生懸命頑張ったのだ。

この穏やかな時間は、誰にとっても、神様からの最高の贈りものだった。

薬のおかげで痛みはない。もし義理ママの意識がはっきりしていて、感情の起伏が激しければ、さらに呼吸を乱していたかもしれない。そう思うと、こんなにも安らかにみんなの愛のメッセージを受け取れていること自体が、もうひとつの奇跡のようだった。 カトリックの信仰を持つ義理ママと私の息子が、神聖な部分で深く繋がっている瞬間だった。

「なんて幸せな人生なんだろう」

私は、ほんの少しの羨望がまざった気持ちで、約束したクリームを取り出しし、カサカサになってしまった彼女の手を優しく滑らせた。本人が気にしていた顔は、みんなのケアのおかげか、ほどよく潤っていた。

1年中、あたたかい太陽の光が差し込んでくる気持ちの良い家。自分の部屋の、いつものベッド。年老いた近所の親友が毎日顔を覗きに来る。かつては色々と揉めた子どもたちも、いざとなればものすごく頼りになる。そして、孫たちからはこんなにも無条件に愛されている。

人生の後半は、経済的に楽なことばかりではなかった。でも、いつも不思議な奇跡が起きてくれた。問題が起きても、なぜかいつも解決した。 スマホもパソコンもSNSも持たない人だったけれど、彼女の周りにはいつも人がいて、家族の絆はいつでも真ん中にあった。

3か月ほど前、彼女の代わりにドラッグストアへ処方箋を持っていったとき、スタッフがカルテの名前を見て「最近彼女が来なくて寂しいわ!」と声をかけてくれたことがある。そのとき、彼女がこの町でどれほど愛され、存在感を放っていたかを改めて知って、胸が熱くなった。

生前整理も断捨離もしなかったから、家の中には驚くほどの物があふれている。そのどれもが思い出の塊だ。あちこちに、愛する家族の写真がこれでもかと飾られている。私の写真もたくさんある。 自分の息子と離婚した、外国人の元妻。それなのに、会うたびに「I love you so much」と言って、私がこうしてにこやかな関係を続けていられることに、いつも心から感謝してくれた人。

元夫もまた、いつも感謝してくるが、私は彼女から、本当にたくさんのことを学んだ。 孫を慈しむおばあちゃんとしての姿。 息子の妻に対する、どこまでも温かい姑としての姿。 たくさんの豊かさを、彼女はその生き方で教えてくれた。


名残惜しかったけれど、私と息子はそこを去って、それぞれの家に帰宅した。



真夜中に、息子からメッセージが届いた。

おばあちゃんが、亡くなったよ、と。

最愛の孫たちに会う約束を果たした彼女は、大喜びで天国へ旅立った。きっと、最愛の夫が優しく迎えにきてくれて、その背後には大好きな母親も笑顔で待っていたはずだ。 103歳で大往生した彼女の母親と同じように、住み慣れた我が家で、愛する人たちに囲まれて、安心と安全の中で。これ以上ないほど理想的な、美しい旅立ちだった。

しかし残された方には痛みが走る。明け方になっても眠れずスマホを開いたら、息子のSNSが目に入った。そこには、最期に祖母へ愛と感謝をしっかりと伝えることができたこと、そしてあの時間が、人生における最高の贈りものだったという言葉が、誇らしげに綴られていた。

ありがとう、ありがとう。
私の心の中で呟いた言葉は、息子の紡いだ長い祝辞よりもずっと短かったけれど、義理ママにはちゃんと伝わっている。私たちが、嘘のない愛で繋がっていたことは、私が一番よく知っている。

どんどん、いなくなってしまう。義理パパ。ひいおばあちゃん。そして彼女までが逝ってしまって、心にぽっかりと空いたこの空洞が、これから先、本当に埋まるのかどうかはわからない。 自分自身の家族への思いも絡まってくる。けれど、この胸の痛みも、こみ上げる悲しみも、どうしようもない寂しさをあやしながら、また新しい1日がはじまる。

無条件の愛(エイブラハム)
どんどん、いなくなってしまう
地雷の言葉も愛でしかない
あなたがいないと私は空っぽ
ラブバグの季節に思うこと
不自由を選ぶ自由
喜びにピントを
息子とカフェ。母の日、そしてまた当分さようなら
⭐逃げ場のない海の上で(エイブラハム)

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