見出し画像

出雲・岡山一人旅|内なる感性を響かせる方法と耳の洗濯。中山神社と猿神社で受け取ったもの

▼これまでのお話はこちら

プロローグ|葛藤と迷いをスパッと手放すための一人旅

出雲・岡山一人旅|緊張と喜びが交錯した夜行バス

出雲・岡山一人旅|出雲大社の神前で浮かんだ言葉は「パジャマ」

出雲・岡山一人旅|スサノオさんのお砂交換

出雲・岡山一人旅|強欲な自分を受け入れる。そば屋ハシゴの後の浄化

出雲・岡山一人旅|バスのタイミングと日御碕(ひのみさき)神社

出雲・岡山一人旅|隠ヶ丘スルーをちょっと後悔。スサノオさんをもう一度

出雲・岡山一人旅|ばたでんに揺られて。周りに合わせない「私は私でいい」の練習

出雲・岡山一人旅|温泉に愛された女は、宝剣「草薙剣」を感じ、エゴに向き合う

出雲・岡山一人旅|居酒屋のカウンターで引いた「境界線」と贈り物への「ありがとう」

エッセイ|危うい私の現在地。お金の心配より人生の喜びを優先する日々

出雲・岡山一人旅|ときめく心まで滅する必要はなかった。過去の清算と心の境界線

出雲・岡山一人旅|「フツヌシ」さんでつながる不思議な必然。自分の体感を信じてみたい

出雲・岡山一人旅|魂の個性を守る境界線。石上布都魂神社の「攻めの剣」と「守りの剣」

出雲・岡山一人旅|サムハラ神社奥宮へ 「もう遠慮しなくていい。自由に感じていいし表現してもいい」

出雲・岡山一人旅|お守りクエスト!


石上布都魂(いそのかみふつみたま)神社で出会ったご夫婦が、「中山神社もよかったですよ」と教えてくださった。

この方たちは高知からいらっしゃったそうで、「あぁ、高知といえば、みくろどの」と頭にあの雲が思い浮かんでいた。

プロローグのエッセイに貼った

ヤマタノオロチはエゴのメタファーかも 内側の力にたどり着くための外側の力

上の記事では、龍の頭のような雲を見たが「スピリチュアリストと思われるのは恥ずかしい」と変な羞恥心が出て写真を撮りそびれた、でも不思議な雲には結構遭遇するほうだと書いた。

不思議な雲シリーズのうちの一つが、高知県の室戸岬にある御厨人窟(みくろど)にそっくりな雲だった。


記事のスクショ


高知の方に声をかけてもらったのも、「中山神社に行きなさい」という空海さんのお導きかも、と深読みした。

深読みが大好きなもので。

幸い、中山神社は、サムハラ神社奥の宮から岡山駅への道中を大きく外れずに寄れる場所だった。

お守りクエストを終えたのは4時頃だったように思う。

いつもなら神社参拝は夕方になるとちょっと怖いので、遅くとも3時ごろまでには切り上げるのだが、この日は、日が暮れる前なら是非行こうという意気込みだった。

30分ほどで到着。

まっすぐな参道が印象的な、清らかな神社だった。



参道を歩いているだけで、心が整っていくような、しんとした、凛とした場所だった。

参拝者は、最初と最後にすれ違ったくらいでほとんどいなくて、ほぼ一人でお参りした。ゆっくりと手を合わせることができ、色々な言葉が頭に降ってきた。

実際はポツポツと言葉が降ってくる感じで整った文章にはなっていなかったけれど、メモと記憶を元にまとめると、以下のようなことが浮かんでいた。

自分の感性をもっと大切に磨くこと。

迷いのなさ、素直さ、情熱、本能を大切にする。
研ぎ澄ませる。磨く。

人と向き合うとき、表面的な【反射】ではなく、自分の奥底からくる本能や感性で【反応】する。

強さとは、勢いで振りかざす剣のような力任せのものではない。本能が大切と言えども、衝動とも少し違う。

強さとは、自分の本能を押し込めるような不要なものを祓い、内にある力をスムーズに表現できるよう道を整えること。

整えれば、勢いをつけずとも、自然と、内にある無限の宇宙の力が発揮される。

ほう!整えることが強さにつながるとは。

力任せに剣を振り回す(無理にがんばる、焦る、反射で動く)のではなく、不要な思考を祓って道を整えれば、内なる宇宙(本能や感性)が勝手に溢れ出すのか。

いつも迷いが多く、周りに自分の軸を揺らしてしまってきた自分にとって、今回の旅行の肝になるようなメッセージだと受け取った。

これは、神のお告げとかでなくて、ずっと自分の中にあるテーマが浮かんでいたにすぎないかもしれない。

でも、中山神社のまっすぐ整った参道を通ってきた自分にとって、めちゃくちゃ説得力がある、ロケーションとぴったりの言葉だと感じた。


その後は摂社もお参りして回ったが、奥の「猿神社」まで行くのは、少し怖いと感じ、手前まで行ったがなんとなく寒気もして、中山神社の鳥居を一旦は出た。

でも、やっぱり行ったほうがいいと思い直し、くるっと向きを変えて勇気を出して猿神社を目指した。

幸い、お化け系はあまり見えたことないので頑張れた。

猿神社の鳥居をくぐってしまうと、辺りは森となり、薄暗くなったのに、なぜか安心感に包まれた。


隣の川のせせらぎが心地よく、ずっと異空間にいるようだった。

猿神社は、これまた岩がすごかった。
岩からの優しい守りを感じた。

左上の方に美しい光が入った。(特に下の写真)

手を合わせると、なぜか、耳の穴の中が心地よく洗浄されているようなヒーリング状態になった。「見ざる聞かざる言わざるかな?」とよぎった。

私は普段、耳から入るネガティブな情報や周りの声に影響を受けやすいところがある。

神様に、その耳から入った情報を洗い流してもらっているのかなと、感じた。ただただ、川のせせらぎの音と心地よさに身を委ねていた。

とても神聖な場所だった。
戻ってみてよかった。


達成感の中で車に戻ると、17時過ぎていた。

ここから絶対に事故らず眠らず岡山駅までたどり着かなければ。


レンタカー屋の香水のお兄さんに、返却時間をあらかじめ遅らせておいてもらって本当によかった。親切に「料金も変わらないですよ」と教えてくれたお兄さん、ほんとにいい人。安心。

しかも、新幹線も、間違えてなぜか翌日のを取っていたおかげで、帰りの時間を気にせずに中山神社に寄ることができた。新幹線の便の変更は一回しかできないという縛りがあったので、運転しながら時間見て焦ることもなく岡山駅まで運転に集中できる。着いてから乗れそうな便を取り直せばいいだけだ。

ほんと、うまくいくなぁと感謝の気持ちで
「安全運転!」と気合を入れて、岡山駅を目指した。



▼最終回はこちら


いいなと思ったら応援しよう!

くう ありこ よろしければ応援よろしくお願いします!いただいたチップは、よりよい創作のための冒険費として大切に使わせていただきます。

この記事が参加している募集