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芝居が上手くなった? ぺこペン『イキル(タ)アカシ』を終えて。

はらぺこペンギン!2025新作2本立てギャラリー公演
『イキル(タ)アカシ』無事に終演しました。

とってもぺこペンらしい、笑いと感動のバランスが取れた作品でした。笑って笑って最後にホロっと泣かすのって、舞台の1つの究極型だと思うのですが、それをぺこペンはずっとやってきているのだなあと身に沁みて感じました。

↑ここでも書きましたが、今回ぺこペンに出るのは8年ぶりでした。

というか、ぺこペンに初めて出たのはもう13年前で、当時は大学4年生。
ちょうど今回Bチームで一緒だった天音ちゃんぐらいの年齢でした。
同じく今回Bチームの座長である村田さん、ぺこペン常連であるボビさんとはそれぞれ干支が同じで、年齢が一回りずつ違うのです。『10年目のペンギン』の時は僕が24歳、村田さんが36歳、ボビさんが48歳。ボビさんがちょうど僕の倍だったのでよく覚えています。その時はオーディションで採って貰った一番の若手でした。

その感覚が残っていたのでしょう。
ぺこペンの会議でBチームも誰か若手を呼ぼうという話で僕が呼ばれたらしいのですが、もう小劇場に立ち始めて13年経っているので、全然若手ではないのでした。

その月日の流れだけでも感慨深いですが、
今回貰った台詞のほとんどが人間の言葉だったので、それも感慨深いことでした。

長年やってきたPeachboysではグガガガガと発狂する急激に年老いてお爺ちゃんになるか。
『10年目のペンギン』の時は“老けすぎた高校生”として興奮すると身体の一部に異常をきたす大喜利の一言に全てを賭けて。
『レーザービーム!』の時はもののけという役でペーロペロペロという擬音だけで喋り。
『不思議の国でノックアウト』の時は時代遅れのロボットヤマさんとして片言しか喋ってませんでした。

それが今回は、旅行医黄川田周五郎という、ちゃんとした人間の役でして。家長が亡くなりそうな時に最後の家族旅行を提案する、物語のガイドラインを敷く役。医者として、様々なプランを提示しながら、最初は反対している家族の面々を説得していく役。部外者として、家族の内情を聞いていく役。そのために、丁寧なやりとりをしないといけない役でした。
その中で、なかなかの長台詞も頂いて。しかも、終盤で頑なになっている和樹に対して、自分の過去を語ることで心境に変化を与える大事な台詞で。
それもまた、自分のリアルな状況と被るところもある内容で。白坂さんにその状況は話したかどうかな曖昧なところだったのですが、やっぱり優秀な脚本家は何となくそういうのを嗅ぎ取るんだろうなーとか思ったり。というか白坂さんは昔から、初対面の人でも当て書きすると、実際のその人にリンクする役を書いてしまうという超能力のような力を持っているので、それを久々に感じました。

まぁだから、これまで白坂さんの作品には数多く出させて貰ってきましたが、求められた役柄が今までとは全然違ったので、それに応えるように演じたいなあというのが今回の目標でした。

小劇場に立ち始めた頃の僕は具体的に演技を組み立てるということが全然わかっていなくて、“演技プラン”という単語を『10年目のペンギン』の稽古場で聞いた時にそういう概念があるのか、と思った覚えがあるほどでした。
じゃあ何を以て演技としていたか、なのですが、面白い音心地よいテンポだけを当時は考えていました。元々お笑いが好きだったのもあって、そこの感性に関してだけは自信があったのですね。逆に言うと、それ以外の芝居の組み立て方がわからなかったので、ウケた音とテンポがあったら、それを完全に再現できるように、ガッチガチに固める。その一番良いところを毎回同じクオリティで出せるようにする為に、全員で何回も稽古するものなのだと考えていました。

そういう音に対しての反応の良さを買ってくれたから、ずっと擬音の台詞を白坂さんは僕にくれてたんだろうなー、と思います。そのお陰で、擬音の台詞に関しては、もはや他の追随を許さないレベルにいる自負はあります。普通の役者はそもそもやりたがらないということは置いといて。

まあでも一方で、普通の人間ぽく喋るってなんだろうとか考え始めたのも、白坂さんの作品に出たからで。音だけで芝居を作っているとやりとりになっていかないし、ガッチガチに固めたものを舞台で再現するだけだと機械的すぎて何より面白くない。
だからこそ、他の擬音じゃない喋る芝居も出来るようにならないとダメだと思って、Peachboys以外にも他の劇団に並行して入ってみたり、具体的に芝居の組み立て方を教えてくれるワークショップに通うようになったのでした。

これも音だけで芝居を組み立ててたからだと思うけど、人間ぽくないと言われて悩んだこともあったなあ。自分は酒もギャンブルも風俗も煙草もやらないし、俗っぽいところが見えづらいせいか、そんなことを言われることも多くて、欲望を全開にしないと他人は人間だと思ってくれないものなのだろうかとか思ったりもしていた。

まあそんな人間らしさの葛藤や、芝居の作り方に対する遍歴を経て、最近の自分の中の芝居をする時のテーマは“固めすぎないようにする”なのでした。

上記のようにガッチガチに固めれば、ミスも少なくなるし、ある程度のクオリティを担保することができる。でも、それだと、その場で起きていることに対する新鮮な反応ではなくなって、一定以上の面白さを超えることが出来なくなってしまう。
小劇場に出たての頃の自分は、ある程度のクオリティは出せるんだけど一定以上を超えることが出来ないもどかしさを何とな〜く感じつつも、固めておけばミスをしないから周囲に迷惑をかけずに済む、という安心感に身を預けていました。面白くすることが出来てない違和感を、まぁ成立はしてるし良いか…という気持ちで有耶無耶にしてしまっていたのでした。

でもやっぱりね、違うんですよ。
自分が何のために舞台に立っているかというと、面白いことをやりたいからなんですよ。仕事ではあるけれど、作品が成立するための1パーツになれているからそれで良いや、で終わってたら、わざわざ演劇なんかやる必要ないんですよ。
役者はどこまでも、作品が面白くなるように足掻くべきなんですよ。それで多少周りに迷惑をかけようと、面白くなればみんな許してくれるし。
というか、そうした咄嗟の反応こそが、お芝居なんだと、最近は富に思う訳ですよ。

そんな風に思えてるのも、ぺこペンから始まって13年間色々揉まれてきたからで、『10年目のペンギン』の時から変わらず台詞をブッ飛ばして周りに泡吹かせてるにも関わらず本人は平気な顔してるボビさんがみんなに愛されてるのを見て、改めてそうだと思った訳です。

そんな風に今回は“固めすぎないよう”にしながら芝居をやったお陰で、海山家の人たちとのやりとりを本番を通してどんどん深めていくことが出来たし。長台詞を喋ってる時に、実生活のリアルなことを思い出して、役とは違う感情や動きが出てしまいそうなところを、落ち着いてコントロールすることで役に組み込むことも出来たし。一方で、変な鳴き声を急に上げたり急にジジイになったり、音で確実に取りにいく部分もあったり。そこをまた色物のシーンで片付けずに物語に組み込んで、何なら物語を後押しするような形で笑いを取ることが出来たし。
音の芝居、人間味、固めすぎない芝居。自分が初めてぺこペンに出た時には到底出来なかった形で作品に貢献できたのが凄く嬉しかったです。
家族の死という決して軽くないテーマで、笑って笑って最後は泣けるコメディを作れたのも良かった。

良い形で自分の今できる全てをぶつけることが出来ました。
ご来場くださった方々、気にかけて頂いた方々、ありがとうございました。


Aチーム『日還り帰宅券とカリスマ案内人』
Bチーム『ラストトラベル・プレリュード』
A・Bチーム集合
ABぶっ通し回の楽屋
海山和樹 役 村田康二
遠田望 役 薬師寺尚子
畠村真智 役 松崎亜希子
海山沙夜 役 石井舞
海山美優 役 吉田天音
黄川田周五郎 役 山川恭平

今回、黄川田はポケモンのゴローン扱いされてまして、
みんなのことをポケモンに例えたら何かという話題で楽屋が盛り上がったのですが、三原さんにそっくりなナニカがいるよな…とずっと引っかかってたのですが、公演が終わってから思い出しました。
ポケモンじゃないけど。
ドラクエに出てくるモーザです。

三原さんは、モーザです。


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