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シン・京都市長 信長 第九話

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司会「時間が押しているので次行きます、少子化・人口流出対策についてお答えください」

坂本「教育無償化、空き家バンクの創設、京都の大学を卒業した若者の流出を減らします。教育無償化は、国と話し合い早期に実現したいと思います。大学卒業後の流出については、京都市内の企業と連携し就職の後押しをしたいと考えています」

福田「保育・教育無償化、学校給食無償化、医療費を18才まで無償化します。京都安心子育て宣言を出し、無駄な公共事業をやめ、子育て世代を支援するための財源にあてます」

小田「経済特区の企業の法人税を最大0%にする。ただし京都市内の大学・高校から新卒を一定数以上受け入れるのが条件だ。受入人数によって税率を毎年変える」

京都市内には、大学・短期大学あわせて38校もあり、大学のまちともいわれる。ただ、卒業後京都から出ていくのが問題となっている。

さらに、京都市内は、高級ホテルの進出、民泊の増加、国内外から投資目的の不動産購入で土地価格が上昇。そのため、高い京都市内をあきらめ、安くて近い、隣の滋賀県に移り住む子育て世代も多い。滋賀県大津駅から京都駅までJRで10分ほどだ。

「法人税0はやりすぎだ、税収が減るじゃないか」会社への優遇に厳しい福田が言った。
「日本で法人税を払っているのは25%にすぎない、法人税を払えるぐらい儲かっている会社が京都に来てくれれば、法人税を抑えられる分、新卒を雇ってくれる。長い目で見れば若い人が定住した方が色々な意味で波及効果が大きい」
「いや、今すぐできる教育無償化と空き家バンク創設の方が現実的だ」対抗心あらわに坂本が強めの口調で言った。
「教育無償化では少子化の解決にならないし、空き家バンク程度では人口流出は止められない、馬鹿げた政策だ」
「馬鹿げたとは何だ若造!」坂本は怒りを抑えられなかった。

よし!テレビを見ていた木下は、すぐに坂本が怒ったシーンをSNSに投稿。烏羽玉を食べながら拡散具合を確認しニヤリとした。烏羽玉は、こし餡を寒天でコーティングした和菓子。丸くて黒光りした姿が印象に残る。

不穏な空気が流れるなか司会が締めに入る。

司会「最後に一言づつお願いします」

坂本「わ、私には経験と常識がある、実現できない事は言いません!総理はじめたくさんの国会議員の先生方を知っている。国と京都府と京都市と連携し、着実に京都市の課題を克服します。ロープウェイや首都建設なんて非現実的でバカバカしい」

福田「当選すれば、市民と観光客のバス路線分離はすぐに取り掛かります。保育・教育・学校給食無償化は必ず実現します。観光から市民重視、公共事業から子供重視へ政策転換します。なによりも弱者に優しい京都を取り戻します。法人税0なんて、一部の企業が優遇される政策は断じて反対だ」

小田「京都には、世界的企業があり、多くの大学があり、1200年以上の歴史があり、世界に誇る文化がある。今の財政難・人口流出は、明治初期の困難に比べたら大した危機では無い。今こそ先人のチャレンジ精神と努力を思い出すべきだ。古い常識を打ち破り新しい京都を創り、再び日本の中心にします」

「終了時間がせまってまいりました。投票は来週の日曜日です。番組をご覧いただきありがとうございました。候補者の皆様もありがとうございました」

番組は慌ただしく終了した。

タクシーを用意したのであちらのドアからお帰りくださいとデレクターに促された。

光秀!テレビ局の廊下で声をかけられた。ビクッとし振り返ると信長が立っていた。
「良かったな戦国時代じゃなくて」仁王立ちの信長が大きく見えた。

明智光秀は、本能寺の変の後、娘の嫁ぎ先の細川家や反信長勢力を味方に付け、各地に散らばった信長の家臣を各個撃破し、天下を獲るつもりだった。実際には、細川家は味方にならず、羽柴秀吉の中国大返しも予想外だった。

━━ 凡人は経験と常識で未来を予測する、天才は経験に縛られず常識を破壊し未来を創造する

凡人の光秀は天下を獲る器では無かった。

「支持する政党も組織も持たない、政治未経験の若造が市長に当選した例など無い。出来もしない公約なんて有権者は支持しないだろう。せいぜい頑張るんだな」坂本は強めの口調で言い放った。
「光秀、お前では新しい未来は創れない」信長は冷淡に答えた。

その頃、SNSでは「ロープウェイ」「令和の平安京」「首都建設」「法人税0%」のキーワードが急上昇トレンドになっていた。

投票日まで一週間をきった。

坂本は、首相に応援演説を頼んだが断られた。国会議員時代、総裁選で別の候補者を支持したのが理由かもしれない。党幹部や影響力のある議員にも応援演説を頼んだが、ほとんど来なかった。

殿内にあって彼はよそ者であり、外来の身であったので、ほとんどすべての者から快く思われていなかった

宣教師フロイスのいた時代と変わらなかった。

坂本と福田は、組織票を固めるべく支持団体の集まりには頻繁に顔を出し、選挙カーから必死に名前を連呼し続けた。

信長は、街頭演説の頻度を減らし、いつ寝てるのと心配されるぐらい、SNSの投稿に力を入れた。テレビの反響は大きく、ライブ配信の閲覧者は10倍以上11万人を超えた。有権者の1/10に相当する。無党派層には、公約が実現出来るか出来ないかはわからないが、旧態依然の京都に変化がおこるのではとの期待感が広まっていった。

何やら面白い候補者がいると全国区のテレビ局が京都市長選の取材に来た。通常、地方の市長選挙など結果は放送しても選挙戦自体を取り上げる事は無い。木下がツテを使いお願いしたのだ。信長の注目度を上げる作戦の一環だった。

2月3日、京都人の冬の楽しみ、節分祭が京都市内の神社仏閣で行われる。特に、吉田神社の節分祭が有名で毎年50万人もの参拝者が訪れる。前日2月2日には、四つ目の方相氏が悪鬼を払う追儺式(鬼やらい)が行われ、年越しソバのお店も出店する。節分には、季節を分ける意味がある、冬から春へ、新しい年を迎える。

信長は、黙々と年越しソバを食べていた。木下は、豪華賞品が当る福豆を買って、賞品陳列棚をながめていた。

最終的に、京都市長選挙の期日前投票は60%に迫り、前回の投票率40.71%を大きく超えた。

2月4日、運命の投票日、この日はあいにくの雨しかも豪雨。
外を見ていた坂本のもとに、信長猛追、三つどもえの状況との報告が入ってきていた。
「雨の中わざわざ出かける事もなかろう家でゆっくりしてろ」とつぶやいた。
雨が降り投票率が下がれば組織票の重みが増す。

信長と木下は、激しい雨の中、投票所へ出かけていた。御池通を東へ歩く。霞む京都市役所の前で立ち止まった。
「アノの日も雨だったな」
「アノの日?」
「桶狭間だよ」
木下はキョトンとしていた。

翌日の新聞の見出しにはこう書かれていた。

『442年ぶり京都に「信長」現る』



おわりどす~
読んでくれておおきに


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りょうたろう 京都生まれ・京都育ちの京都人。 2005年から「京都観光研究所」を運営しています。 https://www.kyotokk.com/ https://blog.kyotokk.com/