【小説】8月某日の夢 第5話

 朝日が部屋に差し込んで、目が覚めた。
 今日から、また学校だ。


「お〜はよ!」
 カラッとして暑いながらも、元気が出る朝だった。
 交差点を渡り終わる紬貴くんを見かけてついつい舞い上がってしまった。挨拶と同時に、彼の肩に手をポンっと当てる。彼の首に冷たいタオルが巻かれていることに気づいたのはその時だった。
 少し驚いて、紬貴くんは振り向いた。
「ああ、おはようございます」
「相変わらず暑いね〜」
 先週とは違う日照り。でも、今も3年前も変わらない。とにかく、暑い。
 少しずつ、紫外線がヒリヒリと肌を擦る。今朝、ちゃんと日焼け止め塗ってきて良かった。
「今日からまた学校ですね。一緒に頑張りましょう」
「うん、一緒に頑張ろう!」
 学校は少し大変だけど、こうやって友達に会えるなら万々歳だ。

 紬貴くんと一緒に教室に入って、まず時間割を見る。今日の授業の内容を確認した。そこで気づいた。
 もうそろそろで、7月が終わりそうだ。夏休み、そして、夏祭りの時期が近づいてきている。
 ふと、紬貴くんの方を見た。もうカバンを片付けて、自分の席についている。
 もう一度やってみよう。きっと、3年前と変わらないかもしれないけど……
 今すぐに言う勇気はなかった。紬貴くんに声をかけるのは、帰り道にしよう。


 1時間目は理科で、実験の続きをした。先生がフラスコには気をつけるよう、かなりの頻度で言っていた。先週のことを気にかけているのだろうけど、その度に紬貴くんは「すみません」と顔を俯けていた。そして、その度に先生が「いやいや、そんなに頭を下げないで。気をつけてくれれば大丈夫だからね」と慰めていた。
 だけど、その後。別の人がフラスコにヒビをいれてしまっていた。
 最近、フラスコが脆くなってきている気がする。なら、気をつける以前の問題のような……

 しばらくして、実験が上手く進まなくなってしまった私。
 紬貴くんは今どう進めているのだろう、と席を立って紬貴くんに近づいた。
 紬貴くんはすぐに気づいた。そして、「待って」と止められた。
「俺に近づく時は、マジで注意してください。巻き添えになりますよ」
「あ、うん……心配してくれてありがとう」
 優しい……けど、そんなに心配しなくても大丈夫だよ? 紬貴くん。
 私は、またフラスコを割るかもしれないと言い続ける彼を少し説得して、実験の様子を見させてもらった。


 月曜日の授業は長く感じた……はずだったが、気がつけば私は昼食を食べ終わっていた。

「もう無理。暑い。俺、一生ここにいます」
 ふと横を見ると、珍しくイーゼルと絵を放置してエアコンの前に居座る紬貴くんがいた。
 今日も紬貴くんと一緒に美術室に来ていた。
「ここ最近はいつも暑いから大変だよね。でも体が冷えすぎちゃうから、一生を終える前にはエアコンから離れてね」
 私はそう言って、折り紙をちぎった。その破片の一枚一枚を、慎重に画用紙に貼り付ける。
 そろそろ画用紙の方は完成しそうだった。だけど課題なのは、文化祭用のキャンバス。文化祭は9月下旬。とはいえ、その頃にはステージバックを作らなければならないから、絵を描いている時間はほとんどない。テストも近づいてきて、勉強もしないといけないし。
 文化祭用の風景画、コラージュでも良いかな……。絵を描くのはそこまで得意ではない。何かを表現したりするのは、すごく好きなんだけど。
「ねぇ、紬貴くん。文化祭で飾る風景画って、コラージュとかじゃ駄目だよね……?」
 試しに訊いてみると、紬貴くんは「う〜ん……」と悩む声がした。
「一応、先生から言われたのは水彩画ですけどね〜……」
「だよね〜……頑張る!」
「頑張ってください……!」
 紬貴くんに応援された!! 応えれるように頑張ろう!!
 私の画力では、到底紬貴くんには届かない。だけど、それなりにでも描かないと上達すらしないから。

 そうして、画用紙の絵が完成した。
 折り紙と絵の具が混ざった、少しカラフルな感じ。せっかくなので、美術室の棚をお借りして飾ってもらおう。
 その後、私は風景画のモデルを探していた。どの場所を描こうか、そもそもどうやって描けば良いのか……迷っているうちに時間は過ぎていった。
 次の授業が始まる。結局、紬貴くんは最後までエアコンの前から動かなかった。


 昼食は食べた後の時間は、何の前触れもなく眠くなったりする。
 実は、私にもそんな時があった。もしかしたら周りの人は、紬貴くんだけだと思っているかもしれないけど。
 お昼過ぎの5、6時間目は、結構大変だ。

 ……と、ウトウトしていたら、6時間目はとっくに終わって部活が始まろうとしていた。
「時間は、思ったより早いんだね」
 そんなことを紬貴くんと話しながら、美術室へと向かった。
 今日は思い切って校庭に出てみた。風景画のモデルを探すためだったけど、傍には紬貴くんがいた。あの場所とか描きやすそうです、あの場所は綺麗ですよ、と話しかけてくれる。そうやって、一緒に探してくれた。
 そういえば、こんな日もあったな……。紬貴くんが、私のモデル探しについてきてくれる日。いつも個々で活動することが多かったから、当時は新鮮に感じた。
 でも、今は、ただ懐かしいと思った。

 紬貴くんとたくさん相談し合って、風景画のモデルは中学校の正面に決まった。


 部活も終わり、紬貴くんと帰り道に足を踏み入れた。
「やっぱり、暑い……」
「そうだね……………………」
 暑さが私の心臓をさらに押し潰した。もうすでに、私は緊張で張り裂けそうだと言うのに。
「……あのさ、」
 いつも仲良く話すのに、こういう時だけしどろもどろになる。3年前、上手に話せなかったという過去があるとはいえ。
 そう、私が朝に紬貴くんに言おうと決めていた、夏祭りの話。
「紬貴くん、夏祭りは……行こうと思っていたりする?」
「夏祭りですか? えっと……どこの?」
「し、市内の……」
 大丈夫、多分うまく話せている。
 でも、紬貴くんが見せたのは悩むそぶりだった。……3年前と同じ反応。
「ということは、8月4日ですよね…………行くのは難しい、かな。多分、夏期講習が入るので……」
「そっか……ごめん、もし良かったら一緒に行こうかなと思って……」
 私が言いたかったのは、夏祭りへのお誘いだった。
 3年前もすごく緊張した。友達を誘ったことがほとんど無かったから。
 長期休暇中は必ず塾に通う紬貴くんは『難しい』と言った。そして…………
「でも、誘ってくれてありがとうございます。行ければ良いけど……」
「もちろん、塾が優先だから。無理しないで!」
 つい、焦ったように言ってしまった。3年前と同じことが起こる、と分かっていたのに、やっぱり緊張には勝てなかった。本当の私は高校生のはずなのに、中学生の頃とまるで変わっていないみたい。
「じゃあ、行けたら行きます」
 紬貴くんは少し笑って、行けない時の定型文を口にした。私も少し笑った。
 その後の私は、いつも通りに紬貴くんと話しながら帰った。その間、心臓が脈を打ち続けていることが感じられた。


 家に帰って、3年前と同じように、お母さんに紬貴くんを夏祭りに誘ったことを話した。3年前もそうだったけど、お母さんは「すごいじゃん!!」と嬉しそうに褒めてくれた。お母さんも喜んでいたんだ、イベントに誘えるほど仲良しな友達が私にできたこと。
 私も嬉しかった。当時は、本当に幸せだった。



第6話
https://note.com/light_hyssop657/n/ncc0d4b0cdf9c

第7話
https://note.com/light_hyssop657/n/ndb8389d87e68

第8話
https://note.com/light_hyssop657/n/nfb16c41b9eaa

第9話
https://note.com/light_hyssop657/n/nc5deecf1fa95

第10話
https://note.com/light_hyssop657/n/n11c9e1d2c389

第11話
https://note.com/light_hyssop657/n/ne0b1d46617b5

第12話
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第13話
https://note.com/light_hyssop657/n/n727b1ee68199

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