健康にも損切りがある|好転反応という名のナンピン買い
健康にいいことほど、やめどきが難しい。
夜中に目が覚めても「慣れる途中」
体調が悪化しても「好転反応」
朝から疲れていても「年齢のせい」
知識が増えると、身体に違和感があっても都合よく言い訳できてしまうようになる。
新しい健康法を始めるのは気持ちがいい。
サプリは注文した時点で半分効いた気がするし、断食には小さな達成感がある。高強度の運動を終えれば、心臓がバクバクして脳汁が出る。
困るのは、そのあとだ。眠りが浅くなった。疲れが取れない。家族との食事がめんどくさくなる。こういう悪い変化があったら、一歩引く必要がある。が、なかなかこれができない。
健康にも損切りがある。身体に合わない健康法からどこで撤退するか、その線引きの話をしたい。(今回は投資の話が多いですが、ご了承ください)
健康法のサンクコスト|「ここまでやったのに」
株なら、買ったあと値下がりした銘柄ほど売りにくい。売った瞬間に損が確定する気がするからだ。株を買った値段と、これから上がるか下がるかは、本来関係がない。それなのに、自分の建て値にとらわれて判断を間違える。よくある話だ。すでに使った時間やお金に、今の判断まで引っ張られる。これがサンクコスト効果だ¹⁾。
身体も同じだ。ある健康法を何日続けたか、いくら使ったかは関係がないはずなのだけど、空腹に耐えた時間や買った器具、読んだ論文が無駄になる気がしてしまう。
長く続けたものほど、やめるのはもったいなく感じる。投資では、損切りは早く、利益はできるだけ伸ばすのがコツという。健康も同じだ。 合わない健康法は早く損切りして、合っているものを長く続けるのが大切だ。
好転反応という名のナンピン買い|不調を続ける理由にしない
株でいちばん危ないのは、下がった銘柄を買い増すナンピン買いだ。「一時的な調整」と信じて損失を取り戻そうとして、傷を深くする。

健康法にも、同じことがある。身体が出している赤信号を、回復の証拠に読み替えてしまう。夜中に目が覚めるのは「体が変わっている証拠」。午後に頭が回らないのは「慣れている途中」。そうやって、もう一段深く入ってしまう。。
もちろん、我慢していい一時的な体調不良はある。カフェインをやめれば頭痛が出るのは正常な反応だし、久しぶりの筋トレなら筋肉痛になる。原因と結果が説明できるものは、好転反応とは言わない。
説明できない不調を「好転反応」で済ませるのは、身体からの知らせを自分に都合よく翻訳することだ。健康食品でいう「好転反応」について、消費者庁は「科学的には存在しません」と明記している²⁾。体調に異変を感じたら、まずやめる。それが原則だ。
体調が悪くなったとき、「効いてきた証拠」と考える前に、健康法そのものを疑っていい。
医学でも「やめる」は処方の一つ
医学の世界には、deprescribing(ディプレスクライビング)という考え方がある。現場では「処方整理」・「減薬」と呼ぶことが多い。
高齢になるほど、薬は増えやすい。一つ一つには理由があるのに、重なるとふらつきや転倒の原因になる。
ポリファーマシー(多剤併用)について、47件の研究をまとめたメタ解析がある。10剤以上飲んでいる患者さんは、死亡のオッズが約2倍だった³⁾。もっとも、あくまで観察研究だし、病気が重い人ほど薬も多くなるので、薬の数そのものが原因とは限らない。
ただ、やはり不要な薬が少ない方がいいことはわかる。「やめる」も処方の一つだ⁴⁾。もちろん、これは医師と一緒にやる話で、処方薬を自己判断でやめていいという意味ではない。
健康法は、処方薬よりずっと自由だ。医師の許可はいらない。自分の記録だけ見てやめられる。それなのに、薬よりやめにくい。
16時間断食のやめどき|「もう少し続ければ慣れる」
自分がいちばん損切りできなかったのが、断食だ。12時から20時までの8時間だけ食べる生活を、2年ほど続けた。最初の数か月は調子が良かった。体重が安定した。頭が冴えた。
だから、合わなくなってきたのを認めるのが遅れた。2年目の後半から、夜中3時に目が覚めるようになった。午後3時を過ぎると集中が続かない。筋トレ後の回復も遅くなった。家族に「顔がこけてて疲れて見える」と言われ、その日から毎日の16時間断食をやめた。
体重だけなら、成功だった。でも、身体はそう言っていなかった。
最初に合っていた方法が、ずっと合うとは限らない。 仕事量も運動量も年齢も変わる。それでも健康法の方を固定していると、身体を健康法に合わせることになる。
やめて2〜3週間で、夜中に目が覚める回数は減った。断食をやめたことだけが理由かは分からないけど、体調は良くなった。今は毎日12時間くらいの食事枠に収めている。たまに長めの断食もするけど、毎日16時間には戻していない。 やめたというより、自分にちょうどいい時間に調整できた。
16時間断食が合う人は、もちろんいる。誰に合い、誰に合わないか。研究の解釈と自分がやめるまでの経過は別の記事に書いた。
「ハマっていた16時間断食をやめた話|間欠的断食のワナ」
HIITのやりすぎサイン|休むと弱くなる気がした
HIITは今も好きだ。短い時間で心拍が上がる。汗も出る。終わった直後は、かなりやった気になる。 自分がミスったのは、運動以外のストレスを数えていなかったことだ。
睡眠が短い。会食が続いている。仕事も忙しい。それでも予定どおりHIITで追い込んでいた。ストレスが過剰で、体調がどんどん悪くなっていった。
今は、体の声に耳を澄ますようにしている。寝つきが悪い。いつもの重量が続けて落ちる。関節の痛みが残る。仕事中に頭が回らない。朝の安静時心拍数が上がって、HRVが下がる。こう言うサインがいくつか重なったら、その日のHIITは見送って、歩行や軽い有酸素へ替える。昔はムキになって、疲れている日ほどHIITを入れていた。今は、撤退できる分別がついた。
体のサインはほかにもある。安静時心拍数・握力・睡眠・体組成。倒れる前に自分でタダで拾える4つを、別の記事にまとめた。
倒れる前に体が出す4つのサイン(メンバー限定)
サプリのやめどき|「念のため」はなかなか減らない
サプリは始めやすい。買う。飲む。その日から、健康に何かしている感じがする。自分もかなり試してきた。クレアチン、タウリン、ビタミンD、オメガ3、マグネシウム。気づくとどんどん増えていて、何のために買ったのか、もうはっきり覚えていなかったりする。
自分のサプリの数はピークの頃から数えればかなり減った。30個から4つまで絞った経緯と、何を外して何を残したかは、別の記事にまとめた。
オメガ3と乳酸菌をやめて、4つだけ飲んでいるサプリの話(メンバー限定)
健康法を始める前に決める4つ|続ける・減らす・やめる基準
今は、新しい健康法を試そうと思ったら、スマホのメモに4つだけ書いている。始めてから決めると、自分に都合よく条件を書き換えるからだ。
何を変えたいのか
いつまで試すのか
何を記録するのか
どんな変化が起きたら、今のやり方を変えるのか

正直に言うと、この4つは外来で毎回聞いている質問ではない。自分がやらかしてきたから、書くようになっただけだ。特に最後の「どんな変化が起きたらやり方を変えるか」まで決めている人は、外来でもほとんど見ない。
最後の一行が、いちばん書きにくい。 ここを書かずに始めると、不調が出たあとも「もう少し」を延長しやすい。たとえば、高強度の運動を週3回に増やすなら、こんな感じだ。
目的: 心肺機能を上げたい
期間: まず1か月
記録: 睡眠、翌日に残る疲れ、ワット数
やり方を変えるきっかけ: ワット数が続けて落ちたら、週2回に戻す
疲れも残らず、ワット数が保てているなら続ければいい。心肺は楽になってきた。でも、ワット数が続けて落ちる。眠りも浅くなり、翌日に疲れが残る。そうなったら、週2回に戻す。断食なら、断食時間をゆるめる。
もう一つ、経営のやり方から借りているものがある。3か月に一度の棚卸しだ。続けているものを全部書き出して、「何のためにやっているか」を聞く。答えられないものは、休む候補だ。始める前の4つと、棚卸し。入口と出口を両方決めておくと、「もう少し」の延長に引っ張られにくい。
いきなり全部やめる必要はない。生活への影響が小さいなら、量や回数を減らす。大きいなら、いったんやめる。症状や検査値に異常が出ているなら、話が別だ。自分で試し続けず、先に医療機関に相談する。
胸痛・息切れ・失神・強い動悸が出ているときは、やめどきを考えている場合ではない。受診が先だ。何でも「好転反応」で済ませると、受診が遅れる。
まとめ|健康法は、自由を増やすためにある

自分はこれからも、新しいものを試すと思う。論文を読めば気になる。海外で流行れば調べる。あれだけ睡眠スコアに振り回されるなと偉そうに言っておきながら、最近GoogleのFitbit Airを買ってしまった。ジムでは新しいHIITも試した(懲りない)。そういう性格は変わらない。
ただ、始める前にスマホのメモを開くようになった。メモのいちばん下には、こう書く。
どんな変化が起きたら、今のやり方を変えるか。
昔の自分には、この一行がなかった。
健康法は、本来、人生を豊かにするためにある。朝から体が軽い。仕事に集中できる。家族と食事を楽しめる。年齢を重ねても、自分の足で行きたい場所へ行ける。そのための健康だと思う。
なのに、健康法のせいで外食が怖くなる。家族との食事が苦しくなる。会食の前から頭の中がルールでいっぱいになる。それは、健康になっているのか。
人生を豊かにするはずの健康法が、人生を狭くしているなら、一度損切りしてリセットしたほうがいい。健康のために人生があるのではなくて、人生を豊かにするために健康があるはずだ。
健康にも損切りがある。
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参考文献
1)Arkes HR, Blumer C. The Psychology of Sunk Cost. Organ Behav Hum Decis Process. 1985;35(1):124-140. doi:10.1016/0749-5978(85)90049-4.
2)消費者庁. 健康食品Q&A(「使用の注意」Q2:「好転反応」について).
3)Leelakanok N, Holcombe AL, Lund BC, Gu X, Schweizer ML. Association between polypharmacy and death: A systematic review and meta-analysis. J Am Pharm Assoc (2003). 2017;57(6):729-738.e10. doi:10.1016/j.japh.2017.06.002. PMID: 28784299.
4)Scott IA, Hilmer SN, Reeve E, Potter K, Le Couteur D, Rigby D, et al. Reducing inappropriate polypharmacy: the process of deprescribing. JAMA Intern Med. 2015;175(5):827-834. doi:10.1001/jamainternmed.2015.0324. PMID: 25798731.
5)Meeusen R, et al. Prevention, Diagnosis, and Treatment of the Overtraining Syndrome. Med Sci Sports Exerc. 2013;45(1):186-205. doi:10.1249/MSS.0b013e318279a10a.
6)U.S. Food and Drug Administration. FDA 101: Dietary Supplements.
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