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医師が17年かけて気づいた"引き算の健康"

彫刻家は足さない。削る。

ミケランジェロがダビデ像をつくったとき、こう言ったとされている。

「大理石のなかにすでに天使が見えていた。 自分はただ、余計な石を取り除いただけだ」

画家はキャンバスに「足す」。彫刻家は大理石から「引く」。 自分は、健康もこれに近いと思っている。

A4で3枚のサプリリスト

健康意識はかなり高い人だった。サプリに月5万円。プロテインは3種類。パーソナルトレーナーは週2回。健康への投資額は月20万円を超えていた。

初診のとき、彼はA4で3枚のサプリリストを持ってきた。

「先生!これに足すべきものはありますか?」

そんな彼の机の上には、コンビニのアイスコーヒーと菓子パンがあった。

本人はまったく気づいていない。昼はコンビニ弁当。夜は接待で揚げ物と酒。寝る前はウイスキー。布団でスマホ1時間。

健康にお金をかけている。勉強もしている。行動もしている。なのに、体調は悪くなっていた。自分はサプリリストを横に置いて言った。

「このリスト、いったん全部忘れてください。まず引きましょう」

彼は怪訝な顔をした。 「え、足すんじゃなくて?」

そう。足すんじゃなくて、です。


なぜ「引く」のか

ナシーム・ニコラス・タレブという思想家がいる。元ウォール街のトレーダーで『反脆弱性』の著者。

この人が健康とリスクの文脈で繰り返し使う考え方に、「Via Negativa」がある。日本語で言うと「否定の道」。何を足すかより、何を取り除くかから考える姿勢だ。

タレブの主張はシンプルだ。

「何が正しいか」より「何が間違っているか」のほうが、人間にはわかりやすい。

たとえば「健康にいい食べ物」は時代によってころころ変わる。卵、コーヒー、赤ワイン、いいのか悪いのか未だに決着がつかない。研究が増えるたびに、見え方が変わる。

でも、大きくは変わらない話もある。

タバコは確実に体に悪い。寝不足は確実に体に悪い。飲みすぎは確実に体に悪い。超加工食品は確実に体に悪い。

何を足せば健康にいいかは、不確実。
何をやめれば健康にいいかは、確実。

不確実なものを足すより、先に邪魔しているものを引く。そこには非対称性がある。サプリが悪いわけではない。プロテインも、検査も、デバイスも、使い方によっては役に立つ。自分も使っている。

問題は、穴の空いたバケツに水を注ぎ続けることだ。まず穴を塞ぐ。何かを足す話はそれからでいい。

でも人間は足し続ける

人間は、引き算が苦手だ。

これは気合いの問題だけではない。2021年にNatureに掲載された研究では、人は何かを改善しようとするとき、足す変更を先に探し、引く変更を見落としやすいと報告されている。

サプリを足す。検査を足す。デバイスを足す。アプリを足す。

これはすぐ浮かぶ。

でも、寝酒を減らす。通知を切る。菓子パンやめる。

こっちは浮かびにくい。

行動バイアスの例として、サッカーのPK研究もよく語られる。2007年の研究では、キーパーは統計的には真ん中に立っているのが一番PKを止められるらしい。ただ、そうは言ってもほとんどの場合はキーパーは左右に飛んでいたと報告された。

何もしないで失敗するより、何かをして失敗したほうが、言い訳が立つ。

健康でも同じことが起きる。

「何も足さない」という選択は、なぜか不安になる。サプリを買ったほうが安心する。検査を増やしたほうが、自分の体に向き合っている気がする。睡眠アプリを入れたほうが、眠りに努力している感じがする。

マーケティングも足し算に向いている。「これを飲めば健康になる」は商品になる。バズるし売れる。広告が出せる。レビューもつく。

「これをやめれば健康になる」は商品にならない。値札がつけにくい。誰もマーケティングしてくれない。

SNSも同じだ。

「今日からこのサプリ始めました」は投稿になる。

「今日から寝る前のスマホをやめました」は、あまり映えない。

人間の思考、市場、SNS。全部が足し算へ向かうようにできている。だから、引き算は意識して選ばないといけない。

自分もハマっていた

偉そうに書いているけど、自分自身、足し算の沼にいた。

20代後半、サプリに月3万以上つぎ込んでいた。クレアチン、BCAA、グルタミン、HMB、マルチビタミン…。棚がサプリで埋まっていた。妻に「子供の粉ミルクの隣に訳わからん粉たくさん置いてんじゃねえよ」とキレられた。今考えると、かなり正しい。

ある日、サプリ棚を整理していて手が止まった。ボトルを一つ手に取って、思った。

「これ、なんだっけ……?」

名前は知っている。買った理由も、たぶんあった。論文を読んで買った記憶もある。でも、いつ飲み始めたのか覚えていない。何が変わったのかも説明できない。体感もわからない。

ただ、飲むと少し安心する。
そこで、しばらくボトルを見ていた。
自分は効果を確かめていたんじゃなくて、安心を買っていたのかもしれない。

毎晩カップ麺を食べている。寝るのも遅い。仕事で座りっぱなし。なのに、サプリだけは増えていく。

これだけ足しているのに、体調はよくなっていない。むしろ、毎晩カップ麺を食べているほうがよっぽど影響が大きいんじゃないか。

そう思って、サプリを半分に減らした。カップ麺もやめた。3ヶ月後、体の重さが変わった。
もちろん、全部がカップ麺のせいだったとは言わない。睡眠や運動も同時に変わっていた。ただ、自分の中でははっきりしていた。

変わったのは、何かを足したからではない。
余計なものを引いたからだった。

その後、サプリは30個から4個まで減った。何をやめて、なぜその4個だけ残したのかは、オメガ3と乳酸菌をやめて、4つだけ飲んでいるサプリの話に書いた。

トレーニングでも同じことが起きた。
伸び悩んで、種目もセット数も増やした。全部やった。結果、肩を壊した。
復帰するときに、種目を半分に減らした。やることを絞った。

そしたら、デッドリフトが伸びた。BIG3合計520kgまで来た。
足したから挙がったんじゃない。削ったから挙がった。多分オーバートレーニングだった。

そして医学のいちばん古い原則が、まさにこれだった。

"Primum non nocere(まず、害をなすなかれ)"

高齢者のポリファーマシーを見ればわかる。薬Aの副作用を抑えるために薬Bを足す。薬Bの副作用を抑えるために薬Cを足す。足し算の連鎖だ。高齢者では内服薬が増えれば増えるほど死亡率が跳ね上がる。


もちろん薬は勝手に減らすものではない。必ず医師の管理下でやるべきだ。
それでも、薬を減らしたら元気になった患者さんを、自分は何度も見ている。

足すほど健康になるとは限らない。足しすぎて、体がわからなくなることがある。

何を引くか、3つだけ

ビタミンD不足には補充がいることがある。鉄が足りない人には鉄が必要なこともある。自分もクレアチンは今も飲んでいる。

足すこと自体が悪いわけではない。
問題は、引くべきものを放置したまま、足すことだけに集中してしまうことだ。最初に考えるのは3つでいい。

食事から引く。
睡眠の邪魔を引く。
メンタルの雑音を引く。

食事から引く

「先生、何を食べたらいいですか?」

外来でも健康相談でも、いちばん多い質問だ。

自分が返すのは 「何をやめられますか?」

BMJの2024年メタ解析によると、超加工食品の摂取が多い人は少ない人に比べて全死亡リスクが約21%高かった。しかも超加工食品は脳の報酬系をハックする。食べれば食べるほどもっと食べたくなる設計。体の設計図にない入力だ。

ちなみにこれを読みながら何か飲んでませんか。ペットボトルの裏、ちらっと見てみてください。家の台所に絶対ない成分がいっぱい並んでいたら、それが超加工。

やめるリスト(食事)
・コンビニの菓子パン、ホットスナック
・清涼飲料水(ゼロカロリーも含む)
・カップ麺、冷凍の揚げ物

スーパーフードは買わなくていい。

睡眠の邪魔を引く

30万のマットレスを買った経営者がいる。睡眠トラッカーも。グリシンも。CBDオイルも。でも寝る直前までスマホを触っている。寝酒もやめていない。

これは自分の昔の話でもある。30代のころ寝酒をしていた。実際はアルコールは入眠を早めるだけで、後半の睡眠を完全に壊す。詳しいメカニズムは「寝酒は、睡眠じゃない|論文解説 Sleep Med Rev 2025」に書いた。就寝前のスクリーン使用で入眠が30分以上遅れるという報告もある。

30万のマットレスの効果なんて、寝る前のスマホ1時間で全部吹き飛ぶ。

寝酒をやめて、寝る1時間前にスマホを置いたら睡眠トラッカーの数値が変わった。追加コスト、ゼロ。いや、マイナス。ウイスキー代が浮いた。

やめるリスト(睡眠)
・寝る1時間前のスマホ
・寝酒(「少量なら」も含む)
・寝る前のカフェイン

メンタルの雑音を引く

ここも足し算になりやすい。

マインドフルネスアプリ。コーチング。瞑想リトリート。自己啓発本。ジャーナリング用のノート。

どれも悪いものではない。自分も試すのは嫌いじゃない。

ただ、その前に減らせるものがある。

深夜のSlack通知。寝る前のニュースアプリ。惰性の会食。毎晩のSNS。朝起きてすぐのメール確認。

いまスマホの通知設定を開いてみてほしい。何個のアプリが通知を送ってきてる? 自分も数えたとき引いた。30個以上あった。「本当に今日必要な通知」なんて3つもなかった。

SNSの使用時間を1日30分減らすだけで、うつと不安のスコアが有意に改善したという研究もある。 たった30分。アプリを1つ入れるより効く。

やめるリスト(メンタル)
・寝る前のSNS、ニュースアプリ
・惰性の付き合い会食
・深夜のSlack、メール確認


あなたは足し算の罠にハマっていないか

  • サプリを3種類以上飲んでいるのに、コンビニ弁当をやめていない

  • 高いマットレスを買ったのに、寝る前のスマホをやめていない

  • 瞑想アプリを入れたのに、深夜の通知はオンのまま

  • 「何を食べたらいいか」は調べるのに、「何をやめるか」は考えたことがない

  • 健康情報は毎日読むのに、自分の酒量は数えていない

自分もやっていた。

健康情報を調べまくって、気づいたら1時間座りっぱなし。PubMedを開いて、海外のサプリレビューを読んで、睡眠、血糖、腸内細菌、運動の論文を行ったり来たりする。

健康になるための情報収集で、体には座りっぱなしを残していた。

かなり間抜けである。

知識を足す前に、一度立てばよかった。水を飲みに行く。階段を上る。外を5分歩く。

たぶんそのほうが、当時の自分には必要だった。

あの経営者はどうなったか

A4で3枚のサプリリストを持ってきた、あの人。

サプリは3種類まで減った。コンビニ弁当を減らした。寝酒をやめた。寝る前のスマホを置いた。会食後の締めも、毎回ではなくなった。

検査値の一部は落ち着いた。睡眠の体感も変わった。午後の会議で眠くなりにくくなった、と本人は言っていた。

でも、一番変わったのは数値ではなかった。

「健康のことを考える時間が減りました。 前はサプリのことばっかり調べてた。 今はその時間で本を読んでます」

余計なものを引いたら、時間が生まれた。
時間が生まれたら、人生が少し戻ってきた。

体調が悪い人ほど、健康のことを考える時間が増える。
体調が整ってくると、健康のことを考えなくてよくなる。
最終的には、そこを目指したい。

健康法の達人になることではない。体のことを忘れて、仕事や家族や趣味に戻れること。

健康のために生きるわけではない。
ちゃんと生きるために、体を壊しにくくする。

体はキャンバスじゃない。大理石だ。
余計なものを削る。

寝酒。菓子パン。夜のスマホ。深夜の通知。毎日の甘い飲み物。惰性の会食。開いていない健診票。

そうすると、体が戻る余地が生まれる。
「これを飲めば健康になる」は商品になる。
「これをやめれば健康になる」は商品にならない。

だから誰も教えてくれない。
足すな。引け。


まとめ

  • Via Negativaは、何を足すかより何を取り除くかから考える姿勢だ

  • 健康にいいものの評価は揺れるが、寝不足、飲みすぎ、タバコ、毎日のような超加工食品は害の方向が見えやすい

  • 人間は足す案を先に探し、引く案を見落としやすい。これは思考のクセでもある

  • 食事では、菓子パン、カップ麺、清涼飲料水、会食後の締めを一つ減らす

  • 睡眠では、寝酒、寝る前のスマホ、夕方以降のカフェイン

  • メンタルでは、通知、寝る前のニュース、惰性の会食、深夜のSlack

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※本記事は一般的な健康・医学情報の提供を目的としたものであり、特定の個人に対する診断・治療・医学的助言を行うものではありません。健康上の懸念がある場合は、必ず医療機関を受診してください。記事の情報に基づく行動の結果については、筆者は責任を負いかねます。

📎 参考文献

ミケランジェロの引用:広く帰属されるが原典不明(Wikiquote: "Widely attributed but of uncertain provenance")

Taleb NN. Antifragile: Things That Gain from Disorder. Random House; 2012.

Bar-Eli M, et al. Action bias among elite soccer goalkeepers. J Econ Psychol. 2007;28(5):606-621.

Lane MM, et al. Ultra-processed food exposure and adverse health outcomes. BMJ. 2024;384:e077310.

Chang AM, et al. Evening use of light-emitting eReaders negatively affects sleep. PNAS. 2015;112(4):1232-1237.

Gardiner C, et al. The effect of alcohol on subsequent sleep. Sleep Med Rev. 2025;80:102030.

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