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[全ア?(自語り)+考察]現代における「弱者」とは何ぞや+そして進み続けたら世界はどうなるか

書いていて何が正しいのか分からなくなりつつ・・・「正しい」事なんて無いのかなと思います、そんな気持ちで読んでいただければと思います。

※書いていて・・・「強さ」とか「弱さ」とか、「強い人間」とされる人はそこまで多くない(マイノリティ)なのではないか?と思い至りつつも書きました。
駄文でかなり長文かつ支離滅裂ですが、お読みいただければ嬉しく思います。


[My life is nothing but a comedy.]


弱者という言葉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

流行ってますよね、この言葉。というか「使われてる」というか・・・。
以前に「弱さ」という事について書きました。(Vtuberの界隈の話と絡めて)
まあ沢山ご指摘を頂いたわけですが・・・(医者であるお前がそういう言葉を使うなと←無論簡単に使っていい言葉ではないですよね、それはそうです)

ご一読いただければ嬉しいです。

私は自認が弱者ですと言ったら多分いい気分にならない人が多いと思います。只どちらかというと私は自認は弱者寄りです(あくまで自認)。
(詳しくは後述)

・・・。


〇自認として自分はおかしい側の人間だと思うようにしている

まず自分はどっかおかしい人間だと思っています。
一般的な感性からは離れてしまっている人間なのかもしれません。そうは思いたくないですが・・・。
何というか、こういう物言いをすると「他の奴らとは違う俺w異端w」みたいに思われてしまうのではないかと考えてしまい嫌ですし自分は「常識側寄り」であることを考えたいので・・・あくまで自分は普通だと思いたいのですが、世間的に見ておかしい方の人間なのかなと20年以上生きてきて思います。

・・・。

哀しい話ですけどね。壊れたか壊れてないかでいうと大分壊れてる方だと思います。只・・・多かれ少なかれ人間皆壊れていると思っていますが・・・。

〇「医者」だろお前は?と言われた話

最近知った「全ア」って言葉になるかもしれません。
何というか言ってみれば「自分語り」みたいなモンですが・・・自認が「弱者」寄りである理由を自分なりに書き連ねてみます。
※この記事を書くにあたり自語りを書きます(お見苦しくてすみません)。

〇生まれとか 馬鹿にされた職業

私は只の一介の田舎の農家の生まれ(長男)です。
長々と続いているってのはありますが、取り立ててブランド化もしていない(=生存戦略を考慮していない)しただ惰性で農家をやっている・・・と言ったような家の生まれです。
農家・・・。デカイ農家でもない限り・・・というか生まれの場所が悪かったのか分かりませんが、「バカにされる」んですよね、農家の職業って。

ガキの頃町内の人に良く言われたもんです、「お前らは土耕してりゃいいもんな笑」とか、「中学出たら農家継ぐんだろ?勉強しなくていいよな米作ってりゃいいんだから笑」って町内の他の大人たちから・・・。

まあ今になって思えば、自分の家族に問題があった部分はあるのかもしれません。
でも悔しいじゃあないですか、町内の大人たちから子供の自分にそんなこと言われて・・・。
仮に親や祖父母の振る舞いが町内の人間によく思われていなかったとしても、それを何も知らないガキの自分たちに投げかけるのはどうなのだっておもうのです。生まれが悪いと言われれば、その通りかもしれませんが・・・。

ホント、悔しかったです
小学生低学年の頃からずーーーーーーーーーーーーっといわれた
ナニクソ・・・って思うしかなくて・・・。

でもそれを堂々と言われたり、陰で言われてるのを子供ながらに知ってしまったら嫌じゃあないですか・・・。腹立つじゃあないですか、子供に言えば反撃してこないって思うならなおさら・・・。涙も出るってもんです

更に言えば、それを親が知ってしまって夕飯の際にシクシクお袋が泣いていたり親父が酒をかっ喰らいながらキレちらかしてたらいい気分にはならないじゃないですか・・・。

代々続いた農家をバカにするつもりは無く、親としてはアレかもしれなかったけれど休日もナシに朝早くから仕事に行っていた親を誇りに思う気持ちはあるので、農業というものをバカにはしないですが自分はクソクソに偉く偉く強く強くなってやろうって子供のころからずっと思っていました

悔しいじゃないですか・・・言われっぱなしで・・・。バカにされて・・・ガキながらにいい気分じゃなく、強くなるしかないって思ったんですよね

〇経済的なコントロールはあった(忘れたくても忘れられない)

子供の頃周りで流行ってたコンテンツにはあまり触れてなかったかなって感じで、そう言ってしまうと全く触らせてもらえなかった人がいらすのも事実だと思いますし、自分はまだ恵まれた方だとは思うのですが・・・。

うーん・・・、周囲の流行りにはあまりついてけなかったかなあって思います。
ゲームとか、漫画とか・・・。漫画に至ってはジャンプとか読めませんでしたし同年代の同期と比べるとジャンプ作品とかそういったヤツは全然知らないです(父親の趣味の漫画として白土三平御大の作品・ちばてつや先生や手塚治虫先生の作品、母親の持っていた松本零士御大の漫画をむさぼるように読んでいたので、結果的に昭和の漫画に詳しいのは生まれのお陰かなと思うところがあります)。

カムイ外伝より(著:白土三平)
カムイ(上記画像)は抜け忍であり、非人として差別される人間であり、
どうして差別されなければならないのか、強くなれば自由を得られると信じ忍びの道に入る
私はカムイがとても好きです

まあそれは別に良いんですけど(後悔はしてない)、今でも覚えているのは色々と自分の選択に制限があったことです。
たとえば部活動を決めるときとか、どんな運動をしたいか決めるときとかそういった選択において必ず親の選択が強制的に入ってきたところがあって・・・。只そこでもっと反抗しとけばよかったんですよね

そこで屈して自分で納得してその選択をしてしまったのでこれも「自分で決めたこと」なのだと思って今はしょうがないなって思うのですが、親の選択に対して反することを決めた時コンタクトレンズの供給を止めるぞと脅されたり、小遣いを無くすぞと脅されたりするのはいかがだったものかと思うところはあります(実子に絶対こんなことは反面教師で絶対しないです)。

まあ、それも含めて最終的に諦めて呑んで決定したのは自分なので良いんですが・・・。

あとは冷房暖房回りでしょうか?後述しますけど兄妹はかなりこれ深刻に後遺症を負ってて・・・これ滅茶苦茶兄妹含め影響でかいんですよこれ。
きょうだい全員例外なくこのデバフ背負ってるのでこれはガチだと思います。

まあ職業上同居してる父母は外作業なわけですが、昼時とかは昼食を摂りに自宅に帰宅するわけです。休日とかで部活動とかも無く家にいるとき・・・、猛暑で暑かろうが極寒で寒かろうが冷房や暖房をつけているようなものなら昼食時に「お前ら働いてないのにこっちは冷房暖房内外で働いているのに身分いいよな図書館でもいっとけ」ってよく言われたのを覚えています。

少なくとも家を出て一人暮らしをするまでは家で冷房はつけられなかった
申し訳なさと諸々で

おかげさまで自宅で勉強勉強ってなっても、家族と同居している間は特にですが、自分で働きだして給料をもらうようになるまで冷房や暖房をつけることにかなり躊躇するようになってました

私には兄弟がいますが・・・彼らも未だに罪悪感があって、人が死ぬようなここ最近の猛暑とかでも冷房なしで過ごしてたりするみたいです(働きだした後になっても)。

・・・。自分はもうそういった呪縛から「這い出た」ので冷房暖房は自由につけていますが・・・。

実際負い目もあったんですよね、確かにオヤジとお袋は外で働いて汗水たらしてるわけで、たとえ勉強だろうが何だろうが家にいてぬくぬく過ごしている以上自分としては申し訳なく感じるわけです。親が暑い思いしてる中自分達だけ涼しい思いしたりしてるのは嫌だったから・・・。

だから中学以降自室を持ててエアコンはついてましたけど殆どつけることは無かったです。宝の持ち腐れって奴ですね。

でもこれも「己の意志」で「点けない」って選択をしたのでこれも自分が悪いです。

・・・自分の身内、子供にはそんな思い絶対にさせたくなくて・・・。金銭的にも困らないよう、強くなろうって思ったし今でもそれは思います。

〇親のコントロール下であったか(親の見世物?)

小学生の頃って自分全然勉強できなかったし運動もできなかったんですよね。それが嫌で嫌で自分が嫌でしょうがなくて・・・ただ頑張ったんですよね。
結果的に小学生の高学年あたりから運動も勉強もトップ層に入れるようになりました。歯ァ食いしばって食いしばって頑張ったんですよね

口だけデカい大言壮語の人間なのは嫌だったから・・・。

過去にその記事を書いています、良かったら・・・。詳しくはそこにありますが・・・。

おかげさまで中学入ってからは「親が望む勉学も運動も優秀な少年」として過ごせていたし、とりわけ勉学とか運動に言及してくることは無くなりました(前述した経済的なモノを除き)。生徒会長とかもやったり、運動会の選抜リレーのアンカーもやったりしましたし。陸上部でもなかったのに頑張ったなァって思います(↑記事に書きました)

でもこれは「親が望んだから」じゃなくて純度100%「自分がそうありたいとおもってそう決めたから」なので親のせいとかとは全く思っていません

強くなろうと思って、強くあろうと思って自分で決めて強く進んだ結果がそうなっただけです。やれることをやれるだけやってやろうと思ったから・・・。

んで、見出しの内容に戻りますが・・・、小学生の頃ですね、まだ親の言及があったころです。↑の記事にも書いてありますが、母親の勉強面や運動面の介入が大きかったんですよね。「うちは教育ママじゃない」ってお袋はそれが口癖でしたけど、仲のいいライバル関係にある母友の子が優秀で、それに対抗するかのように夏休みの宿題とかは全て指定されてました。自由研究とか自分が本当に興味持ったものでも一切却下、親の言われたものだけやったり、読書感想文も当時は読書なんて興味なかったけれど興味のある本を探してこれにしようと決めたらそれも却下、指定文書を読んだりとか・・・

読書感想文とか書いてても隣でガン見してるわけですよ、お袋・・・。
「ココの表現は要らない」「良くない」「なおせ」ってよく言われたもんです。
今でこそNoteで数万字とか余裕で滅茶苦茶長文書いてますけど、当時は数百文字書くのがきつかったなア・・・って思っています

んでそれが「市内で優秀賞」とかとって市内の展示ホールとかに飾られたりとかして・・・・・・・・・・複雑な気分ですよね。

でも人間って子育てって「1フェーズ」しかできないじゃあないですか

わんこや猫ちゃんみたいに子供が巣立ってからもう一度改めてこづくり、みたいなのできないじゃあないですか(たまに年の離れた兄弟の方がいらしたりしますけれどそれも遠めに見たら1フェーズ内だと思います)。
子供が成人して(ないしは大学卒業して)、落ち着いたからまた改めて子供を作るかってのは現代社会の構造や人間の構造的に厳しい部分がありますよね

だから子育てって「1回切り」だし、誰もが親として子を育てるときは「初めての子育て」なわけです。だからこそ・・・「しょうがないな」って思うところがあります。

今でこそ思える事ですね。親だって人間なわけですから・・・。


だから、特段今はもううらみっこはしていません。あんまり思い出したくない思い出ですけど。

〇親父が子供のころからアルコール中毒(現在進行形)

親父は只言い返される事にはビビりで
2025年年末帰省時に大喧嘩した際只々謝罪してきた姿は見ていて哀しかった
でも酒は辞められてなかった

これはもう本当に困ったもんで・・・・・・・・・・・・・。
自分が子供の頃からオヤジが本当に酒飲みで、1日にビールロング缶4~6本を常飲するんですよ。これは現在進行形で・・・。
無駄に肝臓が丈夫で自分が医学を学んでから「オヤジの肝臓ヤベーな」って思うんですが、もう還暦間近だって言うのにビールと日本酒をガンガン変わらず同量飲み続けています。

仕事柄車を運転するので日中は飲まないけれど夜になると浴びるように飲んで、酔っぱらうととにかく怒りっぽくなるんですよね。後はタバコ。
タバコも40~60本/dayくらい吸っています
。タバコが値上げされるからって15年くらい前から手巻きタバコにしても起きている時は常に吸ってて・・・。

辞めろっつっても辞めないし、もう諦めているのですが・・・。

子供の頃キツかったのは、直接ぶん殴られたりすることは無かったけれど、よくある産まなきゃよかったみたいな暴言から始まり聞こえるようなため息、怒鳴り、一番怖かったのが見えるところで背を向けて怒鳴りながらタバコ吸うんですよね。ガキの自分は怖くてびくびくしちゃって・・・

自分たち子供に原因が無い時でもそういった感じにキレたりして、それが嫌だったですね・・・。
今でも鮮明にこの記憶は残ってて、辞めてほしかったな・・・って思います。

それでも、色々大変な中(ここでは書けない内容)何とか食い扶持を稼いでくれてきたわけで・・・。身体的な暴力が無かっただけマシだなって思っています。こうはなりたくないなって思ってはいましたけど。

父もまた、弱さからくる逃げの1つとして酒とたばこに溺れたのかなと思ったのです。だからこそ自分は強くなろう、こうはならないようにしようって思った部分があるかもしれません
元々女たらしで恋愛遍歴も色々で、ただ父親の親(つまり自分の祖父母)の古い考えのせいで両想いの好きな子と結婚できずお見合い婚になった話もあるし、不憫な人ではあったと思うのです。

・・・。

〇母はうつ病(通院自己中断)

元々母はとても気が強く、特に「男たるもの強くなければならない」って感じで色々と育ててくれました。色々と大変だったと思います。
明治時代位の時間で止まった男尊女卑の農家の家(←ゲ謎の龍賀家の規模を小さくした感じに近い、うちは一族郎党全て農家一族)」に嫁いできて、さんざん嫁姑問題で揉めに揉めたりして色々と大変だったと思います。

そして俺達子供にはとにかく厳しく育ててくれました。
個人的に、「教育方針の一貫性」があったらよかったなって思うんですが・・・。
自分の親の事を悪く言いたくないですけど、小学校~中学校位までは厳しい母親としてガチガチに育てて、兄弟で色々と問題が発生してからは「育て方を間違えた」と悟ったのか途端に今までの厳しい育て方から手のひらくるっと返して「優しい・あるいは無干渉」な親像になったんですよね。

まあ・・・自分は折り合いつけられてるから良いんですけれど・・・。そして「自分の育て方が悪かった」と自責をし病んでしまって、一般的に精神医学の門外漢の自分でも「これはちょっと病院行った方がいいな」って思う位には病んでしまって、メンタルクリニックに通院を勧め通院させた時期がありました。只そこで主治医の先生と喧嘩して自己中断、何度も別のクリニックを勧めるも上手くいかず・・・。
自分に度々電話がかかってきたり、自分が珍しく帰省できたタイミングとかでは主に愚痴とか、「何時死んでもイイ、早く死にたい」とか、「もう長く無いだろうから」とか、「もう疲れちゃって動けない」とか、とにかくそんな言葉のオンパレードで・・・。気を遣うんですよね。話を聞いて傾聴して傾聴して頑張るんですけど、ずっと聞いても同じことの繰り返しだからいずれは何かしら解決案を出すも取り合ってくれないわけです。

実家って本来気が休まる部分ではあると思うんですが、とにかく今は気を揉む。年始ちょっと帰りましたが、ずっと「疲れた」っていうお袋の為家事とかやれること全部やって、外に連れ出したりして・・・、結局自分の休みなんて無くって・・・。

参っちゃいますよね、とにかく病院行かせないといけないんですが・・・。
まあでもこれもこの家に生まれた自分の使命だからしょうがないですし淡々とやるだけですけれど・・・。

自分が「The binding of isaac」って言うゲームにガチハマりしたのはこれもあるのかもしれません(↑Youtubeは超ネタバレ有)。

〇アダルトチルドレンか?

仮に当てはまるなら自分はヒーロー
兄妹はそれぞれロストワンとイネイブラーかなあ・・・。
典型的なテンプレに全員当てはまってるので、意外と信ぴょう性はあるかもしれません。
エビデンスはないです。

どうなんでしょうね。本邦では医学的に認められていないですし・・・。
米国で「アルコール中毒の親に生まれた子供」を指すって言う定義上見るならうちは当てはまるのかもしれません

まあでも当てはまっていたとしても、文句を言っても何も変わらないし生きなければならない事には変わりないので、淡々と生きていくほかないかなと思っています

〇親の世話と機嫌取り

最近スピリチュアルにどっぷりなオヤジとお袋見るのがキツイ
「なにも成し遂げられなかった人が行きつく先がスピ」ってTwitterで見て余計に

とにかく今前々見出しにも書きましたけど、親の面倒を見るのが大変です。
年老いていくだけにとどまらずアル中とメンタル面に不調を抱えた親を抱えるっちゅうのは中々大変で・・・。何をしても疲れた疲れたと言ったり、スピにちょっとハマりかけてたりで色々と兄弟たちでフォローしてますけど・・・。オヤジは長年の大酒のみの結果まあ間違いなく前頭葉の委縮はあるだろうと思っているくらい易怒性が強まり(対母親限定)、結果として泣くお袋の面倒を見るといったようなことをしています

ハァ~~~~~~~。そこまで遠方ではないけれど、何かあったら困るなァって思いつつ自分の事もあるのでそっちも進めています。
まあ、限界が来たら淡々と施設に入ってもらうしかないなと思っています。
(自分で介護しようなんて気持ちは流石に湧かない)。
(その金を十分に出せるくらいには稼げるようにもっと強くなりたい)

〇兄弟たち

ふびんですね。みんな頑張ってくれて・・・。
なんとか協力して頑張っていきたいですけれど・・・どうなるかなあ・・・。
何人いるかとかは明言しないですけど、人数は多い方で。
皆色々考えるところはあるようで・・・。みんな懸命に生きてます。

どうか幸せになってほしいと思って生きています。

〇打算でしか付き合えなかった異性関係

端的に言って自分はカス

元々小学校で凄い好きな子がいて、その子がいたからこそなんというか・・・勉強も運動もからっきしだった自分が頑張れたってのもあるかもしれません。その子とは結局うまくいかなかったけど、色々な頑張りが実を結んだのか、他の子から色々と本命チョコを貰ったり、校舎裏に呼び出されて・・・みたいな経験は割と沢山させてもらえました。

只既に精神的に荒み切ってて自分が強くなることしか考えていない部分もあって、人の事を打算でしか見ることが出来なくなって・・・。みんな断ったりしてました。バカですよね。
仲のいい同性の(男の)親友は幾人も今でもいますが、女性関係は本当に、本当に打算でしか見れなくなって・・・。

高校時代に付き合った子とはプラトニックな関係で終わり、浪人を経て(浪人中は彼女どころか友人を新規で一人も作らなかった)大学に入学後、大学生中に童貞は捨てておこうと思って寄ってきた子で童貞を捨て・・・みたいなクソエピソードがあり、初期研修中は飯を作ってくれるとか面倒を見てくれるとか、好きでもないのに面倒見てくれるからというそういった面で寄ってきた子を彼女にしていました。もう別れたけど。

・・・。

好きだったからとか、付き合ってみてとか・・・そういった気持ちにはなれなくて・・・。打算関係でしか見れなくなって、恋心ってなんだろうなあって思ったまま今に至ります。もう色々と酸いも甘いもしたから、結婚は普通にお見合いでもなんでもいいなって思っています(実際医者家系ではないので医者の娘さんの家から縁談のお誘いが定期的にある)。

・・・。己のクズさに呆れますよね・・・。

〇強くならないといけないと思った幼年期

とにかく強くなりたかった

ちょうど物心ついたころ、リーマンショックだの超不況だの氷河期だのが連日ずーっとニュースで騒がれてて。
有名大学を出ても就職が上手くいかない時期がこれからずっと続く続くってニュースで連日言ってて、それを見てたんですよね。
そんな、頑張っても頑張っても報われないことがあるのかよ」って思って。

どうしたらくいっぱぐれずに強く、強く成り上がれるのだろう」と思って・・・。結果、「医者ならワンチャンいける」って思ったのです。


これが中学校位ですね。元々小学校の頃からBJに憧れなりたかったのですが・・・。ただ「なるの滅茶苦茶難しい」ってのはよくよく分かっていたので、「無理かもなあ」って思いつつでも目標にはしていました。

高校に入って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。自分の中で根本というか、芯だと思っていた部分をへし折られた経験があるんですよね。
本当に落ち込んで、自分なんてもうどうなったっていいやって思った事があって(失恋ではない)。(親との大喧嘩を含み、これを機に親と子というよりは人と人という関係になった感じがします)
(未だに親としてではなく、大人と大人の関係をしている気持ち)。

人並みの幸せなんて要らないから、とにかく何か生きた証を残して逝きたいって強く願うようになったんです
そんな時、中学時代に読んだNarcissuを再読して・・・。


「こんな価値のない自分でも、人を助ければ価値が出来るかもしれない」
「ヒトは誰かに必要とされている限りは人間である」

そういった感じで・・・己に呪い、または夢を持ったんですよね。
(さらにはくいっぱぐれないっていう上述の理由も含みます)。

そして「自分で自分の背中を押して」、ここで本気で医者になろうって思ったんです。だからそこから本当にいつ死んでも、夢の道中で死んでも後悔はない、無いんだって感じで「医者になる事」だけを考えてとにかく進み続けました

もともと生まれから頭がいいわけじゃないんで、苦労したけれど・・・。

2浪(予備校代は成績でタダになった)を経て医大に入って、借金しながら生活費を工面してストレートに卒業しました。席次も〇席、6年間ノー遅刻ノー欠席で過ごしました

別に好きでいい成績を取ったわけじゃなく、「やれるだけやらないと1単位落とせば留年だし留年なんて借金してて出来るわけないからやれるだけの事をやろうと思ってやった」結果いい成績になったわけで・・・。

医学部と言えば部活、部活の部長(幹部)もやりましたし完璧にこなしたし

ただ在学中にストレスからか血便を初めとした難病にいくつか罹り(病名は非公開です)、今はある程度症状も安定し(仕事初めてからの方が体調良くなった)過ごせています。

とにかく突っ走る事しかできなかったし突っ走る以外しようともしなかった。
英語が好きだったから個人的に英語も勉強して、英語は聞けるし読めるし欠けるし話せるくらいにはなって(海外渡航未経験)。

医者になって初期研修を終えた時初めて「成し遂げる呪い(夢)が無くなってしまった」となったわけです。

〇今の自分は何もない 夢以外 何もない 進み続けるしかない

「夢ってのは呪いと同じなんだ」
これは言い得て妙だと思います。本気度が高いほどね。

「医者になる」っていう漠然とした夢を持ち、その道中なら死んでもイイと思って全力で進み続けてきて、いざじゃあ立てた夢が無くなった時・・・。
先の事が滅茶苦茶分からなくなっちゃったんですよね。自分の人生これからどうしよう?って。でも進み続けるしかないんですよ、「医者になること」は「自分で自分の背中を押して自分で始めた物語だから」
だから今も、日々進み続けてもっともっと大きく、強く強くなるために頑張っています。専門の診療科も悩んだナア・・・。

〇夢を成し遂げた今、空っぽの自分


空っぽの自分が・・・今思うのは・・・。本当に守りたい人を作って、その人の人生を自分の事はどうでもいいから、自分に関係する人たちの幸せを願えるように頑張るだけ・・・。今はそれだけを思って生きています。

〇生きた証を残したいことだけが心残りの自分の人生

生きた証を残したい、それ位自分に課してもイイじゃないかって思います。
自分の最期の望みです。それ以外はもう要らない・・・。

おうつのたわの儀介

〇だから主人公より悪役が好きな理由

夜明けの口笛吹き(フリーゲーム)より。
クリシュナが私はいっっっちばん好き。また記事書きます。

基本的に「悪役」を好きになります。だって悪役って「頑張ってる」じゃないですか。悪事のためとはいえ・・・しゃにむに頑張るやつが多いじゃないですか
主人公って・・・何かの力が与えられたり、補正が強くかかってたり・・・。
人に恵まれ、何をせずとも人が寄って来て・・・そういう星の下に生まれた主人公というか・・・。
だからこそ、福本作品ではカイジとかを挙げるなら利根川が大好きだし、一条の大ファンです(記事にするほど)。

ちいかわであれば、強くあろうと望んだ「オフィスグリコのあのこ」が好きですし(当時彼女と一緒におそろいのあくまのあの子のぬいぐるみも買った)、メイドインアビス(途中で読むの止めてる)であればワズキャンが本当に好きです。FGOはレジスタンスのライダーが欲しくて始めたくらいです(引退済)。遊戯王ZEXALならベクターが最推しだったり・・・。

また主人公勢でも「頑張ってる」子は本当に好きで・・・。進撃の巨人のエレンだったり、ライナーだったり・・・。ワンピースのコビーとかすげえ好きで・・・。
下劣だろうと、どんな手を使ってでもだろうと、成し遂げたいものを成し遂げようとするキャラが本当に好きなんですよね。本当に・・・。本当に・・・。
かつて記事にしてた自己紹介の好きなキャラ(ゲームとかの)↓

みんな何かしら抱えてながらも頑張って頑張って頑張るキャラが多い
人生の中で一番好きなキャラはワンピースのコビー。
頑張って頑張って成り上がってほしいです。

〇それでも進み続けないと開かない人生

〇配られたカード:枚数や内容に関係なく

元々「配られたカードで勝負するしかないんだよ」って言葉は親ガチャとかそういった言葉が流行る前からありましたよね。スヌーピーの奴。

賛否はあるよね

親ガチャという言葉が流行ってきたころ、「配られたカードの枚数自体が少ない奴だっているんだぞ」というツイートがTwitterでバズってたのを強く覚えています。
そうだよな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って思うところもありますが・・・。
嘆いても嘆いても誰も救ってくれないんですよね。傷をなめ合っても変わらない。祈ると手はふさがってしまいます。

とにかく行動しなきゃことが上手く運ぶ可能性はありません。ヤケクソでも進むしかないんです

勉強も、運動も、研究も、仕事も、恋愛も、結婚も、子育ても・・・。

失敗しても失敗してもくじけてもくじけても立ち上がってやっていくしかないんですよね。

その時に「得られるモノ」だったり「目をかけてくれる人」が出てくるかもしれない。配られたカードが少なかったり、悪かったりしても頑張って頑張って、死なない程度に頑張って頑張って、(新たなカード入手やいいカード入手のための)めぐりあわせの為の行動をしないといけないなっておもいます

こういった「助けてくれる・導いてくれる人」は行動の結果見つけてくれることもあるよ
(実体験)

黙って、何もしないでいるのは一番よくなくて・・・・・・・・・。

※むろん、精神的にほとほと参ってしまって精神科に通院していたりするようであるならば、疾患のピーク期であれば休まなければなりません。自死が見えるので。但し、投薬治療や環境の変化である程度落ち着いてきたら、復帰目指していかないと物事は改善しないってのもまた事実ですし、これは多くの同僚・同期の精神科の先生たちが皆思っていることだと思います。
(頑張らなくてもいいんだよ、生きているだけで偉い!ってのは疾患のピーク期にのみ適応されるものって考えないといけないと思います)。
大変な話ですけれどね・・・

自分の人生を切り開くのは「自分」なわけですし、進み続け強くなろうとあがく必要はあると思っています

はじめっから強い人って殆どいないと思っていて、「強くあろう」「強くあろう」として初めてそこで強くなっていけるのではないかと思うのです。

行動が大事だって思うのです。後は自己分析と内省。
ただそればかりすると疲れてしまうので、推し活とか色々酔っぱらえることをするのが良いのかもしれません(後述)。

〇親ガチャという言葉(同義:子ガチャ)

親ガチャもあれば子ガチャもあると思います。
そしてこの文化は「必要悪」として今の時代に必要だと思うところもありますし、「際限が無くなっている」とも感じます
後述するSNSの可視化とかで「親ガチャ」ってワードが流行るのはしょうがないと思います。だって24h常に自分より恵まれている層が目に入ってきちゃうわけですからね
そして親・子ガチャってのはこれもまた人それぞれ「SSRの基準が違う」ことです。

以前の記事にも書きましたが・・・「その日食っていければいい」ってのがSSRの基準の人もいれば「都内生まれ実家でかい有名中高一貫行けるSAPIX行って東大合格からの商社入社」をSSRとする人もいるかもしれません。

人によってふり幅がデカすぎるんですよね、この言葉。

基準は言葉故統一は不可ですが、この時代として必要な言葉として受け入れつつ、それにあらがって生きてほしいと思っています。
どうか・・・頑張れば一応報われるんじゃないかって思う世界でありたいと個人的には思うので・・・。

〇ネットの普及に伴う貧富の一層の可視化

いまや24h常にどこかしらでインターネットと繋がっていますよね、我々人間って・・・。
特にスマホとか、タブレットで見ている人が多いんじゃないでしょうか?
次点でPC。後は据え置きゲームとかでもネット通信がデフォルトで備わってたり、Discordとかの通話アプリは据え置きゲーにも入れられるんでしょうか?
とにかく常に「世界全体」と繋がっているようなものです。
世界中との導線が手元の小さい箱(スマホ)でつながってるんですよね

そしてSNSの存在です(特にInstagram、Twitter、TikTok、BerealとかNoteもそう ちょっとだけFacebookは違うかも)
ココは本当に「顕示欲」だと思います。無論この時期も「例外なく」です。
他人の人生が見えちゃうんですよね。匿名でも掲示板とかありますが、ハンドルネームでSNS、そして世界中の人たちの「成功・失敗・幸福・不幸」が見えちゃうわけです。

世の中お金を持っている人もいればそうじゃあない人もいて。
そのどれだけお金を持っていたら「お金持ち」かの定義ってのは言葉の難しさゆえに「人それぞれの尺度」があるわけで・・・。
1億円持ってたらお金持ちて思う人もいれば、100億円でも足りないって人もいるかもしれません

東大京大じゃなきゃ低学歴って思う人もいれば、ニッコマで高学歴って思う人もいると思いますし、人それぞれ「言葉」の尺度・定義が違うんですよね

個々人それぞれの尺度が違う定義を持つ中、成功・幸福な人の人生が見えてしまう・・・。

ある意味で「毒」それもとんでもない「猛毒」ですよね


他人のことなど気にせず自分の事のみに集中し進み続けられればそれが理想ですが、人間って中々そう振り切れるのは難しいんじゃないかって思います。

ある意味で「井の中の蛙大海を知らず」というのが今の時代は
かえって幸せなのかもしれません。
井の中で無双してから大海を知った方が多分イイ。

井の中の蛙大海を知らずという言葉がありますが、これは幸せなことわざなのかもしれません。今はもう初手で「大海」が見えてしまうので、初心者が「天上の存在的に」技術が高い人を見てしまって諦めてしまう、みたいなのがあると思います

どうか、くじけず進み強くなろうとしてほしいと私は願います・・・。
「あきらめないこと」、これが強くなるために必要じゃないかって思います。

〇人間みんなが「大谷選手」みたいにはなれない

大谷選手、凄いですよね。でもみんな大谷選手にはなれないですよね。
大谷選手を例に挙げるとあまりにも天上の世界すぎて現実感湧かないですが・・・身近で成功している人をイメージしてみてください。
うーん、同じ分野で活躍できますかね・・・?自分には自分なりの「道すじ」をたてて、己の道を邁進することが良いんじゃないかって個人的には思います。
いい意味で他人に興味持たないこと、それを意識するのが良いんじゃないかと思います(ASDだのなんだのの特性からではなく)

〇キラキラした職業に憧れるよね


華々しくキラキラしてて、CMとかに出たり有名な配信者になったり・・・。
たくさん目立って、沢山稼げる職業に就きたいって思う人はたくさんいるんじゃないでしょうか

これもまた今まではテレビとかくらいだったのが、インターネットの普及に伴い情報が入ってくるインフラが増えた分余計キラキラを見る機会が増えたんじゃないかって思います

子供の頃って、なんにでもなれる「万能感」ってありますよね。でも実際に歳を重ねてみると、同窓会とかで「あの頃の夢を成せた」のは一握りだったりして。現実を知る人が多いのではないかって思います(実体験)

でも、憧れて進み続けることも悪くないと思います。借金してまで私はなったので・・・憧れて進み続けることは悪い事ではないと思います。
でもやるなら覚悟をもって自分で背中を押して進むんだ。

〇取り巻くバッドステータス

〇もう「バブル」じゃない(自分はバブルを知らない)


バブル、経験してみたかったなア

バブルってどんなもんだったんでしょうね。もう世の中上り調子も上り調子だったんでしょうか?

高度経済成長期ってどうだったんでしょうか?世の中が希望に満ち溢れてたんでしょうか・・・

どうなんでしょうね・・・、今後そういった時代が来ることは、多分ないと思うのです。経済成長期はもう過ぎてしまったし、バブルは名の通り泡沫の夢。次のバブルみたいなものがあったとしても、世の中全体が浮き立つようなバブルとかではなく、投資とかの限定的な場面でバブルが短い期間来る、位でしょうか・・・。

いずれにせよその世代ではないですし生まれてすらいないので、不況不況と騒がれる中緩やかに衰退していく本邦の中で何とか歯食いしばって生きていくほかないのだと思います。

それでもあきらめず、頑張り続けることしかできないんです。
時代や環境のせいにするのは楽ですし簡単ですけど、それで何かが変わることは無く・・・無いのですから・・・
。強くなるために・・・。

〇貧富の差の拡大(資本主義の宿命?)

実際に「富んだ人」ほど次の世代につなげやすいと思いますし、逆もまた然りだと思います
うーん・・・、これは資本主義の宿命なんだろうって思います。でも少なくとも・・・よっぽどじゃあない限り・・・、こと本邦においては、大成する可能性は「全く持ってゼロ」ではないのかなって思います

勿論それに「気づいて」「頑張って」行けるかどうかってのがデカイと思いますが・・・。

国のフォローとかがあればいいですよね。できればですけど。

自助・共助・公助の3つがそろうのが理想ですけど、今は己の「自助」に最も重きを置くのが良いのかなと思うのです(というかそれしかない?)

そしてこの「シアワセの定義」ってのも人の尺度によるから、難しいもんだって思います。

〇社会の「参加ハードルの上昇」

この記事に書いていますが・・・↓

社会の先進化(いろんな側面:例としてAIの進歩)に伴い、過去に比べて一般的な「社会参加」のハードルは右肩上がりしてるよねって思うのです

今までの時代であれば普通に生活できたはずの人たちも、社会の参加のハードルが上がり社会参加が難しくなってしまう、みたいな・・・。
只社会、特に資本主義においては社会の進歩・先進化こそが存続の1つの手段だと思っているので今後もハードルは上がり続けるのではないかと思います。特にAIの進化が本当に指数関数的に伸びている(増加の方向)ので、これからもどんどん社会参加のハードルは上がっていきそうな気がします・・・。

(閑話:経済の成長の他の手段として所謂「戦争行為」がありますが、2026年初頭前後あたりからもうどの国もやりたくてやりたくてしょうがなさそうですよね、どの国も本邦と同じような問題を多く抱えているのかなあって思います。)

〇止まらない物価高

とにかく賃金が上がらないにもかかわらずモノの値段が高いですよね
いや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

本当に高くなったって思います。詳しい物価高の理由は本当に詳しく理解までは至っていませんが、大変な状況だと思います。
特に明確に感じるのは「食品系」ですね。人間食わずして生きてはいけないので、生死に直結する「食事」の値段が高くなると「高いなァ・・・」って思ってしまいます

それも10年前?位に比べると倍くらいになってたりとか、色々と苦しいですよね・・・。物価が上がるなら賃金も上がってほしいところですけど・・・。
ってなるからこそ、良い生活するなら無理して別の仕事を増やすなりなんなりで工夫が必要なんだろうと思います。ここでも進み続けなければならない要素なんだろう・・・と思います。

〇高い税金と社会保険料

税金ってか社会保険料が高ェ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

累進課税はしょうがないとしても・・・・・・・・・、社会保険料がなア・・・って思います。


次の見出しと重なりますが、「極度に高齢化」した日本ヤバいです。
医者目線の自分から見ても超やばい。特に普段労働階級に分類される人間が見ることが無い「リハ・療養病院」とかマジで本当に・・・(普段目に見えない分)。
高額療養費制度を調整するとか言ってましたけど・・・まず全世代3割負担(小児は除く)にしてほしいです。本当に高齢者の湿布受診が多すぎる・・・

世代的に高齢世帯が多いのはもう社会のシステム上しょうがない事ですけれど、有権者の分布も必然的に高齢者寄りになるわけで・・・。
とにかく難病系の制度を改悪するよりは高齢者も3割負担にしてくれって思います(個人的意見)


額面と手取りがあまりにも違うと、しょんぼりしちゃいますからね・・・。
なまじどういった事に使われているかを知ってしまうと余計にしょんぼりします。何とかならんカナア・・・。
※年金について:これは個人的に払っておいた方がいいと思っています。理由としては・・・「障碍者年金」の可能性。明日どの瞬間に事故とかで恒久的な障害を負うかもわかりません。そんな中年金って払っておかないと確か貰えなかったような気がします。本当であれば「高齢者年金」と「障碍者年金」は分けていいんじゃないかって思うんですが、それもまた難しいんでしょう・・・。公助は期待できんものとして、己の力で頑張るほかないのかなって思うのです・・・

これも弱者だのなんだのっていうものの原因の大きな要因だと思います。
税金が多すぎる、これ何とかしないと我々若者が困ります。

〇歯止めの効かない少子高齢化

子供を産むのは・・・大変なことだと思います。自分は産婦人科専門ではないので詳しくはありませんし、女性ではなく「男性」なので完全に女性の気持ちに成り代わって「出産」というものを理解することはできません

でも100%理解できないからと言ってじゃあ全くの無理解でいいかと言われればそれは違うと思っていて、完全に理解はできないとはいえ理解する、寄り添う姿勢を見せることは大事だと思います
そして、後述しますが結婚はした方がいいと思いますし、子供はいた方がいいと思います。時代が悪いとか・・・同じ思いを味合わせたくないから・・・と言った理由で避けるのは個人的には避けた方がいいのかなって思うのです
時間は有限ですし、リミットもあります。
私は無痛分娩には賛成ですし、自分の奥さんには無痛分娩を勧めます。
(勿論デメリットもありますが何より苦痛なく産めるのは良い事だと思うので)

子供を産めば給付金とか滅茶苦茶出すとか、とにかく早急に子を成すことのメリットを作らないと本邦は滅びるよォ~~~ッって思いながら生きています。これも問題ですね。結果的に社会保険料が上がって、生きづらく思う人が増え更に社会保険料の増加で若い世代の生活難が進みます。
ほっぽらかすことで輪をかけて税金とかの問題が悪化してより生活しにくくなると思います

〇移民とモラル

生まれの国が違えば常識も違いますよね。「郷に入りては郷に従うべき」ってのは当然の事ではありますが、中々そうも言ってられない状況なんでしょうか。
「ルール」を守る必要はありますが、「モラル」を守るか否かは、勿論守った方がいいに決まっていますし多くの大多数の人は守ると思いますが守らずとも「罰則」ってのは無いんだと思います。ルールの厳正化が必要なのかもしれませんね。
後は本邦にやってくる外国の方って、大体ハングリー精神に満ちている方が多い印象を受けるので、そういった意味でも競争相手としてかなり手ごわそうです

〇男女の分断論(資本主義の宿命?それとも韓国の後追い?)

これはまた焦点を絞って記事を書こうと思っていますが、非常に良くない事だと思っています。Twitterのアルゴリズム変更で特にTwitterでは興味もないのにおすすめ欄に男女の分断論が流れまくってきますよね。
また改めて記事にしたいと思いますが・・・、個人的に思うのは、自分はNarcissu(終末期のノベルゲーム)を見て医師を志したので、キャリアにおいていずれは緩和ケアを専門にしたい気持ちがあります。研修中に緩和ケアをキッチリ回らせてもらったり色々としたのですが・・・。

生涯未婚であったり、結婚したけれど子供を作らず(不妊の方とかは除く)配偶者に先立たれた方が最期にぼそっと私に本音と思われることを言う(私は結構親身に患者に接するので色々話してくれる)のですが、大概は・・・生涯未婚の人なら「結婚しておけばよかった」「年々年を経るごとに友人たちが家庭優先になっていった」とか結婚してた方とかでも「こども産めたはずなのになんで産まなかったのだろう」と後悔されて旅立たれる人を何人も、本当に何人も見送りました。

理性を持った動物、それが人間なんだと思います。動物である以上、言い方は悪いかもしれませんが、つがいとして婚姻はした方がいいと思いますし、次の世代への子供は産むことが出来るなら産んだ方がきっといいんじゃないか、と思うのです。少子高齢化の解決への一歩にもなりますし、何よりも・・・人生の幸せというモノ・・・を考えたときに・・・時間制限もありますし・・・。と思うのです。

〇世界の不安定さ

明日には何が起こるかわかんないですよね、今の世界。
後は色々な紛争とか争いで割食ってより一層物価高になったりとか、そういった意味でも振り回される可能性があると思います。
自衛というか、そういった意味でも先見の明まではいかずとも先々を予測していきたいですよね・・・。

〇人間「何かに酔わないと生きていけない」は本質か

本質だよ 多分ね
自分も「例外」じゃない
その一つに「推し活」ってのもあるんだろうって思います。

本質だと思います。自分は「自分の夢」に酔っぱらっていましたし、
それこそ「推し活」だったりも酔っぱらうモノの1つだと思います。
「家族」「奥さん」「こども」「仕事」とかもそうだと思います。もっと一杯種類はあるはず。

そうでもなければこの世で生きてくのって難しいのかもしれませんね。

〇酔っぱらうモノが無くなった自分は今

何に酔っぱらえばいいんでしょうね。学生時代無理したツケが今返って来て、同年代に比べればボロボロのステータスではあります。
何か、見つかればいいんですけどね・・・。模索をしています。

〇対人ゲームで人に勝つ事とアドレナリンだけが自分を今生かしているコト

対人ゲームは元々FEZとかを本当に楽しんでやっていたので、ある程度自信があって・・・それで得られるドーパミンだったり、医者をやっていく中、日々成長と医者という激務で得られるドーパミンだけが自分の人生を今食いつないでいます。命を削っている感じはありますが、今後どうなるか・・・。

〇自分はいつ死んでも良くて

それでも今は・・・明日目が覚めなくてもいいやと思って生きています。
自死はゴメンなので、頑張って頑張って頑張り続けたその先に、前のめりにぶっ倒れて死ねるなら本望かなって思っています。
大切な人を守るための金銭を稼ぐための仕事ですしね。自分が死んでも身内が困らないように・・・生きています。無論長生きできるならしたいですけど。

〇口開けて待ってても世界は動いてくれない

祈っても口を開けて待っていても基本的に救いの手はあまり差し伸べられないと思います。自分でつかみ取らないと・・・いけないのだと思います。

セーフティネットはあれど、だんだん厳しくなる世界で・・・。
やれるだけをやり、進み続けるほかないのだと思います。強くなるために。
今は強くなくとも、強がって、強くなろうとあろうとして、進み続けていけば一歩ずつでも進んでいけるものだって信じています

公助とか共助はあったらいいな、くらいの感覚で良いのだと思います。
それはそれとして人助けは積極的にした方がいいとは思います。きっと縁で返ってきますし、コネというかつながりにもなるので・・・。

〇例外なく「理不尽」な世界で

1980

でも生きないといけないんですよね。しょせん「動物」な我々人間は・・・。
理性と本能の狭間の中、エゴを忌避して我々は生きています。
どんなに頑張っても報われない事は往々にしてあります。だからこそやれるだけの事をやって、「人事を尽くして天命を待つ」のが良いんじゃないかって思うのです。理不尽ですからね。でも・・・それこそが世界の美しさなんだろうって思います。

〇諦めず進み続ける選択を

血反吐吐いても泥をすすっても石にかじりついてでも・・・。
進み続けなければ人生は大きく変わらないと思います。

〇自分が「やりたい」なら選べばいい、模索すればいい

無論憲法・法律・倫理は守りましょう

何かしら、出来ることはきっとあるはずです。
ゼロじゃないはず、調べることから始めてみるといいかもしれません。
きっとあるはずです、きっと・・・きっと・・・。
プライドかなぐり捨てて、泥水の中飛び込んで模索してみるってのが一番大事なんだろうって思います(特に無意味なプライドは捨てるべき)
石にかじりついて、泥水すすって汚水の中を泳いで初めて落ちてる宝石の原石が見つかるかもしれません。手を差し伸べてくれる人がいるかもしれません。行動あるのみ、です。
自分のHPとメンタルゲージを客観視してやってみるのが大事だと思います。

〇人生結果が「BADEND」でもいいじゃない?

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ御大
没後評価されたけれど、生前は評価を受けられなく失意のまま亡くなりました。
評価されたのは死後だから、非業の死で本人的にはBADENDだったと思います。
でも、それでもいいんじゃないかって思います。

過程で頑張れたなら、良いんじゃないかって思います。
過去の偉人の人たちの人生をWikipediaとか、ブリタニア百科事典で読んだりしてても、割と偉人でも悲劇な結末をたどってる人も多いですよね
偉人でさえそうなのに、有象無象の市井の人々なんて、全員が幸せなエンディングを迎えられてるか?と思うと多分違うと思います
シアワセなエンディングを迎える人もいると思いますけど、職業上送り出すことが多い私が思うに・・・必ずしも全員が全員そうじゃあないと思うのです。

勿論、「シアワセ」「Happy」な結末を求めて頑張る事は大事だと思うのです。
只失敗して結局なし崩しに上手くいかなくとも・・・「悲劇だったけど、頑張ったな自分!!!!!!!!!」って言って終えられる人生の方がいいじゃないですか。自分は少なくともそう思います。本当に・・・

だから、頑張る事って大事だし、動くことが「強くなるため」の一歩なんじゃないかって思うのです。

〇自分の人生は「自分」で「推し」じゃない

というか最推しは「自分」であってほしいです。自分の人生なんですし

個人的には・・・・・・・・・推し活って言葉は、10年前位?であれば「オタ活」って言われてたと思いますし、さらにその前はもっとジャンル別化して「ドルヲタ」「地下ドルヲタ」「アニヲタ」「ゲーヲタ」「バンギャ」みたいな感じに分けられてたんじゃないかって思います。それが何というか言葉をひとまとめにすることによって「けむにまく」というか、「参加ハードルを低くしている」感じがするんですよね。
「自分ドルヲタやってます笑」ってよりは「自分推し活にハマってて・・・」って言う方が言葉にトゲが無いですし日常的に会話しやすくないですか?

つまりは「そういうこと」なんだと思います。オタ文化が一般的に受け入れられてきたのもあり、より一層「推し活」というワードで参加の敷居が下がっているように感じます。
以前Twitterでもばずってましたが「推し活とか言う現代の貢ぎ」ってワードは言い得て妙だと思います。ホントに。

無論使い方次第では良薬にもなるし劇薬にもなるかなと言った感じで。

★推し活って、以前の記事にも書きましたが同列と個人的に思っている「サッカーチームのサポーター」とかそういった類に比して「金銭のやり取り」が推しへの貢献に直結していると思うんですよね。金銭をかければかけるほど、「推しへの貢献」になるというか、導線が短いというか・・・。

〇推しはある日突然いなくなるかもよ?

創作作品の推しであれば、作品の連載終了・サービス終了とかで供給が終わるかもしれませんよね。推しがいわゆる「ナマモノ(生きている人間の意)」であるならば、ある日突然何らかの原因で「引退」があるかもしれませんよね。
勇退で皆に惜しまれる引退もあれば、不祥事で引退になる人もいると思います

ある日突然「推し」がいなくなった時・・・本当にその「推し」に命を捧げる勢いで人生をその人に捧げていた時、いい思い出として人生の宝としてとれるか、喪失感から何もかも嫌になってしまうのか・・・。
両者どちらに転んでもおかしくないのではないか?と思います。入れ込めば入れ込むほど後者の確率が高くなるというか・・・。
「推しは推せるときに推せ」って言葉はありますが、金言と思いつつ、「危険」なセリフだと個人的には思っています

有限的な時間を意味するセリフであること、上述した「金銭のやり取り」が直接的な推しの貢献につながるという事からも金銭的ないわゆる「貢ぎ」を促しているように聞こえて「危ないなァ」ってちょっと思うのです

勿論有効活用で、適度に「推し活」をし、その推し活で日々の活力を貰い、それで自分の人生を好転させる方向のエネルギーに置換できればいいんじゃないかと思うのです。
只、自分の人生を捨ててないがしろにして、「推し」に対して自分の全てを捧げるようなことをするのは・・・危ないと思います。例えば推しが結婚とか、そういった形で勇退することになったら・・・入れ込んでいる人ほどショックはあるのではないか?と思うのです。だからこそ・・・節度を持ってほどほどにってのが大事なのではないかと思うのです・・・

〇推しの成長≠自分の成長

何度も書くことになりますが、金銭のやり取りが推しへの貢献度に繋がりやすいのが一般的な「推し活」だと思います。
只それで推しの成長の追体験は出来るかもしれません。ドーパミンも手に入ると思います。
只思うのは・・・・・・・・・・・「同一視」は出来ないという事です。
推している相手と自分は同じ人間ではありません。推しが成長していく姿を後ろ姿で後方腕組みをしても、自分の成長には直接的にはなりません。
前見出しで書いたように推しの成長を見て自分も「頑張って成長しよう!」と思えるのなら良いと思いますが、推しの成長=自分の成長と誤認するのは危険だと思うのです。

〇推し活の帰着点は「自分」であれ

推し活の帰着点の話は上記した推し活の記事にも書きましたが、帰着点は自分にした方がいいと思うのです。再三にわたり書きますが、推し活って「金銭のやり取り」が推しに直結しやすいと思うのです。
で、推し活の満足の帰着点を推しの相手そのものにしてしまうと、人間どんなに頑張っても100%シンクロした気持ちになる事は同一人物に成り代わることが出来ない以上不可能です。
その為、どれだけ金銭的に多額な推し活をしたとて、満足の帰着点を相手にしてしまうと一向に100%満たされることは無いと思います
逆に満足の帰着点を「自己」にすることでほどほどの無茶ではない推し活が出来ると思うのです。
私は「推し活」をすることは悪い事だと思っていません。用法容量適正にやることが大事だと思うのです
満足の帰着点が自分であれば自分の事は自分で分かりますし、満足のラインもわかります。その推し方をして、それで活力を得て自分の人生の日々の生活を充実させることが「大事」なのではないか?と思うのです。

〇個人的理想:最推しは「自分」であれ

これは個人的な理想ですが・・・。推し活というか、自分の人生は「自分が主人公」であってほしいと個人的に願っています。
他人を推し活するのもいいけれど、自分を「最推し」として、最推しの自分をガッツリガッツリ自分で自分を推して進み続けて行ってほしいなって個人的には思うのです。


〇強くなくても強がって強がって、本当に強くなるための最初の一歩を踏み出そう

自分の強く強く強く影響を受けたゲームの言葉です。

まとめです。
自分もまだまだよわっちい人間ですし、そう思っています。
そもそも「強さの定義」ってなんだ?「弱者の定義」ってなんだ?と思うところもありますが、それは結局「ヒーロー」の定義と同じかな?て思います

ヒーローって何でしょうか?戦隊ものにあるような勧善懲悪の世界とは違ってこの世界はひとくくりに勧善懲悪という言葉で語れませんよね。
力こそが正義?正しさこそが正義?強い事が正義?正論を言えることが正義?他者を救うことが正義?

それとも・・・己に向き合って、自分の為に向き合って、進み、頑張って「今は強くなくとも」、へたれず、くじけず、情けなくても泥被っても「強くなろう」って理不尽な世の中にあらがう事?
私はこの「抗うこと」が正義でありヒーロー像であり、「強さ」だと思います

それを根幹に、己の芯にして・・・「自分の求めるモノ」を突き詰めていけば良いのだと思うのです

いろんな世の中を取り巻くバッドステータスや生まれ、様々人により十人十色だと思います。性格も性別も体格も年齢も何もかも違う世界で・・・・・・

それでも「弱者だと諦める」のではなく「諦めず抗い何とか頑張っていこうとすること」、それが「大事」なんじゃないかって個人的には思います。

世の中頑張っている人を見ると私は活力を貰えますし、「もっともっと俺もやるぞお!!!!!!!!!!!」って思えます。

自分が「弱者男性」とか「弱者女性」って言葉をあまり好きではないのは、元々自分がそうであったから、同族嫌悪的なものがあると思うのです。
だから、そういった言葉に甘んじず、ガチでヤバイ時は休んで、そうじゃない時は「何かしらの方向性を立てて」「進み続けること」が大事なんじゃないかって思うのです

私はこれからも、それをモットーに進み続けていこうと思います。

自分の過去に書いた記事がちりばめられているように、私がこのNoteを開設してから書きたかったことはこのことなのかもしれません

集大成、って感じです。

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