第10話:「三角でスライドする夜」
—— “すれ違い”の形で、恋が動き出す。
🛣️ 連載シリーズ|髪が生えたら、サービスエリアが騒ぎ出した。
第0話:これは、高速道路と芸能事務所と、ちょっぴり不思議な話。
第1話:若返った社長は、健康ドリンクの夢を見るか?
第2話:バズる男とハイウェイの女
第3話:クマリン動く
第4話:システナリオ中部、出動!
第5話:マスコットは見た
第6話:恋とドリンクと被り物
第7話:秘密と副作用と毛根と
第8話:青葉、揺らぐ
第9話:なーんつって
🛣️ これまでのあらすじ
若返りドリンクで“爆フサ化”した青葉社長。SNSではバズり、本人はすっかりハイウェイ王子気分。だがその裏で、クマリン率いるナノフィリア製薬が、ドリンクの正体を密かに追っていた。
謎の成分、特異体質、仕掛けられた“罠”。さまざまな思惑が交錯する中、青葉・みらい・クマリンの3人は、東京へ向かう。
向かった先は、きらめく夜のホテル。
酔いと共に、隠していた“本音”が、すこしだけ零れ落ちた。
——でも、聞いたのは、ひとりだけ。
言葉は風のように消えていった。
だけど、その夜を忘れられなくなったのは——彼だけだった。
🌇 深夜・パークハイアット東京 クマリンの部屋
グラスの中に残された琥珀色の液体が、部屋の照明に淡く揺れていた。
クマリンは、まだ窓の外の東京の夜景を見つめている。グラスの中身は、ファジーネーブル。みらいが一口飲んで、「もういい」と渡してくれたものだ。

——東京の夜に、こぼれ落ちた感情のグラス。
「……甘くて、少し、苦い」
口にした瞬間、こみ上げる感情をアルコールのせいにしたくなった。酔っていない。けれど、心が酔っていた。
「……僕、どうしたいんだろう」
自分の声に、自分で驚く。そんな台詞を口にすること自体が、いつもの自分ではない証だった。
テーブルの上には、クマの頭部。まるで別人格のようなそれが、こちらを見ている気がして、クマリンは視線を逸らした。
「……ずるいな」
誰に向けた言葉か、自分でもわからなかった。ただ、あのとき見た青葉の背中が、目の奥に焼き付いて離れない。
🛏️ 深夜・みらいの部屋
ドライヤーの音が止み、部屋には静けさが戻る。
みらいは、スキンケアの手を止めてスマホを手に取った。そこには、クマリンからのメッセージ通知。
今日は長旅、お疲れ様でした。
車内でもバーでも、いろいろと気を遣わせてしまったかもしれません。
僕は、ああいう場に慣れていないので、あまり馴染めず……すみません。
それでも笑顔で接してくださって、ありがとうございました。
「……また、こんなに堅いメール……」
微笑みながら呟き、未読のままスマホを伏せた。
クマリンのことは、少し気になっていた。まじめで、距離感がつかみにくくて、でもどこか自分と似ている。
「そういえば、まだ一度も素顔見てなかったな…」
その呟きは、やがて夢の中に溶けていった。
🚪 朝7:15 ホテル・エレベーター内
クマリンはスーツに着替え、素顔のままロビーへ向かう途中だった。
手には、調査資料が入った薄いケースとスマホ。表情は、いつも通り――のつもりだったが、どこか硬い。
途中の階で、ドアが開くとそこには、青葉。
青葉:「よぉ、クマリンくん。おはよー」
柔らかな笑顔と、いつも通りの明るい声。変わらない爽やかさ。
クマリン:「……おはようございます」
エレベーターの中に流れたのは、昨夜の声の“残り香”。
青葉は、何も知らない。いつものように無邪気で、まっすぐだ。
でもクマリンの胸の奥では、音もなく何かが、ズレたまま揺れていた。
🥐 朝7:20 パークハイアット東京・朝食ビュッフェ
クマリンと青葉は、早めに朝食会場に現れていた。
まだ眠気の残るホテルのロビー、だがそこには——フッサフサ全開モードの男がいた。
青葉:「いや〜朝からしっかり食べるって、人生の正解だよね!
この盛りつけは、もはや芸術だよ? なーんつって」
(セルフィーを決める)
クマリンは、向かいの席で静かにサラダをつついている。
クマリン(内心):「……この人、本当に、いつでも本気で、ふざけられるんだな」
ふと、昨夜の言葉が胸に蘇る。
クマリン:(……ずるいな。そんな風に言えるの、強すぎるよ)
🚪 7:42 廊下を歩くみらい
みらい:「は〜寝坊した!クマリンさんの素顔、今朝のビュッフェで見られるかもって思ってたのに!」
みらいは、ちょっとだけ期待していた。でも、朝の支度に手間取り、到着は予定より15分遅れだった。
🍳 7:45 朝食会場・みらい入場
会場にはすでに、青葉社長のみ。盛り付け終えて、コーヒー片手に優雅に振る舞っていた。
青葉:「おお〜、みらいちゃん!おはよ〜っ!
寝起きとは思えない可愛さ。これぞ“朝のサービスエリアクイーン”だね」
(ウィンク)
みらい:「……社長、その朝食、そのコーヒー、何回目の“おかわり”ですか?」
青葉:「えっ、えっ?(汗)いや〜昨日のアルコール抜かなきゃなって。なーんつって」
ホテルスタッフ:「先ほど、もう一名の方はご退席されましたよ」
みらい:「えっ、クマリンさん、さっきまでいたんだ……あちゃ〜」
みらいは、少しだけ肩を落とした。
🚗 丸の内・ナノフィリア製薬 本社ビル前(午前)
高層ビルが立ち並ぶ丸の内の一角。ガラス張りの巨大なエントランスには、白衣姿の人々やスーツの来訪者が絶え間なく出入りしていた。
青葉のメルセデスは、そのビルの前に静かに停まる。助手席に座っていたクマリンが、手元の資料ケースを持ち直す。
青葉:「ここでいいんだよね?」
クマリン:「はい。……ありがとうございます」
青葉はルームミラー越しにクマリンを見て、軽く笑った。
青葉:「な〜んか、仕事モードのクマリンくんって、緊張感あるね〜」
クマリン:「……そう見えますか?」
青葉:「うん。でも、ちゃんと似合ってるよ。かっこいい」
クマリンは少しだけ目を伏せて、
「……そう言われたの、初めてです」 と、小さく答えた。
後部座席のみらいが、静かに声をかける。
みらい:「クマリンさん、がんばってください」
クマリン:「……はい」
一瞬、みらいの方を見ようとしたが、クマリンはその視線を窓の外へと戻した。
「……行ってきます」

みらいは知らなかった。あの背中が、ほんの一瞬、
彼女の手元を見ていたことを。
クマリンがドアを開けると、東京のビル風がシャツの裾を揺らした。
ビルの反射ガラスに、彼の横顔と白衣の影が映る。
車が動き出す。バックミラーに、ナノフィリア製薬の社名ロゴが小さく消えていった。
みらいは、クマリンの背中を目で追いながら、ほんの少しだけ窓に手を伸ばしかけた。
でも、その手は途中で止まり、ただ膝の上で指を組み直した。
「…クマリンさんって、どんな顔してるんだろうね…」
風が吹いて、彼の上着の裾が揺れた。
その背中は、少しだけ、遠かった。
🚘 東京 → 守谷SA への道中
首都高速から常磐道へ、車はスムーズに滑り込んだ。
青葉のメルセデスの車内には、ゆったりとしたテンポのシティポップが流れている。
みらい:「……クマリンさん、ちょっと緊張してましたね」
青葉:「まあね〜。あれで結構デリケートなんだよ、彼。芯はあるけど、自分より他人のことを考えちゃうタイプ」
助手席には誰もいない。みらいはその空席をちらりと見て、ふっと笑った。
みらい:「……研究者って、孤独なのかな」
青葉:「孤独かどうかはわかんないけど。ちゃんと応援してる人が近くにいるだけで、きっと変わるよ」
みらい:「……それって」
青葉:「うん、もちろん、みらいちゃんのことだよ?」
一瞬、車内に沈黙が流れる。
だがみらいは言葉を返さず、窓の外に流れる街並みに目を向けた。
街が途切れ、次第に風景は郊外の緑へと変わっていく。
守谷サービスエリアの看板が、遠くに見え始めた――。
🛣️ 守谷SA・ロケ打ち合わせ(午前)
常磐道・守谷サービスエリア(下り線)——。
青葉のメルセデスが、SAのスタッフ用駐車区画にゆっくりと停まる。
すでに現地スタッフが設営を進めており、ロケ台本や絵コンテがテーブルに並んでいた。
みらい:「……ここ、思ったより開けてるね」
青葉:「でしょ〜? ネクストリア東部が力入れてるエリアなんだよね」
──『寄り道エクスプレス』 撮影進行案
青葉:「ふふっ、“寄り道エクスプレス”、俺が名付けたやつだもん。やっぱカッコいいよね〜」
みらい:「いや、あれ、企画部の人たちが出してきたやつですよ?」
青葉:「そこは“なーんつって”で流すとこ〜〜〜!」
──どこか、噛み合っていないような空気。
みらい:(……クマリンさん、いたら、真面目にメモを取っていたのかな)

“伝わらないこと”に慣れてしまうのも、
大人なのかもしれない。
青葉:「じゃ、例の“フサ毛ステージ”は、ここでいいかな?」
みらい:「……社長、それ、誰向けの演出ですか?」
──遠くで風が吹いた。
🧑💼 ネクストリア東部 担当・近山(ちかやま)さん登場
一台の社用車が静かに駐車エリアに滑り込んだ。
助手席から降りてきたのは、グレーのスーツに身を包んだ女性。
軽やかな足取りで、みらいと青葉に近づいてくる。
みらい:「あっ、近山さん……!」
近山:「ご無沙汰しています。オフィス森音さん、そしてみらいさん、今日はご足労ありがとうございます」
青葉:「いえ、こちらこそ。いつも本当にお世話になっております」
近山:「それでは、来週の本番撮影に向けた備品リストはこちらです。足りないものがあれば今日中に申請を」
みらい:(……かっこいいな。こういう大人の女性って、すごく憧れる)
⛴️ 守谷SA・ロケ打ち合わせ終了(午後)
現地確認を終えたあと、みらいと青葉は休憩スペースの自販機の前に立っていた。ほんの数秒の沈黙。
でもその沈黙の中で、視線も、思考も、温度も——バラバラだった。
物理的には並んでいる。けれど、心はまるで、三角形の3点が、ゆっくりとスライドしていくように。
青葉は缶コーヒーを片手に、少しだけ陽に目を細める。
みらいは、その場にはいないクマリンのことを、そっと思い浮かべていた。
🚄 クマリン・帰路(新幹線)
新幹線の車窓から、東京のビル群が遠ざかっていく。
指定席に腰を下ろしたクマリンは、膝の上に資料ケースとスマホを置いたまま、ただ窓の外を見つめていた。
心の中に浮かんでいるのは、研究のことでも、ドリンクの成分でもない。
あの夜の、あの言葉。あの背中。あの沈黙。
胸の奥が、また少しだけ、ズレていくのを感じた。
「……甘くて、少し、苦い」
ファジーネーブルの味を思い出しながら、クマリンは静かに目を閉じた。

前を向くはずの帰り道、彼はずっと後ろを見ていた。
🔮 次回予告
「あの背中が消えたあと、静かに何かが動き出す。」
名古屋の静かな部屋。
クマリンは、“ふつう”の研究者としての日常に戻っていた。
けれど、ふとした違和感が、研究ノートの片隅から再び彼を引き戻す。
一方その頃——
ナノフィリア本社では、ある“決定”が下されようとしていた。
次回、第11話: 「平穏と変化の交差点」
微かな兆しが、静寂を揺らす。
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第9話:なーんつって
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