《6割無料》 パーソナル編集者と走った6ヵ月間の振り返り
マリカーしてたら勝手に部屋がきれいになった話を書きたい。
そう思ったのは、1年ほど前のことです。わたしは2024年末までの10年間、毎日家事のブログを書いていました。
この話も「片づけ」というジャンルではあります。
でも、ブログに載せるには、なんだかトーンが違う気がしました。
マリカーしてたら勝手に部屋がきれいになった話を書きたい。
あのとき、こう思わなかったら、たぶん、今のわたしはいません。
パーソナル編集者にも出会っていなかったと思います。
◆自己紹介
マリカーしてたら勝手に部屋がきれいになった話を書きたい……。
それが、6年前につくったnoteを再開したきっかけでした。
夏休みの夕方。子どもが習い事の振り替えをしているたった1時間のことでした。カフェにパソコンを持ち込んだわたしは、久しぶりに静かな環境で記事を書きました。
子育て中のわたしがふだんは絶対にカフェにいない時間帯で、窓から見た咲き初めの薔薇のように淡い空の色が忘れられません。
移動もいれたら40分ほど。
わずかなタイムリミットの中で書いたのが、これ。
書き終えたわたしは、脱力して、ぼんやりとnoteを眺めていました。
そのとき、「あなたへのおすすめ」欄に表示されたのが、渋谷さんの記事です。
「パーソナル編集者」をしている方は何人かいらっしゃいますが、のちにわたしの担当編集になるのがこの渋谷さんでした。
これまでわたしが読んでいたnoteは、ほとんどがXをフォローしている出版社の編集者さんのものでした。
だからでしょうか。
編集者というワードで表示されたのかもしれません。
「パーソナル編集者」ってなんだろう?
迎えの時間が迫るなか、そっとタップしました。
みずのけいすけさんが立ち上げたサービスで、個人の発信をサポートするサービスのよう。このときは「おもしろそう」と思っただけでした。
それからも「パーソナル編集者」の記事は、わたしをいざなうように「おすすめ」欄に表示されます。だんだん気になってきました。
でも、当時は考えていませんでした。
発信そのものには困っていなかったんです。
その時点で、3,500日以上、毎日ブログを更新していました。毎月6~8本の連載コラムを書き、参加無料のオンラインサロンを運営し、小説家になろうへ異世界恋愛小説をアップしながら。
とにかく書くことが好きなんです。
いくらでも、書いていたい。
そんなわたしがパーソナル編集者の伴走を申し込んだのは、”絶望” がきっかけでした。
パーソナル編集者に申し込んだきっかけ
わたしがパーソナル編集者をはじめたきっかけは、たぶん、ほかのどの利用者さんとも違います。
「これは大丈夫?」と相談したかった
上にも書いたとおり、書くことが好きです。書こうと思えばいくらでも書けます。
▼先月末で毎日更新は3,800日を超えました。
でも、去年の秋に、耐えがたいつらい出来事がありました。
それを書こうと決めたとき「客観的な目がほしい」と思ったんです。
具体的にいうと、──愛猫の死です。
これまで書籍のお仕事やコラムのお仕事をさせてもらっています。
お仕事では、必ず「担当編集」さんがついて、方向性に困ったときや、表現に迷ったときには相談することができました。
でも、ブログやnoteは仕事ではないから、当たり前ですが、相談できる人はいません。もちろん、何度も見直しはするけれど、それでも自分では当たり前だと思っていることが、そうではないこともあったりする。
だから、一度誰かに見てもらいたかったんです。
センシティブなテーマを書くにあたって
パーソナル編集者のサービスを申し込んだのは、10年いっしょに暮らした猫が亡くなった、ちょうど1週間後のこと。
当時、1日経つごとに猫の記憶が淡くなっていくのが苦しくて。
辛いことでもぜったいに忘れたくない。
書き残して、忘れても思い出せるようにしたい。
そう思っていました。
そして、同時に、わたし自身の体験が、おなじ思いをしている人の役に立てるかもとも考えたんです。
猫が亡くなったあとしばらくは、テレビも観られなくなり、本もWeb記事も読めなくなりました。わたしがいる世界と違う出来事のようにくっきりと切り離されて見えたからです。
自分と同じトーンの、猫を喪った人たちの書いたnoteだけが読めるものになっていた時期でした。
ただ、前述したように、ここ10年はエッセイや小説ではなく、お役立ちコラムに全振りして生きてきました。
だから、加減がわからなかったんです。
特に「死」というセンシティブなテーマを扱うに当たって、読んだ人がただ辛くなるものは、ぜったいに書きたくなかった。いや、綺麗事かもしれません。
これまでのように見知らぬ方からの ”お叱り” を受けるんじゃないかと、びくびくしていたのかも……。
でもだからこそ、事前に読んで、感想をもらえたことはありがたかったです。
申し込んだ目的を1ヵ月で達成した。そしてどうなったのか
猫との7日間を書いた記事は、全部で10万字以上のボリュームになりましたが、パーソナル編集者を利用して1ヵ月ほどですべて公開し終えてしまいました。
わたしの中では、半年かけてじっくり書いていこうと思っていたはなしので、どんどん書き進められたことに驚きます。
でも、じゃあ、残りの5ヵ月間。どうしよう……。
ところが、月に1度ズームでお話する機会(これを「セッション」といいます)に話していたら、「たのしいことをしたい」「明るいものを書きたい」と口からこぼれていました。
この感覚が不思議でした。
言葉にしたからでしょうか。そのあとの5ヵ月間、わたしはたくさん楽しみました。
▼ひとりで新しい店に飛び込んでみる
▼ひとりで美術館に行ってみる
▼島旅、そしてそこから小説を書く
頼れると思うから、もっと書けるようになる
これまではずっと「だれにも頼ってはいけない」と思いながら、ぎりぎりのところでなんとか踏みとどまって書き続けてきました。
苦しいときは、それをなるべく表に出さないように、書きかけの投稿をWebの海に流さずにそっと消していたんです。
そして、猫のことについても。
悲しさをずっと引きずるわけではなく、前向きになれたのは、伴走してもらったのが大きいと思います。
もちろん、悲しさも苦しさも、完全になくなったわけじゃない。
不定期に襲ってくる発作的な悲しさも、書くことでなんとか乗り切っています。
▼半年以上経った今でも、ふとしたきっかけで、涙が止まらなくなる。この作品はやっぱり”センシティブ”なところがあると思ったので事前に感想だけもらいました。
そんな伴走をお願いしてから半年が経過したので、自分の思考整理のためにも振り返りをしようと思い、このnoteを書きました。
全部で1万字を超えるなか、無料部分が6,000字です。振り返り部分です。
わたしなりの”歩き方”部分以降の4,000字ちょっとは、自分の中で公開に勇気がいる内容も含んでいるので、有料としています。
質問で振り返る半年間(凛花▶渋谷さんへの質問)
【Q1】渋谷さんから見たわたし、初めと現在で変化はありましたか?
表情から見ても分かるくらい、前向きになったと感じます。
多分、僕はものすごく表情の変化に敏感なタイプなのですが、毎月どんどん笑顔が増えていくのが分かりました。最近のセッションでは、「どうなりたいか」「どうありたいか」という、自分自身の夢や希望が言葉に表れることが増えたように感じます。
はじめの頃はフカの話が中心でしたね。でも、心のうちを僕にたくさん話してくれる中で、「フカの死を扱うからには読んでくれた人の救いになるようなものを残したい」という、凛花さんの強い覚悟を感じていました。読んでくれる人への感謝の気持ちが常にあるのは、凛花さんのいつまでも変わらない良さです。
【Q2】渋谷さんから見て、クリエイターとしてのわたしの個性はどんなところだと思いますか?
書くことが本当に好きなんだな、と毎回感じます。表現の引き出しの多さに、いつも驚かされます。
きっと日常をとらえる目や感じとる力に、他の人とは違う繊細さがあるのだと思います。
だからこそ、凛花さんにしか書けない表現があります。誰もが見落としてしまいそうな風景の中から、美しさをすくい上げる力があります。その感性に、いつも心を動かされていますよ。
【Q3】伴走してもらった中で印象に残っているnoteがあれば教えてください!
子どもの感覚を愛おしむ凛花さんのまなざしが伝わってきて、うつくしいnoteだなと思っています。
【Q4】渋谷さんが、わたしの書くものでこんなジャンルを読んでみたいというのはありますか?
児童文学ですね。
少年や少女が主人公の物語や、大人が読んでも発見がある、学校が舞台の作品などを読んでみたいと思います。もしかすると、動物や草花、虫たちが人の言葉で話すような、少し不思議で優しい世界も書けるんじゃないかな。自然の中の小さないのちを見つめ、大切にしている凛花さんのまなざしが本当にすてきだなといつも思っています。
【Q5】6ヵ月の伴走でなにか印象に残っていることがあればお聞きしたいです!
パーソナル編集者として、だれかの夢を応援したいという思いは、いつも胸の中にあります。
でも実際に、その“夢”を言葉にしてもらえた瞬間は、やっぱり特別でしたね。うれしかったし、僕自身も気持ちが引き締まる思いでした。
質問で振り返る半年間(渋谷さん▶凛花への質問)
【Q1】この半年間、noteやっていてよかったと思えた出来事はありますか?
「自分のこと」についても書いていいんだ──。そう思えたことです。
これまで10年間、家事や片づけのコラムを書いてきました。
もともとエッセイや小説を書くのが好きだったのですが、note以外の場では、それは「求められていないこと」だったんです。
わたしはあくまでも「役立つこと」を発信する人であって、わたし個人に興味のある人はほぼいない。
それが息苦しかった。
たとえばコラムを書いていても、冒頭に自分の経験を持ってきて、そこから役立つ内容へとつなげてみたことがありました。すると「離脱されるから削りますね」とまるっと削除されてしまう。
ブログに書くと「知りたいのは役立つことだけなんだけど」というような言葉が届く。
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役立つことを書くこと。それ自体は大好きなんです。もちろん読むのも!
でも、そういう声を聞いているうちに、「わたし個人」にはなんの価値もないのではないか。──そういう思いが静かに芽生えていたような気がします。
noteという場では、もちろん、いやなことも0では決してないのですが、これまでと比べると心無い言葉を受けることは圧倒的に少なかったです。書くことを通して、すこしずつ自分の殻をやぶれたこと、自己肯定感が生まれたことがよかったことだと思います。
また、パーソナル編集者と絡めてお話すると、そういう心無い言葉を受けたときに、吐き出せる場としても支えてもらったと思っています。
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わたしは極力、SNSにリアルタイムで進行している辛いことを書かないようにしています。
悔しさ、悲しさ、嫉妬、怒り……。そういうものはこの10年、がんばって自分のなかで消化するようにしてきました。特に重めのものほどです。
エッセイを通して、過去のつらかった経験を書くことはありますが、それも、相手が特定されたり、万が一目にふれて「自分のことかも?」と思わないようにとても慎重に書いています。
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でもそれって、思っていたよりエネルギーを使っていたみたいなんです。家族や友人に相談しても、理解はしてもらえない。内容によっては「有名税だ」と言われてしまうこともある。
吐き出さずに自分の中に溜め込んでいくから、ある日爆発して、動けなくなってしまうみたいなことが何度もありました。その過程で、立ち直り力はかなりついたけど、やっぱりエネルギー消費は激しかったんだなと。
▼わたしなりのリセット方法
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でも、渋谷さんとのセッションやslackでは、そういうときにぽつりとこぼすことができました。溜め込む前に、自分のなかから追い出している感じです。
ふしぎなもので、否定せず、アドバイスされずに聞いてもらうことで、立ち直るスピードがはやくなりました。
日常の中で出会うささやかな愚痴めいたものだって、一度話して言葉にしてみると、それを”素材”にできたりします。
ひとりで戦わなくていいという安心感がとても大きかったです。
【Q2】この半年で、一番がんばったぞと思えることはなんですか
3週間で3つの中編小説を書きおろして3つの公募に応募すること。
上述した「楽しいことをしたい」「明るいものを書きたい」というもの以外に、もうひとつ、「やりたいことをやってみよう」と思えるようになりました。
3月は応募したい公募の〆切が3つ重なっていました。どれにするか迷うのではなく、思い切ってぜんぶやってみよう(3週間しかないけど)と考えました。
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それを渋谷さんに宣言して、実際に達成しました。
その過程で、小説を読んでいない渋谷さんにあらすじを見てもらったり、さらっと感想をもらったりしながら進めていきました。
【Q3】僕からのフィードバックでうれしかったものはありますか?
【Q2】で書いた「3週間で新作3つを書き下ろす話」をまとめたnoteへのフィードバック。
これはたくさんあるし、むしろ、どのフィードバックもうれしかったので悩みました。すごくほめてくれるんです。おとなになって、こんなに手放しでほめてもらえる機会ってないからうれしかった。
この記事へのフィードバックを選んだのは、わたしの中で無意識にとても大事にしていて、でも、言語化できていないことを拾い上げてくださったからです。
▼こちらの記事です。
6冊書いているからといって、ぜんぜん偉そうじゃないのがいいんですよね。そして創作に向かうきっかけが書いてあるのがとても読者目線です。全然上から目線じゃない。
凛花さんがどういうスタンスを大事にしているかがよくわかります。無意識にやっていることかもしれませんが、これはすごいことです。誠実謙虚さが滲み出ている。すばらしいです。
わたしは、自分でブログを立ち上げる前、2年くらい”読み専”だったんです。そのときに読んだブログで、すごく素敵で、いろんな結果を出しているのに謙虚な方の書くものが好きでした。そうありたいって思っていたのだと思います。
もちろん、発信する立場でいうと、ばちっと言い切ってしまうスタンスも良いとは思うんです。迷いのない感じは、安心感や信頼感につながるのかなって。実際、そうすべきなのか悩んだこともあります。
でも、それでもわたしは、そっと寄り添うような文章を書きたかったんだなあと気づけました。誰かに決められたことをやるよりも、体験談や考えは伝えつつも、読んだ人が自分で考えたり気づいたりする過程に寄り添うような文章でありたい、というか。
でもこの価値観って、自分では気づいていなかったので、目からうろこでした。
【Q4】セッションの中での印象に残っている場面を教えてください
「書いている姿が見たい」と言ってもらったことです。
愛猫を喪ったあとの7日間について書いたエッセイを読んだあとに言ってもらった言葉でした。ここに書かれているのは過去のことで「それを書いている凛花さん自身が見てみたい」と、「あとがき」をすすめてもらいました。
前述したとおり、この10年で、わたしの中には「わたし自身にはなんの価値もない」という思いが育っていました。だから、あとがきを書くのって、最初はむずかしかったんです。
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でも、あの暗くて哀しいものを書いているなかに、あとがきを入れると、不思議と中和されて、淡いトーンになっていくのを感じました。
面白かったのは、わたしがどんなシーンで書いているのかも分析できたことです。
猫についてのエッセイを書き終えたあとも、ときおり、あとがきを挟んでみるようになりました。
【Q5】この半年で、自分の文章がどう変化したと思いますか?
余白が生まれた気がします。
これまでは、暮らしという各家庭によってまったく価値観もやり方も異なるものを書いてきたこともあり、とにかく誤解のないように、配慮のために、必要以上にしっかりと書き込むくせがありました。
けれども、noteという自由に書ける場と考えたとき、少しずつですが、文章に余白をつくれるようになってきた気がします。
書かないことで生まれるうつくしさがあると思いました。
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また、読み手にゆだねる書き方もするようになってきました。答えをはっきりと書かないけれど、ヒントを散りばめておくような。
いろいろな書き方・表現自体をたのしめるように変化してきたと思います。
半年間のふりかえりでした! ここから先は、自分のなかでは公開するのにかなり勇気のいる、ギリギリの内容も含むため、有料記事とさせていただいています。
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