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細野晴臣提供曲の7インチコレクション④(15枚)




中原香織「銀河鉄道の夜」(1985)

85年6月21日リリース

A面「銀河鉄道の夜」中原香織
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣、戸田誠司、福原まり
B面「別離のテーマ」
作曲:/編曲:細野晴臣

サントラを手掛けることはなかったナウシカから1年、 細野晴臣がリベンジなのかわからないがアニメ映画のサントラをついに手掛けることになる、同じ「宮」のナウシカより宮沢賢治「銀河鉄道の夜」の方が細野サンの好みにマッチしていたというか、世界観が通じてるのかもしれない

A面はサントラのテーマ曲を歌モノにリアレンジしたものだが、ナウシカ以降、映画のエンディングロールにタイアップ主題歌を流すのはやめようという、もはや映画界全体がそういう空気になっていたような気もする、ともかくテーマソングではなく、映画の中では流れないイメージソングというものに違和感がなくなってきたような

歌手はやっぱりナウシカ方式というか何というか新人を募集してデビューさせて歌わせてメディアに取り上げてもらうスタイルだったが、安田成美プロジェクトとは規模(金のかけ方)が違っていたために、中原香織はシングル1枚、しかも片面のみ、つまり1曲のみ存在するアイドルということで大変珍しいのではなかろうか、歌謡界においてシングル1枚で消えていく歌手がいるにはいるが、その場合でもAB面で2曲はある、その1曲で終わった理由にNON-STANDARDレーベルが短命で終わってしまったことが関係してる可能性も無きにしも非ずか⁈ いずれにしても早々に引退した理由は不明

B面はサントラからカットされた「別離(わかれ)のテーマ」なのでインストであるが、これはこれで7インチで聴けるサントラってことで貴重ではあるものの、NON-STANDARDのベスト盤に収録されてるA面のカラオケヴァージョンの方がベターだったかなと




松本伊代「月下美人」(1985)

85年10月5日リリース、17枚目のシングル

A面「月下美人」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:鷺巣詩郎
B面「お楽しみは これから・・・・・・」
作詞:SHOW/作曲:山川恵津子/編曲:鷺巣詩郎

YMOが散開したばかりの84年1月1日から5日間に渡り、NHK-FM「細野晴臣の作曲講座」が放送された、その最終日は番組アシスタントの遠藤京子(同じく「松本隆の作詞講座」も担当)がアーティストだったことから、彼女が歌う新曲を作る工程を完パケまで追っていくという内容で、作詞・歌唱・遠藤京子/作曲・編曲・細野晴臣によるオーミステイクなる曲が完成、これはあくまで番組のための曲で特に発売もされず、番組を聴いた人のみが知る曲となり、自分もカセットに録音して時々聴いたりしていた、その曲を忘れかけた約2年後にテレビで松本伊代が歌うのを目の当たりにして、これアレじゃん、となる、作詞は松本隆、編曲は鷺巣詩郎に変わっており、大方オーミステイクの存在さえ知らないだろうから、松本伊代用に書かれた新曲と思われていたのだろうが、自分の中ではオーミステイクであることには違いない、松本先生オーミステイクを事前に聴いたのかどうか不明だが、書き直された詞で「Moolight」というワードはダブっている(但し使われている箇所は違う)

因みにオーミステイクは発売されなかったが、細野晴臣遠藤京子の交流は番組だけでは終わらず、85年リリースの遠藤京子のアルバム夢見るスター収録のとても幸わせという曲で遠藤京子細野晴臣がデュエットしている、これは細野晴臣が作詞も作曲も編曲もプロデュースもしてなく、遠藤京子の曲をただ一緒に歌っているという大変珍しいというか贅沢な参加のさせ方で、いやそんなことよりオーミステイクを発売してよ、とでも言いたくなったが、遠藤京子側がそのことの重要さに気づくのは32年後のことであったということで、ソニーオーダーメイドファクトリー限定のベスト盤ゴールデン☆ベスト Limited もう一度会いたい 1988-1995(+’15)(2016年3月28日リリース)にボーナストラックとして収録された(未入手)

「細野晴臣の作曲講座」の後に「松本隆の作詞講座」があり、同じくアシスタントを務めた遠藤京子オーミステイク松本隆が歌詞を書き換えて、番組内で再度遠藤京子が歌って完成させた作品「天女の羽衣」「月下美人」のベースになっている(こちらはサビ前の4小節のメロがカットされている)




薬師丸ひろ子「紅い花、青い花」(1986)

アルバム『花図鑑』のジャケを青焼きにしたようなジャケット

A面「紅い花、青い花」
作詩:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:細野晴臣・越美晴・小西康陽
B面「紫の花火」
作詞:松本隆/作曲:薬師丸ひろ子/編曲:松任谷正隆

86年6月9日リリースのサードアルバム花図鑑松本隆プロデュース)のプロモオンリーシングル、このアルバムからはシングルカットが1枚もない、しかしメディアプロモ用には7インチが作られた、そこまでするならそのままリリースすればいいと考えるのだが、もしかしてタイアップをつけようとしてつかなかったとか、最初から頑なにシングル無しのアルバム勝負というコンセプトだったのかもしれない

んで、シングルは出さないけれども、メディア向けの一推し曲として選ばれたのが、細野晴臣の曲だったということだが、であればB面も同じく細野曲の透明なチューリップにしましょうよと、どちらかというとそちらの方が人気なような気もするし... しかし薬師丸自身の作曲という紫の花火があるので、それをアピールしたい事情もわからなくはない

花図鑑細野提供2曲はアレンジを越美晴小西康陽にほぼ任せているが、時期的にはFOE後に足を骨折したのが理由のような気が勝手にしてます、本来自分がやるはずだった仕事を2人に振った的な



キップレノン「恋のファイヤーボーイ」(1986)

86年9月21日リリース

A面「あなたのとりこ」
作詞:クリスモズデル & 作詞センター/作編曲:MARK DAVIS
B面「恋のファイヤーボーイ」
作詞:クリスモズデル/作編曲:細野晴臣

A面「あなたのとりこ」は宝焼酎「純」のCMソングで前85年に最近再評価されているPIPER日本語詞で歌っている、こちらはその英詞ヴァージョン、作曲のMARK DAVISとは馬飼野康二のこと

ホチョノ歌謡のB面恋のファイヤーボーイ(タカラCANチュウーハイCMソング)は、そもそもCM企画でボーイジョージのために書き下ろして歌入れして本人出演のCM完成〜オンエア後、ボーイジョージがドラッグで捕まったため、全部差し替え〜てなことで、その代役で歌ったキップレノン版がレコードになった、ボーイジョージ版のプロモ盤がある可能性は捨てきれないが、元々CM出演だけの契約でレコードが予定されていたかは不明、但し2009年にリリースされた80s CM SONGS COLLECTIONボーイジョージ版がしれっと収録されて初音盤化となった、キップレノン版は細野晴臣の歌謡曲 20世紀ボックスに収録、歌を聴き比べるとやはりボーイジョージの方がイイんだけれども

長年恋のファイヤーボーイだけボーイジョージが歌ってると思っていたが、「あなたのとりこ」の方もCMではボーイジョージが歌っていたのを発見、つまりボーイジョージの2曲をそのままシングルにして売るつもりだったということか? しかしボーイジョージ「あなたのとりこ」80s CM SONGS COLLECTIONにも収録されていない、どこかに音源は存在するのだろうか...

代役で歌ったキップレノンの2曲は87年にリリースされた日本独自の企画アルバムBoom Boom Partyにも収録されている



越美晴「天使に寄す」(1987)

1987年3月25日リリース、アルバムecho de MIHARUからの同時発売シングルカット

A面「マルセリーノの歌」
作詞:Pablo Sorozabal、Jose Maria Sanchez Silva/作曲:Pablo Sorozabal/編曲:細野晴臣
B面「天使に寄す」
作詞:越美晴/作編曲:細野晴臣

A面「マルセリーノの歌」はアルバムの1曲目でもありますが、個人的にはシングルカットするなら「ラストダンスは私に」で良かったかと、この方が大衆は食いつきやすいし、ラジオでもオンエアされやすかったと思います(FMでもAMでも)、勿論発想としてはベタですが、どちらかというとヒット狙いというより、アルバムのプロモーションとして考えた場合です、まーでもそれは細野サンがイヤがりそうな気がしないでもない

そして、この曲じゃなかったら入手しなかったかものB面「天使に寄す」細野サン的には全曲カヴァーものでコンセプトを貫徹するつもりだったが、越美晴のリクエストで細野サン小川美潮に書き下ろした光の糸金の糸越美晴自身が詞をつけ変えてカヴァーした、と思っていたのですが、どうやらパラレリズムの時に既にレコーディングしてた話もあり、小川美潮とどっちが先だったのか不明ですが、越美晴のリクエストは細野ファンのリクエストでもあり、これはこれでカヴァーコンセプトはブレましたが価値ある1曲になりました、越美晴は前作ボーイソプラノでも細野サン金井夕子に書き下ろした曲走れウサギをカヴァーしてたので、その流れとも関係ありそうです




早瀬優香子「椿姫の夏」(1987)

1987年4月5日リリースの5枚目のシングル

A面「椿姫の夏」
作詞:森雪之丞/作曲:細野晴臣/編曲:西平彰
B面「太陽とクレッセント」
作詞:森雪之丞/作曲:長沢ヒロ/編曲:西平彰

ここまできてはっきりいって背水の陣、ホチョノ歌謡あんど化粧品キャンペーンソングで勝ちパターンといきたいところでしたがヒットせず(それでも最大ヒットのオリコン40位)、曲、西平彰のアレンジ、そしてミックスもお気に入りなのですが

この後、6月25日にアルバムPOLYESTER(ポリエステル)をリリース、「椿姫の夏」はアルバムヴァージョンで戸田誠司のアレンジ、B面曲「太陽とクレッセント」は未収録で「椿姫の夏」シングルヴァージョンと共にCDyes we're SINGLESに収録された

早瀬優香子作品は1曲を除き、全てサブスク未解禁




秋山絵美「キョンシー!!!」(1988)

88年2月5日リリース

A面「キョンシー!!!」
B面「蘭の園」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:鷺巣詩郎

来来!キョンシーズについては何も知らなく、キョンシーっていうのもボヤッとしたイメージで、印象に残る曲はA面でなくB面、とりあえず秋山絵美ってふりがななくても読めるんじゃないですかね? 子供向けということなら「蘭の園」にもふりがなふってほしいですね、で、表ジャケの人は秋山絵美じゃなくてドラマに主演してた台湾の方なんすね、歌ってる人の写真は裏ジャケにありました、アイドル活動1年/シングル4枚で終了、この曲がなかったら知らなかった可能性大です

とりあえず松本隆✖️細野晴臣コンビの曲をあつめたコンピ、つまり「風をあつめて」コンビのコンピは作らなきゃいかんでしょうね、レコード会社の垣根を超えた全曲収録版で、或いはもうボックスCDを作る予算がないのであれば、サブスクに全部揃ろえていただければプレイリストで済む時代になってしまいました、だからメジャーレコード会社さん、サブスクへの出し惜しみはやめましょうよって話です(CDで復刻されないようなマイナー曲は特に)




小泉今日子「は・じ・め・て」(1988)

88年3月9日リリース

A面「GOOD MORNING CALL」(クノールカップスープキャンペーンイメージソング)
作詩:小泉今日子/作曲:小室哲哉/編曲:清水信之
B面「は•じ•め•て」(NHK「みんなのうた」)
作詩:森雪之丞/作曲:細野晴臣/編曲:西平彰

88年はもう8cmCDシングルなるものが出始めていましたが、まだ7インチありましたってことで、A面はどうでもいいんですが、B面が細野サンの曲だったので⏰

デザインはYMOのアメリカ盤のジャケも手掛けているLou Beach

ちなみに細野サン松田聖子中森明菜小泉今日子薬師丸ひろ子原田知世の5人に曲提供した唯一の人ではないかと
... と、長年思っていたのだが、林哲司もそうだったと気づく、他にもいるのかいないのか⁈

最近みんなのうたでアーカイヴとして?「は•じ•め•て」を「は•じ•め•て」見ることが出来ましたが、レコードとヴァージョンが違いました



西村知美「天使のゆびさき」(1988)

88年5月25日リリース

A面「天使のゆびさき」
B面「木の葉は緑、空は青」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:武部聡志

ヒットしてるしてないに関係なく松本隆/細野晴臣コンビに駄曲ナシ(オリコン7位)、このAB面を聴いて改めて(武部聡志のアレンジも👍でした)、でもって松本隆/細野晴臣コンビ曲のコンピレーションがあるといいと思います(タイトルはもちろん風をあつめて)、勿論コンプリートじゃなきゃ意味がない、となるとレコード会社の垣根とか問題あるんでしょうが、そんな「大人の事情」とか都合のいい言葉で大衆を納得(洗脳)させてるうちにCD市場は衰退していったので、現在はサブスクでプレイリスト作ればいいやになってしまうが、例えばこの西村知美はまだサブスクに無い、ということでいつものように世の中の全ての音源をサブスク解禁せよ、という話になります
(↑これを書いてから6年、現在シングル曲のみサブスク解禁)



小泉今日子「快力!ヨーデル娘」(1988)

88年7月6日リリースの12インチシングル(と8センチCDとカセット)のプロモオンリー7インチ

A面「夏のタイムマシーン」(12インチより約5分短い)
作詩:田口俊/作曲:筒美京平/編曲:川村栄二
B面「快力!ヨーデル娘」(三菱エアコン霧ヶ峰CFイメージソング)
作詩:秋山道男/作曲:細野晴臣/編曲:戸田誠司

80年代中頃からCDに移行するまでの数年間、7インチシングルはもう古い、これからは12インチシングルだと(今思えば大した理由もなく)煽られていた時期があり、アイドルもそのようなリリースをしていたが、この夏のタイムマシーンは通常3〜4分の曲を12インチ用に長めにミックスするというような事ではなく、単純に4番まである長い曲(9分43秒)、この時期ならではの実験的な試み

そしてシングルのプロモーションとして12インチを配るのは営業の人間が嵩張ると文句を言うので(勝手な憶測)、例によって配布用7インチが作られ、7インチに9分43秒をカッティングするのは酷なことから(33rpmでやれなくはないが)、2番までをエディットして「短篇」となった

そんな諸事情よりもB面である、これが12インチのカップリング曲である「夏のタイムマシーン」同様の長い曲Live On Saturday Night(8分08秒)であったなら買わなかったが、もう1曲のカップリング曲「快力!ヨーデル娘」であったがためのレア盤入手、この曲に至るまでの数年間、KYON2(キョンキョンからのキョンツー)周りの諸々を秋山道男が関わってたりしたが、この辺が最後だったっぽい



つみきみほ「時代よ変われ」(1988)

88年7月21日リリース、ファーストアルバムつみきみほからの先行シングル

A面「時代よ変われ」
B面「サヨナラのあくる日」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:清水信之

向田邦子ドラマNHK「阿修羅のごとくのテーマ曲にも使われたトルコ軍楽をイントロに導入した奇曲、時代よ変われ、まさにこの半年後に昭和から平成に成る

リアルタイムの記憶を辿ると細野サン的にはFOEの活動が終わった86年春からomni Sight Seeing(89年7月21日)のリリースまで3年くらい空白な感じなのだが、勿論その間何もしてなかったわけではない、わけではないが、パッと思いつくのは源氏物語越美晴『echo de MIHARUのプロデュースくらいで表立った活動はなかった印象、ここでシェアしてるように(つみきみほ八木さおり西村知美など)、その間も地道にアイドルに曲提供していたとは当時は知る由もなかった、もう歌番組も観てなかったし、細野サンが曲提供してるとはいえ、歌謡曲のシングルを買うことは当時は一切なかったし(松田聖子中森明菜でさえ)、逆にどうやったら知っただろうかと想像するも、やはりアイドル雑誌とかよい子の歌謡曲とか読んで知るとかしかないのではないか、熱心な細野ファンで当時この辺もキッチリ追っていた人がいたのかどうか興味津津



八木さおり「SAYONARA」

88年9月5日リリース、6枚目のラストシングル

A面「SAYONARA」
B面「心」
作詞:松本隆/作曲:細野晴臣/編曲:武部聡志

リアルタイムでは知らなかったし、細野サンが曲書いてなかったら、今の今まで八木さおり自体を知らなかったかもしれない、松本隆細野晴臣武部聡志の組み合わせは同年の西村知美と同じ、昭和の終わり頃の細野サンは地味に色々なアイドルに曲を提供していたが、自分でアレンジした作品が見当たらないのがチョット残念、表向きは自分の作品がなかった時期のサウンドがどんなものだったのか... しかしながらアレンジで台無しになってる作品がないのが救い




コロムビアマーチオーケストラ「ハイスクールララバイ」(1982)

82年2月頃リリース

A面「ルビーの指環」
作曲:寺尾聰/編曲:久石譲
B面「ハイスクールララバイ」
作曲:細野晴臣/編曲:久石譲

提供曲ではなくカヴァー?の番外編になりますが、シェア済の贈る言葉/ライディーンに続く、久石譲アレンジの学校用レコード

おそらく運動会とかの出し物にかけるレコードだろうが(BPM表記)、そもそも時代のヒット曲に合わせて選曲をマメに変えるかどうかは学校側の意欲によるところが大きいだろう、当時教師がわざわざ直接レコード店に行って、このようなレコードを物色することはあまり想像出来ない、教師が学校(勤務)が終わってからレコード店に立ち寄って物色して領収書切ってもらって、そのまま帰宅して、つい自宅のステレオで聴いてしまって、うっかりちょっと傷つけてしまってとか、実際そういうケースもあっただろうが、コロムビアの営業が学校に馳せ参じて、今度こんなの出ましたとか売りつけた方が話は早いだろう、或いは予めカタログが学校に届いていて、学年主任か体育教師か生活指導か教頭か分からない何者かが電話して「EK-733」とか注文するパターンだったかもしれない

とりあえず言いたいことはジャケがコワ過ぎ、子供にはトラウマになる、ということである





最後に細野晴臣提供曲ではないですが、細野サン参加のお友達のレコードを紹介します

福沢もろ「7:00AM」(1980)

80年9月5日リリース

A面「7:00AM」
B面「RaINBOW STaR」
作詞作曲:福沢もろ/編曲:細野晴臣
演奏/細野晴臣、坂本龍一、高橋ユキヒロ、瀬戸瀧介

この頃、世間的にYMO大ブーム真っ只中であったが、3人揃って演奏しているこのレコードに関して、それが大々的に謳われることはなかった、そして音楽的にも全く便乗することなく細野サンはプロデュースした、仮に当時街中の有線でテクノポリスの後に「7:00AM」がかかったとしても、この2曲が全く同じ人間で演奏されていることを知らずに気づく人は皆無であろうギャップ萌え、未CD化ゆえ、これを買った2年ほど前に初めて聴いたのだが、後にSpotifyで見つけた時には何回もリピートで聴いてしまう程ハマってしまい、よくあるようなニューミュージック系のバラードとか思ってたら、いつの間にか抜けられなくなった中毒性、まさに隠れた名曲である

裏ジャケクレジット坂本龍一瀧ーになってしまっているが、この頃YMO脱退を本気で考えてた中、何故細野サンの「スピ友」のレコーディングに付き合わなければいけないのかと思っていたに違いない、しかしそれはThe End of Asia増殖ヴァージョン)と同じシンセフレーズが出てくることで勝手な憶測であるとも思いたい(所詮いちファンには何1つ本当のところはわからない)

自分は「7:00AM」推しなのだが、和モノDJに人気なB面「RaINBOW STaR」のせいなのか、YMOが演奏してるからか、実際のところはよくわからないのだが、中古市場高値である




福澤もろ「宇宙の唄」(1983)

83年10月リリースのインディーズ盤

A面「宇宙の唄」
B面「CIRCLE MIND」
作詞作曲:福沢諸

後年NHK「みんなのうた」に使われた際にジャパンレコードより「うちゅうのうた」として86年6月1日に再リリース、もしかしてヴァージョンが違うかもしれない(未入手)

当時は中学生で「みんなのうた」など流石に観てなかったので、この唄は全く知りませんでしたが、それこそ存在としてはOMIYAGE細野サンと写っていたことで知ってました、まさか唄を唄う人とは知りませんでしたが、90年代のLOVE, PEACE & TRANCEあたりでちゃんと知ることとなる、あ、その前にomini Sight Seeingプリオシーヌでも唄ってました、いやしかしその時は細野サンが全部歌えばいいのに、誰なんだこの人は?くらいの感じだったかもしれない、それがここ数年やっと細野サンがいうところの「シャーマンボイス」が分かりかけてきた、分かりかけてきたと気がついた頃にはハマっていた、しかし惜しくもこの世に存在しないし本当に今更なのですが

細野サンはA面「宇宙の唄」のベース担当




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