見出し画像

魚鱗癬と歩んだ家族の物語はじめて読む方へ









私は43歳です。

魚鱗癬という皮膚疾患があります。

でも、自分が魚鱗癬だと知ったのは30歳くらいでした

母も。

兄も。

祖父も。

同じ肌でした。

それでも誰も病名を知りませんでした。

私は長い間、

自分の肌を恥ずかしいものだと思っていました。

隠していました。

悩んでいました。

そして大人になりました。

結婚しました。

子供が生まれました。

そこで初めて、

魚鱗癬と本気で向き合うことになります。

このシリーズでは、

私自身の体験。

母のこと。

兄のこと。

そして娘のこと。

魚鱗癬と共に生きてきた家族の物語を書いています。


まずはこちらから↓



① 魚鱗癬と歩んだ家族の物語①〜母はなぜ手を隠したのか〜

母の手には、いつもうろこのような乾燥がありました。
でも母は決してその話をしませんでした。
幼い私が初めて違和感を覚えた、魚鱗癬との最初の記憶です。

https://note.com/safe_magpie2015/n/n0bbdeff1cadf?magazine_key=mcc526919b082



② 魚鱗癬と歩んだ家族の物語②〜兄の姿を見て気付いたこと〜

兄も同じ肌でした。
プールの帰りに自分の手を嫌そうに見つめる姿や、何度も手を洗う姿を見て、私は初めて「自分たちは何か違うのかもしれない」と感じました。
幼い私が兄の姿を通して病気を意識し始めた頃の話です。

③魚鱗癬と歩んだ家族の物語③ 〜「やっぱり俺はみんなと違うんだ」と気付いた頃〜

小さい頃から何となく感じていた違和感。
友達との何気ない会話や学校生活の中で、私は少しずつ気付き始めます。
「やっぱり俺はみんなと違うんだ」
そう感じるようになった小学生時代の記憶を振り返ります。

https://note.com/safe_magpie2015/n/nc980aa66748e?magazine_key=mcc526919b082




④魚鱗癬と歩んだ家族の物語④〜体を見せるのが怖くなった日〜

耳の検査で言われた言葉。
そして、体を見た先生が見せた表情。
子供ながらに大きなショックを受け、「自分の体は見せてはいけないものなんだ」と思うようになりました。
今でも忘れられない出来事を書いています。


⑤魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑤〜プールの後、トイレに隠れていた僕〜

プールは好きでした。
でも、プールの後に手が白くなるのが
本当に嫌でした。
誰よりも早く教室へ戻り、
トイレに隠れてクリームを塗る。
「お願いやけん、早く乾いて」
そう願っていた小学生時代の話です。


⑥魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑥〜隠し続けた手と、自分で選んだ友達〜

「お前の手って、おじいちゃんみたいよね」
そんな言葉に傷つきながらも、私は少しずつ魚鱗癬との付き合い方を覚えていきました。
そして同時に、自分を大切にしてくれる友達を選ぶことの大切さも学んでいったのです。


⑦魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑦〜社会に出て気付いたこと〜

アルバイトや社会人生活の中で、魚鱗癬との付き合い方を少しずつ覚えていきました。
そして気付いたのです。
問題があるのは自分の肌ではなく、人を傷つけるような言葉や態度の方なのだと。
社会に出てから見えた景色を書いています。


⑧魚鱗癬と歩んだ家族の物語⑧〜魚鱗癬という名前を初めて知った日〜

「魚鱗癬です」
先生のその一言で、30年以上分からなかった肌の正体が明らかになりました。
指定難病と知ってもなお嬉しかった理由。
そして親になった今だから思うことを書いています。



これから先は、

長男の誕生。

クレチン症。

娘の魚鱗癬。

家族として向き合ってきたことを書いていきます。

もし良ければ①から読んでいただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました🙇



いいなと思ったら応援しよう!