【みおとあおい】第76章:消費税の課税ベース増殖バグ―累積売上税の亡霊―
第76章:消費税の課税ベース増殖バグ
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、もはや単なる議論ではない。 国会という公の場で、制度を運用する側が【自由主義経済においては、価格はきれいに転嫁されない】と自ら認めた【事件】の記録である。 片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継ぎ、そしてついに【決着】へと導いた瞬間を見てほしい。

――インボイスが呼び起こす、累積売上税の亡霊――
みおは、動画を止めた。
画面の中では、国会答弁が流れていた。
消費税は、事業者が納める。
しかし、最終的には転嫁によって消費者が負担している。
そう説明されていた。
みおは、しばらく画面を見つめていた。
それから、小さく首をかしげた。
みお:
あれ?
あおい:
どうしたの?
みお:
消費税って、各事業者が付加価値に応じて分担して納める税なのよね。
あおい:
うん。
本来は、そう説明される。
各段階で生まれた付加価値に対して課税する。
そして、仕入税額控除によって、前段階で課税された部分を引く。
だから、税が何度も重ならない。
みお:
でも、インボイスがないと、その仕入税額控除が使えなくなる。
あおい:
そう。
みお:
そのとき、本当に付加価値税のままでいられるの?
あおいは、少し黙った。
そして、紙に簡単な図を書いた。
A、B、Cの取引で考える
あおい:
単純な例で考えよう。
Aは製造者。
Bは卸。
Cはスーパー。
Aは課税事業者。
Bは免税事業者。
Cは課税事業者。
取引はこうだ。
AはBに、商品を税込88円で売る。
BはCに、税込99円で卸す。
Cは消費者に、税込110円で売る。
みお:
88円、99円、110円。
あおい:
標準税率10%で、税抜に直すとこうなる。
AからBへ、税抜80円。
BからCへ、税抜90円。
Cから消費者へ、税抜100円。
みお:
最終価格は税込110円。
税抜なら100円。
あおい:
そう。
だから、本来この商品に対する課税ベースは、税抜100円で収まるはずだ。
標準税率10%なら、最終的な消費税額は10円。
みお:
そこまでは分かる。
あおい:
では、インボイス導入前のように、CがBからの仕入について仕入税額控除を使えるとする。
Cの売上税額は、110円の中の10円。
Bからの仕入99円に対応する仕入税額控除は9円。
だから、Cの納付消費税は、
10円 − 9円 = 1円
になる。
みお:
Cは99円で仕入れて、110円で売っている。
粗利は11円。
あおい:
そう。
その11円の付加価値に対して、約1円の消費税がかかる。
みお:
これは、付加価値税として分かるわ。
インボイスがないと、控除チェーンが切れる
あおい:
では、Bが免税事業者で、インボイスを発行できない場合を考える。
みお:
Cは、Bからの仕入について仕入税額控除を使えない。
あおい:
そう。
Cの売上税額は、110円の中の10円。
でも、仕入税額控除は0円。
だから、Cの納付消費税は、
10円 − 0円 = 10円
になる。
みお:
Cの粗利は11円。
納付消費税は10円。
あおい:
うん。
みお:
粗利のほとんどが、消費税で消えている。
あおい:
そう見える。
みお:
あれ?
預り金は、どこに行ったの?
消費税は、消費者から預かったお金を、事業者が右から左に流しているだけじゃなかったの?
あおい:
もし本当にそれだけなら、Cの粗利がここまで削られる説明は難しくなる。
Cの視点では、消費者から預かったお金をそのまま渡しているというより、
自分の粗利から消費税を納めているように見える。
みお:
それはもう、預り金という説明とは合わないわ。
課税ベースが100円から180円に増える
あおいは、さらに式を書いた。
あおい:
ここで、もう少し広く見る。
Aの段階では、AがBに税込88円で売っている。
税抜では80円。
だから、A段階の課税ベースは80円。
みお:
A段階で、すでに80円が課税対象になっている。
あおい:
そう。
そしてCの段階では、Cが消費者に税込110円で売っている。
税抜では100円。
だから、C段階の課税ベースは100円。
みお:
でも、本来なら最終商品の課税ベースは100円で済むはずよね。
あおい:
そのはずだ。
ところが、Bがインボイスを出せないことで、CはBからの仕入を控除できない。
その結果、Aの段階で一度課税対象になった前段階売上が、Cの課税ベースに再出現する。
A段階の課税ベース80円。
C段階の課税ベース100円。
合計180円。
みおは、紙に書かれた数字を見た。
みお:
本来100円で済むはずの課税ベースが、180円になっている……。
あおい:
そう。
みお:
課税ベースが、増殖している。
あおい:
前段階売上が、後段の課税ベースに再出現しているんだ。
みお:
つまり、こういうこと?
ザオリク!
あおい:
魔法を唱えないで。
みお:
でも、復活しているわ。
Aの段階で一度、課税対象になった売上80円が、
Bがインボイスを出せないことで控除チェーンから切り離される。
そして、Cの課税ベースに、もう一度現れる。
あおい:
正確には、控除されるはずだった前段階売上の再出現だね。
みお:
それって、やっぱり復活じゃない。
あおい:
税制の話だよ。
みお:
だから怖いのよ。
付加価値税ではなく、累積売上税になる
みおは、もう一度、数字を見た。
本来の課税ベースは100円。
しかし、控除チェーンが切れると、80円と100円が重なる。
合計180円。
みお:
これってもう……。
あおい:
うん。
みお:
付加価値税じゃなくて……。
累積売上税じゃない!?
あおい:
Cの視点では、そう見える。
控除チェーンがつながっている限り、消費税は付加価値税として振る舞う。
でも、控除チェーンが切れた瞬間、前段階売上が後段の課税ベースに残る。
そのとき、消費税は累積売上税のように振る舞う。
みお:
消費税は、各事業者が付加価値に応じて分担して納める税だと説明されてきた。
あおい:
その説明は、控除チェーンがつながっている限りで成立する。
みお:
でも、インボイスがないことで控除チェーンが切れると?
あおい:
分担のリレーが崩れる。
本来なら控除されるはずだった前段階売上が、後段事業者の課税ベースに再出現する。
みお:
その結果、本来100円で済むはずの課税ベースが、180円に増える。
あおい:
これが、課税ベース増殖バグだ。
これは、ただの思考実験ではない
みお:
でも、こんな税、本当にあるの?
あおい:
あった。
みお:
え?
あおい:
日本にも、似たような税があった。
昭和23年。
取引高税。
みお:
取引高税?
あおい:
売上金額などに対して、取引のたびに課税する税だよ。
製造で取引が起きる。
卸で取引が起きる。
小売で取引が起きる。
そのたびに、売上に税がかかる。
みお:
それって、税金が重なっていかない?
あおい:
重なる。
取引段階が増えるほど、税負担が累積する。
みお:
累積売上税……。
あおい:
そう。
付加価値だけに課税するのではなく、取引の売上そのものに何度も課税する。
みお:
分業すればするほど、不利になる税ね。
あおい:
うん。
製造、卸、小売を別々の事業者が担えば、取引回数が増える。
取引回数が増えれば、税が累積する。
みお:
だから、体力のない中小事業者ほど苦しくなる。
あおい:
そう。
そして、資本力のある企業は、取引段階を減らそうとする。
みお:
取引を減らす?
あおい:
製造から卸、小売まで、自社グループの中に取り込む。
つまり、垂直統合だ。
みお:
税を避けるために、産業構造そのものが変わってしまう。
あおい:
そう。
取引高税は、取引ごとに課税するため、累積課税の問題を抱えていた。
そして、短期間で廃止された。
みお:
そんな税が、昔の日本にあったのね。
あおい:
問題は、そこじゃない。
みお:
え?
あおい:
インボイス制度によって控除チェーンが切れると、消費税も、部分的に同じような姿を見せることがある。
みお:
付加価値税だったはずなのに?
あおい:
そう。
控除チェーンがつながっている限り、消費税は付加価値税として振る舞う。
でも、控除チェーンが切れた瞬間、前段階売上が後段の課税ベースに再出現する。
みお:
本来100円で済むはずの課税ベースが、180円になる。
あおい:
そのとき、消費税は、累積売上税のように振る舞う。
垂直統合への圧力
みお:
でも、問題は税額が増えることだけじゃない気がする。
あおい:
うん。
そこがさらに重要だ。
この仕組みは、企業に垂直統合を促す。
みお:
垂直統合。
あおい:
製造、卸、小売を、それぞれ別々の事業者が担っていると、途中にインボイスを出せない事業者が入っただけで、控除チェーンが切れる。
みお:
すると、課税ベースが増殖する。
あおい:
そう。
なら、大きな企業はどう考えるか。
みお:
途中の小さな事業者を外す?
あおい:
あるいは、製造から卸、小売まで、自社グループの中に取り込む。
みお:
控除チェーンが切れないように?
あおい:
そう。
取引の途中に、インボイスを出せない事業者を挟まないようにする。
みお:
それって、独立した中小事業者の分業ネットワークに、不利な圧力がかかるということ?
あおい:
うん。
インボイス制度は、単なる請求書の形式の問題ではない。
控除チェーンが切れる取引構造そのものにペナルティを与える。
その結果、企業に垂直統合を促し、産業構造に深刻な歪みをもたらす。
みお:
消費税の問題なのに、産業構造まで変えてしまう。
あおい:
そう。
税は、ただお金を取るだけじゃない。
取引の形を変える。
企業の行動を変える。
市場の構造を変える。
みお:
つまり、インボイス制度は、免税事業者だけの問題じゃない。
あおい:
そう。
分業で成り立っている市場全体の問題だ。

公式チート
みおは、紙に書かれた数字をもう一度見た。
本来100円で済むはずの課税ベース。
それが、180円になっている。
みお:
課税ベースが、付加価値よりも増殖するなんて……。
これ、国家的詐欺じゃない!?
あおい:
違う。
合法だ。
みお:
合法……?
あおい:
法律上は、そう計算される。
だから、詐欺ではない。
仕様だ。
みお:
仕様……。
あおい:
本来100円で済むはずの課税ベースが、控除チェーンの切断によって180円になる。
前段階売上が、後段事業者の課税ベースに再出現する。
でも、それは制度上、そう処理される。
みお:
つまり、バグなのに、公式に認められている。
あおい:
そう。
公式チートだ。
みお:
最悪じゃない!
あおい:
うん。
だから、これは単なる事務処理の問題じゃない。
付加価値税として説明されてきた消費税が、インボイスによって、累積売上税のように振る舞うことがある。
その結果、分業ネットワークにペナルティがかかり、企業には垂直統合への圧力が生まれる。
みお:
消費税の顔をした、累積課税の怪異……。
あおい:
それが、課税ベース増殖バグだ。
真名
みおは、ゆっくりと言った。
みお:
インボイスは、課税スイッチではない。
あおい:
うん。
みお:
控除スイッチ。
あおい:
そう。
みお:
その控除スイッチが切れると、前段階売上が、後段の課税ベースに復活する。
あおい:
それが、課税ベース増殖バグ。
みお:
付加価値税だったはずの消費税が、累積売上税へ退行する。
あおい:
控除チェーンが切れたときだけ、その亡霊が現れる。
みお:
インボイスが呼び起こす、累積売上税の亡霊。
あおい:
それが今回の怪異だね。
街の音
動画を閉じたあと、みおは窓の外を見た。
夕方の街だった。
スーパーの入口に、特売の旗が揺れている。
買い物袋を下げた人たちが、ゆっくり歩いている。
納品口には、小さな配送トラックが停まっている。
店の奥では、誰かが商品を並べている。
街は、いつも通りに動いていた。
けれど、みおには、その街が少し違って見えた。
製造。
卸。
小売。
配送。
個人事業主。
小さな会社。
それぞれがつながって、街の生活を支えている。
そのつながりの途中で、控除チェーンが切れる。
前段階売上が復活する。
課税ベースが増殖する。
付加価値税が、累積売上税のように振る舞う。
分業ネットワークに圧力がかかる。
小さな事業者が、少しずつ押し出されていく。
みお:
消費税って、レジのところだけで起きている話じゃないのね。
あおい:
うん。
レジの向こう側に、製造者がいる。
卸がいる。
配送業者がいる。
小さな会社がある。
個人事業主がいる。
みお:
その誰かのところで控除チェーンが切れると、街全体のつながりが傷つく。
あおい:
そう。
みお:
それなのに、私たちはレジの音しか聞いていない。
そのとき、遠くのスーパーから、レジの音が聞こえた。
ピッ。
みおは、その音に耳を澄ませた。
昨日までは、ただの会計音に聞こえていた。
でも、今は違った。
製造者がいる。
卸がいる。
小売がいる。
配送する人がいる。
値札を見て、買うかどうか迷う人がいる。
そのすべての生活の上を、制度が静かに通り過ぎていく。
ピッ。
その音は、今日も誰かの生活を削る音だった。

「運営がチートする。」
SSR【怪異017|公式チート】

レアリティ: SSR
属性: 制度/闇/運営
種族: 制度実装型怪異
危険度: ★★★★★★★★★★★★★★★
固有能力:
《ルール改変》
《控除チェーン切断》
《課税ベース膨張》
《通報先内在化》
フレーバーテキスト
制度を守るはずの公式が、
自らルールを書き換えたとき、
怪異は最終形へ至る。
税率は上がらない。
だが、引けるものが減る。
その結果、課税ベースは膨張し、
事業者負担は静かに増殖する。
しかも公式は、
それを**「適正化」**と呼ぶ。
効果説明
このカードが場に出たとき、
相手フィールドの**「控除」**を一部無効化する。
無効化された控除は、
そのまま課税ベースへ加算される。
さらに、このカードが存在する限り、
相手はこの効果を**「増税」**として認識しにくくなる。
真名
公式がルールを書き換え、
自分だけ勝てる仕様を実装した怪異。
弱点
構造の可視化
課税ベースの数式化
「何が控除できなくなったのか」という問い
通報先は、運営
誰が、この制度を不公正だと判定するのか。
誰が、控除切断による累積課税を修正するのか。
誰が、「増税ではない」という説明を覆すのか。
ルールを作ったのは、運営。
税収を受け取るのも、運営。
制度を説明するのも、運営。
苦情の受付先も、運営。
そして、最終的な裁定者も運営である。
みお:
「通報窓口は?」
あおい:
「運営です。」
みお:
「裁定するのは?」
あおい:
「運営だ。」
みお:
「税収を受け取るのは?」
あおい:
「運営。」
みおは、しばらく黙り込んだ。
そして、恐る恐る尋ねた。
みお:
「最終回答は?」
あおいは、画面に表示された文字を読んだ。
仕様です。
それが、運営がチートする世界の、最終裁定だった。

みお:
「あおい。
私たち、これからどうすればいいの?」
あおい:
「知ることだ。」
みお:
「知らなければ?」
あおいは、少しだけ街へ目を向けた。
あおい:
「今まで通りだ。」
知らないうちに、法案が国会を通過する。
気づかないまま、制度が作られる。
暮らしが削られる。
事業が削られる。
それでも、何が起きているのか分からない。
分からないから、問いを立てられない。
問いを立てられないから、反対することも、変えることもできない。
そして、削られていることに気づいても――
それを説明する言葉を持てない。
あおいは、短く言った。
「知らなければ、奪われたことさえ分からない。」
みおは、黙って街を見た。
どこかの店で、レジの音が鳴った。
ピッ。
今日もまた、誰かの売上に課税の当たり判定が置かれる。
誰かの控除が切られる。
誰かの利益が削られる。
けれど、その仕組みを知らなければ、ただの買い物の音にしか聞こえない。
もう一度、音が鳴った。
ピッ。
その音は――
今日も誰かを削る音だった。
【14年越しの答え合わせ】片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ
参考動画:
【彼女は全てを知っていた。】
【制度側の自白と、14年越しの答え合わせ】
ここから先は、あえて繰り返す。
なぜなら、これは単なる国会質疑ではないからだ。
消費税という制度が前提としてきた「円滑かつ適正な価格転嫁」と、現実の市場で起きていること。
その二つが、国会という公の場で正面から衝突した「事件」の記録だからである。
自由主義経済において、価格は制度の予定通りには動かない。
原価が上がったからといって、その全額を価格へ転嫁できるとは限らない。
消費税率が上がったからといって、その分だけ売価を上げられるとも限らない。
価格転嫁できなくても、消費税の負担は消えない。
事業者の利益、賃金、賞与、投資、資金繰りへと移っていく。
その瞬間、消費税の問題は「価格転嫁」の問題ではなく、税金コストを誰に負わせるかという問題へ変わる。
2012年。
一人の政治家が、その危険性を国会で指摘していた。
片山さつき議員である。
そして14年後。
片山さつきが残した問いを、安藤裕が引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
これは、制度の外から制度を批判していた者が、制度の頂点へ立ったとき、どのように言葉を変えるのかという記録でもある。
2012年、彼女はすべてを知っていた
「もう、手のつけられないようなことになりますよ」
2012年。
野党時代の片山さつき議員は、消費税増税が経済へ与える影響について、強く警告していた。
住宅。
地方経済。
中小零細企業。
街の蕎麦屋。
普通の床屋。
価格を上げたくても上げられない、小さな事業者たち。
片山議員は、消費税が単なる「消費者の負担」では終わらないことを、具体的な例で指摘していた。
たとえば、街の蕎麦屋である。
今、お蕎麦屋さんは税込み630円でお蕎麦を出していますけど、660円にできますかね?
これは、単なる問いではない。
消費税の制度と市場の現実を知る者が、問いの形で提示した答えである。
全国一律の価格を持つ大手チェーンなら、まだ値上げしやすいかもしれない。
しかし、地域の客に支えられている小さな店はどうか。
街の蕎麦屋はどうか。
普通の床屋はどうか。
値上げによって客を失う可能性がある店に、「税率が上がったのだから、その分を価格へ転嫁すればよい」と簡単に言えるだろうか。
片山議員は当時、年間売上3000万円以下の中小零細企業について、5割から7割が価格転嫁できていないという調査があると述べていた。
さらに、滞納税額の約半分に当たる3400億円が消費税であるとも指摘した。
つまり、彼女は知っていた。
消費税は「価格へ転嫁されることを予定している」と説明される。
しかし現実の市場では、弱い立場の事業者ほど、その予定通りに転嫁できない。
消費税は、制度の予定と市場の現実が一致しなければ成立しない税だった。
2012年の片山さつきは、その矛盾を知っていた。
14年後、問いが戻ってきた
それから14年後。
今度は、参政党の国会議員として国政に復帰した安藤裕が、同じ問題を国会で問い始める。
答弁席に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
安藤議員が最初に確認したのは、消費税の納税義務者である。
法律上、消費税を納める義務を負っているのは誰なのか。
消費者なのか。
事業者なのか。
答弁は明確だった。
消費税法上の納税義務者は、事業者である。
政府は消費税について、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定していると説明する。
しかし、それは経済的な負担についての予定である。
税法上の納税義務とは別の話だ。
税法上、消費者は消費税の納税義務者ではない。
消費税を申告し、納付するのは事業者である。
ここで安藤議員は、さらに問いを進めた。
消費者から受け取った消費税を税務署へ納めず、事業者が自分の利益にしているとされる、いわゆる「益税」は制度上存在するのか。
これに対して片山財務大臣は、法律上はそのような関係にはならないと答えた。
消費者は、消費税法上の納税義務者ではない。
したがって、消費者が納めるべき税金を事業者が預かり、それを国へ納めずに利益にしているという法構造にはならない。
法律上、益税は存在しない。
ここで、長年語られてきた消費税の物語が揺らぎ始める。
完全転嫁という幻想
多くの人は、消費税を次のように理解している。
まず原価がある。
そこに適正な利益を乗せる。
そして、その上に消費税10%を上乗せする。
消費者がその10%を支払い、事業者が一時的に預かり、後から税務署へ納める。
このモデルでは、消費税によって事業者の利益が削られることはない。
人件費も削られない。
消費税は売価の外側へ完全に上乗せされ、最終消費者がすべて負担するからである。
しかし、このモデルが成立するためには、強い前提が必要になる。
すべての事業者が、原価と必要な利益を確保したうえで、消費税相当額を完全に価格へ上乗せできること。
つまり、価格転嫁率100%の市場である。
もし本当に、すべての取引がこの通りに行われているなら、赤字企業はほとんど存在しない。
低賃金労働者もいない。
買いたたきもない。
利益を確保したうえで、消費税分まで価格へ上乗せできるのだから、消費税を払えずに資金繰りへ行き詰まる事業者も存在しないはずである。
だが、現実は違う。
赤字企業がある。
低賃金労働者がいる。
買いたたきがある。
価格交渉力の弱い事業者がいる。
値上げすれば客を失う店がある。
原材料費が上がっても、売価へ十分に転嫁できない事業者がいる。
「原価+適正な利益+消費税」という美しいモデルは、現実の市場を表したものではない。
それは、制度を成立させるために置かれた予定である。
赤字でも消費税が発生する理由
消費税の納付額は、大まかに次の式で計算される。
消費税
=
売上にかかる税額 − 仕入れにかかる税額
標準税率10%、すべて税込金額という単純なモデルなら、次のように表せる。
消費税
≒
(課税売上 − 課税仕入)× 10/110
ここで重要なのは、法人税のように、売上からすべての費用を差し引いて利益を計算しているわけではないという点である。
給与や社会保険料、支払利息など、事業に必要な支出であっても、仕入税額控除の対象にならないものがある。
そのため、法人税上の利益が赤字であっても、
課税売上 − 課税仕入 > 0
であれば、消費税は発生する。
事業者が赤字か黒字かは、消費税の計算を止めない。
消費税は、利益ではなく、課税売上と課税仕入の差額を見ているからである。
一般に、事業者は仕入れた商品へ何らかの価値を加えて販売する。
100円で仕入れた商品を、毎回50円で売り続ける事業は成立しない。
100円の原材料を使い、50円で製品を売り続ける製造業も成立しない。
したがって、事業を継続している限り、一般には、
課税売上 − 課税仕入 > 0
となる。
企業全体では赤字でも、この差額は残り得る。
だから、赤字事業者にも消費税が発生する。
赤字でも「消費税が発生することがある」のではない。
事業が付加価値を生み出している限り、赤字でも消費税が発生する構造なのである。
付加価値の先取り
課税売上から課税仕入を差し引いたものは、概ね、その事業者が新しく生み出した付加価値に対応する。
単純化すれば、
付加価値
≒
課税売上 − 課税仕入
さらに、その付加価値は概ね、
付加価値
≒
利益 + 人件費
と捉えることができる。
したがって、消費税の構造は、概ね次の式で表せる。
消費税≒ 付加価値 × 10/110
さらに単純化すれば、
消費税≒(利益 + 人件費)× 10/110
となる。
ここで、何が起きているのか。
事業者が生み出した付加価値という一つのパイがある。
本来、その付加価値は、労働者の賃金と、企業の利益などに分配される。
しかし、消費税がある世界では、その分配より先に、国の取り分が決まる。
国が消費税を先に取る。
残った付加価値を、法人と労働者が分ける。
価格へ完全に転嫁できるなら、事業者の外側へ負担を押し出せるかもしれない。
しかし、価格転嫁できなければ、消費税は付加価値の内部に残る。
利益を削る。
賃上げ原資を削る。
賞与を削る。
採用を抑える。
設備投資を遅らせる。
資金繰りを圧迫する。
税負担が消えるわけではない。
負担する場所が変わるだけである。
安藤議員が述べた「賃上げする原資を持っていく前に、消費税を納税しろと言われている」という言葉は、この構造を表している。
消費税は、付加価値という一つの財布から、国が先に取り分を確保する税である。
その残りを、法人と労働者が分ける。
これが、「付加価値の先取り」である。
レシートに書かれた「内消費税」
安藤議員は、レシートの表示にも踏み込んだ。
たとえば、1100円の商品を買ったとする。
レシートには、
「内消費税100円」
と書かれている。
では、この100円は法律上、何なのか。
政府側の答弁は、次のようなものだった。
その取引について課されるべき消費税額に相当する額であり、課税資産の譲渡等の売上に対する対価の一部である。
つまり、レシートに「消費税」と書かれていても、それは消費者が税務署へ納めた税金そのものではない。
事業者が消費者から預かった税金そのものでもない。
事業者がそのまま税務署へ納付する金額でもない。
その売価で取引が成立したという事実と、その税込価格の内訳が表示されているだけである。
レシート表示からは、実際にいくら価格転嫁されたのか分からない。
事業者がいくら納付するのかも分からない。
その取引によって、事業者の利益がいくら残ったのかも分からない。
それでも、多くの人は「内消費税100円」という表示を見ることで、自分が100円の税金を納めたと認識する。
そして、事業者はその100円を預かっているだけだと考える。
ここから、「預かった税金を納めない免税事業者はずるい」という益税の物語が生まれる。
しかし、法構造は違う。
消費者は納税義務者ではない。
レシートに書かれた100円は、売上の対価の一部である。
事業者の納付額は、レシートの表示額ではなく、売上税額と仕入税額の差額によって決まる。
レシートは、価格転嫁に成功した証拠ではない。
預り金が存在する証拠でもない。
そこに記録されているのは、
「その価格で、一つの取引が成立した」
という事実である。
2012年の言葉と、2026年の言葉
2012年の片山さつき議員は、市場の現実を語った。
街の蕎麦屋は、630円を660円にできるのか。
中小零細企業は、本当に消費税を価格へ転嫁できているのか。
価格を上げられない事業者に、消費税は何をもたらすのか。
彼女は、制度の予定ではなく、現場で起きていることを見ていた。
それから14年後。
財務大臣となった片山さつきは、制度を守る側の言葉を語る。
消費税は、価格への転嫁を通じて、最終的には消費者が負担することを予定している。
消費税相当額は、適切に価格へ転嫁される。
同じ人物の中に、二つの言葉が存在する。
市場の現実を見る言葉。
制度の予定を守る言葉。
片山さつきは、なぜ言葉を変えたのか。
本当に考え方が変わったのかもしれない。
財務大臣として税制全体を守らなければならないのかもしれない。
党内の力学や、財務省との関係が影響したのかもしれない。
あるいは、本質的な認識は変わっていないまま、立場によって使用する言葉だけが変わったのかもしれない。
その答えは、本人にしか分からない。
だが、確かなことが一つある。
2012年に指摘されていた問題は、14年後も解決していない。
価格転嫁できない事業者がいる。
赤字でも消費税が発生する。
消費税の滞納が続いている。
賃上げが必要だと言いながら、賃上げ原資から先に消費税を取る構造が維持されている。
そして今も、政府は消費税を「景気に左右されにくい安定財源」と説明する。
だが、景気に左右されにくいということは、裏返せば、景気が悪くても取り続けるということである。
人々の生活が苦しくても。
企業の経営が苦しくても。
赤字でも。
資金繰りが限界でも。
付加価値が残る限り、消費税は発生する。
それを、本当に「安定」と呼んでよいのだろうか。
これは事件の記録である
14年前、片山さつきは問いを残した。
そして今、安藤裕がその問いを引き継いだ。
問いを受ける側に座っていたのは、財務大臣となった片山さつきだった。
2012年の片山さつきは、市場の現実を語った。
2026年の片山財務大臣は、制度の予定を語った。
変わったのは、市場ではない。
彼女が座る椅子だった。
制度の外から市場を見れば、価格転嫁できない事業者が見える。
制度の頂点から税制を見れば、「円滑かつ適正に転嫁されることを予定している」という説明になる。
事実が変わったのではない。
観測する位置によって、使用する言葉が変わった。
制度という怪異の頂点に座った者は、その構造を守るための部品として再定義される。
14年前の彼女の言葉が正しければ正しいほど、現在の答弁は、この国の政治が市場の現実よりも制度の維持を選んだことの証明になる。
これは、片山さつき一人の変節を責める物語ではない。
誰がその椅子へ座っても、同じ言葉を語らざるを得ないのだとしたら、問題は個人ではなく構造にある。
だから、問いに向き合わなければならないのは、彼女だけではない。
その変節を制度の「仕様」として受け入れ、今日もレジの音を聞き流している、私たち自身である。
失われた30年をもたらしたのは、果たして誰なのだろうか。
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