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【完結】ゆるっとリレー小説 1年A組:目次

完走しました!!各作家さんのタイトルリンクから作品に飛べます。感想コメントお待ちしております。



第1話 9月の月は赤い月 (作:春永睦月

下駄箱や机の中にそっとしまわれていたとか、皆が下校した夕方に二人っきりの場面で手渡されるとか。

それならロマンがあるというもの。でも現実はいつも理想を裏切っていく。このやりきれなさを、どこにぶつければいいのか。

「なーに、ブツブツ言ってるの?学校で壁打ち? 啓太、文化部じゃん。いつから体育会系にクラスチェンジしたわけ?」

校内一、分かっていないヤツに、そう言われた。

「お前……これはなんだ」
「見ればわかるでしょ?メッセージ、お手紙、別名・呼出状?」
「果たし状かよ」

陽子が俺に差し出したのは、レポート用紙。それを半分に折った紙。「今日の放課後、部室で待っている」、その内容を書いた紙切れを、その部室で渡してどうするつもりだ。

「机の中に入れておくとか、そういうのはないのかよ」
「まどろっこしくない?そういうの」
「待つと指定した場所で手渡す手紙の意味は?」

俺の言葉を聞いて、陽子はカラカラと笑い声をあげた。陽子の答えは、

「結果オーライ、でいいじゃない」

やっぱり、意味が分からなかった。

陽子が笑いを止めて押し黙る。少しうつむく表情。それは、これまでに見たことがない顔だった。

どうした、と声をかける前に、陽子が俺の名を呼んだ。

「あのさ……啓太。ううん、水野部長。教えてほしいの、月の撮り方。皆既月蝕 かいきげっしょくの撮影方法」
「皆既月蝕?突然どうしたよ」
「うん。9月に皆既月蝕があるでしょ?今回はどうしても自分のカメラに収めたいんだ。赤い月を」

啓太、小学生だったのにバッチリ撮ったじゃない。2018年冬の皆既月蝕。あれ、すごく綺麗だったから、私も撮りたいの。

7年前の冬。寒空の下で、寒さも忘れて夢中でシャッターを切り続けた。相棒はお年玉をつぎ込んだ一眼レフ。あの冬、あの夜が、俺の天体写真、そのはじまりだった。

「啓太にとっては、月撮影は星を撮る内に入らないんだろうけどさ」
「何言ってんだ、陽子。いいか、月は【肉眼で観ることができる】、1番俺たちに近い星なんだ。……師匠と仰ぐフォトグラファーの受け売りだけどな」

俺の言葉に陽子は笑ってうなずいた。「そうだったよね」と言って。彼女のいつもと変わらぬ声に少しほっとして、俺は申し出を受けようと、陽子へと一歩足を踏み出す。天文部部長・水野啓太として、部員・町田陽子の言葉に応えるために。

その時、カタン、と小さな音がして、何かが揺れた。

細長く幅の狭い部室の机から、落ちそうになったもの。反射的に出た手でそれを受け止める。

「あ……それ」
「あ、悪い。傷とかはついてないと思う。落ちそうだったから」

勝手に触って悪い、と謝ろうとする前に、陽子の言葉が続けられる。

「あれが入ってるんだ、この中に。あの冬、啓太の写真、SDカードにコピーして私にくれたでしょ?そのカードが入っているの」

綺麗な模様で彩られた、宝石箱のような箱。俺が差し出した箱を受け取って、陽子の言葉が続いた。

「開けてみて?一緒に観たい、あのときの赤い月」


第2話 2人を繋ぐ夜空 (作:きりん

そう言われて、啓太は手に取った箱を開けようとした。

「あれ?開かないけど?」

「あ、そうだった。鍵かけてたんだった。ちょっと待ってて」

そう言って陽子は再びカラカラ笑いながら部室を出て行った。


* * *


陽子は人が少なくなってきた校内を歩きながら、7年前のことを思い出していた。

「初めまして。町田陽子です。よろしくお願いします。」

そう挨拶したのは小学6年生の春。あたしは父親の転勤で、東京から茨城の学校に転校してきた。

「じゃあ、町田さんは水野君の前の席ね。」

先生にそう言われ席についた。

「あたし、町田陽子。よろしくね。」

そう言って振り返ってみても、黒い眼鏡に隠れて俯いたまま。なんだか不思議な人だなと思った。

それから数ヶ月が経ち、夏休みになった。

少しずつ慣れてきた茨城での生活。だんだん暗くなってくる夏の夜道を散歩していると、知っている姿が見えた。

「あ、水野君。」
「あ、町田さん。」

「どこ行くの?」
「ちょっとそこまで散歩。」

「…あ、あの!あたしも一緒に行っていい?」

黒い眼鏡の奥から優しい目をしながら啓太は頷いた。

沈黙の中、啓太はどんどん進んでいく。


そして

「着いたよ。」

そこには今まで見たことがないほど、たくさんの星が夜空一面に広がっていた。


陽子の中には言葉にならない想いで胸がいっぱいになり自然と涙がこぼれた。


あれから、悩みがあるとあの場所に足を運び、そこで会う啓太ともよく話すようになったんだよね。


そうやって懐かしい思い出に浸っていると、屋上に着いた。屋上はあたしのお気に入りの場所。

「あった。鍵、ここに置いてたんだよね。」

いつか、啓太と一緒にあの箱を開ける日が来たら…。そう思って屋上に置いていた鍵。

陽子は鍵をギュッと大切に握りしめながら再び部室に向かった。

扉の前でふぅっと深呼吸をして、気持ちを落ち着かせ、啓太の待つ部室の扉を開けた。

「お待たせ〜。これ、鍵。…開けてくれる?」


第3話 小さな旅が始まる (作:小海いと

この宝箱の中身を二人で見る時は、啓太に開けてほしかった──あたしの小さな願い事。それが今叶うんだ。胸の高鳴りをごくんと呑み込む。

「──え?」

あたしが宝箱を覗き込むより先に、啓太が声を上げた。

「どうしたの? 割れちゃってたとか?」
「いや……」

中には、SDカードではなく金色の細い鍵がひとつ入っていた。

「箱、これで合ってるのか?」
「間違いない、けど」

常日頃持ち歩いていたわけじゃない。大事にしまっていたから、その間に何かあったとも言い切れない。ともかく、宝箱の中身はそっくり、見慣れない鍵に変わってしまっていた。

「なくした……?」

柄にもなく涙声を出してしまったあたしの背を、啓太がぱしっと叩く。

「この鍵がぴったりハマる箱を探そう。それがお決まりってもんだろ」

7年前、皆既月食を撮る啓太の顔はすごく頼もしかった。今も変わらない。目指すものにいつだって一直線だ。そんな啓太に惹かれてあたしも天文部に入った。

これが恋かどうかは分からないけど、誰もそれを問おうはしなかったから、7年間あたしたちはあたしたちのままでいられた。啓太が手を引く。こぼれかけていた涙が乾いていく。

皆既月食まであと数日。あたしたちは手をつないで屋上を駆けて、そして小さな旅に出た。


第4話 けしてこの手を離さず (作:みけにゃん

いつから、だろうか。

7年前、初めて一緒に満天の星空を眺めた時、
陽子は涙を流していた。

その横顔はどんな星空よりも美しく、しばらく見とれていた。今でもあの時のことは鮮明に蘇る。

その日を境に陽子と一緒いることが増えていった。
天文部に彼女が入部してくれた時は、少し驚きもしたが、それ以上に嬉しかった。

この今の関係性はなんだろうか。
わからない。いや、心のどこかではわかってはいるのかもしれない。
一つだけ確かなのは、陽子と時を過ごし一緒に空を眺められることに心から喜びを感じている。

だからそれでいい。今はまだ。
この関係性に名前はつけない。
このままでいたいんだ。



(手、繋ぐの初めて……だよな)
彼女の手は見た目よりずっと小さくて、柔らかい。
壊れないように優しく、優しく握るとキュッと握り返しされ、とくんと鼓動が大きく音を立てる。
屋上を出て廊下を歩き出してからは、陽子は何も言わない。
宝箱の中身が変わってしまったことが相当ショックだったんだろう。
俺自身も何が起きたかはさっぱりだった。
だがーーー。

「大丈夫」
「え?」
「絶対、見つかるから」
「うん」
陽子は大きく目を見開き、嬉しそうに笑った。
しばらくしてある部屋の前に着いた。



第5章 ありますように、もしくは (作:ただのはる

3階にあるあたしたちの教室は、授業中とは違う色をしていた。うっすらとしたきれいなオレンジが、普段の教室を隠している。
まるで、あたしの気持ちみたいに。

「確か、さ」
啓太が教卓の中を覗いて言った。
「ここに同じくらいの大きさの箱があったはずなんだよ」

しゃがみ込んで中を改めている啓太の隣に並んで、あたしはスマホのライトで中を照らす。
担任が使う書類と教材、予備のチョークの箱。見慣れないものはひとつもない。

しばらく手を突っ込んで探していた啓太が、とうとう中身を全部教卓の上に出し始めた。
「ほんとにここにあったの?」
「この鍵の箱かどうかはわからないけどな」

頷きながらも手を止めない啓太の声は、心なしかはずんでいる。忙しなく動くその手を見つめながら、あたしはもし見つかったら、と考えていた。

 *

「うーん……ない、か」
出てきたのはやっぱり書類とチョークでしかない。念のためチョークの箱も開けたけど、白と黄色が整然と並んでいるだけだった。
「そっか」
正直に言うと、残念な気持ちが半分。もう半分は、嬉しかった。時刻は十七時をまわるところで、完全下校まであと一時間。

このまま、見つからなかったら。
啓太は探すのを諦めてしまうだろうか。それとも。

「どうする? 今日はもう、やめる?」
駆け引きするように訊いてみる。お願い、どうか、あたしと同じ気持ちでいて。
「……いや、もう少し探してみよう」
黒い縁の下、啓太の目はいつも通りだったけれど、心なしか微笑んでいるみたいに見えた。

 * 

共用のロッカーと、掃除用具箱。それから担任の机の上を見てみたけれど、箱は見つからない。ここじゃないのかもしれないし、そもそも箱が今、存在するのかどうかだってわからない。

すっかり手がかりを失ったあたしたちは動けなくなってしまった。啓太の椅子を借りて座り、金色に輝いた鍵をつまんで持ち上げてみる。ねえ、あなたの番つがいは今どこにいるの?

「あれ?」
なにかを思いだすみたいに険しい顔をしていた啓太が声をあげた。視線の先を追うと、本棚の端を見ている。
「あんなとこにあんなものあったか?」

見れば確かに、小さな箱があった。立ち上がった啓太が箱を手にして、眺めながら戻ってくる。大きさも、鍵の形も、見た感じではぴったりな気がする。

もしかしてこれが、探していた箱?
あたしは啓太に鍵を渡す。一度視線を合わせてから、啓太が鍵穴に鍵を差し込んだ。


第6話 赤い月に隠された秘密 (作:Koh(コウ)

箱から出した写真を見て、啓太は驚いた。

「なんでこれが?」

陽子も写真を覗き込む。

「皆既月食の写真?」

啓太がバツの悪そうな顔をした。

「2022年のだよ」

陽子は啓太を見つめた。

「啓太あの日、皆既月食見てたの?」

2022年の11月。
世紀の天体ショーが日本全国で見られるとあって、
話題になっていた。

「もしかして、陽子も見てたのか?」

陽子はサッと視線を逸らした。

あの日、陽子は外で月食を見ていたどころではない。

2人で夜空を見上げた、あの思い出の場所にいたんだから。


3年前―

「約束しなくても、あの場所に来るかもしれない」

陽子は淡い期待を抱いてこっそり家を出た。
2人分の温かい缶コーヒーを持って。

中学生になって啓太は急に大人っぽくなり、2人の間にはぎくしゃくとした空気感があった。

「でも、きっと今日は特別」

2人にとって、こんな大事な日はないんだから。

月が徐々に姿を変え、赤銅色になっても、陽子は一人のままだった。

独りよがりな想いに顔が熱くなった陽子は、一番美しい瞬間を見ずにその場を後にした。



「あたしはあの場所で見てたよ。途中で帰ったけどね」

「そんなこと一言も……」

と、言いかけたけど、啓太は口をつぐんだ。


星ばかり追いかけてたあの頃、啓太はいつの間にか陽子より背が高くなり、気づいてしまったんだ。

陽子の肩があまりに華奢だということに。

意識してからはもうダメだった。

陽子が視界に入るだけで落ち着かない。

2022年のあの日、皆既月食を窓から見ていた。

「前はいっしょに見たのにな」

そう思うといても立ってもいられず、啓太はカメラを持って飛び出した。

陽子の姿は、なかった。

「何を期待してんだか……」

あの写真は、皆既月食を見に来ただけ、と言い訳するために撮ったものだった。



「誘ってたら……一緒に見れたかな」

啓太がためらいがちに言うと、陽子は強がるように口を開いた。

「そりゃあね。私も啓太のおかげで天文オタクになったから」

ぶっきらぼうな言い方に啓太は笑った。

俺たちの関係に名前がなかった理由が、分かった気がした。


外から学生たちのにぎやかな声が聞こえた。

「あれ? 箱の中にまだ何か……」
陽子は折り紙で作られた箱を見つけた。

「なんか中に入ってる」
「また鍵が入ってたら俺は泣く」

陽子が笑いながら小さな箱を開けると―。


第7話 あの日、君がくれたもの (作:音羽しーな

小さい実が、2つころんと入っていた。

赤っぽいのと、青紫っぽいの。大分前に収穫されたらしいその実たちは、大分黒ずんでいた。だけども何の実だか、あたしにはすぐに分かった。

「その実、ナンテンと、リュウノヒゲの実・・だろ?『きょうはなんのひ?』に出てくるやつ」

そう言って啓太は、折り紙でできた箱を、指でつまんでひょいと持ち上げて、中に入った2つの実を、あたしの手の平にころがした。

そう。それは、あたしが小さい頃からずっと大好きだった絵本「きょうはなんのひ?」にそっくりだった。最後に出てくるプレゼント。お父さんとお母さんにあげた贈り物。折り紙の箱の中にあるところまで。

「昔、くれたよな。赤い月みせてくれたお礼にって」

思い出した。引っ越して何ヶ月たっても、隠れ人見知りなあたしは、学校に行くのが、実は怖くて仕方がなかった。お守りにいつもこっそりこの実を2つ、ポケットに忍ばせていた。赤と青紫。

それを、あの時、啓太にあげたんだ。またふたりで赤い月をみたいって、願いをこめて。なのに、すっかり忘れてた。

・・でも、なぜそれが今ここに?

あたしは、手のひらの赤と青紫の2つの実を、じっと見つめた。

そのとき、「にゃーん」と柔らかい声が響いた。振り返ると、教室の隅に赤いスカーフをした猫が座っている。学校に猫?あたしは啓太と顔を見合わせた。猫はまるで何かを伝えようとするかのように、ゆっくりと歩き出した。あたしたちは、何も言わずに目で合図して猫についていくことにした。

灰色のふわふわした毛に赤いスカーフをした猫は、教室を出て、廊下を抜け、図書室の前を通り、光の差す窓辺を曲がった先で、立ち止まった。そこは部室だった。

「結局、元に戻ってきちゃったね。」

あたしたちにとって馴染みのある部室。もう誰の姿もなかった。

うっすらと暗い部室の窓から差し込む光は、まだ明るいけれど、どこか赤みを帯びていた。

太陽が、机や棚の端にオレンジ色の影を落としはじめた。猫のしっぽの影も長く伸びて揺れている。宝箱は、あたしが机の上に置きっぱなしにしたまま、そこに佇んでいた。まるで、あたしたちを待っていたかのように。

そっと宝箱に近づくと、夕陽の光が箱の角に当たり、木目や金具を赤やオレンジに染めてキラキラと輝いていた。

あたしは、そっと手を伸ばしてもう一度、宝箱を開けた。


第8話 箱の中にはいっていたものと、手紙の行方 (作:凪砂 いる

箱を開けると、中に入っていたのは1枚のSDカードと、1枚の手紙。
 
 「やっとあった……!――でも、この紙、何だ?」
 啓太の声に、あたしの体が、急に熱くなる。
 
「――っ!それは……!」
 あたしは、その紙を見られたくなくて啓太に手を伸ばそうとした。
 ――その時だった。
「にゃっ!」
 灰色のふわふわした毛に赤いスカーフをした猫が、飛び上がってさっと紙をくわえて走り出す。
 「いつの間に中に入ってきてたの!?ちょ……待って!」
 あたしたちは、部室を飛び出し猫をひたすら追いかけた。
 でも、啓太と一緒にこうしていられるだけで、私は胸が跳ね上がりそうだ。
 いつぶりだろう、こんな気持ち。
 名前のない気持ち。そう思って自分の気持ちに蓋をしていたけど――。
 猫を追いかけながら、あたしの気持ちはグルグルと巡る。
 あたしの頭の中だけ……まるで迷路だ。
 啓太は――今、どう思ってるんだろう?
 あたしは、ふと啓太のほうを向いた後、猫を追いかけ続けた。
 そして。
 「にゃーん!」
 着いたよ!と言わんばかりに猫が鳴く。
 そこは……屋上だった。
 座っている猫がくわえていた手紙を受け取ろうとした。
 その時――。
 ふたりの、手が触れた。


第9話 Don't make me say it. (作:春永睦月

あたしの手に啓太の手が重なり、ぬくもりを感じた。と思ったあとで、すぐに手は離れていく。「え……?」と思う間もなく、啓太の手がふわりとしたグレーの毛玉を持ち上げる。

「よーし、よし。暴れないな。お前、いい子じゃん」

ちょっと大人しくしててくれよ、これから大事なところなんだから。

啓太の言葉を分かったのか分からないのか。灰色猫は、彼の膝の上で丸くなる。本格的に寝入るつもりらしい。……猫だけに?うらやましいぞ、そこ代われ。……って、言わないけど。そんなこと。

あたしたちは今、並んで屋上のコンクリート床、その上に座っている。少し冷たくなった感触は、今までの熱を冷ましてくれる。啓太は前を見たまま、日が傾いて夕焼けに変わりはじめる空を見つめて、空いた右手であたしの左手を握った。

「今年のブラックムーン、条件、覚えてるか?」
「天文部部長。あたしこれでも副部長ですし。それは再三チェックしてますし。
『9月8日未明、三年ぶりの皆既月蝕』だよ」

部分食の開始は9月8日午前1時27分頃で、月が地球の影に完全に隠れる皆既食の時間は午前2時30分頃から3時53分頃まで。

長いから、これは言わなかった。知ってること長々と言われたらしらけるじゃん、冷静が常の啓太でもさ。

「今年はふたりで撮ろう。前に言ってた『星空コンテスト』、応募するぞ。申請は済ませといた」
「え?い、いや応募はするけどさ……。やっといてくれたんなら助かるけど。いつやったのよ?」
「さっき走りながらスマホで」

なんつーやり方。啓太らしくない。いや、らしいとも言えるのかな。

「決めた。ケジメつけるわ、俺。俺は宇宙科学系の大学に進学する予定だし、陽子はデジタルデザイン系目指して工芸大受験予定だよな」
「うん。それは変わってないよ。1浪でもTryする。諦めない」

あたしの返事を聞いた啓太の目。いつもと違っているように見えて、まばたきをしたあとで、思わず目を閉じた。耳に声が届く。

だから、これはリスタート、そのピストル音だ。

啓太の声は、あたしの頭の上から降ってきた。隣りにいたはずなのに、どうして?と思ったその瞬間。


あたしの前髪がそっと持ち上げられ、そこにぬくもりが触れる。


あたしは、ついさっき猫から回収した手紙を握りしめる。これは自分の口で伝えなくては。それだけを考えていた。

啓太の唇は、少しザラリとして、乾いた感触がしていた。何ということもない普通の夕焼けに照らされた、啓太の顔に影が差していた。


いつの間にかあたしたちの元を離れていた灰色の猫が、ニャンと一声鳴き声を上げた。猫の声が夕焼け雲に吸い込まれていくのを、あたしはぼんやりと眺めていた。


第10話 お守りの赤いスカーフ (作:きりん

…ドクン、ドクン

心臓が大きく脈打つ。今しかない。

あたしは手紙をぎゅっと握りしめながら、啓太を見上げた。


「啓太、あのね。あたし、啓太のことが…」

「好きだよ。」

「えっ…」

「俺は、陽子が好き。本当はずっと言いたかった。でもどこか怖くて目を背けてた。この気持ちを言葉にしたら、この関係が終わってしまうんじゃないかって。でももう迷わない。」

啓太はしゃがみ込んで陽子に目線を合わせた。

「好きです。俺と付き合ってくれますか?」

「…あたしも、啓太が好きです。よろしくお願いします。」

屋上に心地よい風が吹く中、啓太は華奢な陽子の肩を優しく抱き寄せる。

もう言葉は必要ない。陽子の手から「好きだよ」と書かれた紙がこぼれ落ちる。

抱き寄せた肩をそっと離して見つめ合う2人、
唇が重なった。________



そういえば、と思い出したように辺りを見渡してみるけど、猫の姿は見当たらない。

そこにはそっと赤いスカーフだけが残されていた。


「これは大事なお守りだね。」

夕焼けに照らされながら赤いスカーフを拾い上げ、陽子は微笑んだ。啓太は初めて見る陽子の表情に胸がギュッとなった。


第11話 淡い企み (作:小海いと

啓太があたしの手から赤いスカーフを取って、ぎこちない手つきでたたんでくれた。

「これは箱に入れないほうがいいな」
「うん。大事にカバンにしまっとく」

皆既月蝕の日にも持っていこう。勇気を出す時のお守りにしよう。今度はあたしからキスして、啓太を驚かせよう。妄想をふくらませていたら、啓太が「何笑ってんだよ」ってあたしの鼻をつまんだ。


第12話 運命の日来たる (作:みけにゃん

「陽子、こっち」
屋上に行くと既に啓太はいて、私を手招きした。
いよいよ待ちに待った皆既月食の日。
時間は深夜1時を回ったところ。
本来ならばこんな時間に屋上に入れる訳もないが、今回は特別開放。保護者が同伴、または送迎があれば立ち入り可能だった。
既に私たち以外にもたくさんの人たちが今か今からと空を見上げ待ち侘びている。

ドキドキしてきた。もうすぐ。

私は首元に巻いた赤いスカーフにそっと触れ、啓太の元に駆けていった。


第13話 2025年9月8日午前2時30分 (作:ただのはる

天文部の部長は早い時間から来て場所取りをしていたんだろう。すでにカメラはセットしてあって、二人分の簡易椅子も置いてあった。

部の備品だとはいえ、コンテストに応募する手前任せっぱなしはダメな気がする。片方のカメラを覗き込みながら、調整を重ねていく。

この設定のしかたも、教えてくれたのは啓太だった。あたしが啓太にもらったものはとてもたくさんある。


今夜の月が一番輝くように、設定を細かくさわりながら、心の中は冷静なようでいて騒がしかった。

あたしと見たいって、思ってくれたんだよね。

その事実だけで嬉しくなる。月食は、特別じゃないけど特別だから。


「ねえ、見て!」

遠くで誰かの声が上がった。つられたように夜空を見上げると、さっきまではきれいな円だった月の端が欠けてきている。

思わず時計を見た。午前1時27分。部分食の始まり。

「さあ、天体ショーの始まりだ」

そう言って啓太はファインダーを覗き込んだ。あたしはそのまま肉眼で欠けていくのを見守ることにする。

ゆっくり、でも確実に少しずつ変化していく満月は、見ていて飽きない。あたしも何度かカメラを確認しながら、特別な月の一番いい写真を狙ってシャッターを切った。

 *

午前2時を過ぎて、月はずいぶん影に隠れてしまった。普段なら見ることのない赤銅色が月に広がる。

あと、もう少し。

「陽子」

熱心にカメラと向き合っていたはずの啓太があたしを呼んだ。振り向くと、その視線は月ではなく、あたしを見ている。まっすぐな眼差しに射止められて、息ができない。

「……いい?」

何をかは、訊かなかった。

だけどそれだけで理解したあたしは、ひとつだけこっそり息を吐くと頷く代わりに啓太に近づく。


お互い目は閉じていた。だけど周囲からすごい、とか、きれい、とか歓声が上がるからわかる。皆既食が始まったんだ。

時計は見なくても知ってる。

2025年9月8日午前2時30分。

あたしたちは、キスをしていた。


第14話 届かない横顔 (作:Koh(コウ)

「お前、よかったのか?」

啓太と陽子の後ろ姿を、信吾は黙って見つめていた。

「しっかし、さすが水野部長。ロマン派だからって皆既月食のときにチューするか?」

ケラケラ笑う友達の声を信吾は笑って受け流した。

陽子が綺麗な宝箱を部室に隠したのを、信吾は知っていた。


高校に入学して天文部に入ったとき、陽子がいた。
そしてすぐに気づいてしまった。
啓太と陽子の間に、誰も入れない空気感があることを。

啓太をこっそり見上げる陽子の横顔に惹かれた。
叶わないと分かっていながらも、止められなかった。

箱の中身を鍵と入れ替えたのは、ほんの出来心。
ちょっと2人が困ればいいなぁって思って。

結果、啓太と陽子の関係性がグッと進んじゃったのは予想外だったけど。


「俺たちも受験だからな。恋にうつつを抜かしている場合じゃないよ」

信吾は陽子の横顔をもう一度見た。
切なそうに啓太を見ていた横顔は、今は前よりもずっと柔らかい。

胸がチクッと痛んだ。

「かわいそうな信吾にコーヒーおごってやるよ、大学に行ったらもっとお前に合う子に会えるって!」

友達の下手くそな気遣いに笑いながら、信吾たちは静かにその場をあとにした。

階段を降りながら、信吾はポツリとつぶやく。

「あの灰色の猫はなんだったんだろうな」


啓太と陽子が屋上と部室を行ったり来たりしていたあの日。

帰ろうとしていた信吾たちの前を、あの猫が走り抜けて行った。
そして後を追う2人の姿を見た瞬間、信吾の視界はブラックアウトした。

手を、つないでいたから。


「ロマンを追い求める水野部長の刺客だよ、きっと」
「猫も操る相手になんか、敵わねーな」

信吾は校庭から皆既月食を見上げた。


―忘れられますように。


赤銅色の月に信吾は感謝した。
俺の想いを隠してくれたような気がしたから。


第15話 消えた猫の正体 (作:音羽しーな


時は遡り…

「好きです。俺と付き合ってくれますか?」

「…あたしも、啓太が好きです。よろしくお願いします。」

屋上の心地よい風が、灰色の猫のスカーフを揺らした。水晶玉のような綺麗な瞳に、陽子と啓太が見つめ合う姿が映る。

「よかった…。こっちの未来で、一緒に皆既月蝕みれるね。」

夕陽を浴びて、だんだんとオレンジ色の猫に変わる。
徐々に身体が消えていくのがわかった。

赤いスカーフだけを残して

****************

あの日、あの時、宝箱を開けてもらって、あたしは啓太に告白するつもりだった。そして、「今度の皆既月蝕、いっしょに観たい」と伝えたかった。

仲の良いケンカ仲間のようなポジションから抜けたくて。2022年に一緒に観れなかった後悔を、無駄にしたくなかった。

でもなんとなく言い出しづらかった。「今日の放課後、部室で待っている」と書いたものの、それを渡せないまま、放課後になってしまった。

ありがたいことに、なぜか啓太は部室にいた。話を切り出しにくくて、あえてさっき書いたメモを渡した。

「机の中に入れておくとか、そういうのはないのかよ」
「まどろっこしくない?そういうの」
「待つと指定した場所で手渡す手紙の意味は?」

いつものようなやりとり。あたしはカラカラと笑い声をあげた。照れ臭いのを誤魔化すために。

あたしが笑いを止めて押し黙り、覚悟を決めたその時、

「おっ、おふたりさん、仲良いね〜」

部室に入ってきた信吾が、あたしたちを茶化してきた。

「べ、べつにそんなんじゃないよ。」

「そうよ。誰が啓太なんかとっ」

「陽子のことは、男にしか見てないし」

その言葉を聴いて、啓太を見つめた顔が、真顔になってしまった。やばい、涙が出てくる。バレたくなくて、あたしは部室を出て、階段を駆け下りて、そのまま学校を飛び出した。

「陽子、危ない!」

キキーー!

振り向くと、啓太が倒れていた。あたしは啓太に駆け寄った。

「どうして…」

「…今年は、赤い月をいっしょに観ようっていいたかったんだ」

啓太が手に握りしめていたのは、皆既月蝕の写真と、2つの実だった。
あたしは、写真を見た。日付は、2022年11月…。

「啓太もみてたんだね。」

啓太はただ微笑んで、そのまま静かに目を閉じた。手にあった実が、ころんと音もなくアスファルトに転がった。

…それから7年の時が経ち、あたしは今、看護師として働いている。ずっと眠ったままの啓太を見守りながら。

他人ひとの生命に寄り添うこの仕事は、天職であり宿命だと思っている。やりがいもある。だけども、時には、心が苦しくなる。過去に戻りたいと思うことがある。

あの日、あの時、あの場所に…。

2032年10月19日。病室の窓から夜空を見上げると、月がすっかり地球の影に包まれたところだった。白かった光は消え、赤く染まった姿だけが静かに浮かんでいた。

その瞬間、柔らかな光が体を包み、心がふわりと宙を舞った。次の瞬間、世界がざわめき、時間の糸が逆巻くように引き戻されるのを感じた。意識は、高校時代のあの校舎へ――。

目に映ったのは、柔らかそうな猫の手と、赤いスカーフ。気がつけば、あたしは7年前のあの場所に立っていた。

2025年、あの時、信吾が来なかったら…。あの時、あたしが飛び出さなかったら…。

あと10分でも校舎にいたら…。

こっちの未来は、変わるかもしれない。
まだ間に合う。柔らかな手足で、あたしは全力で駆け出した。


第16話 赤いスカーフが結ぶ未来 (作:凪砂 いる

皆既月食の日から、あたしたちの日々は慌ただしく過ぎていった。
みんなで皆既月食を見たその夜からあたしは不思議な光景をふっと見るようになった。

――病院の病室に寝たままの啓太と、啓太を見守る看護師のあたし。

あたしは、その度に胸がぎゅっとなる。
もしかして……。
あの猫は――。

考えて思わずあたしは首を振った。
でも、気になるのは灰色の毛をした不思議なあの子。

そうだ、あの灰色の不思議な猫、あの子は何かを伝えたそうにしていた。
あたしは、カバンの中から赤いスカーフを取り出し、ぎゅっと握りしめた。
あの子の行動を思い出す。初めから全てを知っているかのような動き。
そして、あの子が消えて、皆既月食が終わってから見る不思議な光景。
何か、意味があるような。そんな感じだった。

多分、教室で見つけたあの箱は、あの子が――。
あの子を初めて見たのは教室。そこから全てが始まって、あたしは啓太と……。
想いが伝わった瞬間、あの子は消えた。

タイムリープ。
そんな言葉を聞いたことがある。
それなら、あの子のすべてを知っていたような行動も全部納得がいく。
もしかしたら、あの子は未来から来たあたし――啓太に想いをお互い伝えられないままいた未来の、あたし。
時々見る不思議な光景も、思いを伝えられなかった未来のあたしと啓太の姿。
――あの子は、あたしたちに何かを伝えようとして、やってきたんだ。

そう思った瞬間、あたしは胸が締め付けられるようだった。
手にしたスカーフをもう一度握り直した。
その時――。

「――本当に、よかった」

誰かの声が、かすかに響いた。

*

卒業式。
ポツポツと桜が咲き始めた道を、あたしは歩いていた。
あたしは、第一志望の工芸大に合格し、啓太も希望していた宇宙科学系の大学に合格した。
あたしたちは、それぞれの道を歩いていく。
カバンにはお守りのように結ばれた赤いスカーフが揺れていた。

卒業式を終えたあたしは、啓太のもとに駆け寄った。

「――合格おめでとう、お互いにね」
「……ほっとした。浪人覚悟だったから」

あたしたちはお互い顔を見合わせ、笑いあった。
これから、あたしたちの未来が始まる。
空からこぼれる日差しがキラキラ輝いているようだった。

 *

――2032年4月25日。
大学を卒業したあたしたちは一緒に住んでいる家のベランダに天体望遠鏡をセットしていた。
今日は、あれから7年。また皆既月食が見られる。
ベランダにテーブルと椅子、そして飲み物を用意して。
二人でここにいられることを改めてあたしは感謝した。
 
「今度は南の空。――おとめ座の方向」
啓太がつぶやいた。

「啓太」
「ん?」
「ありがと、あたしと一緒にいてくれて」

啓太はふっと微笑む。
長い間一緒にいるけれど、あらためて一緒にいられることを噛み締めた。
少し古びた赤いスカーフが、それを思い出させてくれる。

「――あ、始まった」
今度は、ふたりで声を上げて天体ショーに見入っていた。
7年前の不思議な出来事を胸に刻みながら――。

《終》


春永睦月さんに、素敵なイメージソングいただきました。


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