デジタルアクター試論 29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
デジタルアクター試論 目次
1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

ここで一つ、言葉そのものに引っかかりを覚える点がある。「コモディティ」とは消費財のことだろうから、それが「民主化」と訳されるのも、なんだか歪みがあるのではないか。
経済学や一般的な文脈で「コモディティ(Commodity)」といえば、日用品や消費財、あるいは小麦や石油のような「どこの誰から買っても品質に大差がない、代替可能な共通の商品」のことである。
それがなぜか、近年のテック業界やITビジネスの文脈では、「最先端だった特殊な技術が、普及して誰でも安価に使える当たり前の道具になること」を指すようになり、さらにそれを「民主化(Democratization)」と言い換える風潮が定着してしまった。
この「コモディティ化=民主化」という翻訳・地続きのロジックには、よく考えると二つの大きな歪み(欺瞞)が隠されている。
一つは、「民主化」という言葉の、政治的で綺麗なすり替えである。
本来「民主化」とは、一部の特権階級が独占していた権力や権利を、民衆の手に取り戻すという、崇高で血の通った政治思想の言葉である。
しかし、テック企業が「技術の民主化」と言うとき、その本質は「最先端の高度なCG技術やAIが、コモディティ(ただの安い消費財)にまで値下がりしたから、お前ら一般大衆も金を払って消費していいぞ(市場を開放してやるぞ)」という、極めて資本主義的な「消費者の拡大」に過ぎない。
特権を崩しているように見えて、実は「新たな巨大市場を作って儲けているだけ」の行為を、さも正義であるかのように「民主化」と呼ぶ。この言葉のチョイスには、シリコンバレー的な傲慢さと歪みが確かにある。
もう一つは、「コモディティ(代替可能)」になることで失われる職人芸である。
技術がコモディティ化して「誰もがボタン一つで、若い頃の藤岡弘、のCGを作れる」ようになった状態を、彼らは「民主化されて素晴らしい世界になった」と呼ぶ。
しかし、それによって起きるのは、何十年もかけて「どうすれば人間の顔のCGに魂を宿らせるか」を血反吐を吐きながら研究してきたトップクリエイターたちの職人芸(スペシャリティ)が、ただの安い消費財として買い叩かれ、均一化されていく現実である。
誰もが簡単に扱える日用品になった結果、表現の多様性や深みが失われ、どこかで見たような安易なコンテンツが量産される。それを「民主化」という耳触りの良い言葉で全肯定してしまうことへの違和感は、クリエイターや表現の受け手として非常に正しい感覚である。
「コモディティ(消費財化)」という極めてドライで資本主義的な現象に、「民主化」という人道的なデモクラシーの服を着せて流通させる。この現代のビジネス用語の歪みそのものが、先述した「乱用するプロデューサー」を生み出す土壌になっているのかもしれない。
技術が「安くて便利な日用品」になること自体は時代の流れだが、だからといって、それを使って作られる「作品」や、ベースとなる「レジェンドたちの肉体」までをコモディティ(交換可能な消費財)として扱っていいわけがない。
「コモディティ化=民主化」という綺麗な言葉の罠に騙されず、「それ、ただの安売りと乱用だろう」と突っ込める冷徹な目を持っておくことは、これからのエンタメを守るためにも重要である。
前章 28. 乱用するプロデューサーへの懸念
次章 30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
