デジタルアクター試論 22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
デジタルアクター試論 目次
1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

この唯一無二性を、最後に固めたのは、撮影現場そのものに流れていた一体感だった。
佐々木剛氏は代役の依頼を受けた際、「藤岡君がカムバックするまでという約束で引き受けたのだから、藤岡君に返すべきだ。自分がいたままでは彼が付録のようになってしまう」と語っている。
ダブルライダー編が大人気となり、毎日放送と東映がこのまま定着させることを考えていたにもかかわらず、佐々木氏はこれを頑なに固辞した。視聴率という、現場の誰もが一番抵抗しにくい数字の力学さえ、「これは本郷猛の役だ」という佐々木氏個人の意識には及ばなかった。
藤岡氏自身の復帰も、医学的には正気とは思えない判断だった。主治医から「下手をすると、一生歩けなくなるかもしれない」と猛反対されたにもかかわらず、藤岡氏は「この舞台を用意してくれたスタッフのため」とロケを強行し、撮影時にはボルトの部分から血が滲んでいたという。これは役を守るためという以上に、自分のためにここまでやってくれたスタッフへの義理という、現場との一体感そのものが彼を動かしていたことを示している。
さらに決定的なのは、事故直後の製作会議である。「本郷猛は死んだことにした方が展開しやすい」という意見が多数を占める中、プロデューサーの平山亨氏が「殺しちゃならねえ」と発言し、これが通ったことで、本郷猛はショッカーを追って海外へ向かったという設定になり、後の1号・2号共演、そして歴代ライダーの揃い踏みへの道が開かれた。
現場が効率や合理性よりも、本郷猛という存在を消してはならないという、ある種の倫理的な一体感を優先したことが、この後50年以上続くシリーズの礎になっている。
そして、この事故以降、仮面ライダーシリーズのレギュラー出演者が、変身者本人を恒常的にスーツアクションまで担うことは、一部の例外を除いてなくなった。藤岡氏が体現していた「主演俳優が変身者本人を演じる」というあり方そのものが、この事故を境に業界の標準ではなくなったのである。
本郷猛が唯一無二になったのは、彼が最後の、変身者本人を演じ抜いた主演俳優だったからでもある。
すべてを総合すると、佐々木氏の自制、藤岡氏の身体を賭した忠誠、平山氏の「殺さない」という決断、そして事故そのものが業界の慣行自体を変えてしまったという、複数の人間の意志と偶然が、奇跡的に同じ方向——本郷猛という個体を、誰にも侵させない——という一点に重なり合った結果が、今に続いている。
前章 21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
次章 23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
