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インドのシルク屋で組体操した話① インド前日。弟がおばあちゃんにオレオレ詐欺!?


インドのガイドに「パキスタンの女の子、どう?」と耳打ちされたのは、シルク屋で監禁されている最中だった。

これは実話だ。ただし会話や細部は記憶をもとに再構成している。

この旅で私は土産屋に3時間監禁され、ガイドの殴り合いを止められず、シルク屋の店員たちと友情の組体操をし、ガンジス川で沐浴し裁きを受けた。同行者のKはスマホを盗まれ、犯人から身代金を要求された。2019年夏、インド、7日間の話だ。


そもそもの発端はさくら剛の本だった。

『インドなんて二度と行くか!』というタイトルの旅行エッセイを読んで、なぜかインドへ行きたくなった。カオスで面白そうだと思ったのもある。当時日本の会社の堅苦しい空気に息苦しさを感じていて、まったく文化の違う場所に飛び込んでみたかったのだと思う。あの本は読者をインドへ送り込む罠だと今でも思っている。ひどい話だ。読んで「行かない」と思うのが正常な反応のはずなのに、なぜか「行きたい」になった。おかしい。でも実際に行ったのだから私もどうかしている。

弟のインド体験談。オレオレ詐欺を疑うおばあちゃん

さくら剛の本でインドへの気持ちが固まったころ、弟から話を聞いた。数年前にインドへ行き、土産屋に拘束されたことがあるという。買うまで帰さないという店に捕まり、追い詰められてカバンを漁り、100均のコンパスを取り出した。「ジャパニーズハイテクコンパス」として差し出したところ、店員たちは疑った。そこへ白いひげを生やし杖をついた謎の長老が現れ、コンパスをひと目見て「本物じゃ」と言った。店員たちは黙った。コンパスと土産を交換するという謎の取引が成立し、弟は解放された。

話はここで終わらない。

脱出した弟はその後体調を崩し、病院に担ぎ込まれた。お金もなくなり、スマホも壊れた。手段を失った弟がとった行動は、おばあちゃんの家への国際電話だった。実家に電話してもつながらなかったのでおばあちゃんにかけたらしい。

「お金を送ってくれ」

おばあちゃんは即座に疑った。オレオレ詐欺だと思ったのだ。正しい判断だと思う。海外から突然お金を要求してくる孫の電話を信じるおばあちゃんの方がどうかしている。

おばあちゃんから連絡を受けた私は弟に電話し、弟と私だけに伝わる合言葉をいくつか交わして本人確認をした。本物だった。お金を送り、弟は無事帰国した。

私の中でインドへの解像度が一段上がった。インドとは、100均コンパスで脱出し、おばあちゃんに国際電話をかけ、オレオレ詐欺を疑われる場所だ。

またインドでは物々交換が通じる。現金が底をついたあとも弟はポカリスエットの粉末を「ジャパニーズスペシャルエナジードリンクパウダー」と称して現金代わりに使い続けたらしい。いずれも謎の説得力があったようだ。

交易商人みたいな装備

というわけで私のインド旅の持ち物に以下が加わった。

100均の時計、シャチハタの印鑑、ポカリスエットの粉末、勝訴と書かれたタオル、日の丸の鉢巻き、○×の札、大胸筋矯正ベスト、ゴーグルとシュノーケル。

完全に交易商人の装備だ。

これで詐欺師と戦う気だった。※グッズをまとめた写真が残っておらずイラストです。

100均の時計はジャパニーズハイテクウォッチとして物々交換用。
シャチハタは、なくしたと思って何度も買い足したら後から見つかったため在庫があった。日本の公式感も演出できる。
勝訴タオルと日の丸は交渉の武器、○×の札は言葉が通じない時の意思疎通用。
ポカリの粉は体調不良時用で、弟の前例もある。
大胸筋矯正ベストは乳首透け防止用だ。インドでは肌の露出や性に厳しい場面もあると聞いていたので、乳首が透けるだけで怒られるかもしれないと思い、念のため持ってきた。ゴーグルとシュノーケルはガンジス沐浴の粘膜保護用だ。

加えて靴の中に現金を忍ばせ、シャツの下にはパスポート入りの隠しバッグを巻いた。
ここだけは普通の海外旅行対策である。

私にはもうひとつ、前歴があった。モロッコだ。

数年前にモロッコを旅したとき、ひもでつないだスマホをハサミで切られた。フランス人バックパッカーに「それ危ないよ」と言われたとき、私は「日本の紐は強いから舐めるな」と返した。30分後にやられた。

フランス人は正しかった。

以来、貴重品は必ず体の前でタスキがけしたバッグに入れると決めている。これだけは絶対に守る。後ろには回さない。この教訓は後に思わぬ形で活きることになるのだが、それは最終話の話だ。

同行者Kという男

同行するのはKという友人だ。大学の部活で知り合い、元花屋で、仕事を辞めて暇だったので誘った。即OKだった。

花屋を辞める際に、辞めさせてもらえなかった彼は突然花をムシャムシャ食べておかしくなったふりをして辞めた、という説がある。本人に確認したことがあるが、特に否定しなかった。私は直接見たわけではないが、やりかねない男だということは知っている。イカれた言動を真顔で実行できる。これがインドでは武器になった。

出発前にKにはモロッコでの失敗を話した。スマホはひもでつないでいたがハサミで切られた。以来、貴重品は必ず体の前で抱える。後ろには絶対回すな。Kは「わかった」と言った。

そしてインドへ

旅のルートはデリー→アグラ→バラナシの王道コースで約1週間。基本は自由行動だが、都市移動の最初と最後だけ現地ガイドを手配した。デリーはクマー、アグラは胸毛、バラナシはラウールという男が担当する。

このラウールについては追って説明するが、先に言っておくとこの旅で最もインパクトを残した人物だった。どんな意味でインパクトがあったかは読み進めてもらえればわかる。

出発前に一応インドの基礎知識も仕入れた。日本語で話しかけてくる人間は大体詐欺師らしい。暑さで判断力が著しく落ちるらしい。調べれば調べるほど、日本の常識がほぼ全部通用しない場所へ行くのだということだけが明確になっていった。

弟の体験談を糧に、さくら剛の本で予習し、100均グッズと謎の装備を詰め込んで、私とKはインドへ飛んだ。詐欺には引っかからない。騙されない。そういう気持ちで臨んだ。

結果から言うと、詐欺に引っかかり、騙され、盗まれ、お腹を壊した。散々だった。ただ最終的に監禁されたシルク屋で見知らぬ店員たちと組体操の大技・扇をぶちかましたことだけは先に言っておく。


次回、②インド到着。ライチに怯えた日。

全9話完結済みです。
最初から読むと一番流れがわかりますが、まずは第7話だけでもどうぞ。
本当にシルク屋で組体操しています。写真もあります。
▶ 第7話だけ読む
⑦ バラナシのシルク屋に監禁された。友情の証を示せ

【全話目次】
① インド前日。弟がおばあちゃんにオレオレ詐欺!?
② インド到着。ライチに怯えた日
③ アグラ到着。列車での座席バトルとタージマハルで切腹
④ アグラ2日目。インド系埼玉人との死闘
⑤ バラナシへ。5時間遅れの列車と変態ガイド
⑥ バラナシ2日目。ガンジスと太ももと殴り合い
⑦ バラナシのシルク屋に監禁された。友情の証を示せ
⑧ バラナシ最後の夜。人力氷と心優しい少年たち
⑨ バラナシからデリーへ。ガンジスの裁きを受け、Kのスマホは盗まれた


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