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やさしい光の残る夜 ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

和歌詠みの梶間和歌です。

令和6年の隠岐後鳥羽院和歌大賞の、翌2025年に開催された表彰式ツアーのレポートを連載しておりますが、

ツアー2日目夜、またまたうれしいご縁に恵まれまして、和歌詠みアスペ女子は感極まりました。
もう1年前になりますが、いま振り返っても味わい深い。
続きをレポートしてゆきます。


日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤、その後のツアーの様子などはこちらの連載をご覧ください。


今回の連載「和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ」もはじめからお楽しみください。

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章
3記事目:蓮華寺にて、光厳さんのお導き
4記事目:山陵の風を訪ねて
5記事目:黒歴史は海を越えて
6記事目:船は澪引く惑星の海
7記事目:島へいざなう言葉たち




やさしい光の残る夜 ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

物理で理解する時の流れ

隠岐神社にて前年分の隠岐後鳥羽院和歌大賞の表彰式を終え、その後は後鳥羽院の御火葬塚や綱掛けの松、後鳥羽院資料館などを巡りました。

これは毎年同じルート。
一昨年の令和5年大会分のツアーでもそうでしたし、
今年10月に控えている昨年分の表彰式ツアーも旅程が出ましたが、このパートは変わらないようです。

若い松のまわりに残る、後鳥羽院時代の松の大きさ……!!!

「800年」「1000年」などと、私たちは数字で簡単に言ってしまいますが、
こうして物理的ななにかを見せられると、歴史の壮大さを思い知らされます。
この日午前中に見て回った西ノ島の海や岩もそうでしたね……。


こちらは後鳥羽院資料館内の掲示。


夕方、晩ごはんまでの時間には、自由参加の散策タイムが設けられていました。
Entoさんの自分の部屋で休んでいてもいいけれど、希望者はEntoウォークで専門家のお話が聴けますよ、というものです。

私の記憶力ではこの程度のことしかシェアできないのですが、
専門のガイドさんのお話はもっともっと魅力的で、たいへんおもしろかったです!

和歌に詠まれる植物は和歌文脈での詠まれ方を知ってさえいればよいので、私は植物そのものにほとんど関心がないのですが。
そんな梶間和歌が海士の植物や島の成り立ちについてのお話を「おもしろかった」と言っているので、このおもしろさは本物です(説得力。


足のお悪い参加者さんが、散策は難しいかとその時間部屋で休んでおられたのですが、
Entoウォークに参加した私たちの話をのちのち聴いて
「それなら参加したかったな」
とおっしゃったくらいでした。


祝☆婚活男子あるある回避

晩ごはんは、隠岐神社近くの「離島キッチン 海士店」さん。
前年のツアーでも2日目の昼食でお邪魔したお店です。
島の料理学校の講師さんと生徒さんが調理してくださいます。

6月なので、夕方でもまだ日が高い


この年の表彰式ツアーは6月だったので、
夏越なごしはらえの茅の輪を模したものなど、創作的なお料理をいろいろと振る舞っていただきました。
舌にもお腹にも目にもおいしい晩ごはん……。

(厳密には、夏越の祓は旧暦水無月の終わりの行事なので、新暦だと6月ではありません。まあ細かいことは、まあ)


Xには4枚しか載せられないので、お写真を直接貼り付けますね。

お品書き
いかにも茅の輪ですね
その日上がったお魚がお刺身として食べられる……
地元の魚を思い出します(地元も港が近い)
ズッキーニも茅の輪っぽい?
天ぷらもおいしい……
おしゃれ……
隠岐牛かな
海士町のお米!
わーん。最後までおいしかった


このお食事は席が決められていたのですが、
私は大人の島留学で来島中、海士町観光協会で働いているお若い女性おふたりと同じテーブルになりました。


おふたりの来島前のお仕事の過酷さをうかがって
「海士に来られて本当によかったですね……」
としんみりしたり、

「どうして和歌なんですか? 」
「和歌ってどうやって詠むんですか? 」
と尋ねられていろいろお話したり。


「せっかく後鳥羽院ゆかりの海士町にいるので、和歌が詠めたらと思うんですが……」
「それなら、後鳥羽院資料館の有泉さんが和歌詠みなので、聞いてみるといいよ! 後鳥羽院遠島百首を読んでみるのもいいですよ! 」
とおすすめしておきました。

ゆうせんさんをおすすめする


その他、和泉式部の「沢の蛍」を解説したり……

「和泉式部は天才歌人だけど、現代的な突っ込みをすると、あの人ヒマしてるから『彼氏来ないな』って悩むんだよね……」
「たしかに、かごいっぱいのアジをおすそ分けされたら悩むヒマないです。すぐに捌いて調理するか保存するかしなくちゃ! 」
と海士町での生活と結びつけて笑ったり、

「どうして光厳天皇を尊敬しているんですか? どんな方なんですか? 」
と聞かれ、
「(おう。これは、尋ねられたのをよいことに年長者が延々話すと嫌われるやつなので、おふたりの表情をよく見ながら、反応を見ながら語らなければ)」
と注意しつつ、元弘の乱や南山拉致、その間の『風雅和歌集』撰集、山寺で一介の禅僧として亡くなったことなど光厳院の人となりの見えるエピソードをお伝えしたりしました。


ほら、どんなにその場は盛り上がったように感じられても、
礼儀正しい若者がその場の空気に合わせてくれただけである可能性って、あるじゃないですか。

婚活・恋活界隈で初対面の女性がにこにこ話を聴いてくれたのを
「俺に好意があるんだ」
と勘違いして行動して嫌われる男子の話はたくさん聞きますが、

※「婚活男子全員」とか言っていませんからね。「よくあるよね、よく聞くよね」としか言っていませんからね。噛みついてくる方、そういうとこやぞ

これ、年長者と若者のあいだでも起きますからね。
「それは好意ではなく、ただの礼儀正しさです」
というやつですよ。

10歳以上年下のおふたりがにこにこ聴いてくれて、「それで、それで? 」と食い下がってくれたのも、
どこまで本心かなんて、究極、わからないのですよ。

もともと言葉を言葉どおり受け取りがちなアスペルガー。
それでは社会のなかでハレーションが起きるということを学び、死に物狂いでコミュ力を鍛え、いつの間にかバイト仲間に
「梶間さん、そのコミュ力であのお客さんなんとかしてきてくださいよ」
と言われるようになった身ですが、

そうでなかった時代の記憶もまだまだ色濃い。
「楽しかったな」という気持ちと同時に「だいじょうぶだったかな」という不安はたいてい、いつでも存在しています。


すると、翌朝のこと。
今回のツアーでもずっと付き添ってくださった、海士町観光協会の磯田さんが

「今朝、彼女たち出勤して早々

 『梶間さんとのお話、楽しかったです! 』
 『梶間さんと話していると、日本語がきれいになりそうです! 』

 と話してくれましたよ」

と教えてくれて……これは、これは、もう信じてだいじょうぶなやつですね!!!
梶間和歌、観光協会のお若い女性たち相手に滑っていなかったどころか、きちんと好かれていましたね!!! やったあ。


Xのスペースでも、このおふたりとのエピソードを振り返りました。
島前どうぜん」と「島後どうご」を何度も言い間違えており、たいへん申し訳ないのですが……お耳の寂しいタイミングでぜひ聴いてみてください。
正しくは、海士町を含む3島が「島前」、隠岐の島町が「島後」です。

もうまちがえない!


やさしい光

いったん時間を戻しまして、ツアー2日目、晩ごはんのあと。
隠岐神社周辺のヒメボタルを見て回りました。

川の近くにいるゲンジボタルやヘイケボタルと異なり、ヒメボタルは林に生息するそうです。
光り方も「ふわっ……」というより「ピカッ、ピカッ」という感じ。

子どものころ、地元島根県益田市(県境まで車で30分ぐらい)から山口のほうに行って何度かホタルを見た記憶がありますが、
あれは川原だったので、きっとゲンジかヘイケだったのですね。

このとき隠岐神社で見たヒメボタルはたしかに、地元近くで見たホタルの記憶と異なり、
繊細で、小さな星が草木のあいだに光っているようでした。


満月など、美しい月を見ても、素人のスマホ撮影では残念な出来にしかならないので……ヒメボタルの光も写真に撮ることは諦め、心で記憶しようと努めました。

なのでこちらはおすそ分けできる写真がないのですが、
機会がありましたらあなたもぜひ実際に海士町に行って、ヒメボタルの優しい光を見てみてください。

(私たちはツアーだったのですが、ふだん夜に隠岐神社境内に入って構わないかどうかはわからないので、ご自身で確認してみてください)


【追記】
海士町では最近こんなイベントもあったそうです。

【追記ここまで】

ヒメボタル(?)


表彰式ツアー2日目はこのような流れで終わり、この日もEntoさんでぐっすり眠りました。
ヒメボタルの光と島留学生の若者とのご縁の光を胸に、ツアーもいよいよ最終日へ。
その様子は遠からず更新しますので、こちらのマガジンをフォローのうえ、お待ちくださいね。


今年の表彰式ツアーの参加費や交通費の応援も、お気が向きましたら、ぜひよろしくお願いいたします。


過去大会の応募・受賞作品一覧


連載 和歌への情熱で道を拓く

1記事目:隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯
2記事目:挑戦2年目の転機
3記事目:アルバイトでの成長と可能性
4記事目:信念で詠み上げた作品の行方
5記事目:大賞受賞、そして立ちはだかる壁
6記事目:元ホームレス、和歌にフルベットして
7記事目:友情と応援の表彰式チケット
8記事目:終わらぬ挑戦、広がる波紋


連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ

1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
11記事目:ひとりでは行けない場所に


連載 和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章
3記事目:蓮華寺にて、光厳さんのお導き
4記事目:山陵の風を訪ねて
5記事目:黒歴史は海を越えて
6記事目:船は澪引く惑星の海
7記事目:島へいざなう言葉たち
8記事目:やさしい光の残る夜【イマココ】
9記事目:自然よりも、食よりも
10記事目:会えなかった人、また会える人
11記事目:次の歌へ、次の旅へ


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梶間和歌の出身地島根県とゆかりの深い隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯や、令和5年分の大会結果、そしてその後……noteのマガジンとして連載しております。
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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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