見出し画像

蓮華寺にて、光厳さんのお導き ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

つつじと紅葉の有名な蓮華寺を6月に訪れると、地元の方や檀家さんに

「この季節に? 東京から!?? 」

と驚かれる、ということを学びました@滋賀県米原市


日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤などはこちらの連載をご覧くださいね。


今回の連載「和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ」もはじめからお楽しみください。

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章




蓮華寺にて、光厳さんのお導き ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

光厳院と蓮華寺

羽田から隠岐への直行便がなく、乗継便はいろいろな意味で使いにくい、ということを逆手に取り、
東京在住の梶間和歌、令和6年分和歌大賞の隠岐での表彰式(2025年6月)に行くため、伊丹から隠岐への航空券のみを取り、関西に数日宿泊、敬愛する光厳院ゆかりの関西の土地を巡ることにしました。


昨年ツアー前に出し忘れた燃えるゴミ(つまりほとんど生ゴミ)を今回はきちんと出して、いつもの中央線に、そしてしばらくぶりの新幹線に!


隠岐での表彰式ツアーは6月22日から24日ですので、22日の隠岐空港行きの飛行機を取って20日に関西に前入り。
20日は滋賀県米原市、番場ばんばの地にある蓮華寺さんにお参りしようと決めていました。

琵琶湖おおきい


私は光厳天皇が正しい手続きを踏んで践祚せんそ、即位したものであるという立場を堅持していますので、
世間が「後醍醐天皇」と呼ぶ方のことも、在位中は「後醍醐天皇」だとして、光厳天皇践祚後については当然退位済みの元天皇とみなし「後醍醐院」と呼ぶようにしています。
建武の新政のころについては、彼が「復位」「重祚」したものと見ることは可能でしょうが、
「そもそも後醍醐は退位していない。隠岐に遷幸していただけだ。光厳が天皇位に就いたこともない」いう主張については道理がない、その解釈は不可能である、と諸々の理由から考える立場です。

同じ理由で、光厳天皇を北朝初代とする位置づけにも懐疑的です。

そもそも南朝ではなく北朝天皇家を正当な天皇家と位置づけるべきである、とまで言うといろいろとハレーションを起こしそうですが、
私が光厳院を尊敬しているという個人的な理由を脇に置いたとして、史実をフェアに見、解釈するならばそうとしかならないだろう、と考えています。

(どうしても子ども時代の教育に引っ張られ、退位後の彼についてもうっかり「後醍醐天皇」と呼んでしまうこともありますが、気づくたびに言い直しすようにしています)
(「院=退位した天皇」というのも厳密には違うのですが、この文脈では大まかにそれで通させてください)


鎌倉時代の終わりも終わり、後醍醐方の勢力が京になだれ込むのと前後して、光厳天皇やその父後伏見院、叔父花園院は六波羅探題の北条仲時らに守られながら鎌倉をめざします。
しかし、近江国おうみのくに番場ばんばのあたりで「敵に囲まれてこれ以上は進めない」と観念した仲時ら武士432名は、光厳らを蓮華寺に預けて自害。
そのありさまを天皇、上皇らはただ見つめることしかできませんでした。

そもそもこの時、武士としての名誉を守るため、仲時の家臣は光厳らを殺して自分たちも自害しようと主張。
仲時が

「私たちが生きていながら主上をお守りできないのは武士の恥であるが、
 私たちが自害したあとに主上の身の上になにが起きようとも、死骸となった私たちの恥ではない」

と説得したからこそ、光厳たちはかろうじて生き延びることができて。
危うくここで命を絶たれていた世界線もあったくらいの、運命のゆらぎです。

歴代天皇の中で戦乱に会った人は何人もいたが、ならず者のような叛乱軍に包囲され、いままで護衛してきた何百人もの武士が目の前でつぎつぎと切腹する場におかれた天皇は光厳天皇だけである。

板倉晴武『地獄を二度も見た天皇 光厳院』


心より尊敬し、人生の指針と仰いでいる光厳院にとり、表し尽くしがたい経験をした土地であるはずの場所を訪れたい。
究極の状況で「主上を害することはしない」という判断をしてくれた北条仲時にも礼を述べ、そのたましいに祈りを捧げたい。

このような背景で、
新幹線で米原駅まで向かい、番場の蓮華寺で1時間半ほど過ごせるよう、6月20日の旅程を組んでいました。


まいちゃん号事件

ばんばん駅を飛ばしてゆくのぞみから、名古屋駅でひかりに乗り換え、米原駅をめざします。

関ヶ原? うん、武将たちのドラマが目にありありと浮かびますよね。
あのあたりが小早川かな、「弁当食ってま~す」の吉川きっかわさんの陣はあのあたりかな、なんて目に浮かぶようです……(想像力豊かな人間限定)


今川義元のことはつい太守様と呼んでしまう「おんな城主 直虎」クラスタ。
まだのぞみに乗って静岡県を通過するあいだはこの記事を書いていました。新幹線内で書き終えられなかったけれど!


米原駅から蓮華寺にはバスがある……と思っていたら、どうやら早朝と夕方のみの運行らしい。
前日に気づいたので、片道800円固定の乗り合いタクシー「まいちゃん号」を往復で予約していました。
気づいてよかった。名前かわいい。


米原駅で降りてキャリーケースをコインロッカーに預け、予約時刻まで少し余裕があったので、お手洗いと昼食を兼ねて駅2階直結の観光案内所へ。

「1階に降りれば乗り場はすぐにわかるだろう。地図で確認してあるし、あのあたりのはず」
と思いつつ、せっかく初めて訪れた場所なので土地の方と少しでもお話したいなと思い、観光案内所の職員さんに話し掛けてみました。


和歌「まいちゃん号の乗り場はそこで合っていますか? 掲示があると聞いていたのですが、ぱっと見た感じ見えなくて……降りればわかるでしょうか? 」
観光案内所の方「あ、そうですね。まいちゃん号は……念のためいっしょに見てみましょう」
和歌「わ、すみません。ありがとうございます」

(1階の屋外へ)

観「あれ、おかしいな。このあたりにあるはずなのに。ないなあ、ないなあ」
和「(あれ、余計なこと聞いちゃったかと思ったけど、これ尋ねておいて正解だったやつ? )」

(すぐ隣の市役所へ)

観「(市役所の方に)まいちゃん号の駅前の乗り場の掲示がないんですよね。でも市役所前には掲示ありますよね」
市役所の方「そうですね。これと同じような掲示が……ないですね! どうしてかしら! 」
和「わあ、なんだか、大掛かりになってすみません」
観「いえいえ。そこにあるはずなんですけど、私たちがこれだけ探して見つからないのは、あったとしてもそもそも掲示としてダメなので、改善します」


市役所の方の動いてくださるあいだ、観光案内所の方と雑談をして。
光厳院を尊敬しているのでこれから蓮華寺に行くのだ、と言うと驚かれました。
蓮華寺はつつじと紅葉が有名で、その季節には観光客も増えるそうなのですが、
「6月に、東京から、蓮華寺にわざわざ?? 」
「なんと、観光目的でなく光厳さんを慕って! 」
ということでなかなか見ない種類の来訪者だったようです。


けっきょくこの時点でまいちゃん号の掲示問題は解決せず、
「この乗り場にこの時間に予約しているんだから、時間が近くなったら来るはず。早めにそのあたりに出てキョロキョロしてみます」
ということにしました。

市役所の隣、観光案内所の1階にあるパン屋さんでパンを買い、乗り場(と思しきあたり)をうろうろしていると、時間より5分ぐらい早くにまいちゃん号が!
よかった~初めて見る私にもすぐにそれとわかる乗り合いタクシーでした。乗り合いといっても利用者は私ひとりでしたが。地域の方がお買い物や通院などで使うことが多いようですね。


800円と聞いている料金が、タクシーメーターでどんどん上がってゆくのを「え、料金固定だよね? 固定だよね?? 」とドキドキしながら見ていましたが、
2千円近くになっても関係なく「はい、800円です」ということでした。ドッキリか!

なお、まいちゃん号で使えるキャッシュレス決済はPayPayだけだそうです。
ふだんPayPayをあまり使わない私はチャージに少し手間取りました。慣れない方は事前にチャージしておくとよいですね。


光厳さんのお導き

蓮華寺さんの目の前がまいちゃん号の乗降所だったので、迷うこともなくお寺へ。


入ってすぐのところに「血の川」と書かれた掲示がありました。
仲時ら武士四百余人が命を絶ったことで、このあたりに川のように血が流れた、というのがもともとです。


境内をゆっくり見て回り、奥のほうにお墓があるとのことで山道を歩いて進んで。
けっこう登ったかな。隠岐でも歩くことを考えての選択ですが、スニーカーで正解でした。


実際にうかがうまではお寺の規模もわからないので、小さく見積もって慌ただしくなるよりは、大きく見積もって時間の余るほうがいい。
そう考え、約1時間半お寺で過ごせるように帰りのまいちゃん号を予約していたのですが、蓮華寺さんはそこまで大規模なお寺さんではなくて。
ゆっくり見て回り、手を合わせて回ったつもりでしたが、それでも1時間は経っていなかったので、境内の椅子に腰掛けて光厳さんや北条仲時に思いを馳せていました。


すると、ずっと無人だったお寺の建物のほうから物音が……。

なんと、予定より早く戻られた檀家さんのおひとりが私に気づき、その日は本来閉まっているはずのお寺の中を、案内しながら見せてくださったのです。

「この季節に、東京からですか? 」
「このあと西に行く用がありまして、もともと光厳さんを心から尊敬していてこちらに一度うかがいたかったので、米原駅で途中下車してお邪魔しました」
この日2回目。どうやらテッパンで驚かれる自己紹介みたいです。


お寺の由来や、もちろん光厳さんや北条仲時らの番場の悲劇など、檀家さんはいろいろお話くださり、
最後はひとりで祈る時間までご配慮くださったのでした。

光厳さんのお導きとしか思えません。
なにからなにまでありがとうございました……。


お墓近辺の撮影がはばかられたというのは個人的なところで、
探してみるとそのあたりの写真付きのレポもあるみたいです。

ありがとうございました


追記。この日のことは後日京極派スペースでお話しました。


この日3度目の

蓮華寺さんをおいとますると、5分も待たないくらいで帰りのまいちゃん号が来てくれました。
帰りの運転手さんはおしゃべりな方で、この日3度目の

「この季節に、東京からですか!? 」

のやり取りも楽しみました。


なお、駅前の乗り場の掲示については
「地面に書いてあるんですけどね。冬に積もった雪をかく時に剥がれてしまったのかもしれません」
とのことでした。そ、そんなことがあるのか!!!


歌友とのキャッキャウフフ

さて、新幹線は東京から米原まで、普通乗車券は最寄り駅から伊丹までだと4日間有効な区間だったので伊丹まで取っていました(実際には3日かけて伊丹まで移動)
同じ乗車券で、在来線で米原から京都まで移動し、2晩予約してある民泊施設に荷物を置いて、近くのレストランへ。

幕末も好きです


以前所属していた短歌結社のメンバーで、SNS上で交流を続けてきた滋賀のお姉様と、この日初めて会う約束をしていたのです。


お会いするのは初めてなのに、楽しすぎて3時間ぐらい話の尽きることがありませんでした!
SNSやインターネットの健全な使い方~! 依存ではなく実生活を豊かにする使い方~!!!
女子トーク多めだったので内容はないしょにしますが、数年越しでようやく叶った歌友との対面、本当にうれしかったです。

しかも、受賞のお祝いということでご馳走していただいて……ありがとうございました!!!
本格イタリアンおいしかった……。

ごちそうさまでした!


やったね!


手作りパウンドケーキもお口に合ったようです。よかった♡


前半はしんみり、後半はキャッキャウフフな関西旅初日のレポートでした。
この続きはまた連載してまいりますので、こちらのマガジンをフォローして更新をお待ちくださいね。

またね


連載 和歌への情熱で道を拓く

1記事目:隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯~
2記事目:挑戦2年目の転機
3記事目:アルバイトでの成長と可能性
4記事目:信念で詠み上げた作品の行方
5記事目:大賞受賞、そして立ちはだかる壁
6記事目:元ホームレス、和歌にフルベットして
7記事目:友情と応援の表彰式チケット
8記事目:終わらぬ挑戦、広がる波紋


連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ

1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
11記事目:ひとりでは行けない場所に


連載 和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章
3記事目:蓮華寺にて、光厳さんのお導き【イマココ】
4記事目:山陵の風を訪ねて
5記事目:黒歴史は海を越えて
6記事目:船は澪引く惑星の海
7記事目:島へいざなう言葉たち
8記事目:やさしい光の残る夜
9記事目:自然よりも、食よりも
10記事目:会えなかった人、また会える人
11記事目:次の歌へ、次の旅へ


マガジンをフォローする

梶間和歌の出身地島根県とゆかりの深い隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯や、令和5年分の大会結果、そしてその後……noteのマガジンとして連載して参ります。
マガジンをフォローいただきますと、更新時に通知が行きます。こちらのフォローもよろしくお願いいたします。


和歌物語の維持メンバーになる

noteをはじめとした梶間和歌の和歌活動は、
メンバーシップ・チップ・寄付や有料コンテンツの購入などで支えてくださる皆様のお力で成り立っています。

お寄せいただいたご支援で生活を回しながら、和歌(特に京極派和歌)の発信をし、
また和歌にゆかりのある土地を旅してレポートを書いたり、歴史の勉強をしてエッセイを書いたりしてきました。
皆様のご支援があってこそ、多くの記事やコンテンツを無料または低価格で届けてこられましたし、これからも届け続けることができます。

「梶間和歌の活動や生き方に意義を感じている」
そして
「経済的に余裕がある」
という方には、この活動の維持メンバーとしてご参加いただけましたら幸いです。


noteのチップやメンバーシップなど、 ご無理のない形でお力添えください。

寄付という形に躊躇のお気持ちがありましたら、低価格のコンテンツのご購入という形でも等しく有難いです。

もちろん、あなたが作品や記事を読んでくださること、私の発信を受け取ってくださること、それ自体が私にとって大きな力。
経済的に余裕はないが価値や意義を感じている――そんな皆様からのスキやシェアなどにも、あらためて、心より感謝申し上げます。


皆様から頂いた支えを、これからも和歌をはじめとした人文知の発信という形で社会に還元してまいります。

今後とも、あなたはあなたの領分において、私は私の領分において、ともに世界を美しくしてゆきましょう。


この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

フォローはこちらから


いいなと思ったら応援しよう!

梶間和歌(令和の京極派) 応援ありがとうございます。頂いたサポートは、書籍代等、より充実した創作や勉強のために使わせていただきます!