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次の歌へ、次の旅へ ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

和歌詠みの梶間和歌です。

令和6年隠岐後鳥羽院和歌大賞の、翌2025年に開催された隠岐での表彰式ツアーのレポートを終え、
その後地元島根県で過ごす様子を前回からレポートしています。


日本で唯一の和歌の大会への応募経緯や大賞受賞までのプロセス、きゅうまんえん弱かかる表彰式ツアーに申し込むまでの葛藤、その後のツアーの様子などはこちらの連載をご覧ください。


今回の連載「和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ」もはじめからお楽しみください。

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章
3記事目:蓮華寺にて、光厳さんのお導き
4記事目:山陵の風を訪ねて
5記事目:黒歴史は海を越えて
6記事目:船は澪引く惑星の海
7記事目:島へいざなう言葉たち
8記事目:やさしい光の残る夜
9記事目:自然よりも、食よりも
10記事目:会えなかった人、また会える人




次の歌へ、次の旅へ ~和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ~

20年越しの縁

前の記事にも書いたとおり、この年の帰省は、松江の大叔父(おじさん)の家に1泊できるのかできないかがぎりぎりまでわかりませんでした。

連動して

何日何時ごろ浜田を通過するのか
何日から何日まで地元益田で過ごせるのか

も直前まで不明で……、

浜田の元バイト先に顔を出す予定も
益田の母校に顔を出す予定も

き、決められない!!!

あわあわ


それとは別に、
この表彰式ツアー後最初の土曜日に、俳句仲間のミカさんが裕泉堂吉田裕子さんのポートレート撮影とあわせて私の写真も撮ってくれることに。
それに間に合うように飛行機を取ってあるので、地元で過ごせるのは長くて3日程度ということになっていました。


松江に泊まれないとわかった時点で、浜田を通る日も益田に何泊するかも確定、
元バイト先にも母校の担任にも連絡したのですが、
やはり直前も直前だったので、それぞれお仕事の兼ね合いで「今回は難しいね」ということで。

浜田での途中下車はせず益田に帰り
特急列車での乗り物酔いがすごかったので、下車予定を入れなくて正解だったかも)

益田でも、特に誰との予定も入れずに過ごすことにしました。
主に前年2024年の表彰式ツアーの連載を書いていたよ。


しかし、日時を決めた予定を入れなくても行きたいところはあるもので、

前年の帰省時にも顔を出したぎゃらりーうつわさんに、今回もお邪魔してきました♡


そちらでママさんとおしゃべりしていると、あるご紳士が入ってこられて……

それがなんと、いまでもつながりのある大学の先輩の、お父様でした!!!


しかも、地元ではお名前の通った方でいらっしゃいまして、

まだぴえんぴえんしていた大学卒業前後の私は、ゼミ教官に
「地元で文筆活動をするならあの方とつながっておくといい。○期生の××さんのお父さんだよ」
ともともとアドバイスされていたのです。

その直後に私は地元を出ることになるので、
先輩と連絡を取りつつも、お父様とお目にかかる機会はなかったのですが……お名前だけは記憶していました。

それが、約20年越しに、偶然、地元の喫茶店で!


しかも、よくよく聴いてみると、
もう10年ほど前になるか、早逝した伯父の高校の同級生でもいらっしゃるとのことでした。

せかいはせまい


娘さん(私の先輩)が短歌詠みさんなのですが、その影響なのかお父様も短歌を始め、
歌歴2年目でなんと「人麿の里全国万葉短歌大会」特選に!

こちらで紹介されている「吉田篤志」さんです。
ちなみに娘さん(私の先輩)のほうは大学在学中でしたか、かなり昔ですが宮中歌会始で石見神楽いわみかぐらを詠んだ歌が選ばれ、披講された経験をお持ちです。


うつわのママさんは「ここはそういう(人のつながる)場所だからね」とにこにこ。
そんな、奇跡的としかいえないような御縁をたくさん目撃してこられたのですね……ママさん……。

益田の力強いパトロン、吉田さん!
ありがとうございます!!


益田駅からうつわさんには徒歩でも行けますが、特に夏や冬はタクシーなど使われたほうがよいかと思います。
益田にご旅行・ご帰省の際には、ぜひ!


珊瑚は女性を守ってくれるとかで……うつわさんでの時間を思いながら大切に使っています♡


30年越しの手紙

私の通っていた小学校には分校がありました。

実家近くの分校は4年生まで、もうひとつの分校は2年生まで。
それぞれ5年生、3年生以降は自転車や徒歩で本校まで通う仕組みです。


その分校で過ごした4年間、主任(校長みたいな存在)の先生が異動することなくおられたのですが、

このときの帰省の直前に、母がその元主任の先生と街中で偶然会って「和歌さんは元気かしら~」なんて話した、ということがあったそうです。

母いわく、主任の先生の記憶では
「和歌さんは本がとっても好きだった」
とのことで、こんなエピソードを話してくれたとか。


「読んでいる本がいま途中なので、出ません」
か、梶間和歌っぽい!
当時はコミュ力ゼロだったので、たしかにそういう言い方をしそうだ!

「『みんなと一緒であるのが良いこと』みたいな価値観の押しつけは良くないなと思って、そのままにしたのを覚えてる」
なんてすてきな先生でしょう……。

これ、30年ぐらい前の話ですよ。
インターネットも引かれていない30年前の、同調圧力の強い田舎で、
ほかの子と異なり読書に夢中になる小学生に対して、それを尊重する先生がいらしたのです。


そのエピソード自体は覚えていないのですが、
記憶のなかのあの先生ならたしかに、そういう声掛けや尊重をしてくれそう。

なんてあたたかい……


この帰省中になんとかご挨拶できないかな、ということでお名前やだいたいのご住所から電話番号を調べたのですが……わからなくて……。

「あのあたりの、こういう特徴のあるお宅だよ」
という情報を母からもらっていたので、うつわさんからの帰りにそのあたりをうろうろしてみることに。

すると、お宅はすぐにわかったのですが、残念ながらお留守でした。
その可能性も考えて持ってきていた葉書にメモを残し、本名を書き添えた名刺とともにポストに入れて、帰宅。

その後東京の我が家に先生から、うれしそうなお手紙が届いて……もちろん、すぐにお返事しました!
「今年の大会でも良い結果が出たら来年帰省するので、会いに行きます」と。


宣言どおり昨年大会でも入選し、今年の表彰式ツアーの参加権を得ましたので、
10月の隠岐でのツアーののち、地元で先生に元気な顔が見せられそうです。
(参加費さえ工面できれば(それこそが大問題だ))

昨年6月の時点で82歳なので、いまは83歳かな。
健康問題はうかがっていないとはいえ、どうかお元気で、11月の帰省を待っていてほしいです……。

まっててね


ぴえんぴえんの他責思考だった私自身にも大いに原因のあることですが、
子ども時代の記憶にはあまり良いものがありません。

小学校だけを考えても……すてきな先生もいらしたけど、

「かわいい我が子がこういう先生に当たる可能性があるなら、私は子どもを産みたくない」
と考える原因になった担任もいました。

もちろん、私が子どもを持たない人生を選んだ理由は複数あり、その元担任【だけのせい】ではないけれど、
教え子にそんなふうに思わせる【一因】になるなんて、教育者として、ご本人も望んだことではなかったでしょう(知るよしもないでしょうが)


しかし、そんななかでも
「あの方は優しかったな」
「あの方はいつも見守ってくださったな」
と心に残っている先生もいて。

小学1年生のときの担任と、今回やり取りした主任の先生は、そんなあたたかな存在でした。

小1の担任の先生はもう亡くなられたと聞きました。
主任の先生のほうは、お元気だとうかがっていますが、それでも私よりかなり年長でいらっしゃるわけで、
「いつでも会いに行ける」ということではない、次回帰省時にはなんとしてでも再会を果たしてこようと思います。


次の歌へ、次の旅へ

こんな様子で、この年は短期間でしたが松江や地元で旧交を温めることができ、


東京に帰りまして、


ミカさんにプロフィール撮影をしていただきました!


表彰式で頂いた絵馬はどこに飾ろうかなと迷い、

こうなりました。
ロケスタくんがたくさん!


この2025年の表彰式ツアー、そこから派生した地元島根の旅も、
たくさんの方に支えられ、奇跡に恵まれ、無事終えることができました。

家計が火の車どころか大炎上している私が、東京から隠岐の表彰式ツアーに参加したり、帰省したりするなんて、
三鷹古典サロン裕泉堂様をはじめとした皆様の応援がなければまず、絶対に叶わないことです。

重ね重ね、ありがとうございます。


うれしいことに、書き進めるごとに
「光厳院について知りたい方がたくさん読んでくださったんだなあ」
海士あま町関係の方が、こんなに読んでくださったのかな」
と想像されるアクセスやスキ、フォローなどもあり、励まされました。

やはり、どんなに和歌を勉強し実力をつけても、どんなにすばらしい体験をしても、
それを書き残すことをしなければ、(意味がないとはいわないけれど)一定程度しか人に伝わらないわけで。

「書き残しておくといいよ」と勧めてくれた裕泉堂吉田裕子さんの慧眼……!!!


旅を終えてから連載を終えるまで、生活に追われるところもあり、1年も掛かってしまいましたが、
なんとかここまで書き上げることができました。

私ひとりでは決してできない体験の数々を、少しでもおすそ分けしたく。
この先隠岐や島根県に行く機会のある方のお役に立てましたら、幸いです。

また、
和歌以外のことをほぼ考えていない(考えられない)私の、ちょっと頭のおかしな人生や生活に新たに関心を持ってくださる方がもしおられたとしたら、
それもまた大変、たいへんうれしいことです。
noteを中心に日々発信していますので、ぜひまた覗きにいらしてくださいね。

かきすぎだとよくいわれる


さて、2025年は6月に前年の表彰式ツアーを終え、その後東京に戻り……

その2025年の隠岐後鳥羽院和歌大賞の締め切りを7月末に控えていました。

題は「漁火いさりび」。
こちらについても、旅の非日常に阻まれることなく真剣に取り組み、その結果も出まして、今年10月に表彰式ツアーを控えております。


こちらの「漁火」題に臨むなかで、私が講師を務める裕泉堂歌会にいくつもの漁火詠が寄せられるなど、うれしい出来事もありました。
こちらはまた新たな連載のほうで詳しく書こうと思います。


長い長い連載、そして記事になりました。
最後までお読みくださった読者様には心より感謝申し上げますし、
今後このマガジンで続けてゆく連載についても、ゆるりとお待ちいただけましたら幸いです


そして、今年10月の表彰式ツアーに無事行けるよう、
少額でも一回きりでも構いません、金銭的にサポートしていただけましたら、たいへん有難いです
これ以降も続く和歌の旅と、その記録を、支えてくださいませ。


今後とも、梶間和歌の和歌活動にご期待ください。
最後までありがとうございました。

ありがとうございました!


過去大会の応募・受賞作品一覧


連載 和歌への情熱で道を拓く

1記事目:隠岐後鳥羽院和歌大賞への応募経緯
2記事目:挑戦2年目の転機
3記事目:アルバイトでの成長と可能性
4記事目:信念で詠み上げた作品の行方
5記事目:大賞受賞、そして立ちはだかる壁
6記事目:元ホームレス、和歌にフルベットして
7記事目:友情と応援の表彰式チケット
8記事目:終わらぬ挑戦、広がる波紋


連載 隠岐に至る和歌心 和歌大賞表彰式ツアーレポ

1記事目:友の優しさを携えて
2記事目:おもしろすぎるガイド様 in 隠岐の島町
3記事目:眠りに就くまでがツアーです
4記事目:wktkウマPタイム in 西ノ島町
5記事目:この時代に、なぜ和歌なのか
6記事目:何度でも、月を分け行く舟のあと
7記事目:縁を結び直す島根旅、松江編
8記事目:縁を結び直す島根旅、浜田編
9記事目:縁を結び直す島根旅、益田編
10記事目:黒歴史生産装置が、和歌で輝くまで
11記事目:ひとりでは行けない場所に


連載 和歌と訪ねる隠岐、ふたたび 令和6年和歌大賞レポ

1記事目:仲間とともに「島」を詠む
2記事目:京・近江から隠岐へ、序章
3記事目:蓮華寺にて、光厳さんのお導き
4記事目:山陵の風を訪ねて
5記事目:黒歴史は海を越えて
6記事目:船は澪引く惑星の海
7記事目:島へいざなう言葉たち
8記事目:やさしい光の残る夜
9記事目:自然よりも、食よりも
10記事目:会えなかった人、また会える人
11記事目:次の歌へ、次の旅へ【最後までありがとうございました】


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今後とも、あなたはあなたの領分において、私は私の領分において、ともに世界を美しくしてゆきましょう。


この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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