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ディア・ソムニア【第一話】

【あらすじ】
2042年。AI技術の発達により、新たに誕生した脳移植「夢現手術」
この夢現手術を施された者は、その寿命が尽きるまで、愛する人と夢の中で生きることができる。
「航ちゃんがいいなら……私はずっと」
「あなたの夢の中で、生き続けたい」
病室で寄り添う若い夫婦、航平と希美花。
全ては、妻の願いを叶えるため。妻の希美花は「提供者」に、夫の航平は「受植者」として、夢現手術を受ける決意をする。
その後夢現手術により、航平は自己の夢中で希美花と共存し、順風満帆な生活を送るようになるのだが……。
高校の同級生である瑠璃との邂逅を機に、新たな恋心と現実との乖離に苦悩するようになり、徐々に一心同体の共存生活が崩れ始める。

【本編】

 
夢でもし、会えたら。
 素敵なこと。

 そんな、創作の中でしかありえないであろうファンタジーめいた空想を。
 俺たちはこの現実で、実現させたんだ。
 そこにはあるのは、俺とキミだけの楽園。
 誰からの干渉も邪魔もされない、光輝に満ちた理想郷。
 二人だけの、約束された世界。
 だから「死」なんて、怖くはなかった。悲しくもなかった。
 だって。
 俺たちはこの手で。
 
 本当の「永遠」を、手に入れたんだから。
 

 ◆◆◆

 
 オフホワイトのシーツに広がる、オレンジとイエローの束。
 陽だまりが微笑んでいた。窓の外では白い小鳥たちが仲睦まじくさえずり合い、アンサンブルをするように草木が風に揺れている。春の匂いがした。
「本当に……いいのか?」
「ええ」
 病室のベッドから上体を起こし、彼女はそう言って柔和な笑みを浮かべると、差し伸べた手をギュッと握る。その温度は温かくて、優しくて。だけれど二年前に比べると、ひどくやせ細って見えた。
 くぼみがかった手のひらのしわ。まるで机上に広げた交通マップのように夥しく、詳細で、大小さまざまに弧を描いている。
 ざらり。強く握れば握るほど、彼女がこの場所で過ごした長い闘病の月日がじんわりと伝播した、そんな気がした。
「航ちゃんこそ。本当にいいの?」
「ああ。決まってるじゃないか。俺なら大丈夫」
「だから、心配いらないよ――希美花きみか
 航平こうへいは椅子から立ち上がると、愛妻である希美花の肩へと手を回す。そして優しく手繰り寄せると、希美花は嬉しそうにフッと笑みを零し、息を漏らした。
 どこか懐かしい抱擁。大学で知り合ってから間もなく、いつかのデートで乗った夜の観覧車を思い出した。
 
 今年で齢三十を迎える二人。あれからもう、気づけば八年の月日が経っていた。
 細く、水気を失った長い髪。希美花の頭にそっと顎を乗せながら、航平は懐古した。けれども彼女への愛は、時を追うごとに募るばかり。
 二人の愛は永遠。今ではパートナーとなったその小さな肩を抱き寄せると、希美花は航平の胸元に重心を預け、頬を緩ませながら、嬉しそうに涙を流した。
「コン、コン」
 そんな折、頃合いを探るかのような優しいノックが室内に響き渡る。
「ああ。どうも、安雲あぐも先生」
 銀縁メガネにオールバックの白髪。皺一つない均整の取れた白衣姿に、胸元のシルバープレートがキラリと光る。
「こんにちは」
 穏やかな表情を携えた担当医である安雲が声を発し、希美花に対し親しみのあるアイコンタクト、さらに「どうぞお越しくださいました」と航平を迎えた。
「どうですか希美花さん、ご体調の方は」
「ええ。特に問題ありません。ホント、病気だなんて忘れちゃうくらい」
「それは良かった。航平さんも、顔色が良いようで何よりです。それにしても今日は、本当に良いお天気ですね」
「はい。何度も何度も、飽きるほど見た景色なのに。何だか今日は、とっても美しく見えて。もしかしたら、あの丘に咲くソメイヨシノのおかげかも。フフッ」
 軽快な口調で語りながら、希美花は「ね、きれいじゃない?」と航平の腕を優しく揺らした。さらにそのまま安雲の方へと視線を移し、楽しそうに微笑んで見せる。陽光に照らされた横顔からは、とても重篤な病に侵されているとは思えない表情だった。
「それで、安雲先生。私、ようやく覚悟ができました」
「例の手術ですが――。ぜひ、お受けしたいと思います」
 笑顔の先に、垣間見えた覚悟。希美花の表情が神妙なモノへと切り替わり、ゆっくりと言葉が紡がれる。そんな妻に寄り添い、航平はピンと張った彼女の背中を優しく撫でた。
「そうですか、希美花さん。『夢現手術』の件、お受けになられるのですね。ご決断いただきありがとうございます。それに、航平さんも」
「いえ。自分も、希美花の意思を尊重したいと思います。だから大丈夫です。ずっと前から、覚悟はできていましたから」
 肝心な言葉は無いままに。安雲が放つその双眸から、航平は真意を察し決意を述べた。瞬間妻の細い指が手の甲を滑り、優しく絡みつく。
 これからも、ずっと一緒。
 航平と希美花は互いに見つめ合い、にこやかに笑みを重ねた。
「お二人とも、これまで何度も何度も悩まれてきた事でしょう。けれど、これだけは安心してください。この夢現むげん手術を受けることで、貴方たち夫婦は一つになり――」
「永遠に、結ばれるのですから」
 安雲はそう言うと、同席していた看護師からタブレットを受け取り、希美花の眼前へとかざして見せた。
「では改めて。簡単ですが、ご説明をさせて頂きますね」
「はい。お願いします」
「今回行う予定の夢現手術は、すなわち、明晰夢共生型ICチップ『夢現』を脳の一部分である脳幹へと埋め込む、最新型の脳移植手術になります。夢現のICチップ内には、凝縮した『提供者』の脳の記憶、及び対象者の人物パラメータが内蔵されており、『移植者』によるレム睡眠と共に自動的に起動するよう設計がなされています」
「いわゆる、この夢現は――」

「‟一人の夢の中で、もう一人の生存を可能とした”、画期的な装置なのです」


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