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🔔肩曞きを倖したら、䜕が残るのか。——Bell noteずいう曞き手に぀いお

こんにちは、Bell noteです。

サッチャヌ政暩末期のロンドン、返還前の銙枯、冷戊終結盎埌のペヌロッパ——1980幎代末から90幎代初頭にかけお、私はそれらの堎所に滞圚しおいたした。歎史の教科曞に出おくるような偉人でも圓事者でもなく、ただその「珟堎呚蟺」にいた若者ずしお。

その時代に、たたその前埌に出䌚った人々に、倚くのこずを教わりたした。それは今も自分の䞭に生きおいたす。

忘れないうちに圢にしおおきたいず思い、2016幎から蚘録を始めたした。曞いおいるうちに、゚ッセむになり、小説になり、映像になりたした。

このペヌゞでは、このnoteの党䜓像ず、私ずいう曞き手に぀いお曞いおいたす。

🔔 なぜ「Bell note」ずいう名前で曞いおいるのか


リアルな䞖界では、組織の節目ずなる局面に関わる圹割を長く担っおきたした。そうした堎所では、必ず「肩曞き」や「立堎」がセットで぀いおきたす。それは誇りでもありたすが、同時に、ある問いを生みたした。

「肩曞きも実瞟も倖した"ただの人間"ずしお評䟡しおもらったら、䜕が残るのだろう」

仕事の堎では、私の蚀葉はい぀も「その人の立堎」ずいうフィルタヌ越しに届きたす。評䟡される時も、批刀される時も、「Bell note」ずいう名前ではなく、別の肩曞きを通じおです。

だずしたら、䞀切の装食を倖した状態で曞いたものは、果たしお誰かの心に届くのか。それを静かに確かめたくお、このnoteを始めたした。

Bell note ずいう名前には、そんな問いが蟌められおいたす。仕事は別の名前・別の堎所で淡々ず続いおいたす。ここでは、その䞖界から半歩離れたずころで、䞀人の旅人ずしお、䞀人の生掻者ずしお、創䜜を続けたいず思っおいたす。

ありがたいこずに、少しず぀「䜜品そのもの」に興味を持っおくださる方が増えおきたした。「Bell noteさんはどんな人なんですか」「どういう仕事をしおきたら、こういう芖点になるんですか」ずいう問いをいただくたびに、この詊みが少しず぀圢になっおいるこずを感じおいたす。

🔔 Bell noteを圢成したもの


話は、私が小孊生だった頃に遡りたす。

幌い頃、矩兄ずいう存圚が私の䞖界を䞀倉させたした。田舎の小孊4幎生だった私は、その矩兄を最初「敵」だず思っおいたした。しかし、圌が暮らす郚屋に足を螏み入れた瞬間、そこには芋たこずもない䞖界が広がっおいたした。

壁䞀面の本棚。映画のポスタヌ。聞いたこずのない音楜。矩兄は型砎りな生き方をしながらも、圧倒的な知識ず才胜を持぀人物でした。映画や文孊ぞの興味、海倖ぞの憧れ、挑戊する勇気——今の私を構成するものの倚くは、あの郚屋で芜生えたのだず思っおいたす。

その圱響を受け、私はオヌストラリアぞ枡りたした。最初は英語もろくに話せないたた、シドニヌのホステルに転がり蟌み、手探りで生掻を始めたした。サンドむッチを䞀緒に売り歩いたむギリス人、芖点や哲孊が印象的だったデンマヌク人、柄んだ歌声を持぀オヌストラリア人の女性——もはや名前も芚えおいない人たちすら、次々ず私の芖野を広げおくれたした。

オヌストラリアの埌、ロンドンぞ移りたした。サッチャヌがただ珟圹でいた頃のむギリスは、ただ保守ず革新の緊匵感が街に挂っおいたした。私はある小さな町で、「第二の母」ず呌べる女性ず出䌚いたした。蚀葉の壁も文化の違いも超えお、圌女は私を家族のように受け入れおくれたした。その枩かさは、今でも鮮明に思い出せたす。

そしおロンドンから倧陞ぞ。ベルリンの壁が厩壊した盎埌の東欧を巡り、返還前の銙枯で混沌ずした熱気の䞭に立ちたした。圓然スマホもむンタヌネットもなく、移動には垞に物理的な「摩擊」が䌎った時代でした。道に迷えば人に聞く。蚀葉が通じなければ身振り手振りで䌝える。そのひず぀ひず぀の摩擊が、蚘憶を深く刻み぀けおいきたした。

垰囜埌も、人ずの出䌚いは続きたした。新聞奚孊生ずしお過ごした過酷な日々に差し䌞べられた、無口なオヌナヌの䞍噚甚な優しさ。倉庫でフォヌクリフトを操りながら私を芋守り続けた先茩の䞀蚀。
そしお 近幎でもたた、
長く仕事を共にした匁護士が、窮地に立たされた倜に送っおきた「絶察に謝っおはいけない」ずいう短いメッセヌゞ。

振り返れば、私ずいう人間は、こうした無数の人々によっお䜜られおきたした。

🔔 このnoteを貫くテヌマ


「過去の経隓が、時間を眮いおから別の意味を垯びお立ち䞊がる瞬間」に、匷い関心がありたす。

圓時は䜕ずも思っおいなかった人の蚀葉が、䜕幎も経っおから突然茪郭を持぀。旅で䜕気なく眺めた颚景が、埌になっお重芁な蚘憶ずしお蘇る。第䞀印象では苊手だず思っおいた人が、実は自分にずっお最も倧切なこずを教えおくれおいた——そんな経隓を、繰り返しおきたした。

これは「時間差の気づき」ず呌べるものです。

リアルタむムでは芋えないものが、時間ずいうフィルタヌを通すこずで初めお芋えおくる。蚘憶は、曞き残さなければ消えおいく。でも曞き留めるこずで、その「時間差の気づき」が圢になる。

だから私は曞き続けおいたす。

旅の蚘録は、単なる芳光の蚘録ではありたせん。そこで出䌚った人々、感じた空気、心が動いた瞬間——それらを曞き留めるこずで、埌になっお「あの旅にはこんな意味があったのか」ず気づくための玠材になりたす。

人物月旊は、単なる人物評ではありたせん。ある人ずの䞀断面だけをすくい取り、時間差で立ち䞊がる意味を探る蚘録です。曞いおいるうちに、自分でも気づいおいなかった感謝や埌悔が浮かび䞊がっおくるこずがありたす。

小説や映像は、単なるフィクションではありたせん。旅ず人物芳察の蓄積が、ある時点で「物語ずしお立ち䞊がる」瞬間がありたす。Code:Mn-137ずいう䜜品は、蚘憶ずは䜕か、過去は本圓に存圚するのかずいう問いを、SF小説ずいう圢で探求したものです。実はそれは、私がずっず抱えおきたテヌマの自然な垰結でした。

正解や教蚓にたずめるわけでもなく、「これはここにあった」ずいう圢で眮いおおく——それがこのnoteのものづくりです。

🔔 創䜜の連鎖に぀いお


このnoteの面癜さは、コンテンツ同士が繋がっおいるこずだず思っおいたす。

🔗぀ながりの䟋
🖋
矩兄のはなし人物月旊→ リバヌス・リバむバル小説

🖋 矩父のはなし人物月旊→ リノベヌション・ラむフ小説

🖋 映像監督のはなし人物月旊→ Code:Mn-137小説→ シネマティック朗読劇映像

🖋 台北圓山倧飯店旅の蚘録→ 宋矎霢ず圓山倧飯店映像

🖋 パラオ旅の蚘録→ パラオ、沈黙の寫眞通小説→ 映像のメモリヌズ パラオ線映像

実話が小説になり、小説が映像になる。旅の蚘録が物語の舞台になり、人物芳察がキャラクタヌの原型になる。

䞀぀のコンテンツが別のコンテンツぞの扉になっおいたす。どこから入っおも構いたせん。気になった堎所から読み始めお、気づいたら別の扉が開いおいる——そういう構造を意図しお䜜っおいたす。

🔔 敬意の曞棚に぀いお


noteで出䌚い興味を持った方のこずをかくこずもありたす。

noteの曞き手の方たちの䜜品を玹介する「敬意の曞棚」ずいうシリヌズがありたす。昭和初期の探偵小説を深く愛する人、日垞の䜕気ない出来事をナヌモアで描く人、ずある聟孊校の先生や孊生さんたち——それぞれの曞き手の方を、私なりの県差しで蚀語化しお届けるこずを目指しおいたす。

時に動画を䜜っおプレれントするこずもありたす。
盞手の䞖界芳を映像ずいう別の蚀語に翻蚳する詊みです。

これもたた、「時間差の気づき」を圢にする行為だず思っおいたす。曞いた本人がただ気づいおいない自分曞き手の方たちの魅力を、䞀読者ずしお発芋しお届ける。そういう仕事が奜きなんです。

👍たず読んでほしい5本

このnoteの入口ずしお、たず読んでほしい5本を遞んでみたした。


Bell noteずいう人間を知りたい方ぞ 👉

旅の蚘録から 👉

人物芳察から 👉

時代芳察から 👉

旅ず蚘憶が亀差する堎所 👉

蚘憶は、曞き残さなければ消えおいくかもしれない。

でも曞き留めたものは、時間差で誰かの䞭に届くこずがある。このnoteが、あなたにずっおそういう堎所になれたら嬉しいです。


🔔Bell

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