「事故物件、浄化いたします。」第1話
不動産管理会社のエースだった関裕司。
あるとき、担当する物件で強盗殺人事件が起きた。
お得意様である部屋の所有者の怒りを買い、責任を取る形でマンションの管理員に異動を命じられた裕司。
管理員として配属されたマンションで出会った少女とその家族との交流を通じて、裕司が人生を生きなおすまでの物語。
☆1☆
「金属部分を光らせておけば、綺麗に見えるから」
裕司は自分にそう言い聞かせながら、マンションの廊下にある金属製の手すりを磨いていた。
(不動産の管理会社に入って二十年。ビルやマンションの管理一筋にやってきたけど、いざ毎日清掃するとなると、わからないことばっかりだ。一日の勤務時間内に、何をどれぐらいの完成度で仕上げるべきか、口で言うほど簡単じゃない。効率のいい時間配分にまだ慣れない。やるなら徹底的にやりたくなるってしまうし。掃除し始めるまでは、金属の曇りなんて気にならなかったのに)
一人で黙々と作業する時間は、裕司は頭の中でもう一人の自分と会話している。
本来の裕司は、人と話したりして賑やかにしている方が性に合うタイプだ。それなのに今は、一人で作業する仕事をしている。つい、とりとめのない会話のようなものが頭の中に流れてしまうけれど、そこは大目に見てほしい思う裕司だった。
手すりを磨く手が少し疲れた裕司は、ため息をついて、十一階の高さから眼下に広がる街並みを眺めた。
「あのおじいちゃん、最後の時は苦しかっただろうか」
裕司は一か月前まで、不動産の管理会社の営業として働いていた。人当たりも良かったため、営業先での評判も良かった。相手の求めることを理解しながら交渉することも、自然とできる性質だったこともあって、顧客である土地やビルのオーナーからの信頼も厚かった。その結果、社内での営業成績もよく、小さな会社ではあったが順調に出世を重ね、将来を嘱望されたエース……のはずだった。
ところが、この夏、お得意様のオーナーが所有するマンションの一室で、強盗殺人事件が起きてしまった。
マンションを多数持っているオーナーから賃貸用物件として預かる部屋の一つに、裕司が賃借人をつけていた。暮らしていたのは七十代の夫婦で、近所に子どもの暮らす家があるからと、遠方の持ち家を手放して賃貸物件で暮らしたいという。裕司は、余生を子や孫の近くで暮らしたいという、ささやかな願いを叶える手伝いをしただけだ。それだけのはずだったのに。
賃借人の夫妻のうち、妻と子ども一家が旅行に出かけることになり、夫は留守番をすることになった。夫は体調に不安があったこともあり、ハムスターの世話を理由に留守番をすることにした。
子ども一家の旅行は一週間。その初日に、この夫妻の部屋に強盗が入った。
オートロックつきのマンション。住人はセキュリティ面で優れていると期待するが、運が悪いと、ドア一枚の向こう側に悪人がいることもある。普段、宅配便を受け取り慣れていない家事に不慣れな男性が、「お届け物です」の一言だけで、うっかり扉を開けてしまうことも、あり得ない話ではない。この夫と、悪人。この時の運だけで言えば、悪人の方が強かった。
荷物を玄関に入れるからと、配達員を装った悪人が玄関に入り、後ろ手で扉を閉めた。その後すぐに夫の命は奪われた。
妻や子どもは旅先から夫に連絡をいれたが、なかなかつながらなかった。心配しつつも、最終的には「お父さん、携帯の使い方よくわかっていないのかな」と軽く考えてしまったという。そのため、一家がマンションに帰宅したときに初めて事件が発覚した。人が亡くなって一週間。季節は夏。特殊清掃が必要になった。
部屋の住人は完全に被害者。しかし、部屋の持ち主からすれば資産価値が下がる大事件。オーナーはこの不条理を誰かに当たらずにはいられず、その矛先は担当の裕司に向いた。
会社は、オーナーの機嫌をこれ以上損ねたくはなかった。裕司を快く思わない同僚からの根回しもあり、裕司を「勉強し直しさせる」という名目で、人事異動することで手打ちとした。こうしてエース社員改め、新米管理員としての裕司のキャリアが始まった。
「苦しくない、わけがないよな」
裕司は、賃貸の契約時にこの夫と会っていたこともあり、ふとした瞬間に、夫の最後の時はどんな思いだったかと思いを馳せてしまう。今さらそんなことをしても意味がないのは分かっていたが、どうにもやるせない思いが残っていた。人ひとりの命が予期せず奪われたことの重さにも、自分の会社員としての人生設計が狂ったことにも、打ちひしがれていた。
(第2話以降へ続く)
第2話:https://note.com/brainy_clover264/n/nd29fc11dc982
第3話:https://note.com/brainy_clover264/n/n2aa15113a690
第4話:https://note.com/brainy_clover264/n/nd089ae22368d
第5話:https://note.com/brainy_clover264/n/nb9df7c755fab
第6話:https://note.com/brainy_clover264/n/nf1149a9f35eb
第7話:https://note.com/brainy_clover264/n/n2c7a73e369cf
第8話:https://note.com/brainy_clover264/n/n1ab752b281f5
第9話:https://note.com/brainy_clover264/n/n1ab752b281f5
第10話:https://note.com/brainy_clover264/n/nc01a5367567b
