【上映時間3時間以上】超長尺映画100本を代わりに観る《第6章:執念の眼差しとしてのドキュメンタリー》
第6章:執念の眼差しとしてのドキュメンタリー
戦争ドキュメンタリー以外にも3時間を超える渾身の力作が多く存在する。数年以上の期間、被写体と向き合って完成するもの、特定の社会イベントを余すこと描こうとする中で長尺になったものなどが存在するが共通して、その映画が提示するイメージには監督やスタッフの執念が宿っている。そのため、これらの映画を観るとまるで自分も歴史の当事者になったかのような錯覚をするのである。特に本章の最後で語る『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』は高校時代の時に観て衝撃を受け、社会科の5分間スピーチでジミー・ヘンドリックスの凄さについて語った。
77.水俣曼荼羅(原一男、2020年、372分)

※映画.comより画像引用
原一男監督といえば、『ゆきゆきて、神軍』における戦略的な被写体へのインタビューや『さようならCP』における人々が目を背けてしまうような存在に対して斬り込んでいくスタイルを思い浮かべるが、70歳を超えた彼の鋭い演出は衰えしらずである。
『水俣曼荼羅』で注目すべきポイントは第一部にある。小池百合子と水俣病の被害者が議論をする。その様子を二画面のスプリット・スクリーンで描いているのだが、左右の画面とも視線が左方向を向いており、視線が交わっていないように見える。ドキュメンタリー映画とは、事実を編集し真実を導く存在である。その特性故に、どんなに正確に捉えていてもそこには主観や時には他者から見た時の嘘が入り込んでしまう。監督は、ドキュメンタリー映画に入り込む嘘を逆手にとり、敢えて視線が交わっていない議論を観客に提示する。
これはチッソ株式会社や県、国が謝罪しているようで被害者に向き合っておらず、ひたすら面従腹背していることを強調している。|土本典昭《つちもとのりあき》が亡くなって10年以上経っても終わらぬ水俣病問題における本質をこの独特な演出で捉えているのだ。
また、土本典昭の精神を引継ぎ平行線の議論を捉え続けるパートを第三部に配置し、前半二部、計4時間かけて意外な角度から水俣病を捉えていく。第一部では、偽患者として認識されてしまった者が医者の認識不足により被害を受けていたことが明らかになる過程を捉えている。医者は、手足の痺れに着目していたが、本質的な問題は脳細胞にあったことに気づく。つまり医者の勉強不足による悲劇だったのだ。
第二部では、汚染水をセルに格納し、埋立地となった場所に注目する。海に潜ると、セルが経年劣化し、腐食剤の効果がなくなっていることに気づく。そして、セルの表面からも水銀の成分を確認できることが明らかとなる。研究者に見解を訊く。山に埋め立てた方がいいのでは?という質問に対して、トンデモない発言をする場面にゾッとする。
そして第三部では、『ニッポン国VS泉南石綿村』に引き続き、ドラマ版『日本沈没』かと頭を抱えたくなる平行線の議論が展開される。登場する役人は、圧力をかけられているのか婉曲的な発言で煙にまこうとしている。謝っているように見えて明らかに面従腹背しているのだ。それが「お察し申し上げます」といった失礼極まりない発言に反映されていく。
水俣病は全くもって解決していない。『水俣曼荼羅』に被害者に寄り添いながら、このデッドロックの問題点を一つ一つ指摘し続けた力強い轍であった。なお、2025年2月に本作の続編『水俣曼荼羅part2』がクラウドファンディングで1,000万円を超える出資を集めることに成功した。水俣病問題の進展が再びスクリーンで報告されることに期待が高まる。
78.1000年刻みの日時計 牧野村物語(小川紳介、1987年、222分)

※映画.comより画像引用
「三里塚」シリーズで知られ、山形国際ドキュメンタリー映画祭創設の中心人物でもある小川紳介。彼が山形県上山市牧野村へ移住し、科学的アプローチ、人文的アプローチで唯一無二のドキュメンタリーを制作した。13年の歳月をかけて制作された『1000年刻みの日時計 牧野村物語』は前作『ニッポン国古屋敷村』からパワーアップしたミクロとマクロの視点による手繰り寄せによって唯一無二の宇宙を創り出している。
顕微鏡で稲の開花と受精に眼差しを向ける。少しずつ稲が開いていき、生命の誕生の刹那が捉えられる神秘に思わず心奪われる。このような生命の流れが滾る地で村人は稲作に励む。映画は科学ドキュメンタリーとして手製のボードで調査結果を形にしていく。たとえば、村の水はけを調べる場面がある。稲刈りが終わると田んぼに水は不要となる。そのため、水を抜く作業が必要なのだが、水が抜けない部分が発生する。男はボードを指さしながら水はけのムラについて解説していく。このようなムラがあると稲の収量に影響がある。乾いている部分では11.6~12.1俵取れているのに対して、濡れている部分では8.3~8.9俵しか取れていない。数字ベースで、場所ごとの収量を分析し、更なるエビデンスとして濡れている個所では稲が根腐れを起こしている実情を示す。論理的な語りで村を捉えていく。
一方で、中盤以降は村の歴史へとフォーカスを当てていく。取材をする中で、民話が語られていく。男根の道祖神を発掘した男がお堂に隠していたのだが火事で焼失したので山の神に祀る話などが語られる中、五巴神社の由来となった240年ほど前に起きた一揆の話を再現する。
村の伝統を捉えるドキュメンタリーは『越後奥三面―山に生かされた日々』や野田真吉の作品が頭に浮かぶが、小川紳介は儀式に近い再現ドラマを介することで民話が後世へ継承されていく渦中の中へ入ろうとしている。傍観者としてのカメラではなく当事者としてのカメラの在り方を模索し続けた小川紳介の真骨頂がここにあったのである。
79.ダイレクト・アクション/Direct Action(ギヨーム・カイヨー&
ベン・ラッセル、2024年、212分)

※映画.comより画像引用
第74回ベルリン国際映画祭にてエンカウンターズ部門最優秀作品賞を受賞した『ダイレクト・アクション』は、過激派農村コミュニティの活動を定点的に捉えた作品である。2012年から2018年にかけて自治区を設立し、2018年には国際空港プロジェクトを撃退し、現在では環境保護運動に取り組む活動家、不法占拠者、無政府主義者、そして農民からなるエコテロリストの集落を淡々と捉えていく。
エコテロリストと聞くと、暴力的な組織のように思えるが日常は穏やかであり、自給自足のような共同生活が行われている。誕生日を祝ったり、協力しながら木を加工したり、クレープを焼く人々の様子は牧歌的といえる。
しかしながら、映画が2時間半過ぎたあたりから本題に入り、トラクターや人海戦術によるデモが映し出される。個人的には、黄色いベスト運動の時の警察の方がよっぽど暴力的である気もするが、催涙弾らしき煙が漂う中で主義主張していく様はなかなか強烈である。
80.バッハマン先生の教室/Mr. Bachmann and His Class(マリア・スペト、2021年、217分)

※映画.comより画像引用
第71回ベルリン国際映画祭にて審査員賞を受賞した学校ドキュメンタリー。日本の教育現場とは全く異なるアプローチ、ドイツ版「3年B組金八先生」ともいえる内容には心揺さぶられるものがある。
ディーター・バッハマンが教室に現れる。驚いたことに、AC/DCの若干ヨレた服を着てダラんと座りながら授業をしはじめる。確かに海外の学校はラフな姿で授業をするイメージが多い。だが、あまりにもフランク過ぎないかと思わずにはいられない。そして、生徒との間合いの詰め方も独特でどこか教祖のような怪しさもある。生徒も退屈そうに授業を聞いている。音楽の授業では、生徒たちに楽器を習得させて、いざ発表のタイミングになると、我先にヴォーカルを担当し、渋い歌声を轟かせている。大丈夫だろうか。バッハマン先生の第一印象はよくない。
しかし、だんだんとバッハマン先生の授業がいかに凄いかがわかってくる。職員室で、生徒の進級を巡って他の先生と議論をする。移民が多いこの地区では、ドイツ語が理解できず学業に支障をきたす生徒が少なくない。バッハマンのクラスではルーマニア、ブルガリア、トルコ、カザフスタン、サルデーニャなど9カ国もの移民がドイツ語に不自由を感じながらも勉学に励んでいる。生徒のひとりステフィに関して他の先生が悩んでいると、バッハマンはこう語る。
「最初はわからないことを言えなかった彼女だけれども、今はわからないことをしっかりと言葉で言える。これは大きな成長ではないか。」
バッハマンはそれぞれの家庭の事情を洞察し、決して切り捨てることはしないのだ。一時期、日本ではフィンランド式教育法がもてはやされた。フィンランドの学校ではカリキュラムを自分で組み、自分のリズムで勉強するのだそうだ。これの本質は移民が多いため画一的な教育を行うのが難しいところから来ている。一方で、ある程度のベクトルを合わせる必要がある。バッハマンは、生徒たちの自主性を尊重し、音楽の授業では生徒の希望に応じて楽器を与える。そして生徒がやりがいを感じるように盛り上げる。読書時間では先生も好きな本を読むことで、生徒の意欲をかきたてている。
また三者面談では仕事や宗教、言語面で苦労している親を安心させることに務めており、「ほら歌うまかったから一緒に歌ってみようか」と生徒の才能を親に魅せるアプローチを取る。かなり間合いが近い気もするが、絶妙な塩梅で一線を超えない。生徒を対等に扱い、生徒が嫌がるプライベートまでは踏み込まないのだ。それが顕著に現れる例を紹介する。
常にヒシャブを身につけている内気な生徒フェルハンは頻繁に塞ぎ込んでしまう。バッハマンは授業では彼女の内面に踏み込まない。お菓子を生徒に配る際に、さりげなく1個多めにチョコレートをあげるぐらいに留めている。だが、宗教絡みでイジメが発生した場合には、イジメた方を一旦授業から退避させて、メンタルケアに務める。当然、イジメた方にも個別で面談をする。言葉が不自由だからこそ、心のモヤモヤを言語化できず対立を生んでしまう。そのモヤモヤを自分の力で言語化するようレールを敷くのが教師の役割だということがわかるのだ。
教師という権威を振りかざすわけでもなく、友人になるわけでもない。人として真摯かつ対等に接することに徹する。だから、彼は慕われている。「教師」と呼ばれているのが教師なのではない。生徒達から慕われているのが本当の「教師」なのだ。まさしくそれを体現している先生がディーター・バッハマンであった。
81.チリの闘い/The Battle of Chile(パトリシオ・グスマン、1975年、263分)

※映画.comより画像引用
1973年9月11日、民主主義の元誕生したアジェンデ大統領による社会主義国家は、ピノチェット率いる軍の急襲でもろくも砕け散った。なぜ、アジェンデ政権は崩壊したのか。なぜ、ピノチェットは空爆で大統領府を爆破しなければならなかったのか。当時、チリで暮らしていたパトリシオ・グスマンはカメラを持ってこれらの問いに立ち向かう。
本作は三部構成で描かれている。第一部では、社会主義国家アジェンデ政権
が国民投票で正式に決まったところから始まる。当時米ソ冷戦下で、アメリカは南米の社会主義国の出現に警戒を抱いていた。チリが社会主義国に
なると聞きつけ、なんとか政権転覆を図ろうとチリの右派と結託して民衆のデモをコントロールしようとする様が描かれる。第二部では、物流業界にストライキを行わせたり、チリからの輸入をストップするなどと激しい制裁を加えたにもかかわらずアジェンデ政権の支持率が高いことに焦燥感を抱いたアメリカがピノチェットら率いる軍と結託してクーデターを起こす様子を撮る。そして第三部では、政治闘争の裏側で労働者階級の力強く生きる様を撮り収める。
本作を観ると、いかに民衆のデモや社会活動が国際戦略に左右されているかが分かる。本作で描かれる1970年代チリの人々は選挙シーズンにはお祭り騒ぎ。なにかあったらすぐにデモを起こすわけだが、「デモをして何が変わるのか」を理解しないで活動している市民も少なくない。政治におけるスペクタクルの側面にから適切な距離を保ちつつ、パトリシオ・グスマンは俯瞰したチリ史の転換期を捉え続けたのである。
82.ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間/Woodstock(マイケル・ウォドレー、1970年、225分)

※IMDbより画像引用
「ライブに参戦する」といった言い回しは近年、戦争をカジュアルなものにしてしまうことが批判され少しずつ忌避されるようになってきた。しかし、ウッドスティック・フェスティバルに関しては「参戦」と言った方がいいのかもしれない。
1969年8月15日から3日間、ニューヨーク州郊外のべセルで開催されたウッドストック・フェスティバルは想定を遥かに超える40万人もの来場者が押し掛けた。トイレも食料も不足し、雨により地面が泥濘み地獄絵図となった。国立教育テレビで音楽番組やドキュメンタリー映画を制作していたマイケル・ウォドレーは、マーティン・スコセッシ、ジョージ・ルーカス、セルマ・スクーンメイカーほか手持ちカメラでの撮影に長けたスタッフで固め、事前に各ミュージシャンから演奏時間を調べ上げ、出演順に演奏者を撮影する予定だったが、増えすぎた聴衆により車で会場にたどり着くことができず、ヘリコプターで現地入りし、アドリブのチームワークで一度きりの決定的瞬間を撮り続けることとなった。この事態には軍用ヘリも出動することとなったのだが、会場に集まったヒッピーたちは愛と平和、そして反戦を態度で示し続けた。まさしく、ここに集まった観客にとってウッドストック・フェスティバルは反戦のための参戦だったのだ。

「I Want to Take You Higher」での三面演出
音楽ドキュメンタリー史に名を刻むマスターピースこと『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』では、ウッドストック・フェスティバルの臨場感を十二分に伝えるべく、スプリット・スクリーンを主軸とした構成となっている。遠山純生「〈アメリカ映画史〉再構築: 社会的ドキュメンタリーからブロックバスターまで」によれば、アレサ・フランクリンの膨大なコンサート映像を同時に確認する方法を考えた際にスプリット・スクリーンに可能性を感じたとのこと。
そのときすでにテレビ番組作りを経験していたウォドレーは、複数のモニターに撮影済みの映像を流して一挙に見ながら使用映像を決定するテレビ流のやり方を気に入っていた。そこで彼は六台のプロジェクターに動機モーターを設置し、一列に並べて同時に複数の映像を流した。その際、三人のキャメラマンが同時に別の角度から同一サイズで撮影したアレサ・フランクリンの頭部が映し出された。一つは正面から、残りの二つは背後から彼女の姿をとらえたもので、並んだ三つの映像を一度に視界に収めると、まるで立方体の三面を同時に眺めているようだったという。すると突然、キャメラマンの一人がキャメラをフランクリンからそらしてバンドリーダーの姿をとらえた。二番目のキャメラマンはサイド・シンガーたちへとキャメラをそらし、三番目は聴衆のリアクションへとキャメラをそらした。その様子をウォドレーは、まるで「同時に三つのリングでショウをするサーカス」のようであり、仰天させられるような効果を生んでいたと回想している。

アルヴィン・リーのギターパート

ウォドレーが考えた三面の演出は、映画におけるスプリット・スクリーンの扱いの中でも異端である。映画ではほとんど見かけない一方で、ミュージックビデオ領域で見かけるような演出である。たとえば、テン・イヤーズ・アフター「I'm Going Home」にてアルヴィン・リーのギターパフォーマンスにフォーカスを当てる場面がある。中央の指捌きを強調するように左右に対象的な手つきのイメージを重ねている。類似の手法はサカナクション「ミュージック」のミュージックビデオでも確認できる。作曲に明け暮れている山口一郎の姿を中央に配置し、彼の心象世界を左右対称に重ねることで、中央のイメージが引き立つものとなっている。

「お返事まだカナ💦❓おじさん構文😁❗️ / 雨衣」
より引用
近年では、スマートフォンの縦画面を用いたミュージックビデオでも活かされており、吉本おじさん「お返事まだカナ💦❓おじさん構文😁❗️ / 雨衣」では、おじさんからのDM画面を中央に配置し、バーチャル・シンガー雨衣の動きを左右に取り入れることで映像にリズムをもたらしている。

最悪なコンディションでありながら、
ステージ外で盛り上がる聴取
閑話休題、『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』のスプリット・スクリーンの扱いが映画というよりミュージックビデオに近いのは、各画面が物語を推進する役割を担っているわけではなく、複数の画面がひとつの事象をとらえようとしていることにある。たとえば、雨天により地面が泥濘む最悪なコンディションを楽しもうとする聴衆に注目した場面がある。左側ではスライディングしながら泥まみれになる個人の遊びが反復するように映し出される。右側では、聴衆がステージの外側で儀式的な音楽によってトランス状態となる様が映し出されている。ふたつのイメージは共通の音で繋げられ、雨天による聴衆の運動を多面的に捉えている。このようなアプローチは歌詞の世界観をイメージで表現するミュージックビデオと相性が良いのである。
【目次】
《第0章:まえがき》
《第1章:超長尺映画入門》
《第2章:超長尺映画作家たちPART1》
《第2章:超長尺映画作家たちPART2》
《第3章:果てしなく長い語り》
《第4章:戦争と平和》
《第5章:シリーズを完走する》
《第7章:深淵なる実験映画》
《第8章:List of longest films掲載作品を観る》
※サムネイルはIMDbよりマイケル・ウォドレー『ウッドストック 愛と平和と音楽の三日間』の画像を引用
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