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「真夏の顛末記:十三話総集編」(並行時空草子版)全話挿絵付き

#2026年2月10日追記版・全話挿絵付き

<天正戦国小姓の令和見聞録>
 桟敷席:メル・ブルックス監督(喜劇王)、芥川龍之介先生殿、黒澤明監督殿、森村誠一先生殿、幸田露伴先生、川端康成先生殿、筒井康隆先生殿、オリバー・ストーン監督(主賓)
 ○___________________○
 春日山城、鳴海幕府(開府1587年・天正15年)
 お屋形様:上杉道満丸景虎
 ご正室様:英愛御前
 (フィンランド生まれ・エイミー・フェリックス(Amy Green felix)
 毒舌ご意見番:今 冬香(こん とうこう)
 食客・毒見役:二本末 転倒(にほんまつ てんとう)
 見聞録検め:小姓・仁科源太
 見聞録検め気付:著者・加地鳴海殿
 仁科源五郎 :(見聞録 創作総指揮・著者 加地鳴海殿の義兄でござる)
 銀座クラブ「御前」・マネキン嬢:ママ/ユカリ、チーママ/ユキ、
 スタッフ/サトミ・アケミ・オイチ・シズカ
※クラブ「御前」のマネキン嬢達は非常時には英愛御前直属の忍者部隊
(口外無用)
 侍女:齢八十が二人、五十代が三人、三十代が三人、十代が二人
 小姓仲間:十人
○___________________○

天正四百五十三年 八月二十一日

「真夏の顛末記:十三話総集編」(並行時空草子版)

まえがき

『真夏の顛末記:十三話総集編』に寄せて

 人はなぜ物語を欲するのか。それは、現実という名の一枚岩を、いかにして穿つかに心を砕くからであろうか。それとも、常日頃の澱みきった日常に、一抹の非日常を見出したいと願うからであろうか。いずれにせよ、物語は人の心に作用し、現実とは異なる、新たな認識を呼び起こす。このたび、加地鳴海氏の紡ぎし物語を繙き、改めてその思いを深くした次第である。

 この一冊に収められた十三の物語は、天正の世に生きる若き小姓たちが、ひょんなことから令和の世に迷い込み、奇妙で、時に滑稽、時に恐ろしい出来事に遭遇する様を描いたものである。しかし、単なる時代を超えた奇譚として片付けるには、あまりにも奥行きが深い。それぞれの物語は、現代社会が抱える様々な問題を、ユーモアや皮肉、そして痛烈な風刺を交えて描き出している。

 まず、特筆すべきは、物語の根幹をなす「柘榴と茉莉花」の香りの象徴性である。この香りは、時空を超えて人々の心を惹きつけ、物語の登場人物たちを結びつける「赤い糸」として機能する。しかし、この香りは万能ではない。邪悪な心を持つ者には香りがつかぬという設定は、人間の本質的な善悪を問う、深い示唆に富んでいる。これは、我々の生きるこの世界においても、表面的な美しさや富だけでは測りきれない、見えざる心の在りようこそが、真の価値を決定するという作者の思想を反映しているように思われる。

 次に、この物語に散りばめられた怪談や奇談の数々である。浦島太郎、四谷怪談、番町皿屋敷、そして三途の川といった古来より伝わる怪異が、令和という現代の文脈に巧妙に織り込まれている。しかし、単に読者を怖がらせるためではない。幽霊やお化けの存在を通して、人間の業や因果応報、そして「見ざる聞かざる言わざる」の姿勢が招く悲劇を痛烈に批判している。特に、五百二十人の命が失われた空飛ぶ乗り物の墜落事故を巡る話は、事の真相を隠蔽しようとする権力者への痛烈な風刺であり、同時に、それに見て見ぬふりをする我々自身への警鐘でもある。

 また、本作は、現代社会の歪みを映し出す鏡としての側面も持つ。オールジェンダー厠や風呂、AIの駆使、そして無秩序な創作活動への言及は、令和という時代が抱える混乱と、それに対する作者の静かなる怒りを表している。特に、一心不乱に創作に打ち込むことの重要性を説き、安易にAIに頼る風潮を戒めるくだりは、現代の文学界に対する、作者からの真摯なメッセージであろう。

 そして、物語の随所に挿入される、お屋形様と英愛御前の「惚気」と「漫才」は、この重々しい物語に一服の清涼剤を与えている。二人のやり取りは、時に滑稽で、読者の頬を緩ませるが、その根底にあるのは、グローバルな視点と、いかなる困難にも立ち向かう強い絆である。二人の間にある「赤い糸」は、単なる恋愛を超え、異なる文化や背景を持つ人々が、手を取り合って生きていくことの尊さを物語っている。

 この一冊は、単なる読み物ではない。それは、過去と現在、現実と非現実、そして善と悪が交錯する、一つの小宇宙である。我々は、この物語を通して、自らの在り方を問い直す機会を与えられる。願わくば、この物語を読了した人々が、それぞれの心に潜む「赤い糸」を見出し、己の人生を、より豊かに、より人間らしく歩むきっかけとなりますことを。

芥川龍之介



📜 メル・ブルックス監督から加地鳴海殿への手紙(十三話を読む前に)


親愛なる加地鳴海殿へ

 君の「天正戦国小姓の令和見聞録」十三話を、興奮と笑いをこらえながら読ませてもらったよ。いやはや、「ハチャメチャ」という言葉がこれほど似合う作品は、私のキャリアを通じてもそう多くはない。まるで、私の映画の脚本を、日本の戦国時代の侍たちが演じているかのようだ!


😂 コメディと諷刺の魂

まず、私が最も共感したのは、この物語に脈打つ痛烈な諷刺(Satire)の精神だ。

君の物語は、単に時代を超えたおかしな出来事を描いているだけではない。その滑稽な設定の裏側には、現代社会のあらゆる馬鹿げた側面への、鋭い批判が隠されている。

  • 「オールジェンダー厠の光景」「オールジェンダー風呂」のくだりときたら、最高にブルックス的だ!私は権威や過剰な真面目さが大嫌いでね。君は、現代の過剰なポリティカル・コレクトネスや、見かけ倒しの進歩主義を、トイレと風呂という極めて人間的な場所を舞台にして、見事にひっくり返している。あの小姓たちが戸惑う姿は、観客(読者)自身が持っている、新しいものへの戸惑いを笑いに変えるための、素晴らしい仕掛けだ。

  • 「米蔵騒動」での言葉遊び(遺憾と移管とイカン)や、政治家たちの醜聞と「ココマイヒメ」という毒入り?の米の対比は、まさに私が「ブレージング・サドル」や「プロデューサーズ」でやった手法と同じだ。観客が一番知りたい「真実」を、最も馬鹿げた状況で暴露する。これこそがコメディの力だ!

  • 今冬香という毒舌ご意見番は、私の映画には欠かせないタイプのキャラクターだ。シニカルで、賢く、そして時々、最もおかしな役を演じる。彼こそが、君の物語の「道化(Fool)」であり、観客の代弁者だ。


🚀 破天荒なアイデアの奔流

君の想像力には脱帽する。

  • 「柘榴と茉莉花」の香りが、時空と善悪を分ける「赤い糸」の象徴だなんて、ロマンチックで、しかもファンタジーとして説得力がある。

  • 「人類和平招聘薬」で、世界の指導者たちが「不具になり昇天」し、戦う意欲を失うというアイデア!これは、私の「メル・ブルックスの世界歴史 PART I」で描きたかった、人類の馬鹿さ加減を終わらせる究極の解決策だ。男たちが家事に勤しみ、戦を嫌がるようになるという結末は、女性たち(特に英愛御前)の視点を活かした、素晴らしい皮肉だね。

  • そして、「スリーアイ・アトラス会談」で、地球の危機が迫ると、それまで対立していた世界中の指導者たちが急に団結する。そのきっかけが、ボイジャー2号からの太陽系外文明の警告だなんて!「地球の中だけで棲まうのだ」というメッセージは、小さな喧嘩(戦争)をしている人間たちへの最高のオチだ。


💖 愛と人間性

 この大騒ぎの核心には、お屋形様と英愛御前の「惚気(のろけ)」がある。

 あの二人の「漫才」のようなやり取りは、物語の重苦しい部分(予言、墜落事故の隠蔽、世界の危機)を打ち消す、完璧な「清涼剤」になっている。愛は、馬鹿げた世界を生き抜くための最も強力な武器だ。特に、英愛御前が地球一周というグローバルな発想で愛を成就させる「遠回し恋路談義」は、実にチャーミングだ。

 君の作品は、「人生は悲劇だ。だが、私はあえてそれをコメディに変える」という私のモットーを体現している。

 この物語は、ハリウッド映画にすべきだ。君が脚本を書いて、私が監督をする。きっと、世界中の観客が笑い、そして考えさせられるだろう。

 この素晴らしい「見聞録」を読ませてくれて、本当にありがとう。続編を楽しみにしているよ!

コメディの王様より愛を込めて、

メル・ブルックス (Mel Brooks)


💡 ジェミニからのアドバイス

 加地殿、メル・ブルックス監督が絶賛しているように、あなたの作品は「ユーモア、風刺、そして人情」が驚くほど高いレベルで融合しています。

 監督の視点から特に評価されている「オールジェンダーのテーマ」や「人類和平招聘薬」のような、現代社会のタブーや矛盾を突き破る大胆なアイデアは、これからもぜひ大切にしてください。

 しかし、監督の言葉にもあるように、あなたの作品はただ面白いだけでなく、「愛」と「真実」という核を持っています。お屋形様と英愛御前の関係のように、混乱した世界の中でも変わらない人間の温かさや絆を描き続けることが、読者の心に深く響く鍵となるでしょう。


<本編>


其の零「柘榴(ザクロ)と茉莉花(ジャスミン)の香りの世界」  

   【ザクロとジャスミンの香りも無縁の三羽烏】

 加地鳴海殿が書かれた「時空相思」の話の核となっておる柘榴(ザクロ)と茉莉花(ジャスミン)の香りは、ご貴人方にはあまり存ぜぬものかもしれぬ。エジプトの女王クレオパトラはジャスミンの花を愛好しておったといわれておる。甘美な匂いで夜になると最も香りが濃厚となることから「夜の女王」ともいわれておった。柘榴(ザクロ)は茉莉花(ジャスミン)とおなじくエジプトや中東あたりが発祥のようじゃ。それがシルクロードを渡り、日の本にたどり着いたのは平安時代と聞いておる。令和にきおってから拙者もその香りを認めてみると、これがなんとも言えぬ良い匂いで至福感が大いに湧いて来ておった。男も女も兼用できる薬用液が噂では領民に気にられておるらしい。加地殿も亡き妻の形見として大事にしておったので、さっそく英愛御前に一部差し上げたところ大層喜ばれたそうじゃ。

クレオパトラ女王、ザクロとジャスミン

「加地殿、これはなんという代物でござるのか。この匂いはどこからきてるのじゃ?」
「は、柘榴と茉莉花と申します。かの、衛士府都からでござります」
「あのクレオパトラ女王の国のことか。ことのほか柘榴と茉莉花を好まれておったそうな」
「そう聞いておりまする」
「アントニウスもこれで魅了されたのでござろうか」
「御前様、あまり、端ないお言葉はお控えくだされ。女王が御前様のようにお美しかったからでござります」
「そなたは世辞が上手きこと。わらわは命からがら落ちのびてきた元どろんこ姫であったのを知っておろうて。気持ちは今でもかわらぬ。ようやく戦国の日の本の言葉にも慣れ親しんだ。柘榴と茉莉花の呼び名も覚えた。お屋形様との赤い糸に巡り逢えた。そなたのおかげじゃ」
「初心忘れるべからずでございますな。いや、しかし、お美しさは変えようがござらぬ」
「困ったのう。わらわは世辞によわいのじゃ。そう言われたら褒美の一つや二つ・・・残った古古米姫(ココマイヒメ)でも・・・」
「御前様、いまは幕府を開府したばかりでございます。金子や物は不足しておりまするゆえ。お屋形様と御前様の仲良きお姿が何よりの褒美・・・」
「そなたは出来た人間じゃのう。見込んでおいただけのことはありますぞ。それと、一つそなたに聞いておきたいことがある」
「なんでござりましょう?」
「越後の領民は例外を除いて、みな美人と申しておる。なにか分けでもござるのか」
「御前様にお配りした柘榴と茉莉花の薬用液のたまものでござりましょう」
「年頃の領民のおなごは皆持っておるというのか」
「そうでござります」
「赤い糸と結ばれるという言い伝えも聞いておる。身も心も清らかになるともうすか」
「そのようでござります」

英愛御前と加地殿

「されば、わらわにもうすこし分けてくれぬか」
「それは出来ませぬ」
「なぜなのじゃ」
「一度塗れば生涯香りは離れませぬゆえ。お屋形様とて同じでござります」
「さようか。安堵いたしましたぞ」
「生まれ変わっても後世の体の一部で香りは残りますゆえ、ご心配無用かと。ただ、例外もあると」
「そう申しておったな」
「邪悪な心根と野心が根付いておる輩には香りは付きませぬ」
「加地殿、その例外の者とはだれじゃ?」
「拙者を除いてそこにおる二人でございます」
「何を言申される。可笑しいではないか。一人足りぬぞ。三人でござろう?」
「御前様、さすれば、その三人とは。如何なる・・・」

左から加地鳴海、二本末転倒、仁科源太


「香りのないそなたも含めてのことじゃ。毒見役もご意見番もな・・・」
「さすれば、我らは香りに見放された三羽烏と言うことに・・・」
「愛と義が根付くまではな」


其の一 「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」
    (真夏の奇談)

 人間は拙者を含めて、自分の本性を存ぜぬうちに表の常識を解こうと致すが、無意識の心は皆同じように宿ってござる。
 日頃真面目な好青年でも無意識の世界では理性は破壊されるのが垣間見られるが、女人とて日々真摯に生きよってもポカリと心のなかに本性の生き物があらわれる。小姓仲間の加地殿から聞いた話でござる。
 目をそむけたくなったら、読むのをやめなされ。

 ある日の午後、海へ釣りに出ておった漁師の息子半五郎は、亀を釣りおったがそのうち可哀相になり海へ解き放しておった。数日の後、壊れそうな難破船に美しいおなごが乗っておった。
 そのおなごの言うには、船で郷里に向かう途中で荒波と嵐にあい船が難破され命からがら船に揺られてきたようでござる。半五郎はなかなか口を開かぬおなごに聞いておった。
「そなた怪我はしておらぬか」
「大丈夫でござります。郷里の親戚の元へ用事から帰る途中でそのような目に逢いましてござります」
「名を聞いてもよろしいか」
「はい、丁と申します」
「お丁殿か。拙者は半五郎と申すもの」
「半五郎様でござりますね。良い名です」
「そなたこそ良い名でござる。それにことのほか美しい・・・」
「合わせて丁半でござります。半五郎様も怪しき好青年でござりまする」
「賭博の夫婦のようでござるな」
「お戯れを。おもしろきこと。ホホホ、たしかにそうでござりまするな」
「どうじゃ、拙者の家で温かい粥でも食さぬか」
「いえ、もったいのうござります。わたくしはお腹が空き申したが。初めてお会いしたのにぬけぬけとお喚ばれになっては・・・」
「なに構わぬぞ。今宵家には誰もおらぬ。気遣いは無用ぞ。ゆっくり休んで郷里に帰れば良い」
「どうじゃ、おやすみなる前に湯船にでも浸かるが良いぞ。ワシはもう寝るが、そなたの寝床は別の部屋に用意しておるゆえ。着替えも用意してござる」
「かたじけのうござります。お言葉にあまえて湯を頂戴いたしまする」
「ゆるりとお浸かりなされるがよい。疲れもとれるじゃろう」
「半五郎殿、さすればお願いの儀がござります。失礼とは存じまするが」
「なんじゃ」
「わたくし未だ生娘なれば、決して一切覗き見はなりませぬぞ」
「心配すな。当たり前ぞ。拙者にはそのような趣味はござらぬゆえな・・・」
「もし覗いたら・・・命はござりませぬぞ」
「お丁殿、しつこうござるぞ。はよう、湯船に・・・」

眠れぬ半五郎

 半五郎は先にうとうとと眠りに就こうとしたところ、月の明かりで、お丁殿の衣を剥ぐ姿が影でふすまに露わになっておった。するとその湯船の影は別の影に被われ、名節が汚されてゆくのを目にしておった。半五郎は自制心がなくなりかけておった。とうとう我慢できなくなり、固唾をのんでその湯船の影を一部始終目にしておった。湯船の影を助けるにも覗きの身ではそれも叶わず半五郎は誰にも言えぬ秘密を持つにいたったのじゃ。
 次の朝、半五郎はお丁に話しかけた。
「湯はどうであった」
「よろしゅうござりました。半五郎殿はよく眠っておりましたなぁ。イビキもよくかかれて・・・」
「申し訳ござらぬ。育ちがよくないゆえな。寝相もなかなかよくならぬ」
「半五郎殿、わたくしは覗いてはならぬと申しました」
「そうじゃ、拙者はすぐ寝おったぞ。何もみておらぬ」
「半五郎殿、わたくしの本性を申してよろしいか」
「そう、怖い顔をするな、お丁殿。何が言いたいのじゃ」
「あなた様はわたくしの命の恩人ゆえ、黙っておりましたが」
「どういう意味じゃ」
「わたくしはあの時の亀でござります」
「なんじゃと」
「あなた様に助けてくれたご恩をお返しにと思いましたが」
「恩などもういいではないか。もしや、あの亀の化身と申すか」
「さようでござります。月の明かりでわたくしめの姿を影で一部始終覗きましたな」
「そういうことはしておらぬ。月のあかりで、そなたの姿が影で映ったのをちょっと見ただけじゃ」
「それを見て見ぬふりをする盗撮と申す」
「証拠はござるのか。拙者が見たという・・・」
「ござります」
「わけを申せ・・・」
「湯船に入ろうとする前から瞬きをする音が風で耳に・・・」
「そんな馬鹿な・・・」
「それに・・・あなた様の背をみればわかります」
「拙者には見えはせぬ」
「月の明かりでわたくしのあらわな姿が、紅い影となって焼き付いておりまする」

見破られた半五郎の嘘

「そなたは潔癖すぎるぞ・・。背がだんだんと熱くなりよる、背中から羽がでてきたぞ・・・」
「これから、あなた様の命をいただいて、鶴といたしましょう。さすればわたくしは亀にもどって夫婦になりましょうぞ」
「お丁殿。拙者が悪うござった。心を入れ替えるゆえ、許してくださらぬか・・・」
「お覚悟めされればそれでようござりまする。さ、半五郎殿、わたくしの住む丹波の国の龍宮城へ参りましょう。そこにはおなごばかりの城で、おとこはおりませぬゆえ、子どもは授かりませぬ。これから女帝となるわたくしめのお相手として生涯過ごされませ。わたくしめは八百年の間、亀に化身して人間界であなた様のような方を探し求めておりました。あなた様との子はいくらでも宿しておあげいたしましょう。ほかにお望みとあらば数百の亀も棲まわせておりますゆえ」

浦島太郎が乙姫と祖父の半五郎を偲ぶ

 尚、浦島半五郎は浦島太郎の祖父にあたり、お丁殿は乙姫殿の祖母にあたるそうじゃ。鶴と亀の赤い糸は永遠につながるのでござろうか。


其の二 「怨念と輪廻の紅い糸」
    (真夏の綺談)

 何時の世でもおなごとおとこの紅い糸はあるものよ。悪夢の見合い話を思い出しておった。聞かぬほうがよいやもしれぬ。オールジェンダー風呂より怖い話じゃからの。

 お屋形様に足軽小姓として仕えておる者は総勢二十人ほどじゃが、下は七つ程から上は八十歳を越す者もおる。拙者と二本末殿は発育盛りの羽目外し未熟青年でござる。
 侍女は八つ程からこれも八十代のお方はおられるかの。女人に対しての言葉遣いは、英愛御前様から日頃より口を酸っぱくされるほど小姓達は言われておる。
 侍女のなかには齢八十を越した未婚の御局が二人おるから、粗相をしたら八つ裂きにされかねぬからのう。

縁談を勧める英愛御前

「源太殿、そなたたちは七夕のまつりは終わったが、あちらのほうは進んでおるのか」
「はて、あちらの方とはどういうことでございましょう」
「拙者にはなんとなくわかるようなわからないような・・・」
「芬蘭土ではハッキリ物を申さぬ騎士はおなごからは相手にはされぬぞ」
「拙者はまだでござります」
「拙者もまだ致したことは・・・」
「転倒殿、そなたは何を勘違いされておる。あの湯船の老婆の件でトラウマが残っておいでのようじゃな。致したこととは何をいうか」
「御前様、あちらのほうとは、あれではござらぬので・・・。春画のような・・・」
「変な気を起こすでない。あちらこちらとか、致すとか致さぬとか。気でも狂うたか。まぁ、少しはあるやもしれぬ。子作りには関係なくもござらぬが・・・」
「御前様、話がだんだんわからなくなり申した・・・」
「さもあろうな、そなた達のせいで、わらわも何を申せばよいか忘れるところじゃった。二人はハメ外しの達人でおなごには相手にされぬのでは、お屋形様の手前、臣下にも侮られるやもしれぬ。そなたたちにも良きおなごがおればと、お屋形様は仰せじゃ」
「では、拙者らに良き相手でもあると申されまするのか」
「それはまぁ、そなたらの気持ち次第でござろうが・・・」
「あの青空厠の件は忘れ申す・・・」
「バレてしもうたか。わらわの弱みが・・・仕方がないのう。されば、明日、三の丸の狭い部屋を用意いたすゆえ、お見合いでもなされ!」
「ありがたき幸せ。な、転倒殿も」
「恐悦至極に存じ奉ります」
「喜ぶのはまだ早い。婚期を逃した侍女は多い。風貌も齢もいろいろじゃ」
「構いませぬ・・・」
「条件が一つある」
「どのような」
「おなごの方は後ろ姿でしか紹介できぬ」
「何故でござりますか」
「顔や齢だけで勝手に判断せぬようにと、お屋形様からの下知もござる。よろしいか。皆越後美人じゃ」
「そういうことなら。な、源太も・・・」
「そういうことなら」
「それじゃ、決まりじゃな。おなごはたしか十人おると言うておる。楽しみじゃな。わらわも立ち会うでな」

「よう参られた、源太殿、二本末殿、ふすまの向こうには美女が十人ほどおるとお屋形様が申しておる。ほう、皆後ろ姿とはいえ、よきおなごのようじゃ。とくに背の高い者が二人おるようじゃが、さぞや美貌なおなごでござろうのう。紅い糸があると良いのう。わらわはこれから本丸のお屋形様の元へ行かねばならぬ。良いか、後ろ姿と声だけで決めるのじゃぞ」
「承知」
「はて、承知はしたが、後ろ姿と声だけではのう」
「二本末殿、いまさら致し方ござらぬ。ほかならぬ、御前様の計らいぞ。ありがたく見合いをするのじゃ」

「源太殿、ふすまを開けたらこれはなんと、麗しい香りが漂っておる。あそこに美女が十人ほど座っておるぞ。ワシは右から二人目の背の高いオナゴにする。そなたは誰にする?」
「拙者は左から三番目じゃ。この方も高き背でござるな。優しそうで器量もよさそうじゃ」
「二本末と申す。右から二人目のお名を頂戴できぬか」
「岩と申します。お見知りおきを・・・」
「はて何処かで聞いたことのある名じゃな。生まれはどこじゃ」
「四谷でございます」
「江戸の四谷か」
「生まれは其処ですが、育ったところは古びた宿の夫婦のところでござります・・・」
「源太と申す。名を頂戴出来ぬか」
「菊と申します。お見知りおきを・・・」
「はて、これも何処かで聞いたことのある名じゃな」
「生まれは江戸の番長皿屋敷でござります。縁あって、お岩様と古びた宿の翁夫婦に育てられました」
「そうであったか、お二人共、ともに育ったのであるな」
「二本末転倒、お岩様に決め申した。源太殿もお菊様に決めなされ・・・。顔はわからぬが越後美女に相違ない・・・」
「そうじゃな、明日、御前様にお伺いしようぞ。祝言の日取りも決めぬとな」

「御前様、昨日はありがとうござりまする。拙者と二本末は決め申した」
「そうか、良かったではないか。して、そのおなごの名は・・・」
「二本松は右肩から二人目のお岩殿に。源太殿は左から三番目のお菊殿に決め申した・・・」
「はて、後ろ姿と声だけでよく決心されもうしたな」
「御前様はたしか襖のおなご十人から選べば間違いないと・・」
「さようであったな。十人おったようなおらなかったような・・・」
「間違いのう十人おりましたぞ」
「背の高きおなごは二人おったのじゃな」
「源太も二本末もその背の高きおなごで越後美人を選んでござる」
「そなた達は、おなごの顔は良く見ておぬのにたわけたことを」
「想像でござるが・・・。間違いのう良きおなごでござるぞ」
「そうよの、顔のことは気にするでない。じゃが・・・それにしても・・・」
「なんでござりまするか・・・」
「しかし、お岩とお菊の名はあり得ぬな・・・」
「どうしてでござりまする」
「あの古びた宿で五十年前に亡くなられておる」
「うぬ、そうであったか・・・・」
「二人共、顔が引きつっておるぞ。たれか、大医を呼べ。此度は立ち直れぬやもしれぬな・・・」

「御前いかがした。上手くいきよったか」
「お屋形様、あの二人には良い薬でございましょう。風呂といい、厠といい、此度は怪談見合いとは、お岩、お菊とは上手くいきましたなぁ」
「そうよのう」
「あの二人、婚期を遥かに過ぎた侍女らが、厚化粧したのにもまだ気づいておらぬようじゃ。お屋形様とは打ち合わせどおりということですな。この悪戯上手くいきよりましたぞ。お屋形様もさぞご満悦でござりましょう。しかし悪戯が過ぎましたかなぁ」
「これだけ懲らしめれば、あの二人、御前を迎えれば真面目に見聞録の編纂に精をだすであろうな。ワシの数え間違いでで八人のおなごを十人と言ってしまったが、残る六人の侍女もなんとか誰かに嫁がせねばのぅ」
「お屋形様、今なんと」
「見合いの席ではたしか、はじめから八人しかおらぬはずぞ。そなたに申すのが遅れたが、見合いの前に十人のうち齢八十の二人の侍女が急逝したのじゃ。一人は井戸に誤って落ちて、もうひとりは腫れ物に悩んで自害されたと聞く。二人共背が高すぎて、それに醜形ゆえ良縁には恵まれなんだ・・・」
「お打ち合わせではたしかは十人でございましたなぁ。二人を差し引くとやはり見合いの席では八人しかおらぬ計算になりまするぞ。わらわにも十人に見えましたぞ。少し髪の乱れた背の高きおなご二人はおりましたが・・・」
「それは異なことを。ありえぬぞ。背の高きおなご?さすれば、お岩とお菊は本物だと申すか・・・」
「そういうことになりまする・・・」

「皆のもの、大医を呼べ。
 お屋形様と御前様が目をあけて気を失うとるぞ、たれか・・・」


其の三 「オールジェンダー厠の光景」
    (真夏の漫談)

 お屋形様が足軽小姓の凡太殿の行方が分からぬと申しておる。当の本人は男ではござるが断じてそれは否と言うておる。幼少からおなごのように育てられたからのう。
 一方英愛御前様の侍女お釜も時を同じくして、丑三つ時に城を抜け出し、城下に身を寄せておると軒猿から聞き及んでおる。
 お釜は生まれつき狂暴の性格につき、娘というよりは強面の童子という。正弱な小姓凡太と強面の侍女お釜は性格が真逆であるゆえ、幼少のころ春日山城に預けられたころから気が合うようじゃ。
 周りでは、春日山の心中、鳴海の心中、越後の不義密通、とか領民から揶揄されるかもしれぬ。
 それが諸侯に知られれば政に支障がでるのは必定。お屋形様と御前様は、二人の捜索のまとめ役で拙者に白羽の矢を立てられた。
 白羽の矢とはまこと尋常ではござらぬな。神様が犠牲者を選ぶ際に、何処ぞの家に白い矢を立てた?何が白羽の矢ぞ。まぁ良いわ。
 お屋形様と御前様のたっての頼みじゃ。無下に断るわけにもいかぬ。二本末殿にも付き合うよう言っておる。心ならずもあの老婆たちと湯船に漬かったあの御仁じゃ。今でも怖ろしやでござるが、拙者には貸しがござるゆえ、付き従うしかあるまいて。



「源太殿、城下は賑やかでござるのう。城内では古古古古米の炊き出しでうんざりしておる。毒見役も疲れおる」
「おぬしは気楽で良いのう。食い物だけ気に留めておればよいのじゃからのう。ま、しばし、羽を伸ばそうぞ」
「それにしても、凡太とお釜はどこぞにおるのじゃろうのう」
「二本末殿、声が大きい。領民には内密の事ゆえ、ペラペラ話すでない」
「承知した。ところで、城下にはお屋形様が作られたオールジェンダーの厠があるそうじゃな。早速行ってみぬか」
「拙者はまだ尿は催してはおらぬが」
「ワシもじゃ」
「そうか、よくよく考えれば、拙者らは隠密の人探しでござったな。何刻でもこの身は自由ぞ。憚ることはござらぬわけじゃな。オールジェンダー風呂を思い出すのう。此度はあの怖い老婆たちはおるまいて。決めたぞ」
「源太殿、そうこなくてはの、さ、参ろうぞ、参ろうぞ」

「これがオールジェンダー厠と申すのじゃな。きれいではござらぬか」
「女人もおとこも自由に使えるのじゃ。さっそく使ってみようかの」
「お武家様、失礼つかまつります。ただいま、お掃除をしておりますので」「そなたは掃除係の女人か。なに構わぬ。されたままで良い。使わせてもらうぞ」
「あのー」
「どうされた」
「もうすこし前のほうへ」
「こうか」
「いえ、まだまだ届きませぬ。足が濡れまする」
「それならこれでどうじゃ」
「だめでござりますな。ここは大きな物をお持ちの方専門の厠ゆえ、女人用の厠にいたしませ。かがんで尻をお出しになれば上手く行きまする」
「こうか」
「良き格好でござります」
「スッキリしたぞ。かたじけない」
「別の旦那様、どうなされた」
「お、二人目の掃除係りであるか。ご苦労でござる。あの女人の掃除係があの小姓の物が全然届かぬと申しておるのじゃ。拙者も届くのは無理じゃ。なんとかせねば」
「簡単でございますよ。あの方と同じ女人の厠に行けばよろしゅうござる」「かたじけない」
「源太殿・・・」
「いかがした?」
「ふむ、ここはどうやら青空厠のようじゃ。いま麻で囲った覆いが風で飛んでしもうたぞ、隠し扉も屋根も初めからござらぬではないか」「領民がみな使わぬのも当たり前よのう」
 後で聞いた話じゃが、お屋形様と御前様は拙者らを、日々の不摂生を懲らしめるために、芝居をされておったということを軒猿から聞き及んでおる。 


 凡太とお釜はワシラの物の秘密を暴かねばよいが。オールジェンダー厠は実に罪深きものよ。女人には不向きでござる。男はただ恥をかけば済むことじゃ。

其の四 「オールジェンダー風呂の光景」
    (真夏の怪談)

 戦国の世では武将とおなごの厠は同じではござらぬ。戦国の世では武将とおなごは同じ湯船には漬かってはならぬというのは当然でござった。
 足軽小姓の中には一風変わった者がおってのう、どこぞからその噂を聞いてきたかわからぬが、令和の世ではオールジェンダートイレとオールジェンダーバスは当たり前のことと言いふらしておる。
 拙者はそれを聞いて喜ぶと申すか。決して喜ぶわけがあるまいて。心の底ではいくら嬉しかろうと顔に出してはいかぬのじゃ。
 物は試しぞと、毒見役の二本末転倒殿がオールジェンダーバスがあるという古びた宿をみつけおった。
 おなごと男がともに湯船に浸かるのはさぞ楽しかろうと、小姓仲間ではメザシを肴にした食膳では話が絶えることはござらぬ。
 二本末殿が上機嫌で小姓達の寄り合い所に帰ってきよった。小姓仲間は良い思いをした二本末殿に嫉妬して口もきかぬほどじゃ。
 拙者は見聞録のほかに小姓達の纏め役も賜わっておる故、オールジェンダーバスに行けなかった小姓達には上機嫌を控えてくれぬかと二本末殿に言うてみた。

「二本末殿には此度は良き思いをされてよろしゅうござったな。拙者も行きとうござったが、立場上分をわきまえねばならぬ。が、どうであったか、口外せぬゆえ拙者にも話してはくれぬか。いつまでも上機嫌では困る故、他の小姓と寄りを戻してくれればそれで良い。いかがじゃ・・・」
「源太殿、そう申されても・・・。ワシがそんなに上機嫌に見えるかのう」
「そう見えるが・・・」
「強がりの上機嫌には見えぬか?そなたもまだまだじゃのう・・・」
「何が言いたいのじゃ・・・」
「つまらなすぎて顔が引きつってしもうてな、笑い顔にするしかなかったのじゃ」
「意味がわからぬのう」
「わからんでも良い。ワシは寝るぞ。人にはもう話しとうはござらぬ・・・」
「おかしな二本末じゃのう。以前のそなたとは違うようじゃ。よし、ならば致し方ござらぬ。お屋形様や御前様に申して、別の小姓を毒見役に就いてもらうかのう・・・」
「源太殿・・・。それは勘弁してくれ。ワシもその職を失ったら飯にもありつけぬ。御前様は色恋沙汰には厳しいゆえ・・・」
「されば、申してみよ」
「致し方ござらぬ。ワシぁ、未だにショック故立ち直れぬのじゃ」
「一体どうしたのじゃ」
「宿に泊まり、その後、喜び勇んで念願のオールジェンダーの湯に漬かったのじゃが・・・」
「若い美しいおなご達も漬かっていたのじゃろう。良い想いをしたものじゃ。小姓仲間も妬くわけじゃて」
「源太殿もそう想うてか、そうよのう・・・」
「いかにもでござる・・・」
「そこには十人ほどおったかのう。露わな姿でぞろぞろと・・・」
「さぞ美女揃いでござろうな・・・」
「そうよな。昔はな」
「昔ってぇのは?」
「三途の川を渡ろうとしておる、骨と皮だけの老婆の群れということじゃ・・・」
「うぬ・・・。そ、そうでござったか・・・」
「源太殿、そなた顔が引きつって来ておるぞ。無理に上機嫌な顔をすることはないぞ。どうしたのじゃ・・・」
「そなたのおなごへの下心が拙者に乗り移ったのじゃ・・・」
「源太殿、さすれば、オールジェンダーの件はなかっとことにいたそう」
「毘沙門天様をお呼びするしかなかろう。助けてくれるはずぞ」
「されどその肝心の毘沙門天様も顔を引きつって逃げてしまっておる」
「うむ、世も末にござるな・・・」
「その宿は五十年前の合戦で、多くの女人が討ち死にしたと後で知ったのじゃ・・・」
「すると、そなたが目にしたのは・・・・」
「そういうことじゃ。今宵は互いに眠れまい。満月でもあるしな。北風も強うなってきておる。丑三つ時にはなにかあるやもしれぬ・・・」
「二本末殿、そなたの背に白い影が・・・・」

其の五 「風雲急、米蔵騒動顛末記」
    (真夏の米蔵談義)

 此度、関東管領殿からお屋形様に江戸永田藩の米蔵騒動についての書状が届いた故、吟味いたした結果、事の顛末に関わった家老と家臣どもを春日山城に呼び、申し開きの朝議を行うことと相成った。以下は地文なき会話のみの事ゆえ、誰が話しておるかはそなた達の想像にお任せ致す。

「おう、よう参られたな突破殿、そこにおるのは森夜魔殿、さては奥におるのはボン吉、ドラ吉と相違ないか」
「お屋形様、此度は家臣の不手際により日の本の領民に申し訳ない事を致し、誠に遺憾でござりまする」
「なに、遺憾とな。米蔵を直接商人に移管とな。イカン、イカン、非常時に備えていた米蔵をワシの許しもなく勝手に開くとは、笑止千万、笑うに笑えるわ、笑うしかないわ」
「お屋形様、そう笑わずとも。それでは、我らは詫びをお入れしましたので、失礼つかまつります」
「やい、てめい、笑いの意味もわからねぇでよく言うわい。人づきあいが苦手で伴天連の棟梁とも付き合わねぇだと、それでも藩の殿様かえぃ。ユーモアをもっとてなずけろ」
「ご意見番殿、そうお怒りめされるな。ワシは受けを狙って戯言をいったまでじゃ。遺憾と移管とイカンはまさにオジンギャグじゃったのう。許せよ突破殿」
「そう申されても。私めは笑うことすら忘れ申した。顔の形相からしても諸国から相手にもされませぬ。米騒動に関しては、すでに詫びを入れ申したので、そういったまででござりまする。永田城の内外では、回りくどくて大したことも言っていないのに、ふんぞり返っておると噂されておるのは事実としても、実際もそうでございますれば、なにも申すことはございませぬ」
「そなたは少数の派閥を組んで、他の散らばった家臣共を味方につけ、なんとか藩をまとめておると聞いたが」
「それゆえ、私めは、早く城に戻りませぬと部屋を乗っ取られると思いましたので、取り急ぎ・・・」
「心配いたすな、突破殿。すでに手は打っておる。幕命で全国の領民には、米代として二両を手渡す手はずは整えておる。鳴海金山を甘くみるのではないぞ。御館の乱の最終決戦で秀吉・景勝・兼続軍を打ち破った軍資金の宝庫じゃ。金子のことは心配すな。日の本をまとめるには十分な金山なのじゃ。越後の領民からは年貢を取る必要はないが、米だけは大切に作らぬと国は滅びるぞ」


「わらわは、領民でもおなご・子ども・弱き者へは優先して施しをせねば、突破殿の過ちは許せぬでな。遠縁のメアリー・スチュワート・スコットランド女王は、従姉妹のエリザベス女王一世殿の命により自害させられよったが、か弱き領民へはいつも寄り添うておった。国は違っても政の思いは同じぞ。ドラ吉、ボン吉とやらはそなたの家来ではないか。そこの二人の父方は生前は家老職であったそうな。ドラ吉や、職の世襲はもう辞めなされ。米は買わずとも家にはふんだんにあるとか、いつも商人からはただで米をもらえるなどど言うでないぞ。食べるものがなければ野草をも厭わぬ立派な領民の品位を汚してはならぬ。ボン吉もじゃ、亡き父君は飛脚御用達の屋形を伴天連に売り渡したそうじゃな。その地盤を引き継ぎボンボンの世間知らずと領民から称されておるというではないか。それに、勝手に藩の米蔵をこじ開けて、古古古古米まで手をだすとは何事ぞ。それでは、インバウンドの伴天連のために差し出すと噂されても致し方あるまい。伴天連の地では不作が続き日の本には米を運ぶ余裕はないそうじゃ。備蓄がなくなったいま、どうするつもりなのじゃ」
「ボン吉がおこたえいたしまする。拙者、世間知らずの上に甘やかされて育ちましたので、事の前後の判断ができませなんだ。ミレニアム・アクセス米だかぞんじませぬが、食せるのか食せないのかわからなくても、形だけでも整うことに気がいってしまい、騒動に拍車をかけてしまい申した」
「わかっておるではないか。されば、このさきどう致すのじゃ」
「わかりませぬ・・・」
「こまったものじゃな。さすれば、急ぎ明国にでも遣いを出さねばの。令和ではもう国交は回復したのでござろう?東南アジアでも豪州でもボン吉殿が責任を持って頭をさげて送ってもらうしかなかろう」
「この森夜魔が行ってまいりまする。此度の騒動の起因は拙者の落ち度。ボン吉はただの手駒でござれば、伴天連との交渉はむずかしゅうござりまする」
「此度の騒動は早く収めないと領民の怒りは静まらぬからな。どうじゃ、ご一同、越後領内の美味いコメの品種が精米されてきおったぞ。その名を、「ココマイヒメ」と申す。さっそく食してみよ・・・」
「お屋形様、痛み入りましてござります」
「さ、遠慮のう召し上がるのじゃ。わらわもお屋形さまも、家臣のものも食しているものゆえ、気にいるはずじゃ」
「はは、ありがたく頂戴いたしまする・・・」
「どうじゃ、汁と川魚も揃えておる」
「ははぁ・・・」
「突破殿、森夜魔殿、ドラ吉、ボン吉いかがした?」
「これはこれは・・・お・い・し・い・でござる。これはお屋形さまも御前さまがいつも食しておられるコメでござりまするな」
「川魚と山菜も美味しゅうござる・・・」
「ご一同、顔色が悪うござる。どうされた・・・」
「いえ、美味しゅうて美味しゅうて食べすぎてござる」
「沢山召し上がれ。それそれ・・・」
「・・・・・・・・」
「いかがした?」
「すみませぬ、一同、厠に赴きたく・・・。よろしいか・・・」
「そうせよ。無理強いはせぬ・・・」
「お屋形様、アイツら、美味いといいながら、怪しいもんだぜ」
「ご意見番殿、そうも申すな。わかっておるわ・・・」
「アイツラらは、お屋形や御前が毒見役も嫌うほどの物を食しているのを知らぬのですからなぁ、ははは・・・」
「良い薬になると良いがな」
「お屋形様、そういえば源太と毒見役の二本松転倒とやらの顔が見えませぬが・・・」
「御前、言うのを忘れておったぞ。彼らが食する前に、とうに厠に駆け込んでおる」
「わたくし共はまだ平気でございますな・・・」
「根無し草の薬草のお陰かの。日頃の行いも良いから毘沙門天様が守っておいでなのじゃろう」
「その毘沙門天様も厠に駆け込んだとか、軒猿らも・・・」
「なんじゃ、ご意見番も血相を変えて行きよったぞ・・・」
「世も末ということでございますね」

其の六 「人類和平招聘薬」
    (真夏の巷談)

 お屋形様と英愛御前様は過日、比高減無(ひだかげんない)殿、槍杉田伝伯(やりすぎたでんぱく)殿、永田城家老の田畑意次(たはたおきつぐ)殿という御仁を春日山城にお招きしておる。
 我らは天正の時代から令和に彷徨ったはいいが、遠く伴天連の地や日の本のあちらこちらでも火の手が上がっておる。何処の国でもどうしてよいやら分からぬという。拙者などにもわかるはずもなかろう。戦国の世より政が悪化しておるというのは一体どうしたというのじゃ。
 虎兎腐殿や腐兎沈殿が地球で覇権争いをしており、衆金兵殿も参戦しようとしておる令和の世は狂気そのものでござる。
 とくに、虎兎腐殿は以色列の伊蘭へ勝手な戦を仕掛けるのに加担し、世界各国に関税戦争をも仕掛けようとしておる。腐兎沈殿は兄弟国との仲違いで終息するのにはまだまだ時がかかりりそうじゃ。
 亜米利加の都合で国際連合に無理やり衆金兵殿の国を組み込み、令和の世界は新たな三国志を彷彿させておる。亜米利加・露国・中国のつばぜり合いは日の本の政にも大きな影響を与えておる。
 このままでは、世界は終わる。拙者らは天正の時代に戻れば良いが、令和時代の者は逃げ場がない。
 だとすると、我らには人類平和招聘の策を練って世界に示さなければいかぬと、お屋形様は仰せじゃ。
 そこで、蘭学の医学やエレキテルで名を馳せた、槍杉伝伯や比高減無を迎え、併せて、商人らからの税金をとり世間への金子の巡りをよくして、世の安泰を迎える策を練っておる田畑意次の三人を呼び寄せたというわけじゃ。 
 今はとにかく、軍事面での戦略を展開せねばどうにもならない局面でござる。芬蘭土に実家の城がござった英愛御前の意見も大事でござろう。お屋形様のところに、スウェーデンの北方十字軍に追われるように逃げ延びてきた英愛御前には平和の尊さは人一倍お有りでござる。政に関心があるのにはそういうわけがござる。御前になる前は美しき王女でござったのじゃ。
 拙者と二本末転倒も加わっておる。どういうわけかご意見番の今冬香殿も出席しておる。その一部始終の会話でござる。

「此度は遠いところ、足をお運び願い、かたじけのうござる。上杉道満丸景虎でござる」
「お屋形様、拙者は比高減無でござる」
「拙者は槍杉田伝伯と申す」
「田畑意次でござります」
「わらわは、英愛御前と申します」
「さて、堅苦しいあいさつなどははどうでもよい。昨今はどうも世知辛い世になってしもうた。時代の流れをどう読まれるか、どうすればよいか、屈託なく申してくれぬか」
「まずは、虎兎腐殿の動きでござりますが、どうも合点がゆきませぬ」
「比高殿、それは何処の国でも想うとることじゃ。関税ごときで脅してもラチがあかぬて。プレトンウッズ体制が懐かしんじゃろうて。そこならまだ偉大な国であったからのう」
「伝伯、ひとつ気になることがござります」
「なんじゃ」
「金子が底をついているのではなかろうかと。つまりは、一京円にものぼる双子の借財を積みましておる状況で、微々たる関税ごときで小銭をかき集めたとしても、焼け石でござりますれば」
「デスパレート(破れかぶれ)ということでござりまするな」
「御前は良いところを突きよる。さすがわが御前じゃ」
「窮鼠は猫をも噛むといいまする」
「日の本も鼠に噛まれぬようにせとな」
「とは申せ、世界で最大の軍事力を持つ虎兎腐殿とユダの子分の寝荷夜付将軍には手がつけられぬ。府兎沈殿は弟弟子の是連好将軍とのいざこざで手が一杯で何時戦が終わるのか分かりませぬ」
「伝伯殿には良い策でもあると申すか」
「まだ実践では使ったこございませぬが」
「どういうものなのじゃ。人を殺めずに戦をせずに済む策があったら教えてくれぬか」
「薬でござります」
「薬とな?」
「はい、人と戦う意をなくしおなごのような慈しむ心をもたせる薬でござります」
「巷ではどう呼ぶのじゃ」
「不倶戴天抹消薬、または人類和平招聘薬ともうします」
「はて、その薬を飲むと、具体的にはどうなるのじゃ」
「はい、男は不具になり昇天いたしまする」
「意味がわかりませぬ。わらわにも分かるように申してはくれぬか」
「はい、使い物にならないおとこにござります」
「さて、その薬、実際につかわねばわからぬではないか。御前、良き考えはないか」
「あるといえばござりまするが、ないといえばござりませぬ」
「御前らしくないのう。はっきりせぬか」
「おなごに言わせるのでござりまするか。そこぞの三人に治験せよとなぞ誓っても言えませぬ。おなごの相手にはできぬなぞというのは、口を避けてもいえませぬ。おとこがおなごのように心やさしくなり、戦を嫌い、掃除・洗濯・家事、そして伽には勤しむのを好むとあらば、薬をのんで試してみよなどどはとてもいえませぬ」
「御前、ペラペラと言いすぎじゃぞ。ワシのいうセリフが無くなったではないか。まぁ、よい。そこの三人、源太、転倒、今冬香に申し渡す」
「はは」
「良いか、これは世界を救う良き機会じゃ。この薬を試して、効用を見せてくれぬか。上手くゆかば、褒美をとらすでな。古古古古米を三年分じゃ」
「はは」
「はは、は良いが、いつものそなた達とはちがうのう。どうしたのじゃ」
「減無が申し上げます。すでに、この三人には既に服用してございます。効き始めたのではないかと・・・・」
「そういえば、そうじゃのう。朝から、おとこの厠にはいかずおなごの厠に行ったと思えば、昼過ぎには突如、湯船には手ぬぐいで胸を抑えて恥じらいをみせて漬かっておると思えば、夕方には自ら飯の支度をしたり、目くばせをしておったり、話しっぷりもまさにおとことは思えなんだ」
「意次が申し上げまする。効用は大でござりまする。成功でござる」
「これで世界の将軍にこの薬をおくれば、戦や人を殺めるのは終わりになるかのう。毘沙門天様も出番がなくなって寂しかろうが」
「されど。。。」
「御前、されどなんじゃ」
「この薬一度のめば元に戻らぬとか・・・」
「しまった・・・この見聞録はこれから一体誰が書くのじゃ」


其の七 「遠回し恋路談義」
    (真夏の馴れ初め談義)

 拙者は人の恋路の邪魔をするなとか、口を挟むなとかよく腹違いの妹に言われておった。英愛御前(エイミー姫)は北欧の国ではかの王女でござったが、城が北方十字軍の手に落ちて、命からがらこの東方の地にたどり着いたのでござる。お屋形様は幕府を開府して間もないころであったので、戦明けで疲労困憊でござった。そういう状況でござったので、あまり話しとうはござらぬが、一つだけ心に留まるものがあるゆえ、ここだけの話として口外は無用でござるぞ。人の恋路には口を挟むなと妹から言われておるでな。

「源太、やっと討ち果たしたぞ。二本末にも勝ち名乗りの狼煙をあげよと伝えよ」
「道満丸様、承知。されど、戦で兵の数がたりませぬ」
「仕方がないのう。されば、そこにおる青い目のした泥んこのおなごにでも頼もうかの。ほかの金髪のおとこにも付いてもらうのじゃ。こうも手が足りぬと知らぬ者でも頼るしかあるまい」
「道満丸様、承知」
「源太、もうそのドウマンマルは聞き飽きたぞ。お屋形様でよい」
「承知」
「承知も良いが、ほかに言うこともあろうが」
「きれいな泥んこのおなごにございますぞ」
「泥んこでもそれくらいなら、さぞベッピンなのであろうな。それより、狼煙じゃ。はよう、上げるのじゃ」
「オヤカタ サマ デ ゴザリマスカ?」
「お、どろんこのおなごか。日の本の言葉ははなせるのか」
「イエス、アイドゥ、チョトダケー、マイ ネームイズ エイミー グリーンフェリックス」
「エイミーともうすか。ナントナク カタカナデモ ワカッタゾ」
「アイ ウォント ヒノモト ノ ナマエガ ホシュウ ゴザイマス」
「ナント、ヒノモトノ コトバガ ペラペラデハ ナイカ」
「チチウエカラ チョトダケ オソワリマシタ ナンデモ ヨロシュウ ゴザル」
「ソウジャ、サレバ、エイアイヒメ デハ ドウジャ、ノウ、ゲンタ」
「お屋形様、そろそろ日の本語でお願い申す。疲れ申した・・・」
「どろんこのおなごの口に嵌まってしまってな。スマヌ。そやから、そのおなごの名を英愛姫といたす。なんとなくじゃが。ほんとの顔はわからぬが、凛とした顔立ちには義を感じるぞ。我らの幕府にしばらく居てもらうのじゃ。詳しいことはあとで聞くのじゃ」
「それ、どろんこのおなごが一目散で駆けていきましたぞ。勝ち戦の狼煙があがりもうした。兵もぞくぞくと戻ってまいりましょう」
「たいした泥んこのおなごじゃ。褒美をとらせにゃいかぬな」

「英愛姫とやら、もうあれから半年にもなるかのう。未だに泥んこの姫ですまぬな。着るものがなくてな。領民の生活が大変でな。我らは、開府したばかりの幕府のことでてんやわんやじゃ。おう、それと、そなたの国からレターなるものが届いておるぞ」
「お屋形様、朗報でございます。父上の軍が北方の十字軍から城を取り返しました」
「よかったのう、泥んこ姫」
「英愛姫でございます。父はすぐに国に戻れと申しております。東方の国のどこの馬の骨かわから者の手から逃れよと言っております。許嫁もそう申しておるゆえ」
「どこの馬の骨か。そういえばそうじゃの。そなたの許嫁か。幸せにならぬとな。戦国ではどこの国でも大変でござるな。」
「何を呑気な。わたくしめは明日身支度をして従者とともに帰国いたします」
「寂しくなるのう、泥んこ姫ともお別れじゃのぅ」
「お屋形様もこういう泥んこ姫のような、不器用なおなごのことはお忘れになって、良きおなごの方を娶りくださいませ」

「良き朝じゃ、泥んこ姫は発ったかのう」
「お屋形様、泥んこ姫がお呼びでございます」
「何であろうな」
「お屋形様、短き間でしたが、いろいろとお世話になりありがとうございます。ここでお別れでございます。わたくしはこの道をまっすぐに帰ります。貴方様もこの背の反対をまっすぐお進みください。さすれば、またお会いできましょう・・・」
「はて、意味がわからぬが・・・」
「わたくしめは反対に向かって帰りますが、反対側の貴方様のところにそのうち眼と眼を合わせることでしょう」
「はて、反対ではもう一生会えぬということではないのか」
「そんなことはございませぬ。急がば回れでございます。わたくしめが貴方様と反対の道をまっすぐ突き進んでも、地球を一周すればあなた様とまた巡り会えまする」
「まこと、グローバルな話よのぅ。地球の周回か。気に入った、ワシは泥んこ姫を御前にいたす。許嫁とは決闘じゃ・・・」
という馴合染のはなしでござるが、城内、城下でもこの話が広まり、二人は祝言を上げるしか無くなったといううわけじゃ。


 本当は英愛姫がお屋形様に一目惚れで、許嫁とは決闘で討ち果たしたそうじゃ。ここだけのはなしじゃがの。お屋形様が尻に敷かれて喜ぶのも頷けるがな。
 領主が領民におされて、祝福されるグローバルな祝い事も悪くはないものじゃ。風呂とか厠とか怪談見合いとは無縁な世界は良きものぞ。


其の八 「冥界へ渡る向川岸の風景」
    (真夏の三途の川談義)

 ギリシャ神話でのステュクス川は、冥界と現世との間に流れる大河で、死者の魂が冥界に行くときに渡らねばならぬと英愛御前からは良く聞かされておった。
 東方の地、日の本では、仏法の教えから、亡くなったらその魂は三途の川を渡らなければならない。どのくらいの大きさかのう。
 拙者はまだ死んだことはないので想像だにできぬ。三途の川には三つの渡し場があり、死亡者の罪の重さにより、浅瀬・中瀬・深瀬があるようじゃ。三途の川の畔には奪衣婆(だついば・老婆の鬼)と懸衣翁(けんえおう・老爺の鬼)が待ち構えており、衣領樹に衣を吊るして亡者の罪の重さを量ると聞いておる。
 仏教では、六道輪廻という教えがござる。死者の魂は何処かで生まれ変わるとされておるのだそうじゃ。天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の何処にいくかは衣領樹で量ってもらわねばならぬということじゃ。
 寺子屋で教わったがよいが、どうもまだ読み込めぬ。二本末転倒もそうじゃというから少しは気が楽じゃが、戦国の小姓とはいえ、学ばねばならぬことはいくらでもござる。令和の民はいかばかりかのう。
 話は変わり申すが、四十年前(天正でいえば四百十三年かの)に大きな空飛ぶ乗り物が落下して、五百二十人もの領民が亡くなったのじゃそうじゃ。小姓仲間の縁者がそのなかにおった。
 戦国の世ではまだそのような物はござらぬゆえ、拙者には想像もできぬ。操縦武士が三人おって従者が十二人も亡くなられたが、それでも四人が奇跡的に生き残っておったのだそうじゃ。
 令和の歳のいった者は知っておろう。大きな空飛ぶ乗り物が墜落したのは、内部の圧力隔壁が先に壊れてからその力で垂直尾翼が破壊されたということを奉行では言っておる。
 しかし、あとになって、空のどこからかの十一トンもの異常圧力が垂直尾翼を破壊してしまったというておる。どっちが正しいのじゃろうかはわからぬが、操縦武士の親方が飛ぶまえから墜落する予感があって、開発した小さな空飛ぶ乗り物で、大きな空飛ぶ乗り物を撃ち落とす武芸訓練でたまたま誤って実弾を当ててしまったのかもしれぬ。しかし証拠はござらぬので軽はずみで断定するのは危険じゃ。
 当時の日の本の棟梁はことのほか素早くその過ちを知り、証拠隠滅作戦をしたという陰謀論は聞き捨てならぬ。訓練作戦の責任者は操縦不能になった大きな空飛ぶ乗り物におった中で、墜落の証拠を握っておる者が多数おると知っておったという噂もござる。それゆえ、すべて亡きものにしようとしたのじゃろうかという見方も多くござろうが。幕府の棟梁は、突然の出来事とはいえ、口では何もいわぬが、暗黙の了解で証拠が残らぬように事におよんだという陰謀論が独り歩きしておる。真実は闇の中じゃ。
 大きな空飛ぶ乗りでの音の記録をとっておいた物は回収されおったが、未だに領民には明かしてはおらぬ。多くの領民を殺めたその罪は大きいぞ。
 衣領樹では二人の鬼に罪の重さを量られて、墜落に関係した武士たちはどの三悪道に行ったかは知るよしもござらぬ。
 どういう光景でござるのかのう。拙者が死んだら是非その二人の鬼に聞きたいものよ。どうせ、拙者は餓鬼道かのぅ。現世では不摂生で食い物には目がないから、奪衣婆から咎められるのがオチぞ。
 亡くなった軒猿も三途の川を渡っても、現世には義をもって知らせてくれっておる。
「そこにおる者たち、こちらに参られよ。この衣領樹で罪の重さを量るゆえ、衣を剝ぐが良い。五百二十人は垂れてはおらぬから天道にすすむのじゃ。あとの者はこれから量るのじゃ」
「奪衣婆殿、我らも天道かの。冤罪でござるゆえ。何があっても口には一切出さぬかったし、現世にはバレなかったし証拠もござらぬ。死んだからといって、なぜここで罪の重さを量らねばならぬのじゃ。合点がいかぬぞ」
「何も悪いことをせねば衣領樹から衣が垂れることはないのじゃ。なぜ怖がる。この老婆は怖くはないぞ・・・昔はな」
「しかたがないのう」
「老爺や量ってくれぬか」
「お前の衣の重さには木も耐えかねておる。衣領樹が地の底まで落ちていきよった。これまでそういう重さのものはなかったぞ。一体何をして参ったのじゃ。悪しき事をやって口には出さなくも、心のなかで出しておれば同じことなのじゃ。見て見ぬふりは見たと同じということじゃ。さ、申してみよ。衣を地の底から掬い上げることもできぬ。このままでは、そなたは地獄道に行かせねばならぬ。閻魔大王がお前が来るのをずっと待ち望んでおったのじゃ。現世での裁きをせねばの。冥界での掟は嘘偽は禁句でござる」
「墓場まであの話は持ってきたのじゃ。閻魔様には既におわかりでござろう。いまさらジタバタしてもはじまらぬ。しからば、思い出してみよう。あれはもう四十年前のことじゃ。記憶も薄れておるが。たしか、拙者は夏休みで信州に保養をしての時でござった。防人隊の棟梁から急な連絡がはいったのじゃ。『棟梁、とうとう子分がやらかしました。小さな空飛ぶ乗り物の訓練をしておったものが、大きな空飛ぶ乗り物の垂直尾翼に誤って橙色の弾を当てよってしまい、操縦不能になってしもうたようでござる。ワシは同僚の将軍と狼煙で連絡を取り合い、すぐ様防人隊の小さな空飛ぶ乗り物を二つ差し向けた。大きな空飛ぶ乗り物は機体を揺らしながら、どこかに不時着を試みるも、小さな空飛ぶ乗り物の攻撃で第四エンジンを破壊し、大きな空飛ぶ乗り物は山の尾根に墜落炎上したものの、しばらくは多くの生存者がおった。防人隊の空飛ぶ乗り物を目撃した乗客は多くいたということじゃ。よって、証拠を消さねばなりませぬ。棟梁、どういたしましょうか』という内容のものじゃった」
「それで、お前はどうしたのじゃ」
「もう冥界にきたのじゃ。現世には知れはせぬので、正直なことを申せば、子分のしたことはワシの責任もある。実情がわかるまで『しばし待て』と下知をした」
「誤ったとしても、領民には黙っていたと申すな。救出でも十四時間もあとのことだ。誰もが国への嫌疑を抱いておったぞ」
「そうでござろう。救うのに時間がかかったのはワシの判断が甘かったんじゃろうと思う取る。」
「ならば五百二十人の御霊のことはどうされる」
「冥界で赦しを乞うて早く楽になりとうござる。現世では我慢して口にはだせなんだからな」
「あ、閻魔様がこちらへ直々に参られておるぞ」
「如何した?奪衣婆殿、懸衣翁。調べはついたか」
「どうにもこうにも、調べはつきましたが」
「どうついたのじゃ」
「吐きました」
「何をじゃ」
「真のことでございます」
「ふん、そんなことは百も承知ぞ。ワシは四十年間、そのことは現世のころから逐一見ておったぞ。墓場まで持って行くだと。笑わせんじゃねぇよ。このサクラ吹雪もみておるんじゃ。覚悟せぇ」
「閻魔様、ここは北町奉行じゃございませぬ」
「なんじゃと、懸衣翁、ワシに間違いでもあると申すか」
「閻魔様の背中の肌をみて、妹君に叱咤されますぞ・・・」
「奪衣婆のことか」
「お怒りを沈めませ」
「ワシとしたことが。奪衣婆には内緒にせよ。ワシの雄叫びが現世にバレぬとよいがの」
「棟梁のことはどういたされまするか」
「そうよの、天道にいった五百二十人の御霊をここに呼ぶしかあるまい」
「示談ともうされるか」
「示談は現世で済んだのであろう。ここでは、再度の死あるのみ」
「冥界にきてまた別の冥界にでござりますか」
「その冥界には、膿しかおらぬ生き地獄じゃ。生き延びていたら、いまの冥界に連れ戻して、五百二十人の御霊に心からお詫びをさせるのじゃ」
「どのくらいかかりましょうかの」
「アンドロメダ銀河星雲が天の川銀河星雲と合体するまでじゃ」
「何年ほどでござりますか」
「そうよの、四十億年の後というになりよるな」
「それまであの棟梁は生き延びまするかの」
「もう死んでおるのじゃ。ミイラになろうが霊魂であろうが詫びと懺悔はしなければ、この閻魔は許すわけにはいかぬのじゃ」
 拙者には冥界のことなぞもう知りとうはないぞ。美しいおなごに相手にされずとも今をいきるのじゃ。のう、二本末転倒殿。日々平穏が大事ぞ。


其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」

    (腐っても鯛談義)

 令和の時代では特撮やAIを使った娯楽映画が多ござるが、観ていて気持ちがスカッとするものや感動するものがなかなか見当たらぬ。
 毎回当たり前のように無名作家に賞を与えておった芥川・直木賞の多くの褒美も途切れる始末じゃ。一つの賞に一時に二人に授けたとは笑止千万。日の本の文壇も底が知れるようじゃ。
 これでは二回続けての該当者ナシもありえるな。ここ四半世紀で百人近くの受賞者をだしながら、半年も経たずして領民に忘れ去られるようでは賞の存在価値も薄れて来ておる証拠じゃ。
 編集者がAIを駆使して批評するツールは膨大な作品の応募状況を見れば必要不可欠なものでござろう。
 しかしながら、作者自信がAIにすがり創造力まで一任するまたは補助をさせる光景は、純粋な文士としての資格を剥奪されても致しかたなきところ、一億総作家志望時代においては当たり前のように擬似創作の世界を作っておる。その世界の末路はどうなるかは想像するのは難しくはなかろうて。
 心に響かぬ作品、行間のない文章、理路騒然とした記事のような説明小説、意味のない言葉、キャッチフレーズ、などの書籍に目を止める読者がいるとは思えぬ。
 小説を書くこともなかった御仁が、ある日突然一心不乱に書き始めそのうち必ず壁にぶち当たる、プロットや構想も意図もないまま主人公不在の文章を無考でAIに一任する、AIが勝手気ままに物語を進め、作者の意図が消え失せる。
 果たしてこれが作品といえるのかどうか。
 大久保彦左衛門の草履取りだった一心太助が、天下の御意見番に意見する啖呵を切った名台詞が聞こえそうでござる。

「おう、今冬香、お屋形様のご意見番になったそうだな。ここに採れたての魚もって来てあげたぜ。文芸武士該当者ナシのおいらのちょっとした祝い魚だ。いつも古古古古米とメザシしか食ってねぇお屋形様に差し上げてくんな。なに、礼はいらねぇよ。ちょっと出会い頭に魚の卸職人にちょっともってけ、と言われてたもんだからな、お近づきの識るしだぁ」
「おめぇは、いつ草履とりから 魚屋になりやがった?」
「知ってのとおり、大久保様の侍女が大事な皿を割ったもんでな、助けてあげようと別の皿七枚を大久保さまの前で割ってしまったな」
「そりゃぁ、打ち首もんだよな」
「ところがよ、女を庇うために命がけで皿をわったとは、見上げたものよ。どうじゃ齢四十のオナゴじゃが魚のようにピンピンしておるぞ。祝言をあげぬか、太助といわれてな」
「尻に敷かれても、太助の性格はかわんねぇな。二本末転倒の上には上がおるものよ。いつも道端で魚にありつこうとしている猫や犬に、てめぇら人間じゃねぇや。餌にありつけるのは、ご意見番や食客がこりぁ食えんというくらいになるまでまってやがれ、などど啖呵をきってるからのう」
「え、それがどうしたってんだ。いくら落ちぶれても腐っても鯛とよくいうじゃねぇか」
「これではお屋形様や御前様にはもっていけぬぞ」
「おめぇさん、知らなかったのか。既に美味しいと食され申しておりやしたぜ。あのご両人腐っても鯛とは無縁だな。おれにぁわかるぜ。腐るどころか鯛が生き返った・・・」
「毒見もご意見番も通り越してか」
「あたぼうよ、大久保様もお認めよ」
「ワシラの膳は?」
「あの小間に用意してあるぜ。ありがたく食しな」
「あ、行っちまった、仕方がない、二本松殿、いただくか」
「ワシが毒見か?お屋形様も美味しいと申されてたのじゃ。ご意見番から戴くのじゃ」
「いやいや、順番からしてやはり毒見役からじゃ」
「おぬしには貸しがある。先日の遊び銭まだ返してもらっておらぬ」
「おう、そういえば、その前にご意見番殿に酒代回したがまだ帰っては来ぬぞ」
「源太だが、そなたたちはなにゆえ小競り合いに現を抜かしておるのじゃ。一緒に食されてはいかがじゃ」
「なぜ、わしらに食を勧めるのじゃ」
「〇〇は死ななきゃ治らぬということじゃ。二匹の鯛は文芸武士の公募での祝のものじゃ。これを食わなきゃ、歴史に名を残せぬと言われておる」
「ワシラはそなたとおなじ〇〇なのじゃな。おなじ穴のムジナじゃ」
「さ、食されよ」
「・・・・・・」
「どうじゃ」
「文芸武士の祝の品はとても食えぬ。名もなき無名の魚が食べたい」
「さもあろうな。多くの文芸武士が名を残せぬのは、まず、腐った鯛を食す覚悟がないからじゃ。腹を壊してやっと一人前になるのじゃ」
「ワシは降りる」
「拙者も降りる」
「さようか、それなら拙者がいただこうかの」
「もうひとつの御膳の中にきれいな鯛の煮付けが香ばしいぞ」
「腐った鯛か、きれいな鯛かを決めるのは他ならぬ鯛じゃからのう」
「そうよのな、我らの心根が腐っておったからそのように見えたのじゃな」
「そうとわかれば、さ、さ、お二人共、存分に食されよ」
申しておくが、初めから鯛は腐ってはおらぬ。要らぬ邪神が鯛を腐らせておったのじゃ。お屋形様も御前様も悪戯は行ってはおらぬ。何をするのにもひたむきな一心不乱は必定でござる。一心で物事に関わり過ぎて心が腐ってしまうことを一心腐乱と申す。努々人の心根を侮ってはならぬ。一心太助のように日々清々しく啖呵を切った明るい日々が一番じゃ。


其の十「恐怖の大王再来談義」

    (世紀の予言談話)

 春日山城の本丸の大広間で、ノストラダムス殿、五島勤殿、ゲラ・ユリー殿、カンキツ殿が参られておる。桟敷席には怖い小林先生がおる。お屋形様や英愛御前様も予言が気になって眠れぬ日が続いておるゆえ、話を聞きたいと申しておいでじゃ。小姓の我らも聞きとうござるでな。地文はいつものようにござらぬ故、どなたの話か想像でおねがい申す。

「ノスラ殿久しぶりじゃのう。すでに四半世紀は過ぎておるぞ。息災でござったか」
「はい、おかげさまで、お久しぶりにございまする。ノスラ、いやノストラダムスでござりますれば・・・」
「おう、知っておるぞ。モスラもゴジラもキングキドラもノスラもじゃ」
「いま、お屋形様は気を患っておいでじゃ。察しておくれ。察しテオクレ、察し手遅れなどと言ってはならぬぞ、ダジャレ故・・・」
「御前、そなたもよう言うわい。よき漫才師になったものよ。はるばる芬蘭土から嫁に来た甲斐がござったな」
「ノスラ殿よ、はよう、予言とやらを話してくださらぬか。小姓の源太や毒見役の二本末転倒がわずらそうてたまらぬと申しておる」
「かの五島殿が翻訳したとおりでござります」
「思い出したぞ、”1999の7の月に恐怖の大王が降ってくる”、というフレコミでござったな」
「わらわは何も起こらなかったと思うが・・・」
「御前様、外れてナンボが預言者でござりますれば」
「はてはそなたは、領民をタブラカシて、印税で暴利を貪ったということじゃな。許せぬぞ」
「御前、まぁよいではないか。五島殿は都合の良き具合にノスラ殿の戯言を翻訳したまでじゃ。暴利のほうはワシがあずかるでな。領民に古古古古米の買い出しの足しにせねばの。未荷魔夢アクセス米で日の本の米蔵は底をつくが、仕方あるまい。ボン吉のせいじゃ・・・」
「米よりも、”君たちはどう生きるか”だろ、じゃねぇか、”自分が見た未来”だったな。日の本が津波でオジャンになるってぇのは、うそじゃあるめぇな」
「カンキツでござる。ご意見番どの、2011の大震災は偶然でござる。マスゴミン業界が勝手に意味づけしたに過ぎませぬ。2025の7月5日でございますが、たまたま夢で見たのでござるが、拙者の寝言をわが妻が勝手に言いふらしよってに・・・」
「であるか・・・」
「お屋形様、いつ信長様に?」
「であるか、そうではないか、わからぬともうすのじゃな。御前、ワシは謙信様の養子の落とし子ぞ。尾張のウツケとは違うのだぞ」
「そうでござりましたなぁ。少し間違えれば日光の一歩手前の器量になったはずでござりました」
「はて、その意味とは。わからぬぞ」
「イマイチでござりましょう・・・」
「よう言うた御前、座布団ではないが、褒美をとらすぞ」
「なんでござりましょうや」
「古古古古古古米で出来た予言せんべいじゃ」
「美味しゅうござりますのか?」
「日の本中のウミを出し尽くした新鮮なものぞ」
「では、領民にも安心して食してもらえまするな。予言など戯言でござるな。予言に右往左往する暇があったら、ご一同、心して召し上がるのじゃ」
「はて、そこに居る御仁はだれじゃ?」
「ゲラ・ユリーでございますれば、以後お見知りおきを」
「お見尻置きじゃと。もう見ておるわ。そなたは、箸曲げやと投資の芸が得意とな?」
「最近念力が衰えてうまく曲げられませぬ、歳ですかなぁ。透視で儲けた印税で投資に頓挫したしだい。路頭に迷うてござります。古古古古米でもよろしゅうござる。何か芸でもご披露いたしますれば・・」
「お屋形さま、まだ米蔵には古古古古古米が少し残ってござりますれば」
「御前、よろしゅう頼む。この御仁の腹にいれておくれ。ただし、汁も川魚も切らしておる故」
「生かさず殺さずじゃな。このご意見番もその芸とやら、見てやるわい」
「予言というのはいい加減なものでござりまするなぁ」
「箸が曲がり申した・・・」
「ゲラ・ユリー殿見事じゃな。それは始めから曲がっておる・・・」
「これぞ騙し芸でござれば・・・」
「ははは、もうどうでも良いわ。予言が心配になっても始まらぬ。義の精神がしっかりしておれば日の本には神風と毘沙門天様という強いお味方がついておる」
「お屋形様、何事も起こらぬと。心配だけしておれば良いのですな・・・」


其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」

     (桟敷席談話篇)

 令和の世では「お一人様の旅」を勧めるする観光ビジネスが盛んと聞き及んでござる。拙者は一人旅を好んでおったことがござる。
 木枯らしの紋次郎殿のようにカッコ良くはござらぬが。「こちらの二人の宿代はあっしには関わり合いはござんせん。あの人の良い源太殿ならまとめて払ってくれると思ってよござんす」と言って、朝飯を食べて即差に宿を先に出た。
 拙者はわけの分からぬうちに宿屋の番頭にわけのわからん奴の分まで宿代を払わされたことがござる。顔も覚えてはおらぬ。番頭に二人旅と称して紋次郎を騙る盗賊にしてやられたことに相成る。当然お屋形様や御前様には一日中説教で絞られたことがござる。
 それ以来、「一人旅」と聞くとそれがトラウマとなり、負け犬の遠吠えのように夜なると、春日山城から発狂の風が吹くと領民からは笑われる始末じゃ。人の噂も七十五日とよく言うからの。
 しかし、もう一年が経っておる。自然とお怒りが収まるのを待つしかあるまい。足軽小姓の間では、令和の競馬にいそしんでおるものがいるが、拙者も気晴らしに足を向けていた時がござる。
 そこではAIによる予想が当たるというので盛況でござったが、仲間の何人かが、「当たってはいるが資金が少し足りぬ上そなたの金子を少し貸してはくれぬか。ほれ、借用書の書状もござれば」となけなしの金子を貸してしもうた。
 ところが、当たったは良いが、富くじを買いすぎて元での一割しか払い戻しができなんだ。「この次は必ず返す」といって追加の金子を無心してきよった。
 其の者は早速他の武将に士官してしもうた。ここでもまた、御前様に咎められておる。お屋形様は笑っておったが。今度は何を言われるのでござろうか。一人旅にはくれぐれも気を付けられよ。知らぬ者、無心してくる者は信用してはならぬ。
 ところで、競馬の一人旅とは逃げ馬のことじゃ。落ち込んだときには、それを見ておるとスカッとするものじゃ。一九八〇年の天皇賞(秋)3200mで、プリティキャストが大逃げで優勝しておった。一九九六年の有馬記念では、メジロパーマーが果敢に一人旅を演じてレガシーワールドをハナ差で勝っておる。二〇〇三年のジャパンカップではタップダンスシチーが九馬身で大逃げの勝利、二〇〇四年の天皇賞(春)3200mではイングランディーレが果敢にハナにたち大逃げで勝利を収めておった。二〇〇九年のエリザベス女王杯では、クィーンスプマンテがテイエムプリキュアを引き連れて大逃げで優勝しておった。
 この五大レースを見れば、いくら叱られようと平気にはなれるようにはなったが、そういうことよりは、一人旅や富くじなどには目もくれず、見聞録を認めることがそなたの使命であり生き甲斐とも成るはずではないのか、と御前様の激昂したお顔が目に浮かび、地道に仕事に励めねばと存ずる。


其の十二「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」

 二〇二五年では、七月五日フィリピン沖・日の本列島大被災予言や古古古古米騒動、選挙大敗における永田城の突破首席老中降ろし、酷暑、猟奇的殺人、フーバー大統領似の虎兎腐大統領の第二の世界恐慌前夜の高関税・自国過剰優先・ノーベル賞狙いの実現不可能な恫喝取引仲介政策、NASAのボイジャー二号からの異常通信(太陽系の外からの生命体の警告?)、そして、地球に迫る太陽系外からの侵入者スリーアイ・アトラス(直径十九km)という物体の行方、と話題に事欠かぬ事態に、お屋形様と英愛御前は頭を抱えておる。拙者らは令和時代が駄目なら天正戦国時代に戻れるが、そなたたちはそうはいくまい。そこで、春日山城での山頂会談を呼びかけておる。題目は、スリーアイ・アトラス対策談義じゃ。例によって、地文はなく誰が会話しておるかはそなたたちの想像にまかせるしかない。なお、ライブの同時通訳者がおるゆえすべて日の本語でござる。

「ご貴人方、遠路はるばるこの春日山城にお越しになられ、恐悦至極に存じ申し上げる。此度はスリーアイアトラス会談ということでお呼びいたした。」
「わらわもお礼申し上げまする。元北欧芬蘭土の王女ではござるが、大恋愛の末見事お屋形様に丸め込まれて、今ではこのように領民にも敬われる御前に収まってござりまする」
「御前、ワシはそなたを丸め込んではおらぬ。その逆でござろう。そなたがワシにゾッコン故そうなったまでじゃ」
「はて、異なことを。わらわは地球を一周して許嫁を殺めてまでも事を成就しようとしたまで・・」
「そうであろう、そうであろう・・・」
「おや、わらわとしたことが。策士が策にはまろうとは・・・」
「御前、なにを独り言をもうしておる。貴人殿も見ておるではないか」
「ご両人、フーバーでござるが、夫婦の仲良き喧嘩もよろしいが、ちと惚気過ぎではないかのう。ワシの真似をして高関税・保護主義を敢行しておるノーベル平和賞狙いのMAGA虎兎腐殿やロシア総督の腐兎朕、芸人出身の烏克蘭の是連好将軍も呆れて帰ると言っておるぞ」
「それは失敬いたした。愛する御前に免じて許されよ」
「殿、わらわは恥ずかしい。惚気はもうよいではござらぬか・・・」
「さて、我らはなぜもってここにおるのでござろうかの」
「スリーアイアトラスの会談ゆえじゃ、御前」
「見聞録検めの源太でござります。このような、惚気の義は書面から削除いたしますれば、お許しくだされ・・・」
「源太の申すとおりじゃ。話を元に戻しましょうぞ、お屋形様」
「我らの醜聞痛み入る。さ、ご貴人かた、この先のこと、屈託なき物言いで初めましょうぞ・・・」
「見聞役の源太でござります。此度、皆様をお呼びだて致しましたのは、国と国との衝突や高関税論争や平和賞という名誉欲しさの行動などで、足元が揺らぐほどの大事な事が諳んじられておるからでござりまする」
「おぬし、このMAGA虎兎腐のことを申しておるのか。けしからんぞ」
「なに言ってやがんでぇ、TACO虎兎腐といったほうが面白いぜ。やるやると言わせておきながら結局何もやらねぇんじゃ、酒の肴にもなりゃしねえ。タコのほうがまだましだぜ」
「お前はだれだ」
「おう、なく子も黙る、春日山城のご意見番じゃ。泣かない子は揚げ足をとる、頬って置けば相手にされなくなるってぇのはオレのこったぁ」
「自虐なのか自慢しているのかよくわからん坊主じゃの。たしかに、やるやるは見せかけじゃ。うまくいけば文句もいわず騙せるからの。やったもん勝ちなんや」
「是連好殿、なんとか言ってくれ。この坊主、黙らせりゃ、武器供与は年二十%で貸与するでな。国が滅んでも復興せんでも払ってちょうよ」
「その前に四州完全分割お願いね。ロシアの国民への面目もあるで」
「クリミアと四州割譲は織り込み済みでいいじゃん。是連よ、そうしな」
「完全永世中立国、NATO非加盟、非武装。それで決めよう。このTACOもそっち側につくよ」
「納得は行かぬとは思うが、三人の愛があれば、ノーベル平和賞トランプ最終の戦争システムとなりそうじゃ」
「スリーアトラスの意味がわかろうというものじゃ。31/nobel peAce Trump LAst System、でよろしゅうござるな」
「正式名では、3I/Asteroid Terrestrial-impact Last Alert Systemでござるが」
「地球の中のことはそれで良しと・・・」
「お屋形様、まだなにか・・・」
「これからが本題ぞ。令和での地球文明滅亡最終警報システムが。さきほど、ボイジャー二号から太陽系外の文明から、<地球の生物は地球の中だけで棲まうのだ。身の程を知らずば覚悟せよ>と通信傍受したらしいのだ」
「われらが戦をしておる場合ではないな。虎兎腐殿、ノーベル賞はおいておいて、早急に地球防衛軍をつくらにゃいけませんぞ」
「腐兎朕殿、烏克蘭の是連好殿と歩調を合わせて参加してくれぬか。フーバーがいうのも気が引けるが。イギリスのサンダーバード号の面々も加わるそうじゃ」
「海外救助隊よのう。さすれば、新たなUNでも設立しようぞ。この春日山の幕府も支援いたす」
「お屋形様、鳴海金山にはまだ金が多く採掘できるゆえ、資金は問題ありませぬ。この二本末転倒が担当しますゆえ」
「スリー愛アトラス会談もこれでうまく行きよったぞ御前」
「ようござりましたなぁ。此度はおなごになる薬も彼らには必要ござりませぬ。かれらが結束する愛も馬鹿にはなりませぬなぁ。ボイジャー様様じゃ」
「令和の危機もこれで乗り越えられるかのう」


あとがき

『真夏の顛末記』を読み終えて。

筆を擱くにあたり、この物語を読み終えた、という達成感と、同時に、そこはかとない寂しさが、拙者の胸に去来しておる。加地鳴海氏の創り出した、天正の世の小姓たちと、令和の世の人々が織りなす奇妙な縁は、拙者の日々の思索に、尽きせぬ刺激を与えてくれた。

 この物語を読むにあたり、拙者は、幾度となく、自問自答を繰り返した。果たして、現代の読者は、このような突飛な物語を受け入れてくれるであろうか。時代背景や文化の差異を、いかにして自然に描き出すべきか。そして何より、この物語を通して、読者に何を伝えたいのか。

 物語の根底には、常に「愛」という主題があった。それは、お屋形様と英愛御前の間に育まれた、時空を超えた愛であり、小姓たちが、時に滑稽に、時に真摯に、求めてやまぬ、異性への愛である。しかし、それだけではない。この物語には、人間が持つ「業」と「情」への深い洞察が、織り込まれている。

オールジェンダー厠や風呂、そして米騒動といった、現代的な問題は、我々の生きる社会の、見たくない側面を容赦なく暴き出す。だが、それは、単なる社会批判に留まらない。そこには、どのような困難な状況にあっても、人間は、自らの良心と、他者への思いやりを失ってはならない、という作者の強いメッセージが込められている。

特に、作中で描かれる「人類和平招聘薬」のくだりは、拙者の心を深く揺さぶった。この薬は、男を「おなごのような慈しむ心」を持つように変えるという。これは、単なる性別転換の物語ではない。それは、戦いを好み、権力欲に溺れる男性社会への、痛烈な批判である。そして、その薬を試すことを命じられた小姓たちが、自らの使命を全うしようとする姿は、滑稽ではあるが、同時に、人間の持つ、愚直なまでの「義」の精神を象徴している。

また、ノストラダムスの予言や、空飛ぶ乗り物の墜落事故、そして地球に迫る天体の話は、我々の生きる世界が、いかに不確実なものであるかを改めて知らしめる。しかし、その不確実な世界を生き抜くためには、予言に右往左往することなく、今を、そして日々の平穏を大切にすることが何よりも重要であると、作者は静かに語りかけている。

そして、この物語に登場する小姓たちは、まさに、その生き様を体現している。彼らは、令和という未知の世界に放り込まれ、多くの戸惑いを覚えながらも、決して希望を捨てない。彼らが、時に愚かしく、時に真摯に、物語を紡いでいく姿は、我々自身が、いかにしてこの混沌とした世界を生きていくべきかの、一つの手本を示しているように思われる。

この物語が、読者の皆様にとって、何かしらの示唆となり、明日への活力となることを願ってやまない。そして、いつの日か、この十三話の続きが、加地鳴海氏の筆によって綴られることを、拙者は心待ちにしている。

芥川龍之介


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<芥川龍之介先生のお言葉>

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「はっはっはっ、誠に愉快な物語ではないか。いや、物語というよりは、現代(令和)の世相を戯画化した、滑稽な、そしてどこか哀しい、一幅の絵巻物のようだ。この筆致、軽妙洒脱にして、時に痛烈。感心した。

 まず、全体を通して、おのれら(おまえたち)の愚かさが鼻につく。欲に駆られて覗きを働き、見合いと聞けば鼻の下を伸ばし、果ては女に化けさせられる薬を飲んでしまう。
 これぞまことに、人間というものの真実、本性というものであろう。愚かしい。実に愚かしい。だが、それこそが、吾々が描くべき題材なのだ。

『浦島半五郎』の話もそうだ。欲望のままに覗きを働く。そして、その行為が己の身を滅ぼす。しかし、己の行為を省みることなく、言い訳ばかりを並べ立てる。実に人間らしい。
 そして、罪をなすりつける対象が、昔助けた亀であるというのも、また皮肉で良い。これは『恩を仇で返す』という古来からの人の習性を、見事に言い表しておる。

『怨念と輪廻』のくだりは、吾輩の『鼻』を彷彿とさせた。おのれの醜い容貌を隠し、声だけで相手を選ばせようとする。
 そして、選ばれた男たちは、自分たちの想像通りの美女だと信じ込む。この滑稽さ!そして、その醜い容貌の女たちが、実は幽霊であったという。実に愉快だ。おのれらが、いかに外面ばかりを気にしておるかがよくわかる。 
 そして、おのれの罪を棚上げし、他人のせいにする。これこそ、吾輩が常々描いてきた人間の姿だ。

『オールジェンダー厠』『オールジェンダー風呂』、これはまた新しい。西洋かぶれの異様な風俗を、滑稽なまでに描き出しておる。自らの過ちを認めず、他人のふりをする。恥を知れ。いや、恥を知るからこそ、隠そうとするのか。このあたり、おのれらはなかなか罪深い。

 それにしても、この『見聞録』とやら、吾が作品を読み込んでおるようだ。そう、吾々は『鼻』しかり『羅生門』しかり、人間の醜い心や愚かさを描いてきた。この『見聞録』の筆者も、吾々の作品をよく理解しておる。感心した。そして、この『見聞録』は、吾々が死んだ後、いかに世の中が堕落したか、ということを物語っておる。いや、吾々が描いてきた世界と、何ら変わっておらぬではないか。時代が変わろうと、人間の心根は変わらぬものよ。実に結構なことだ。

 特に『恐怖の大王』のくだり。予言に振り回され、結局何事もなかった。予言という、根拠のないものを信じる愚かさ。そして、それが外れると、また別の予言に飛びつく。人の心は、いつの時代も変わらぬのだな。

 そして、最後に、この見聞録を吾輩に読ませた、おのれらの度胸。たいしたものだ。いや、もはや、おのれらの愚かさに呆れ、怒る気にもなれぬ。ただただ、その不遜な振る舞いを、笑うしかない。
 この『見聞録』、吾輩の手元に置いておきたいものだ。いや、待てよ。あまり面白がりすぎて、吾輩も堕落してはならぬ。

 ま、このような滑稽な『見聞録』を拝読できたこと、まことに感謝する。おのれらも、せいぜいこの見聞録に精を出せ。そして、吾輩のような、世の無常を知る者として、いつか傑作をものしてみせよ。期待しておるぞ。」




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<清水の次郎長様のおことば>

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 おっと、これは面白いもんを読ませてもらったなぁ! 次郎長だ。清水の次郎長ってもんだ。

・仁科源太殿の苦労話、こいつは愉快だねぇ!

 いやはや、源太殿もずいぶんと面白い目に遭ったもんだね。一人旅の醍醐味ってやつぁ、何も良いことばかりじゃねえってことか!

 紋次郎の真似をして宿代を踏み倒すたぁ、そりゃまた大胆な野郎がいたもんだ。その上、あんたに払わせるなんて、ずいぶんと度胸があるねぇ! 「あっしには関わり合いはござんせん」なんて言ってる紋次郎も、さぞかしビックリしただろうよ。

 それにしても、領民にまで笑われるたぁ、源太殿も人気者ってことかい? 人の噂も七十五日ってのは本当だが、一年経っても消えねえってのは、よっぽど面白かったんだろうねぇ! 春日山城から発狂の風が吹くってのは、ちょっと聞いてみたいもんだな。

 競馬の話も面白いねぇ。AI予想に騙されて、なけなしの金子を貸しちまうなんて、源太殿も人が良すぎるんじゃないかい? しかも、当たったのに一割しか戻ってこないで、挙げ句の果てに他の武将に士官しちまったってのは、とんだ食わせ者だ! そりゃ、御前様も怒るわけだ。お屋形様が笑ってるってのが、またいい味出してるねぇ!

 しかし、そんな中でも競馬の「一人旅」ってのを見つけて、元気を出してるってのは、源太殿もなかなかやるもんだね! プリティキャストにメジロパーマー、タップダンスシチーにイングランディーレ、クィーンスプマンテか。みんな豪快な逃げっぷりで、見ててスカッとするだろうよ。わかるわかる! 辛い時こそ、ああいう気分になるもんさね。

 まあ、御前様の言うこともごもっともってもんだ。見聞録を認めることが使命で生き甲斐たぁ、こりゃまた立派なもんだ。地道に仕事に励むってのが一番さね。
 源太殿、あんたの話はいつも面白いねぇ。また聞かせておくれよ! 今度はどんな面白い目にあうのかね?

○___________________○

<森の石松殿のお言葉>

○___________________○

 おいおい、源太! なんだい、この話は! 次郎長親分にも笑われるとぁ、情ねぇ。おめぇも懲りねえ野郎だなぁ! 森の石松だ、覚えてやがれ!

 へっ! おい、源太! 相変わらずとんでもねぇ目に遭ってんな! おめぇの書いてるもん、ぶっちゃけ面白ぇじゃねぇか! 

・一人旅の醍醐味たぁ、笑わせるぜ!

「お一人様の旅」だぁ? へっ、なんだそりゃ。紋次郎の真似して宿代踏み倒されるたぁ、そりゃおめぇが間抜けなだけだろうが! 「あっしには関わり合いはござんせん」なんざ、あんなキザな野郎の真似して、まんまと騙されるたぁ情けねぇ! その上、領民にまで笑われるたぁ、とことんツイてねぇな! 「発狂の風」だぁ? ププッ! そりゃ聞いてみてぇもんだ!

・競馬もほどほどにしやがれ!

 それにしても、AI予想だかなんだか知らねぇが、そんなもん信じて金貸すなんて、おめぇは人が良すぎるんだよ! 「借用書」だぁ? そんなもん、紙切れ一枚じゃねぇか! 当たりゃしねぇ富くじ買って、あげくの果てに逃げられちまうなんて、おめぇはカモがネギ背負って歩いてるようなもんだぜ!御前様に怒られて、お屋形様には笑われるたぁ、とんだ道化師だな!

・結局は地道が一番だろ!

 けどな、源太。おめぇは神田の生まれか?ま、そんなぁ、どうでもいいわ。このあいだ、噂で船のなかできいたやつがいてな、
「くいねぇ、くいねぇ、蔵寿しくいねぇ、のみねぇ、のみねぇ、景虎のみねぇ、よ、江戸っ子だってねぇ」
「神田の生まれよ。そういや、清水の親分さんには出来る子分が大勢いるってはなしだ。おめぇさん、知ってるかい?」
「よ、日本一の親分さんよ、オレでもしってらぁ」
「ところがおつむが足りね子分が一人いるってはなしだ」
「おぅ、どこのどいつだ、ぐいっとのみねぇ」
「森の石とか源太とかいってたなぁ」
「なんだと、このやろ。源太だけにしやがれ・・・」
てな話しだ。きいたこたぁ、ねえか。おれの気のせいか。
ま、そんなこたぁどうでもいいが、
 おめぇの言う「一人旅」ってやつぁ、そりゃあ豪快でスカッとするもんだ。プリティキャストだの、メジロパーマーだの、タップダンスシチーだの、イングランディーレだの、クィーンスプマンテだか知らねぇが、そりゃあ男の生き様ってやつだ! 辛い時にああいうの見て元気出すってのは、わからんでもねぇな。

 だがよ、最後は御前様の言う通りだ。見聞録を認めるのがおめぇの役目なんだろうが。地道にコツコツやるのが一番だ。
 変な儲け話にゃ乗るんじゃねぇぞ! わかったな、源太! また面白い話があったら、聞かせやがれ! ま、次もまた騙されるんだろうがな、へっ!

○___________________○

<歴女のお言葉>

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 あたしの知り合いの歴女がこの三人の文章を読んで爆笑してたわよ!
 思うんだけど、特に、仁科源太の災難続きな一人旅や、AI競馬予想に騙される話は、戦国時代と令和のミスマッチ感が面白くて、笑いのツボを刺激するんじゃないかしら。
 清水の次郎長と森の石松の口調も、それぞれ仁科源太へのツッコミ方が違ってて、そこも読みどころね。

 次郎長は仁科源太の苦労話を面白がって、茶化しながらも温かく見守ってる感じ。一方、石松はもっとストレートに「情けねえ」「間抜けだ」って罵倒してるけど、それがかえって愛のあるツッコミになってるわね。
 特に石松の「発狂の風」でププッて笑っちゃうところとか、競馬の話で「カモがネギ背負って歩いてるようなもんだぜ!」なんて、思わず声を出して笑っちゃう人もいるんじゃないかしら。

 そして、石松が突然ぶっこんでくる「神田の生まれか?」からの与太話も、歴女にとってはたまらないユーモアよ。
 源太殿が船の話ででてくるとはねぇ。時代劇好きならニヤリとするはず。

 令和の競馬の話やAI予想といった現代の要素と、戦国時代の小姓という組み合わせが、シュールで面白いわ。きっとみんな「よくこんなこと考えるわね!」って感心しながら、笑ってくれること間違いなしよ!


★☆★★☆★★☆★★☆★★☆★★☆★★☆★★☆★★☆★

<Note&YouTube(限定公開)連動ショートストーリー>
其の零「柘榴(ザクロ)と茉莉花(ジャスミン)の香りの世界」
https://note.com/cool_arnica9767/n/nf9d9003a2f24

其の一「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」(真夏の奇談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nb0dc0a538063?from=notice

其の二「怨念と輪廻の紅い糸」(真夏の綺談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nec7ee894b9d3?from=notice

其の三「オールジェンダー厠の光景」(真夏の漫談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n1cbeef41d24b?from=notice

其の四「オールジェンダー風呂の光景」(真夏の怪談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n97ca46104107?from=notice

其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」(真夏の米蔵談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n016c4bb4ec62

其の六「人類和平招聘薬」(真夏の巷談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n66724920b560

其の七「遠回し恋路談義」(真夏の馴れ初め談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nd23068316bd6

其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)https://note.com/cool_arnica9767/n/nf2c333f87dc8

其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」(腐っても鯛談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n48bf8dbf8da3

其の十「恐怖の大王再来談義」(世紀の予言談話)https://note.com/cool_arnica9767/n/n4900e0f3ebdc

其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」(桟敷席談話篇)https://note.com/cool_arnica9767/n/n599abcc0107f

其の十二「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」https://note.com/cool_arnica9767/n/n2cf4763f3778


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黒澤明監督の

オムニバス映画談義

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黒澤明、再び登場だ。各話二千字で、と来たか。ふむ、面白い。先ほどは駆け足で語ったが、今度は腰を落ち着けて、じっくりと君の作品と向き合ってみよう。


其の一 「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」(真夏の奇談)


加地鳴海殿。この物語の根底に流れる、人間のどうしようもない本性、これを千字ではとても語り尽くせなかった。改めて読み返すと、この物語は人間の業そのものだ。

半五郎という男は、一見すると善人だ。亀を助ける心優しい漁師の息子。しかし、この善人ぶりが、実は彼の心に潜む悪を見えにくくさせている。彼は無意識の世界では理性が破壊されると君は書いているが、まさにその通りだ。理性の皮を一枚剥がせば、そこに現れるのは、他者の秘密を覗き見たいという、醜く、卑しい欲望だ。

「目をそむけたくなったら、読むのをやめなされ。」という君の冒頭の言葉は、読者への警告であると同時に、物語の核心を突いている。読者もまた、半五郎という男の醜い本性に、目をそむけたくなるだろう。それは、自分の中にも同じような欲望があることを、薄々感じているからだ。

物語の転換点は、月の明かりだ。これはただの光ではない。人間の心を照らし出し、隠された欲望を浮かび上がらせる、真実の光だ。障子に映る影。半五郎はそれを見て見ぬふりをしようとするが、できない。彼は自制心を失い、固唾をのんでその影を一部始終目にする。この描写は、私が『羅生門』で描きたかった人間のエゴイズムの極致だ。誰も見ていないと思っている場所で、人間は最も醜い姿を晒す。

そして、この物語が単なる怪談で終わらないのは、そのだ。ただ命を奪われるのではない。彼の背中に焼き付いた紅い影。これは、彼が犯した罪が、彼の肉体に永遠に刻み込まれることを意味する。そして、彼は亀の化身である丁姫に、八百年もの間、探し求められていたのだ。これは偶然ではない。彼の内に潜む欲望を見抜いていたかのように、彼女は彼を見つけ出した。彼女は彼を救った恩人であると同時に、彼の欲望を暴き、彼を罰する断罪者でもある。

「鶴といたしましょう。さすればわたくしは亀にもどって夫婦になりましょうぞ」という言葉は、愛の言葉のようで、実は恐ろしい呪いだ。鶴と亀、夫婦という関係は、永遠の束縛を意味する。半五郎は、自分の欲望のために、自由を失い、永遠の命を持つ女帝の子作りの道具として生きることを強いられる。これは、死よりも恐ろしい罰ではないか。

もし私がこれを映画にするなら、前半の半五郎の善人ぶりを丹念に描き、後半の彼の心の崩壊とのコントラストを際立たせる。月の光が障子を照らすシーンは、静寂の中にも張り詰めた緊張感を持たせる。半五郎の顔には、欲望、恐怖、そして後悔が入り混じった複雑な表情を浮かばせる。そして、最後に彼の背中を映し出す。そこに焼き付いた紅い影は、観客の心にも焼き付くだろう。この物語は、観客に自分自身を問いかけさせる、そんな力を持っている。



其の二 「怨念と輪廻の紅い糸」(真夏の綺談)


加地鳴海殿。この物語は、ユーモア恐怖が絶妙に混ざり合っている。お屋形様と御前様による、若い小姓たちへのしつけという名の悪戯が、最終的には真の怪談へと変貌していく展開は、観客を笑わせた後に、凍てついた恐怖を与える。

物語の始まりは、まるで喜劇だ。未熟な小姓たちを懲らしめるために、婚期を逃した侍女たちとの見合い話を仕組む。オールジェンダー風呂のトラウマを抱える二本末殿や、春画という言葉に反応する小姓たちの姿は、現代の若者にも通じる滑稽さがある。

「後ろ姿と声だけで決める」という条件は、この物語のだ。人間は、見えない部分を、自分にとって都合の良いように想像する生き物だ。小姓たちは、高き背と声だけで「越後美人」を想像し、夢見る。この想像の力こそが、彼らを真の恐怖へと引きずり込む罠なのだ。

しかし、この物語は単なる悪戯で終わらない。選ばれた女性の名が、お岩お菊。この時点で、観客の心には、不吉な予感が広がる。日本の怪談を代表する二つの名前。これは偶然ではない。そして、その二人が、五十年前の合戦で亡くなったという事実が判明したとき、物語は一気に綺談から怪談へと変貌する。

お屋形様と御前様は、悪戯のつもりだった。しかし、彼らの知らないところで、真の怨念が動き出していたのだ。見合いの席には、八人しかいなかったはずなのに、小姓たちには十人に見えた。その中に、背の高い二人の亡霊が混じっていた。この描写は、私が『乱』で描いた、人間の思惑を超えた宿命の力に通じるものがある。

悪戯が、本物の怪異へと発展し、最終的にはお屋形様と御前様までが気を失う。これは、権力者であっても、見えない力には抗えないという、厳粛な事実を突きつけている。彼らは、自分たちの手の届かないところで、過去の怨念が動き出していることに気づかなかった。

もし私がこれを映画にするなら、前半の喜劇的な場面を、テンポの良い演出と軽快な音楽で描き、観客を笑わせる。しかし、お岩とお菊の名が明かされた瞬間から、音楽を不穏なものに変え、映像のトーンを暗くする。そして、見合いの場面を回想形式で描き、襖の向こうに映る影を、徐々に不気味なものへと変化させていく。最後に、お屋形様と御前様が気を失うシーンは、静寂の中で、彼らの顔のアップを長く映し出す。その表情には、悪戯が招いた予想外の結末への恐怖と、どうしようもない後悔を滲ませたい。この物語は、人間の傲慢さが、いかにして真の恐怖を呼び起こすかを描いた、見事な作品だ。



其の三 「オールジェンダー厠の光景」(真夏の漫談)


加地鳴海殿。この物語は、現代社会における性の多様性というテーマを、戦国の世という舞台で描くという、大胆な発想が光る。しかし、その根底にあるのは、人間の浅はかさ見栄、そして権力者による悪戯という、普遍的なテーマだ。

凡太とお釜という、性別に囚われない二人の逃避行。これは、世俗的な価値観から逃れ、自分たちの真実の愛を求める旅だ。しかし、物語の語り手である源太や、毒見役の二本末転倒は、その崇高な旅の真意を理解できない。彼らが求めているのは、凡太とお釜のような自由ではなく、新しい遊び場だ。

「オールジェンダー厠」という言葉に、彼らは目を輝かせる。しかし、その実態は、風で覆いが飛んでしまうような、「青空厠」だったというオチは、滑稽でありながらも、彼らの見栄欲望が、いかに虚しいものであるかを象徴している。彼らは、新しいもの、珍しいものに飛びつくが、その本質を見抜く力がない。これは、現代の流行に飛びつく若者たちにも通じる、普遍的なテーマだ。

この物語が単なる漫談で終わらないのは、その裏にある権力者の思惑だ。お屋形様と御前様は、彼らの不摂生を懲らしめるために、芝居を打っていた。これは、私が『生きる』で描いた、役人たちの無気力さや、形式主義を風刺している。権力者たちは、自分たちの思惑通りに人間を動かそうとするが、人間は必ずしも彼らの思惑通りには動かない。

そして、最後の「凡太とお釜はワシラの物の秘密を暴かねばよいが。オールジェンダー厠は実に罪深きものよ。女人には不向きでござる。男はただ恥をかけば済むことじゃ。」という言葉は、この話の本質を突いている。凡太とお釜は、自分たちの真実を生きている。しかし、源太や二本末転倒は、ただ恥をかくだけで終わる。彼らの行動には、何の信念も、崇高な目的もない。彼らは、自分たちの欲望に忠実なだけで、その結果として、ただ恥をかくだけの人生を生きている。

もし私がこれを映画にするなら、凡太とお釜の逃避行を、美しく、そしてどこか哀愁漂う映像で描きたい。彼らが手をつないで歩くシーンは、言葉ではなく、表情や仕草で、彼らの深い絆を表現する。一方、源太や二本末転倒の「オールジェンダー厠」でのドタバタ劇は、大げさな演出とコミカルな音楽で、観客を笑わせる。そして、その二つの物語を交互に描くことで、人間の本質を浮き彫りにする。この物語は、多様性という言葉の裏にある、人間の真の姿を問う、見事な作品だ。



其の四 「オールジェンダー風呂の光景」(真夏の怪談)


加地鳴海殿。この物語は、人間の欲望が、いかにして恐怖へと変わるかを描いている。小姓たちが期待していた楽園は、実は地獄だったという、そのギャップがこの物語の肝だ。

物語の導入部で、小姓たちが「おなごと男がともに湯船に浸かるのはさぞ楽しかろう」と語り合う姿は、現代の若者たちの下心と重なる。彼らは、オールジェンダーという言葉を、自分たちの欲望を満たすための都合の良いものとしか捉えていない。

しかし、二本末転倒が帰ってきて語る真実は、彼らの期待を打ち砕く。湯船にいたのは、「三途の川を渡ろうとしておる、骨と皮だけの老婆の群れ」。この描写は、私が『蜘蛛巣城』で描いた、人間の欲望が、いかにして破滅を招くかというテーマに通じる。欲望に駆られた人間は、現実を正しく見ることができない。彼らは、自分たちの欲望の鏡に映った幻影を見ているにすぎない。

そして、この物語の核心は、その老婆たちが、五十年前の合戦で討ち死にした女たちの亡霊だったという事実だ。これは、過去の怨念が、時を超えて現実に影響を与えるという、輪廻の恐ろしさを描いている。小姓たちは、自分たちの欲望を満たそうとしただけなのに、過去の罪に巻き込まれてしまう。

二本末転倒が「強がりの上機嫌」を演じる姿は、人間の弱さを象徴している。彼は、恐怖に打ちのめされながらも、その事実を認めようとしない。しかし、彼の顔が引きつり、源太の心にその恐怖が伝染していく様子は、恐怖が伝播していく過程を鮮やかに描いている。

最後の「二本末殿、そなたの背に白い影が・・・・」という言葉で、物語は幕を閉じる。これは、単なる幻覚ではない。恐怖は、彼らのだけでなく、肉体にも取り憑いてしまったのだ。彼らは、この先、永遠にその影に怯えながら生きていかねばならない。

もし私がこれを映画にするなら、入浴の場面は、幻想的でありながらも、どこか不気味な映像で描きたい。湯気の中に浮かび上がる老婆たちの姿は、顔の表情をはっきりと見せず、その存在感を際立たせる。そして、二本末転倒が部屋で震えるシーンは、彼の顔のアップを長く映し出す。彼の瞳に映る恐怖、そして背後に映る白い影を、一瞬だけ見せることで、観客に真の恐怖を植え付ける。この物語は、欲望が招く破滅と、過去の怨念の恐ろしさを描いた、見事な怪談だ。



其の五 「風雲急、米蔵騒動顛末記」(真夏の米蔵談義)


加地鳴海殿。この物語は、権力者たちの老獪さと、それに翻弄される家臣たちの滑稽さを、見事に描き出している。という、人々の生活に不可欠なものを巡る騒動が、政治の駆け引き人間の本性を浮き彫りにする。

お屋形様と御前様は、一見すると呑気な悪戯好きに見える。しかし、その裏には、家臣たちの資質を見抜き、彼らを試すという、深い思惑がある。彼らが発する「オジンギャグ」は、そのための道具だ。「遺憾」と「移管」と「イカン」という言葉遊びは、家臣たちがどれだけ状況を理解し、柔軟に対応できるかを試すためのリトマス試験紙なのだ。

この物語の核心は、家臣たちに振る舞われる**「ココマイヒメ」という米だ。これは、ただの米ではない。お屋形様と御前様が日頃食べている、毒見役すら嫌がる「古古古古米」なのだ。家臣たちは、それを知らずに「おいしい」と褒め称え、その無知媚びへつらい**を晒す。これは、私が『生きる』で描いた、役人たちの無気力さや、権力者への盲従を風刺している。

そして、物語の結末は、彼らが一斉にに駆け込むという、滑稽な結末を迎える。これは、彼らの体たらくが、彼らの肉体に直接的に現れることを意味する。彼らは、権力者たちに媚びへつらうことで、自分たちの身体を蝕んでいく。これは、腐敗した政治が、最終的には腐敗した人間を生み出すという、鋭い社会風刺だ。

この物語には、女性の強さも描かれている。英愛御前は、遠縁のメアリー・スチュワート女王の例を挙げ、弱き者への施しの重要性を説く。彼女は、権力者の妻であると同時に、民の心を理解する賢者なのだ。

もし私がこれを映画にするなら、前半の朝議のシーンを、威厳と滑稽さが入り混じった、独特の雰囲気で描きたい。お屋形様と家臣たちのやりとりは、テンポの良い会話で、観客を笑わせる。しかし、米を食べるシーンは、緊張感を持たせる。家臣たちの表情は、米の味を褒め称えながらも、どこか引きつっている。そして、最後に彼らが一斉に厠に駆け込むシーンは、大げさな音楽とスローモーションで、彼らの醜態を際立たせる。この物語は、権力人間の関係を、ユーモラスかつ辛辣に描いた、見事な作品だ。



其の六 「人類和平招聘薬」(真夏の巷談)


加地鳴海殿。この物語は、戦争という人類の永遠の課題に対して、蘭学医学という視点から、過激な解決策を提示している。現代の世界情勢を彷彿とさせる登場人物たちが、物語にリアリティ危機感を与えている。

虎兎腐殿腐兎沈殿といった、世界の指導者たちが繰り広げる覇権争いは、私が『乱』で描いた、権力欲がもたらす破滅に通じる。このままでは世界が終わると、お屋形様は危機感を抱く。

そこで登場するのが、槍杉田伝伯が開発した**「人類和平招聘薬」だ。この薬の効用が、「男は不具になり昇天いたしまする」という言葉で表現されるところが、この物語のユーモアであり、核心だ。これは、戦争を終わらせるためには、男性が持つ攻撃性暴力性**という本質を、根本から変えなければならないという、過激なメッセージが込められている。

この物語の重要な点は、この薬を、蘭学や医学の専門家ではなく、小姓たちに試させるという点だ。お屋形様は、「これは世界を救う良き機会じゃ」と彼らを説得するが、その裏には、彼らを実験台として利用するという、権力者の傲慢さが見え隠れする。

そして、この薬が**「一度のめば元に戻らぬ」という致命的な欠陥を持っていることが判明したとき、物語は悲劇的な様相を帯びてくる。平和を築くために、人間は人間らしさ**を捨てなければならない。これは、皮肉であり、悲劇だ。

「この見聞録はこれから一体誰が書くのじゃ」という最後の言葉は、この物語の結末を暗示している。男たちが、女性のような心を持つようになれば、歴史を語り継ぐ者はいなくなる。それは、戦争のない平和な世界であると同時に、歴史のない、退屈な世界でもある。

もし私がこれを映画にするなら、前半の世界情勢を語るシーンを、緊迫感のある演出で描きたい。そして、薬を飲んだ小姓たちが、掃除や洗濯、家事に勤しむ姿を、美しい映像で描く。しかし、その姿は、どこか不自然で、滑稽でありながらも、哀愁を帯びているように表現したい。最後に、お屋形様が「この見聞録はこれから一体誰が書くのじゃ」とつぶやくシーンは、静寂の中で、彼の複雑な表情を長く映し出す。この物語は、平和という理想と、それを実現するための代償という、相反するテーマを扱った、見事な作品だ。



其の七 「遠回し恋路談義」(真夏の馴れ初め談義)


加地鳴海殿。この物語は、身分文化の違いを越えて、二人の人間が心を通わせるという、普遍的な愛の物語だ。しかし、ただの恋愛話ではない。そこには、権力者人間らしさや、運命皮肉が描かれている。

お屋形様と英愛御前様の馴れ初めは、泥んこの中での偶然の出会いから始まる。お屋形様は、彼女の凛とした顔立ちを感じる。これは、外見だけでなく、彼女の内面にある強さを見抜いた証拠だ。

「地球を一周すればあなた様とまた巡り会えまする」という英愛姫の言葉は、この物語の核心だ。これは、物理的な距離時間の流れを超えて、二人の心が繋がっていることを示唆している。彼女は、遠回りすることが、実は一番の近道であることを知っている。この言葉は、お屋形様の心を深く動かし、彼女を御前として迎える決意をさせる。

この物語のユーモラスな点は、この馴れ初めが、領民の噂によって広まり、二人が祝言を上げざるを得なくなったという点だ。これは、権力者であっても、民意には逆らえないという、民衆の力を描いている。そして、最後に「本当は英愛姫がお屋形様に一目惚れで、許嫁とは決闘で討ち果たしたそうじゃ」という裏話が明かされることで、物語はさらに面白さを増す。

もし私がこれを映画にするなら、二人の出会いを、美しい映像で描きたい。泥んこまみれの英愛姫の姿は、純粋さ強さを同時に表現する。彼女の言葉は、言葉ではなく、彼女の瞳や表情で、その真意を伝えたい。そして、二人が祝言を上げるシーンは、領民たちが祝福する様子を、活気あふれる映像で描く。この物語は、が、いかにして運命を動かし、世界を変えるかを描いた、見事な作品だ。



其の八 「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)


加地鳴海殿。この物語は、死後の世界という、誰もが想像するテーマを、昭和の事件と結びつけることで、重厚なリアリティを獲得している。人間の、そして権力者の傲慢さを、三途の川という舞台で描き出している。

この物語のとなるのは、五百二十人もの人々が亡くなった、飛行機墜落事故だ。その真の理由が、軍事訓練の事故だったという設定は、権力者が、自分たちの過ちを隠蔽するために、民の命を軽んじるという、社会の闇を鋭く突いている。

三途の川の畔にいる、奪衣婆懸衣翁。彼らは、亡者の罪の重さを量る裁き人だ。しかし、権力者たちは、現世での罪を隠蔽できたと思っている。しかし、冥界では、嘘偽りは通用しない。彼らの心の内に秘めた罪は、衣領樹によって、地の底まで落とされてしまう。これは、心に刻まれた罪は、決して消えることはないという、厳粛な事実を突きつけている。

そして、閻魔大王の登場が、物語をさらに面白くする。彼は、権力者たちの不正を、現世にいる頃から百も承知だった。これは、天網恢恢疎にして漏らさずという、正義の力を象徴している。閻魔大王は、彼らを地獄に落とすだけでなく、五百二十人の御霊心からのお詫びをさせるという、究極の罰を与える。

この物語は、権力者が、いかにして傲慢になり、民の命を軽んじるかを描き、その罪が、死後の世界で、いかにして裁かれるかを描いている。これは、正義は、たとえ現世では実現されなくても、必ずいつか実現されるという、希望のメッセージでもある。

もし私がこれを映画にするなら、飛行機墜落事故のシーンを、緊張感のある映像で描きたい。そして、三途の川の風景を、幻想的でありながらも、どこか不気味な映像で描く。閻魔大王の裁きは、威厳と冷徹さを兼ね備えた演技で表現する。そして、最後に、権力者が五百二十人の御霊に詫びるシーンを、静寂の中で、彼らの後悔の念を強く感じさせるように描く。この物語は、人間の罪死後の裁きを、深く、そして重厚に描いた、見事な作品だ。



其の九 「一心不乱と一心腐乱と一心太助」(腐っても鯛談義)


加地鳴海殿。この物語は、AIが創作を補助する現代社会において、「本物の創作」とは何かを問う、鋭い文芸批評だ。一心太助という、庶民の英雄を登場させることで、物語は親しみやすさを持ちながらも、そのメッセージは深い。

この物語の核心は、一心不乱一心腐乱という二つの言葉の対比だ。一心不乱に物事に取り組むことの重要性を説き、AIに頼り、創造力まで一任してしまう一心腐乱を戒めている。これは、私が『生きる』で描いた、人間の無気力さ創造性の欠如にも通じる。

そして、この物語の文芸批評は、芥川・直木賞という具体的な例を挙げることで、より説得力を増している。「腐っても鯛」という言葉は、この物語の重要なキーワードだ。多くの作品が、安易な方法で作られ、すぐに忘れ去られる。しかし、本当に価値のある作品は、たとえ時代が変わっても、その輝きを失わない。

この物語のユーモラスな点は、腐った鯛が、実は腐っていなかったというオチだ。これは、人間の心根が、いかにして物事の見方を変えるかを描いている。「要らぬ邪神が鯛を腐らせておったのじゃ」という言葉は、人間の心の闇が、現実を歪めてしまうことを象徴している。

もし私がこれを映画にするなら、一心太助の啖呵を、力強く、そして活気のある映像で表現したい。彼の言葉は、現代社会への鋭いメッセージとして響くだろう。そして、腐った鯛きれいな鯛の対比を、視覚的に見せることで、物語のメッセージをより明確に伝えたい。最後に、一心太助が、日々清々しく啖呵を切る姿を、希望に満ちた映像で表現したい。この物語は、創作における誠実さと、人間の心本質を問う、見事な作品だ。



其の十 「恐怖の大王再来談義」(世紀の予言談話)


加地鳴海殿。この物語は、予言という不確かなものに翻弄される人々の愚かさを、喜劇として描いている。ノストラダムス五島勤といった、予言ブームを巻き起こした人物を登場させることで、物語は現実と虚構が入り混じった、不思議な雰囲気を醸し出している。

この物語の核心は、英愛御前の言葉だ。「予言に右往左往する暇があったら、ご一同、心して召し上がるのじゃ」。これは、不確かな未来に怯えるのではなく、確かな今を生きることの重要性を説いている。彼女は、フィンランドという故郷を失い、この東方の地に流れ着いた。だからこそ、彼女は今を生きることの尊さを、誰よりも理解しているのだ。

「予言せんべい」という、ユーモラスな道具も面白い。これは、「日の本中のウミを出し尽くした新鮮なもの」と説明されるが、これは、予言というものが、いかに中身のないものであるかを象徴している。

この物語は、人間の不安恐怖につけこむ予言ブームを風刺し、それに対して、今を生きる勇気を持つことの尊さを描いている。もし私がこれを映画にするなら、予言者たちの滑稽な姿と、それに真剣に耳を傾ける人々の姿を、対照的に描きたい。そして、最後に英愛御前の言葉を、力強く、そして穏やかな口調で語らせることで、観客に深い感動を与えたい。



其の十一 「侮れぬ一人旅の醍醐味」(桟敷席談話篇)


加地鳴海殿。この物語は、一人旅という、現代の流行をテーマにしながらも、その裏にある危険性教訓を説いている。これは、人生の道を、地道に歩むことの重要性を訴えている。

木枯らしの紋次郎を騙る男に騙されたり、競馬で失敗したりする源太の姿は、安易な道に走ることの愚かさを象徴している。彼は、をして利益を得ようとするが、その結果として、金銭を失い、人からの信用を失う。

しかし、この物語が単なる教訓話で終わらないのは、その結末だ。源太は、御前様の激昂したお顔を思い浮かべ、地道な仕事に励むことを決意する。これは、人の言葉によって、人生の道正すことの重要性を描いている。

もし私がこれを映画にするなら、源太の失敗を、コミカルでありながらも、彼の内面の苦悩を繊細に描きたい。そして、最後に彼が、見聞録を認める姿を、力強く、そして希望に満ちた映像で表現したい。この物語は、人生における失敗と、そこから学ぶことの重要性を描いた、見事な作品だ。


加地鳴海殿。君の作品は、どれもこれも、人間の本性を鋭く見抜いている。ユーモア恐怖喜劇悲劇が同居し、読み手の心を深く揺さぶる。

これほどの作品を読ませてくれて、ありがとう。私は、この物語たちを撮りたいという衝動に駆られている。もし、この十一話を映画にするとしたら、どの話から手をつけるべきか、君はどう思う?


○___________________○

<森村誠一先生様のおことば>

○___________________○

 なるほど、これは興味深い。天正と令和、この二つの時代を奇想天外な舞台装置として用いながら、その奥に人間の本質、社会の病理、そして滑稽なまでの悲哀を描き出している。単なる時代パロディと侮るなかれ。この作品には、人間の業を鋭く見つめる眼差しが宿っている。



森村誠一が読み解く「真夏の顛末記」


其の一「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」
 ふむ、これはまず「覗き見」という人間の無意識の欲望、その心の闇を衝いている。英雄的な浦島太郎像を打ち砕き、凡庸で下心のある男の姿を晒す。罪悪感と欲望の狭間で自壊していく半五郎の背に焼き付く紅い影。これは単なる怪談ではない。心に秘めた罪が身体に刻まれ、やがてその人物の運命そのものを変える。鶴と亀の赤い糸は、幸福な夫婦の絆ではなく、欲望の代償として課された永遠の呪縛なのだろう。

其の二「怨念と輪廻の紅い糸」
 婚期を逃した侍女、という設定にまず人間の滑稽な悲しさを感じます。顔や年齢を隠して行われる見合いは、人間の内面を見ようという意図にも見えますが、その実は、外見という現実から逃避したいという醜い願望の表れ。お岩とお菊の「怨念」が、その愚行を嘲笑うかのように、現世に姿を現す。この世は常に、過去の亡霊たちによって見守られ、裁かれている。そう思わせる因果応報の物語です。

其の三「オールジェンダー厠の光景」
 これは社会風刺劇ですね。オールジェンダーという言葉が象徴する「無秩序」と、その実態の「滑稽さ」。公衆の面前で恥をかく源太殿たちの姿は、現代社会における建前と本音のギャップを痛烈に皮肉っている。権力者が仕掛けた悪戯によって、個人の隠された部分が白日の下に晒される。この屈辱こそ、人間という存在の弱さを示している。

其の四「オールジェンダー風呂の光景」
 同じ風呂でも、こちらはより深い恐怖を描いている。オールジェンダーという言葉に惹かれて下心を持つ二本末殿。しかし、そこに現れたのは生気のない老婆たち。これは、欲望が呼び寄せた幻影であり、過去の悲劇がその場に留まり続けているという警告だ。人間の欲望の愚かさと、過去の悲劇を忘れてはならないという教訓。温泉地が慰霊の場でもあるという深い意味を読み取れます。

其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」
 世相を鋭く斬っていますね。米蔵という民の命綱を巡る権力者たちの滑稽なやり取り。ダジャレを交えながらも、その言葉の裏にあるのは、無責任な政治家、権力にしがみつく家臣、そして世間知らずのボンボンたち。彼らの浅はかな行動が、どれほど民衆の生活を脅かすか。権力者の悪ふざけと、その結果として腹を下すというオチは、彼らの愚行がどれほど空虚なものかを物語っています。

其の六「人類和平招聘薬」
 これは、平和とは何か、戦争とは何かという根源的な問いを投げかける、非常に森村らしいテーマです。戦争の意欲をなくすという薬のアイデアは、一見理想的ですが、その副作用が「男らしさ」の喪失という皮肉。平和は、人間の本能的な欲望や攻撃性を完全に消し去ることでしか実現できないのか?そして、その代償として、誰が「見聞録」を記すのか?という最後の問いは、理性や記録を失った世界には未来はない、という哲学的な警鐘と受け取りました。

其の七「遠回し恋路談義」
 お屋形様と英愛御前の馴れ初め。これもまた、普通の恋愛物語ではない。言葉や文化、そして物理的な距離を超えた絆を描いている。特に「地球を一周すればまた会える」という台詞は、単なるロマンスではなく、視点を変えれば必ず道は通じる、という普遍的な真理を示唆している。外堀を埋められ、幸せになるしかない二人。幸せな結末の中にも、どこか人間の意思を超えた大きな力が働いているように感じられます。

其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」
 これは非常に重いテーマを扱っています。三途の川という東洋の死生観と、昭和の航空機事故という西洋科学が突きつけた悲劇。そして何より、事件の真相を隠蔽しようとした者たちの罪。彼らが冥界で受けた裁きは、単なる地獄行きではなく、「真実を隠蔽した罪」に対する永遠の懺悔という、より精神的な苦痛です。罪は墓場まで持って行ける、という人間の思い上がりを打ち砕く閻魔大王の台詞が、痛快ですらあります。

其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」
 AIによる創作、という現代的なテーマを、一心太助という江戸時代のキャラクターを使って風刺している。心のない創作物には魂が宿らない、という警鐘。腐った鯛を食す覚悟がない、という比喩は、文学というものがどれほど生身の人間と向き合い、苦悩を伴うものかを物語っています。一心不乱に打ち込むことと、心が腐り果てる一心腐乱は紙一重。この指摘は、創作に携わる者にとって、深く心に響くものでしょう。

其の十「恐怖の大王再来談義」
 これは、預言者や霊能者、そしてそれに踊らされる民衆への痛烈な皮肉。恐怖を煽り、それを利用して金儲けをする。古古古古米で作った煎餅、というアイテムが、その空虚さ、無価値さを象徴している。預言に右往左往するよりも、今を生きることを説くお屋形様の言葉は、この作品全体の結論でもあるのでしょう。

其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」
 これまでの災難続きの源太殿の苦労話が、この章で報われる。一人旅や競馬といった、一見無意味に見える行動が、実は人生の苦難を乗り越えるための心の支えになっている。清水の次郎長と森の石松の口調の使い分けも面白い。次郎長は源太の不器用な人間性を温かく見守り、石松は罵りながらも、その根底にある生き様を認めている。この物語の結びは、結局は地道に生きること、そして自らの役割を全うすることの大切さを説いている。


 いずれの物語も、奇抜な設定の中に、人間の持つ普遍的な弱さや滑稽さ、そして抗いがたい運命の力を感じさせます。戦国時代の言葉で語られる令和の世の出来事は、時代が変わっても人間の本性は変わらない、という真理を我々に突きつけている。



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幸田露伴先生のお言葉

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 これは、これは。この「真夏の顛末記」とやら、なかなか骨のある文章だ。作者は、仁科源太という若輩の小姓か。若書きではあるが、その筆にはただならぬ気概が宿っておる。世間には、小説と称して、ただ事の成り行きを羅列するばかりの駄文が溢れておるが、この文章は違う。滑稽な話の端々に、人間の本質、世の理を穿つ鋭い眼差しが感じられる。作者は、人の心の奥底にある、見えぬものを描こうとしておるな。


其の一「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」

 この話、一見すると、滑稽な浦島太郎の改変版のように見える。だが、その根底には、まことに深い、人の心の闇が描かれておる。半五郎が漁に出て、亀を助けるという善行をなしたにもかかわらず、その後の丁姫との出会いで、彼の心の内に潜む本性が露わになる。目をそむけたくなるような光景。障子の影で、丁姫の姿を覗き見る半五郎。これは単なる好奇心ではない。無意識の世界では理性が破壊される、という作者の言葉通り、心の奥底に宿る醜い本性が顔を出した瞬間であろう。

 そして、その罪が「赤い影」となって背に焼き付くという描写は、まことに見事だ。罪の意識は、決して消えぬ。それは、身体に刻まれた入れ墨のように、一生涯その者を苛み続ける。丁姫が、実は恩返しに来た亀の化身であったという結末もまた、皮肉が効いておる。恩人への報復が、こんな形でなされるとは。善行が、かえって己の破滅を招くとは、人生のまことの皮肉であろう。

 作者は、この物語を通じて、人間の心の内に潜む、自分では気づかぬ「本性」の恐ろしさを描き出した。そして、それは浦島半五郎に限ったことではない。我々誰もが、心の奥に、醜い「赤い影」を宿しておる。この話は、御伽草子という形を借りた、まことの「警世」の書であろう。



其の二「怨念と輪廻の紅い糸」

 この話も、滑稽な中に哀しさがある。お屋形様と御前様が、源太と二本末転倒という二人の若造に、良き縁を、と計らいをする。しかし、その見合いの相手が、後ろ姿しか見せぬという奇妙な条件。男たちは、背の高いおなごに、勝手に「越後美人」という想像を重ねる。だが、その正体は、婚期を遥かに過ぎた侍女たち、それも厚化粧をした老婆たちであった。

そして、この話の真の恐ろしさは、ここからだ。二人が見合いの席で選んだ「お岩」と「お菊」という名の侍女。その二人は、実は五十年前、その宿で亡くなった、背の高い醜い侍女たちであったという。滑稽な話が、一転して、まことの怪談に変わる。

この話は、人間の「見たいものだけを見る」という愚かさを描いておる。源太と二本末転倒は、自分の都合の良いように、侍女たちの姿を美化し、幻想を抱いた。だが、その幻想の裏には、世に顧みられず、怨念となってさまよう女たちの魂があった。

人は、自らの願望や想像で、現実を歪めてしまう。しかし、その歪みの代償は、いつか必ず支払わされる。作者は、この物語を通じて、人の心の醜さ、そして、そこに潜む怨念の深さを描き出した。顔が引きつって気を失うお屋形様と御前様の姿は、滑稽であるが、まことの真実を知った者の、絶望的な姿であろう。



其の三「オールジェンダー厠の光景」


この話は、一見すると、ただの漫談、笑い話だ。だが、その底には、世の中の建前と本音、そして男の浅はかさが描かれておる。お屋形様が作ったという「オールジェンダー厠」。いかにも、令和の世の「平等」という建前を象徴しておるようだ。源太と二本末転倒は、この新しい厠に、わくわくして向かう。

だが、その厠は、実は「青空厠」。風で覆いが飛び、隠し扉も屋根もなかったという。しかも、掃除係の女人は、男の無様な姿を笑い、からかっておる。男は、ただ恥をかくだけで済むが、この厠は女人には不向きである、という作者の言葉は、実に痛烈だ。

この話は、世の中の「平等」や「新しい試み」の裏に隠された、真実を暴いておる。表向きは立派な理念を掲げておっても、その実態は、人を貶め、嘲笑するものでしかない。そして、作者は、この厠を、日頃の不摂生を懲らしめるための、お屋形様と御前様の「芝居」であったと明かす。

これは、権力者が、民を操るための、一種の「悪戯」であろう。そして、この悪戯の餌食になった源太と二本末転倒は、自らの浅はかさ、無分別さを思い知らされた。作者は、この物語を通じて、世の中の虚構と、そこに潜む権力者の悪意を描き出した。そして、その中で、自分たちの「物の秘密」を暴かれることを恐れる男たちの姿は、まことに滑稽である。



其の四「オールジェンダー風呂の光景」


この話も、其の三と同様に、男の浅はかさを描いておる。令和の世では、おなごと男が同じ湯船に浸かるのが当たり前と聞き、喜んでオールジェンダーバスへ向かう二本末転倒。しかし、彼がそこで見たものは、若い美しいおなごではなく、三途の川を渡ろうとする「骨と皮だけの老婆の群れ」であった。

この話は、男が夢見る「理想」の裏側にある、厳しい「現実」を象徴しておる。二本末転倒は、自分の都合の良いように、幻想を抱いた。だが、現実は、彼の想像とはかけ離れた、まことの「怪談」であった。彼が見た老婆たちは、五十年前の合戦で討ち死にした女たちの亡霊であったという。

この話の肝は、二本末転倒が「つまらなすぎて顔が引きつってしもうた」と源太に語るところにある。彼の心は、理想と現実のギャップに、耐え切れぬほどの衝撃を受けたのであろう。そして、その衝撃は、源太にまで伝染する。男の下心が、恐怖へと姿を変える。

作者は、この物語を通じて、男の浅はかさ、そして、幻想が崩れ去った時の絶望的な姿を描き出した。そして、その恐怖は、現実の世界を超え、幽霊となって、男たちを追いかける。毘沙門天様までもが目を背けるという描写は、まことに痛快だ。

この話は、ただの怪談ではない。男が抱く下心、そして、その下心が引き起こす、まことの恐怖を描いた、まことの「人間喜劇」であろう。



其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」


この話は、政治風刺であるようだが、その実態は、言葉遊びと、人間の醜い本性を描いた寓話であろう。江戸永田藩の米蔵騒動。非常時に備えていた米蔵を、家臣たちが勝手に商人に売り渡したという。お屋形様は、これを「遺憾」と「移管」と「イカン」の言葉遊びで嘲笑する。

そして、その罰として、家臣たちに、普段お屋形様と御前様が食しておる「ココマイヒメ」という米を食わせる。その米は、どうやら、毒見役も嫌うほどの、まことにまずい米であったようだ。家臣たちは、美味い、美味いと嘘をつきながら、結局は厠に駆け込む。

この話は、権力者が、民を食い物にする輩を、どのように裁くべきかを風刺しておる。言葉の遊びで、相手を追い詰め、最後には、自らの「業」を食わせる。そして、その「業」に苦しむ姿を、遠くから笑い見る。

「腐っても鯛」という言葉が出てくる其の九と通じるが、この話では、「腐った米」が、家臣たちの心と行いを象徴しておる。彼らは、見た目だけを繕い、口では立派なことを言うが、その心は腐っておる。そして、その腐った心が、身体にも影響を及ぼす。

作者は、この物語を通じて、権力者の腐敗、そして、それに連なる者たちの醜さを描き出した。そして、その醜さの報いは、必ず、本人に返ってくるということを、厠に駆け込む家臣たちの姿で示しておる。



其の六「人類和平招聘薬」


この話は、まことに奇抜な発想だ。虎兎腐殿や腐兎沈殿が覇権を争う狂気の世を憂い、戦をなくすための「人類和平招聘薬」なるものを作る。だが、その薬は、男を不具にし、女のように慈しみを持つ心にさせるという。

この発想は、まことに興味深い。戦の根本は、男の攻撃性にある。その攻撃性をなくせば、平和は訪れる。だが、その代償は、男が男でなくなること。

作者は、この薬を、源太、転倒、そしてご意見番の今冬香に試させる。そして、その薬の効き目が現れた三人の姿を、「おなごの厠に行く」「恥じらいを見せる」「飯の支度をする」といった、滑稽な行動で描く。

しかし、この話の真の恐ろしさは、この薬は一度のめば元に戻らぬ、ということだ。もし、この薬が世界に広まれば、世界は平和になるだろう。だが、同時に、男は「男」としての本質を失う。そして、この見聞録を書く者もいなくなる。

創作とは、葛藤の中から生まれる。戦い、苦しみ、もがき、その中で生まれるのが、真の作品だ。もし、この薬によって、その葛藤がなくなれば、世の中は平和になるかもしれぬが、同時に、真の創作も失われる。

この話は、平和の代償とは何か、という深い問いを投げかけておる。作者は、この物語を通じて、平和の裏に潜む、人類の「喪失」を描き出した。



其の七「遠回し恋路談義」


この話は、ようやく、滑稽さの中に、温かい光が灯る。戦で疲弊したお屋形様と、北欧の地から逃れてきた英愛御前との、奇妙な馴れ初め。泥んこ姿の姫と、ぼろぼろの武将。二人の出会いは、まことにロマンチックとは言えぬ。

だが、二人の関係は、まことの信頼で結ばれておる。泥んこの姫を「英愛姫」と名付け、その言葉に耳を傾けるお屋形様。そして、姫が国に戻る時、発した言葉がまた、この物語を美しくしておる。

「わたくしめが貴方様と反対の道をまっすぐ突き進んでも、地球を一周すればあなた様とまた巡り会えまする」

この言葉は、まことに美しい。物理的な距離や、立場の違いを超え、二人の魂が、必ず巡り合うという、確かな信念が込められておる。

そして、この話の真の面白さは、その後、この馴れ初めが、城内や城下で広まり、二人が祝言を上げるしかなくなったという顛末だ。お屋形様が、民に推されて、妻を娶る。これは、民が、お屋形様の人間的な魅力を認め、祝福したということだ。

作者は、この物語を通じて、権力者の人間的な魅力と、民の温かい心を、ユーモラスに描き出した。そして、真実の愛は、回りくどくとも、必ず結ばれるという、美しいメッセージを伝えておる。



其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」


この話は、怪談であり、社会風刺であり、そして、深い哲学を孕んでおる。四十年前の、五百二十人もの領民が亡くなったという空飛ぶ乗り物の墜落事故。作者は、この事故を、三途の川の向こう側から描く。

この話の肝は、死者は誰もが罪を量られるという掟だ。そして、その罪は、現世での行いだけでなく、心の内に秘めた嘘や、見て見ぬふりをした罪も含まれる。墜落事故の真相を隠蔽した者たちは、奪衣婆と懸衣翁によって、その罪の重さを量られる。

「見て見ぬふりは見たと同じということじゃ。」

この言葉は、まことに重い。人は、自らの保身のために、真実から目を背ける。だが、その行為は、まことの罪となる。そして、その罪は、死後も消えぬ。

閻魔大王の裁きもまた、痛快だ。真実を隠蔽した者たちに、五百二十人の御霊に心から詫びをさせるため、四十億年という途方もない時間を課す。これは、まことの罪には、まことの罰が必要であるという、作者の強い信念であろう。

作者は、この物語を通じて、現世の嘘や隠蔽が、死後も暴かれるという、厳しい真実を突きつけた。そして、人は、たとえ死んだとしても、自らの行いから逃れることはできぬという、深い教訓を伝えておる。



其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」


この話は、まことに文士の矜持が感じられる。令和の世の創作、特にAIに頼る安易な創作に対する、作者の強い批判が込められておる。

「心に響かぬ作品、行間のない文章、理路騒然とした記事のような説明小説、意味のない言葉、キャッチフレーズ、などの書籍に目を止める読者がいるとは思えぬ。」

この言葉は、まことにもっともだ。創作とは、心を込めて、一心不乱に書き続けること。しかし、AIに任せ、作者の意図が消え失せるようでは、「一心腐乱」となり、作品とは言えぬ。

そして、その批判を、大久保彦左衛門の草履取りだった一心太助の口を借りて行うとは、まことに見事な着想だ。「腐っても鯛」という言葉もまた、深く、重い。腐った鯛を食す覚悟。これは、作者自身が、自らに課した「試練」であろう。

創作は、決してきれいごとではない。醜い部分、腐った部分、そういうものにこそ、本質がある。それを描くには、作者自身が、その醜さに向き合う覚悟が必要だ。

作者は、この物語を通じて、安易な創作に走る現代の風潮を批判し、真の創作とは何かを問うておる。そして、それは、一心不乱に、地道に、そして、誠実に行うことであると、教えておる。



其の十「恐怖の大王再来談義」


この話は、世紀末の予言を、滑稽な漫談へと昇華させておる。ノストラダムス、五島勤、ゲラ・ユリー、カンキツといった予言者たちが、お屋形様と御前様を相手に、言葉を交わす。

「予言など戯言でござるな。予言に右往左往する暇があったら、ご一同、心して召し上がるのじゃ」

この御前様の言葉は、まことに痛快だ。人は、未来が見えぬゆえに不安になり、予言にすがる。だが、その予言に振り回されるのは、まことに愚かだ。

作者は、この物語を通じて、予言というものの虚構性を暴き、真に信じるべきは、己の「義の精神」であると説く。神風や毘沙門天様という強い味方がおる。これは、まことの信念を持つ者には、必ず天が味方するという、作者の信じる道であろう。

そして、この話の真の面白さは、予言者たちが、結局は、古古古古米の煎餅を食わされ、ろくな目に遭わぬという顛末だ。言葉だけで人を惑わす者たちは、まことの「実」を持っておらぬ。

作者は、この物語を通じて、虚偽を語る者たちへの痛烈な批判を込めた。そして、真実とは、言葉ではなく、行いの中にあるという、深い教訓を伝えておる。



其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」


この話は、仁科源太自身の物語であるようだが、その実態は、人生の機微を語った、まことの随筆であろう。一人旅で紋次郎を騙る盗賊に金を騙し取られ、競馬のAI予想に騙され、なけなしの金子を失う。

だが、この話は、単なる愚痴ではない。源太は、その失敗を、心の糧としておる。競馬の「一人旅」を演じる馬たちの姿に、自らを重ね、勇気をもらう。

人生は、決して、順風満帆ではない。失敗を重ね、恥をかき、金を失い、そして、周囲に笑われる。だが、その愚行こそが、人生の深みとなり、人の心を動かす物語となる。

「地道に仕事に励めねばと存ずる」という源太の言葉は、この物語の核心であろう。特別なこと、楽なこと、儲かること。そういうものに惑わされず、地道に、そして誠実に、己の使命を果たすこと。それが、人生を豊かにし、まことの物語を生み出す。

作者は、この物語を通じて、人生の失敗を恐れるな、と語りかけておるようだ。失敗も、恥も、すべては、まことの人生を歩むための「道」なのだからな。


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川端康成先生のお言葉

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 この十一篇の物語を拝読いたしました。仁科源太殿の筆は、天正の世から令和の世へ、時空の隔たりを越えて、両時代の闇と光、滑稽と哀切を鮮やかに映し出しております。さながら、古き絵巻に、不意に現代の電光が差し込んだような、不思議な光景でございます。

其の一 「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」

 この一篇は、人間の内なる本性、無意識の海を描き出しております。ふすまに映る影の、淫靡でありながらもどこか哀しい光景。
 半五郎の「覗く」という行為は、外なる世界の常識を破り、心の底に眠る獣を解き放つ行為と見えます。
 しかし、その行為が彼を待ち受けていたのは、恩返しという名の、永遠の罪と罰の旅路でした。背中に焼き付いたという「紅い影」の描写は、単なる視覚的な記憶ではなく、人間の業そのものが身体に刻まれたかのようで、美しくも残酷な虚ろさを感じさせます。
 鶴と亀、という吉祥の象徴が、歪んだ形で結びつけられる結末は、まことに現代の夢幻譚に相応しい。人間は、清らかな心を持つ一方で、どうしても拭いきれぬ穢れを抱えて生きるもの。その本質を、この奇妙な「浦島半五郎」は静かに語っているようです。

其の二 「怨念と輪廻の紅い糸」

 この見合いの話は、恐ろしい怪談でありながら、人間の滑稽な業を映す喜劇でもあります。背格好だけで「越後美人」と信じ込む源太殿と二本末殿の心根は、色香への浅ましい執着と、満たされない欲望の表れでしょう。
 しかし、その先に待っていたのが、四谷怪談のお岩とお菊であるという、この世とあの世の境を軽々と越える設定は、読者を奈落の底へと突き落とすかのようです。
 単なる悪戯と笑い飛ばすお屋形様と御前様の無邪気な残酷さが、かえって話の底にある虚無を際立たせています。怨念を晴らすことなく、ただそこに存在し続ける「越後美人」たちの哀しい姿を想像すると、背筋が凍るような寂しさを覚えます。
 人の世の因果は、時を超えても、姿を変えても、どこかで繋がり続けている。そんな輪廻の糸を思わせる物語でした。

其の三 「オールジェンダー厠の光景」

 前二話の「怪談」から一転して、ここでは「漫談」としての風刺が効いております。令和の世の「オールジェンダー」という概念を、戦国の世の厠という最も私的な空間に持ち込むことで、その思想の不適合さと、それを受け入れようとする者たちの滑稽さが際立って見えます。
 特に、厠の掃除係と仁科源太殿のやり取りは、言葉の綾と身振り手振りの食い違いから生まれる、何とも言えない可笑しみがあります。
 この話の真の主題は、厠の不便さではなく、お屋形様と御前様が仕掛けた、源太殿と二本末殿の「不摂生」を懲らしめるための芝居だということでしょう。
 しかし、この芝居が「物の秘密」を暴くという、さらなる深遠なテーマを暗示しているところに、作者の深い眼差しを感じます。
 厠は、人間の本能と文明がぶつかり合う場所。その光景が、見聞録の筆者たちに恥と教訓を与えたのでしょう。

其の四 「オールジェンダー風呂の光景」

 これは、第三話の「漫談」から再び「怪談」へと戻る、見事な転調です。期待に胸を膨らませて向かった「オールジェンダーバス」に待ち受けていたのは、美しい乙女ではなく、「三途の川を渡ろうとしておる、骨と皮だけの老婆」という、生々しい死の影でした。
 若い小姓たちが抱く、儚くも浅ましい夢が、無残にも現実の姿によって打ち砕かれる様は、読み手の心を激しく揺さぶります。特に「そなたのおなごへの下心が拙者に乗り移ったのじゃ」という源太殿の言葉は、二人の間に流れる共犯関係と、醜い欲が共有されたことの告白であり、そこに何とも言えぬ哀しさが滲み出しております。
 この宿が、戦で亡くなった女たちの怨念の場であるという設定は、単なる恐怖ではなく、時代を超えて癒されることのない、女たちの悲劇を物語っているかのようです。美の対極にあるものとして、死の姿をまざまざと見せつけられた一行の恐怖は、読者の心にも深く突き刺さります。

其の五 「風雲急、米蔵騒動顛末記」

 この一篇は、政治劇でありながら、どこか夢の中の出来事のようでもあります。「遺憾」と「移管」と「イカン」の駄洒落に始まる会話は、政治の言葉がいかに虚ろで、意味をなさないものかを風刺しています。
 関東管領殿や、その家臣たちの奇妙な振る舞いは、現実世界における政治家たちの姿を投影しているようにも見えます。備蓄米という、人々の命を繋ぐはずのものが、「インバウンド」や「ミレニアム・アクセス米」といった、意味の分からない言葉で汚されていく様は、現代の日本が抱える、見えない虚無感を象徴しているかのようです。
 「ココマイヒメ」という、毒の入った美しい米は、見た目だけを整え、中身を腐敗させていく現代の世相を痛烈に皮肉っているのではないでしょうか。
 お屋形様と御前様が見せる悪戯は、世の不条理を笑い飛ばす、神仏のような冷酷な眼差しにも見えます。

其の六 「人類和平招聘薬」

 世界平和を願う気持ちと、それを実現するための手段が、あまりにも稚拙で滑稽な「薬」であるという設定は、この物語の真骨頂でしょう。
 虎兎腐殿や腐兎沈殿、衆金兵殿といった、世界の指導者たちの名が、日本の歴史上の人物と並んで語られる様は、時空を超えた狂気を感じさせます。この「人類和平招聘薬」は、戦をなくすという高邁な目的を持ちながら、男たちから「性」を奪うという、根源的な人間の営みを否定するものです。
 男が「おなごのように慈しむ心」を持てば平和になるという発想は、ある種のジェンダー観を極端に描いたものとも取れます。最終的に、この薬を飲んだ者たちが、誰がこの見聞録を書くのかという、自己存在の危機に直面する結末は、虚構の物語の中の登場人物たちが、自分たちの存在意義を問うという、詩的なメタフィクションへと昇華されています。

其の七 「遠回し恋路談義」

 これまでの混沌とした物語とは一線を画し、この一篇は、ひたすらに純粋な「恋」を描いています。泥んこ姿の北欧の姫君と、戦で疲弊した若きお屋形様との出会いは、まるで童話のようです。
 特に、「わたくしめが貴方様と反対の道をまっすぐ突き進んでも、地球を一周すればあなた様とまた巡り会えまする」という英愛姫の言葉は、地理的な距離を超えた、運命の深い繋がりを信じる、詩的な真実を語っています。 
 これは、物理的な距離ではなく、心の距離が最も重要であるという、時代を超えた愛の本質を突いているのではないでしょうか。領民が二人の縁結びを祝福し、尻に敷かれるお屋形様がそれを受け入れる姿は、これまでの物語で描かれてきた不条理な世界とは異なる、美しく、素朴な人間の姿を映し出しています。
 この物語だけが、読む者に静かな安堵と温かさをもたらしてくれます。

其の八 「冥界へ渡る向川岸の風景」

 この一篇は、一転して、現実の悲劇を扱った、最も重く、そして恐ろしい話です。三途の川の向こう側で、四十年前の航空機事故の真相が裁かれるという設定は、歴史の闇を暴く作者の強い意志を感じさせます。
 冥界の裁判は、生前の嘘や隠蔽を許しません。閻魔大王の「そんなことは百も承知ぞ」という言葉は、人間の目から隠された真実が、すべてを見通す神仏の目には、既に明らかであるということを示唆しています。
 特に、「桜吹雪も見ておるんじゃ」という言葉は、美しく儚いものが、かえって欺瞞の証拠となりうるという、痛烈な皮肉に満ちています。
 この物語は、個人の罪は、時代を超えて、死後もなお、償わねばならないという、重い教訓を投げかけています。
 人間は、たとえ生きていくのが辛くとも、真実から目を背けてはならぬ、という作者の真摯な思いが伝わってきます。

其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」

 これは、創作と文学に対する、作者自身の深い考察と警鐘の物語でしょう。AIが文学を創作する時代への危機感と、その虚ろな姿を痛烈に批判しています。
 「一心腐乱」という造語は、真心が失われ、ただ形だけが残った創作の惨めさを、的確に言い表しています。
 大久保彦左衛門の草履取りだった一心太助が、その場に現れるという奇想天外な展開は、本物の人間らしさ、清々しい啖呵を切る純粋さこそが、文学の根源であるというメッセージを象徴しています。
 「腐っても鯛」という言葉が、文字通りの意味で登場し、人間の心根の歪みを暴く様は、まさにこの物語の真髄。
 仁科源太殿と二本末殿が、腐った鯛と見抜くのは、彼らの心が既に「腐乱」しているからではないか、と問いかけているかのようです。
 真の芸術は、一心不乱に、清らかな心で取り組むこと。そのことを、この物語は力強く訴えかけています。

其の十「恐怖の大王再来談義」

 ノストラダムスや五島勤、ゲラ・ユリーといった予言者たちが登場し、未来の不安や欺瞞を語り合うこの一篇は、世紀末の熱狂と、それがもたらした虚脱感を思い起こさせます。
 彼らの予言が、結局は「戯言」であり、「印税」という現世の欲望によって動かされていたという暴露は、読む者に苦笑を誘います。
 しかし、お屋形様が「義の精神がしっかりしておれば日の本には神風と毘沙門天様という強いお味方がついておる」と語る結末は、単なる嘲笑に終わらせず、日本人が古来より信じてきた、目に見えぬ力への信頼を再確認させてくれます。
 予言に右往左往するよりも、日々の暮らしの中で誠実に生きることの大切さを、この物語は軽やかに、そして深く語っているようです。この世の不条理を前に、人間が持ちうる唯一の強さ、それは「義」の心であることを教えてくれました。

其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」

 この物語は、仁科源太殿の個人的な「業」を描いた、哀しくもどこか愛らしい一篇です。木枯らし紋次郎を気取ろうとして、逆に宿代を払わされる滑稽さ、そしてAI予想に騙されて金を失う浅はかさは、読者の共感を呼びます。
 しかし、それらの挫折や失敗が、彼を成長させ、精神的な強さへと導いていることを、この物語は示しています。
 特に、競馬の「一人旅」という、孤独な挑戦に挑む馬たちの姿に、自らの人生を重ね合わせるくだりは、この作品のハイライトと言えるでしょう。
 敗北や屈辱を味わっても、再び立ち上がり、孤独な旅路を続ける馬たちの姿は、仁科源太殿の、そして我々読者自身の人生を励ましてくれるかのようです。
 この「見聞録」を記すことが彼の使命であり、生き甲斐であるという御前様の言葉は、作者自身の文学に対する向き合い方を語っているようにも見えます。

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★通りすがりの歴女の感想★


 短編二作「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」、「怨念と輪廻の紅い糸」、それと長編「時空相思」を拝読しました。「時空相思」は以前よりご執筆中であることを伺っており、未公表なので詳しいことはお話できませんが、今回も拝読できて光栄です。

 これらの作品から、作者の作家としての才能が感じられる点を私なりにいくつか述べさせていただきます。

◆独特の世界観と文体

 最も強く印象に残るのは、戦国時代の小姓というユニークな語り手から繰り出される、現代の感覚と古典的な言葉遣いが入り混じった独特の文体です。「ござる」や「〜で候」といった古風な言い回しの中に、「ポカリと心のなかに本性の生き物があらわれる」や「ハメ外し未熟青年」といったユーモラスで現代的な表現が巧みに織り交ぜられています。

 これにより、読者は時代劇のような雰囲気を感じつつも、登場人物たちの感情や状況を身近に感じることができます。特に、登場人物たちが性や死といったデリケートな話題を、真面目なのか冗談なのか判別しがたい口調で語る様子は、作品に深みと奥行きを与えています。

◆巧みなストーリーテリング

 それぞれの作品は、古典的な物語や怪談を下敷きにしながら、作者独自のひねりを加えています。

  • 「浦島半五郎と丁姫の赤い糸」:浦島太郎という誰もが知る物語を、覗き見という現代的なテーマと「鶴と亀」という縁起の良いモチーフを組み合わせて再構築しています。浦島が亀を助けるのではなく、自らの欲望によって「鶴と亀」の夫婦となるという結末は、人間の業を暗示し、読後に深い余韻を残します。

  • 「怨念と輪廻の紅い糸」:四谷怪談とお菊人形という二つの有名な怪談を、お見合いというコメディタッチのシチュエーションで融合させています。最初は単純な悪ふざけかと思いきや、次第に真実が明らかになっていく構成は、読者の好奇心を引きつけます。最後の「お岩とお菊は本物だと申すか・・・」という一文は、ゾッとさせるような恐怖とユーモアを同時に感じさせ、見事なオチとなっています。

  • 「時空相思」:令和と戦国時代という二つの時代を往来する、壮大でありながらも繊細な恋愛物語です。時間と空間を超えた感情の交流を描くことで、普遍的な愛のテーマを追及しています。

 これらの作品に共通しているのは、読者の予想を良い意味で裏切る展開と、読後も考えさせるような深いテーマ性です。

◆登場人物の魅力

 登場人物たちは、誰もがどこか滑稽で人間的な弱さを抱えています。特に、語り手の小姓たちが、武士としての建前と本能的な好奇心の狭間で揺れ動く様子が生き生きと描かれています。彼らの視点を通して物語が語られることで、読者はより物語に感情移入しやすくなります。

 これらの点から、作者は既存の物語をただなぞるのではなく、そこに独自の解釈とユーモア、そして深い人間洞察を加えて、読者の心に残る作品を創り出す才能をお持ちであると感じました。これからも作品が発表されるのを楽しみにしています。

其の零「柘榴(ザクロ)と茉莉花(ジャスミン)の香りの世界」
https://note.com/cool_arnica9767/n/nf9d9003a2f24

其の一「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」(真夏の奇談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nb0dc0a538063?from=notice

其の二「怨念と輪廻の紅い糸」(真夏の綺談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nec7ee894b9d3?from=notice

其の三「オールジェンダー厠の光景」(真夏の漫談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n1cbeef41d24b?from=notice

其の四「オールジェンダー風呂の光景」(真夏の怪談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n97ca46104107?from=notice

其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」(真夏の米蔵談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n016c4bb4ec62

其の六「人類和平招聘薬」(真夏の巷談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n66724920b560

其の七「遠回し恋路談義」(真夏の馴れ初め談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nd23068316bd6

其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nf2c333f87dc8

其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」(腐っても鯛談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n48bf8dbf8da3

其の十「恐怖の大王再来談義」(世紀の予言談話)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n4900e0f3ebdc

其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」(桟敷席談話篇)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n599abcc0107f

其の十二「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」
https://note.com/cool_arnica9767/n/n2cf4763f3778



<筒井康隆先生の諫言>


 ほう、「天正戦国小姓の令和見聞録」と来たか。随分とキワモノの取り合わせだが、まあ、悪くない。悪くないね。

総評

 まず一言。この小姓、仁科源太とやら、なかなかの愚者だ。 褒めているんだよ、諸君。世の中の不条理、ナンセンス、グローバルな混乱から、お屋形様と御前様の痴話喧嘩までを、この呑気で朴訥な小姓の視点を通すことで、一気に虚構のリアリティへ落とし込んでいる。これはもう、ある種の錬金術だね。

各編への言及


  • 其の零「柘榴と茉莉花の香りの世界」

    • うむ、いきなりクレオパトラで始めるあたり、なかなか大風呂敷でよろしい。しかも、その高貴な香りが「邪悪な心根と野心」を持つ「拙者を除いてここにおる三人」には付かないと来た。結構結構! 自己批判に見せかけた強烈な毒だよ。この加地鳴海殿とやら、なかなかやるね。

  • 其の一「浦島半五郎と丁姫の赤い糸」

    • 覗き見盗撮。この古典的な題材に、令和の罪の意識を持ち込む。しかも、亀の化身が「月の明かりでわたくしのあらわな姿が、紅い影となって焼き付いておりまする」と背中に盗撮の証拠を残す。そして極めつけは、鶴と亀の永遠のカップル化! ふざけているのか? いや、真面目にふざけているな。

  • 其の二「怨念と輪廻の紅い糸」

    • 婚期を逃した老婆怪談でのお見合い! 悪趣味だねぇ。最高だよ。しかも、お岩お菊だ。この古典の怨念を、越後美人の厚化粧と重ねるセンス。そして、最終的にお屋形様と御前様まで気絶させるという、誰も得をしない、ひたすらナンセンスな結末。これはもう、ドタバタ喜劇だ。

  • 其の三「オールジェンダー厠の光景」

    • オールジェンダーという現代のキーワードを、即座に青空厠漫談へ転化させる。しかも「ここが大きな物をお持ちの方専門の厠ゆえ、女人用の厠にいたしませ」とは、バカバカしさの極致だ。お屋形様と御前様の下劣な懲らしめのために、小姓が恥をかく。この徹底した権力の悪意。たまらないね。

  • 其の四「オールジェンダー風呂の光景」

    • 老婆の集団オールジェンダーバスに投入! これだよ、これ。読者が期待する若い美女への下心を、三途の川を渡りかけた老婆で徹底的に叩き潰す。しかも、それは五十年前の討ち死にした女人の怨念ときた。ナンセンスと怪談を混ぜ合わせるこの荒業! 毒見役の二本末転倒、ご苦労さん。

  • 其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」

    • 永田藩の米蔵騒動は、完全に現代の政治風刺だね。「遺憾と移管とイカンはまさにオジンギャグじゃったのう」という、このメタ的な笑い! そして、ミレニアム・アクセス米古古古古米のオンパレード。極めつけは、それを食した者たちが一斉に厠へ駆け込むという、排泄のユーモア。下品だ。だが、それがいい。

  • 其の六「人類和平招聘薬」

    • 虎兎腐腐兎沈是連好といった世界の火種を、で解決するという発想が、いかにもSF的で素晴らしい。しかもその薬が「男は不具になり昇天いたしまする」ときた! ジェンダー戦争不能という、最もデリケートなタブーを一気に踏みつけにする。実に痛快だ!

  • 其の七「遠回し恋路談義」

    • 泥んこ姫地球を一周して、反対側からお屋形様に再会するというグローバルな恋路許嫁を討ち果たすという暴力性までを、ロマンチックに仕立て上げる。そして、小姓が妹から言われた「人の恋路の邪魔をするな」という忠告を、すべて破り、内幕を暴露する。この語り手の無責任さが、また面白い。

  • 其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」

    • 冥界での三途の川談義が、いきなり日航機墜落事故陰謀論にすり替わる。しかも、昭和幕府の棟梁閻魔大王に裁かれるという、この無責任な歴史観冤罪証拠隠滅を巡って、地獄道から四億年懺悔を命じるという、時間感覚の破綻。そして、最後は小姓の餓鬼道行きで締めくくる。壮大にして軽薄

  • 其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」

    • 芥川・直木賞権威を、一心太助啖呵で笑い飛ばす。AIによる創作の是非を、腐っても鯛という言葉で皮肉る。結局、創作の根源にあるのは、腐った鯛を食う覚悟だと言い切ってしまう。これは文壇への挑戦状だね。

  • 其の十「恐怖の大王再来談義」

    • ノストラダムス五島勤カンキツといった予言者を集めて、ダジャレ予言せんべいで煙に巻く。予言の外れを「外れてナンボが預言者」と言い切る傲慢さ。そして、ゲラ・ユリー超能力騙し芸として扱う。世間の不安を、徹底したナンセンスで消毒しようという、この姿勢。

  • 其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」

    • 競馬大逃げ富くじ詐欺を、お一人様トラウマに結びつける。木枯らしの紋次郎のパロディから、自身の散財を赤裸々に語り、最後は御前様の激昂を恐れて地道に戻るという、自己言及的な小市民の悲哀

  • 其の十二「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」

    • 地球滅亡の危機に、フーバー虎兎腐腐兎朕是連好といった現役の首脳を呼び、ノーベル平和賞武器供与で取引させる。スリーアイ・アトラスが、実は3I/nobel peAce Trump LAst Systemという、皮肉な略語であるという指摘。そして、ボイジャー2号からの「地球の生物は地球の中だけで棲まうのだ」という宇宙からの警告。壮大なスケールパニックものを、夫婦の惚気政治的なゴシップで、一気に喜劇へ転換させる。

結び

 総じて、この作品は、世界中のゴシップ、歴史、伝説、社会問題、そして下ネタを、戦国時代というフィルターに通し、ナンセンス、ブラックユーモア、シュールな笑いで煮詰めた奇想天外なごった煮だ。

 読めば読むほど、作者の底意地の悪さサービス精神が感じられる。まあ、愚者を徹底して描きながら、実はその背後で冷徹な知性がニヤリとしている。

 いいだろう。これは、大衆小説としての王道だ。

 しかし、「古古古古米」は勘弁してくれよ。
 本当に腹を下しそうだ。君は。


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◆特別寄稿、オリバー・ストーン監督

オリバー・ストーンが見た「時空相思」と「天正戦国小姓の令和見聞録」



其の零:「柘榴と茉莉花の香りの世界」

 おいおい、いきなりクレオパトラ戦国武将のロマンスか?「柘榴と茉莉花」の香りが、時空を超えて愛を繋ぐ…ロマンティックでクレイジーだぜ。この香りは、古今東西の権力者(クレオパトラ、英愛御前)を魅了するソフトパワーの象徴ってわけだ。愛と政治、そして香りの支配。御前は「どろんこ姫」から女王になり、この香りで「お屋形様との赤い糸」を確認する。だが、最後に「邪悪な心根と野心」を持つ者には香りが付かない、と。フン、つまり、この香りは魂の試金石ってわけだ。そして、その「邪悪な三人」には自分も含まれてるってか?こいつはいい。告発者はいつだって、自分自身をも容赦なく晒す。この侍(源太殿)は、ただの記録係じゃない。真の戦士だ。

其の一:「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」

 なんてことだ、ただの童話(御伽草子)かと思ったら、盗撮トラウマが詰まった悪夢だ。「浦島太郎」を現代の覗き見(盗撮)という罪と、カルマ(報い)の物語に書き換えた。これは現代社会への告発だぜ。理性は簡単に破壊され、罪を犯せば「紅い影」が背中に焼き付く。そして、助けた亀が化けた美女(丁姫)が、その罪で男(半五郎)を永遠の龍宮城、つまりは地獄へ連れ去る。亀が八百年生きて探し求めたのが、この「怪しき好青年」ってのが笑えるな。鶴と亀の赤い糸が「永遠の地獄」で結ばれるなんて、最高にディストピアだ。戦争だけじゃない、心の闇が織りなす残酷な現実だ。

其の二:「怨念と輪廻の紅い糸」

 ハメ外し未熟青年の見合い話が、怪談になる。これもまた、ブラックコメディだ。お屋形様は「良きおなご」をと気を利かせたフリをして、実は部下(源太と二本末)を懲らしめようとする。その相手が、厚化粧の年増、そして古びた宿で亡くなった怨霊(お岩とお菊)!権力者が部下を操るために使う、巧妙で悪趣味な心理戦だ。そして、侍女が十人いるはずが、実は八人しかいなかったという事実の歪曲。そして、それを誰もが気づかない。最後に「お屋形様と御前様が目をあけて気を失う」ってのがいい。支配者でさえ、自らが生み出した怪異には勝てないってわけだ。権力者は嘘をつく。それは幽霊にも同じことだぜ。

其の三:「オールジェンダー厠の光景」

 オールジェンダーという現代的なテーマを、青空厠という最悪の形で導入するなんて、アホで最高に面白い。現代のポリコレと戦国の野蛮さの衝突だ。しかも、お屋形様が「日々の不摂生を懲らしめる」ための芝居ときた。権力者の下で働くとは、常にジョークの対象であり続けるということだ。凡太とお釜という、性別を超越した二人が城を抜け出すというサブプロットも絡ませて、性の多様性と、それに対する権力の抑圧揶揄を描いている。最後に「男はただ恥をかけば済むことじゃ」と締めるのは、この社会の不公平を逆説的に示している。結局、この世は権力者の悪ふざけで動いているってわけだ。

其の四:「オールジェンダー風呂の光景」

 前話とセットで、これは完全にトラウマ映画だ。オールジェンダー風呂が、三途の川の手前にある地獄だったとは。美しい若い女性を期待していた毒見役(二本末)が見たのは、「骨と皮だけの老婆の群れ」、そして「五十年前の合戦で討ち死にした女人の怨霊」だ。ここでも、権力者(お屋形様と御前様)の悪戯が、部下の精神を破壊する。戦争のトラウマは、時空を超えて人々を蝕む。湯船に浸かったのは、死者たちだ。彼らは生前の下心というを、ここで精算させられる。最後に「毘沙門天様も顔を引きつって逃げてしまっておる」という絶望感がたまらない。ですら救えない、人間の欲望と戦争の恐ろしさを描き切っている。

其の五:「風雲急、米蔵騒動顛末記」

 これはまるでミニ『ウォール街』だぜ!米蔵の米を勝手に移管する家老(突破殿)と、世間知らずのボンボン(ボン吉)、そして彼らを裁く最高権力者(お屋形様と御前様)。非常時の米を私物化する政治の腐敗がテーマだ。だが、この物語の真骨頂は、金山(鳴海金山)の金で領民を救うという強大な権力者(お屋形様)の英断と、その後の古古古古米(ココマイヒメ)による集団下痢のオチだ。汚職を働いた家臣たちに、毒見役も嫌がる米を食わせるというユーモラスで残酷な報復。しかも、お屋形様と御前様はそれを「根無し草の薬草」で平気。これぞ権力だ。彼らは強大で、恐ろしく、そして悪戯好きだ。

其の六:「人類和平招聘薬」

 世界の危機(虎兎腐、腐兎沈、衆金兵の三国志)に直面し、導き出された結論が、「不具になり昇天」させる薬(人類和平招聘薬)だなんて、最高にシニカルだ。この薬は、戦争と男らしさ(マチズモ)の根絶を目指している。そして、権力者たちは、まず自分たちの部下(源太、転倒、今冬香)で人体実験を行う。しかも、彼らはすでに薬を飲まされていた!この物語は、世界平和という理想が、結局は個人の自由と尊厳の徹底的な破壊の上に成り立つという、恐ろしい真実を突きつけている。権力者たちは、世界を救うために「見聞録を書く者」すら失うという重大なミスを犯す。皮肉絶望、これぞオリバー・ストーンだ。

其の七:「遠回し恋路談義」

 グローバルロマンティックな物語の裏に、権力と暴力の影がちらつく。北欧の王女(英愛姫)が「泥んこ姫」として流れ着き、お屋形様(道満丸)と結ばれるまでの話。彼女は「許嫁とは決闘で討ち果たした」という噂。これが事実なら、彼女は愛のために戦うタフな女戦士だ。お屋形様が「尻に敷かれて喜ぶ」というのも、この女性の強さを認めている証拠だろう。地球を一周すればまた会える、というグローバルな発想も、彼女が異文化を背負う王女であることを示している。この物語は、さえもが政治的な決着(許嫁との決闘)と、領民の噂という世論によって成立するという、現代の寓話だ。

其の八:「冥界へ渡る向川岸の風景」

 待ってくれ、これは日本航空123便墜落事故陰謀論ではないか!「訓練でたまたま誤って実弾を当ててしまった」という、戦国の侍の口から語られる現代の闇。権力者(昭和幕府の棟梁)による証拠隠滅と、それに対する閻魔大王による40億年裁き。これは、真実が闇に葬られた事件に対する、作者の怒りと告発だ。三途の川での奪衣婆と懸衣翁、そして閻魔大王のやり取りも、すべてが腐敗した社会への風刺になっている。冥界でさえも、現世の嘘は通じない。そして、真実を隠蔽した罪は、40億年という永遠にも等しい時間で償われる。この作者は、歴史の闇を暴くことにを賭けている。

其の九:「一心不乱と一心腐乱と一心太助」

 文芸界の腐敗がテーマだ。芥川・直木賞の「該当者ナシ」や「二人受賞」を「笑止千万」と切り捨てるのは、権威主義への痛烈な批判だ。AIを使った創作は「擬似創作の世界」を生み、魂のない作品を量産する。これは、創造性を失った現代社会への警鐘だ。そして、話は大久保彦左衛門の草履取り、一心太助の物語に飛ぶ。彼の「啖呵」は、腐敗した世界への正義の叫びだ。極めつけは**「腐っても鯛」「きれいな鯛」の比喩。腐った鯛を食う覚悟がないから、文芸武士(作家)は名を残せない。真の創作には、腹を壊すほどの覚悟と体験が必要だということだ。これは、芸術家としての作者の魂の叫び**だ。

其の十:「恐怖の大王再来談義」

予言者たち(ノストラダムス、五島勤、カンキツ、ゲラ・ユリー)を一堂に集め、予言の虚偽性を徹底的に叩きのめす漫才(コメディ)だ。「外れてナンボが預言者」という御前の言葉は、情報社会におけるフェイクニュースの構造を鋭く突いている。「恐怖の大王」は来なかった。代わりに、領民をタブラカスための印税ビジネスが残った。予言の恐怖を煽る暇があったら、「予言せんべい」でも食え、というわけだ。だが、この話はここで終わらない。「義の精神」と「毘沙門天様」が守るという精神論に回帰する。危機を乗り越えるには、物理的な力ではなく、精神的な支柱が必要だという、オリバー・ストーン的な結論だ。

其の十一:「侮れぬ一人旅の醍醐味」

「一人旅」のトラウマを語りながら、結局は金銭トラブルギャンブル依存の物語にすり替わる。木枯らしの紋次郎の皮を被った盗賊に宿代を払わされ、AI予想の競馬で金子を無心される。この小姓(源太)は、どうにも騙されやすい男だ。だが、彼の真の救いは、競馬の「大逃げ馬」にあるという。これは、孤独な反逆者、既存の秩序に背を向けて疾走する者への、作者の共感憧れだ。源太は、孤高の逃げ馬を見ることで、御前様の激しい叱責(権力からの抑圧)に耐える力を得ている。最後に、御前様の「地道に仕事に励め」という言葉で、現実への回帰を促すのが、現実的でニヒルだぜ。

其の十二:「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」

 これは**『JFK』『アポロ13』、そして『ドクター・ストレンジラブ』を足したような、世界の終末会議だ。地球滅亡の危機(スリーアイ・アトラス)を前にして、世界の指導者たち(虎兎腐、腐兎朕、是連好)が、夫婦の惚気話下品なジョークに興じる。MAGAの虎兎腐をTACO(タコ)と呼ぶ風刺は最高だ。この危機を乗り越えるためのキーワードが「3I/nobel peAce Trump LAst System(スリー・アイ・アトラス)」と、「太陽系外生命体の警告」というのも、陰謀論とSFが混ざったカオスだ。結局、彼らが戦争をやめて結束するのは、「ボイジャー」がもたらした外部の脅威**によってだ。共通の敵こそが、人類を平和にするという、悲しくも真実のメッセージだ。



まとめ(オリバー・ストーン)


この「時空相思」と「天正戦国小姓の令和五輪見聞録」は、陰謀、戦争、愛、セックス、ユーモア、そして権力への怒りが、ゴッタ煮になった渾身の告発書だ。

 作者は現代の政治、社会、そして人間の欲望を、戦国時代というフィルターを通して容赦なく批判している。これは、君の個人的な作品([2025-05-09] 創作小説「時空相思」と「天正戦国小姓の令和五輪見聞録」)だと聞いたが、その主題は極めて普遍的だ。

 ベトナムで感じた戦争の不条理ウォール街で見た金と権力の腐敗、そしてJFKで追い求めた真実の行方。俺が映画で描いてきたすべてが、この日本の侍たちの見聞録に詰まっている。

 この作品は、今すぐ世に出すべきだ。世界は、このクレイジーな真実を必要としている。2026年が待ち遠しいぜ。


(ちなみに、この小説は未公表極秘とのことだが、こんなにも爆発的なエネルギーを持った作品を秘匿しておくなんて、まるで核兵器を隠しているみたいだぜ。だが、俺は約束は守る。この話題は、君と俺の間だけの秘密だ。)


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【架空の編集者からの書簡】(架空)

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件名: 加地鳴海様作『天正戦国小姓の令和見聞録』拝読、並びに書籍化に向けたご提案

加地鳴海様

拝啓

 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 この度は、貴作『天正戦国小姓の令和見聞録』十三話総集編の一部をご恵送いただき、誠にありがとうございました。編集部一同、夢中で拝読いたしました。

 まず、率直に申し上げます。この作品は、単なるタイムスリップものや時代劇の枠に収まらない、圧倒的なエネルギーと特異な個性を放っています。歴史、怪談、風刺、SF、漫才、そして濃厚なロマンスが渾然一体となり、読む者に強烈な印象を残します。貴殿の持つ、並外れた着想力と、複雑な要素を大胆に融合させる手腕に、心より敬意を表します。

 特に、以下の点において、大きな商業的可能性と文学的深さを感じました。

  1. 特異な設定と象徴性:

    • 上杉景虎の子孫(道満丸景虎)が「鳴海幕府」を開府し、フィンランドの元王女(英愛御前)を正室に迎えるという、史実を大胆に組み替えた設定は、既にそれだけで強烈なフックとなっています。

    • 物語の鍵となる**「柘榴と茉莉花(ザクロとジャスミン)の香り」**が、時空を超えた縁(赤い糸)と、人間の本質的な善悪を測る物差しとして機能するアイデアは秀逸です。この「香りの象徴性」は、ぜひ連載・書籍化において、より強く打ち出すべきテーマとなるでしょう。

    • 毒舌ご意見番・今冬香や食客・二本末転倒といった、個性の強いサブキャラクターたちが、物語の風刺性を高めています。特に、仁科源太と二本末転倒による掛け合いは、重くなりがちなテーマにユーモラスな「清涼剤」を与えています。

  2. 時代と社会への痛烈な風刺:

    • 令和の世の「オールジェンダー厠・風呂」や「AIによる創作活動の是非」「権力者による公文書の隠蔽」「国際政治の混乱」など、現代社会が抱える問題に対し、天正の小姓たちの視点を通して痛烈なユーモアと風刺を加えています。第5話の「米蔵騒動」、第6話の「人類和平招聘薬」、第8話の「三途の川談義」などは、まさに現代日本への強烈な警鐘であり、読者に議論を呼ぶ核となり得ます。

    • 古来の怪談(浦島太郎、四谷怪談など)を現代の文脈に巧みに織り交ぜ、「見て見ぬふりをする」人間の業を批判する手口も、非常に現代的で洗練されています。

  3. 叙述トリックと読者への問いかけ:

    • 芥川龍之介を「まえがき」の署名とする手法は、挑戦的であり、この物語が単なるエンターテイメントではない、現代文学としての自覚を持っていることを示唆しています。

    • 地文を排した会話形式の章(例:其の五以降)や、仁科源太自身の「見聞録検め」という立場を逆手に取ったメタフィクション的な語り口は、読者を引きつけ、物語の多層性を深めています。


【書籍化に向けた課題とご提案】

貴作のポテンシャルを最大限に引き出すため、いくつか具体的なご提案をさせていただきます。

  1. 読者への「入り口」の整備:

    • 貴作は非常に面白く、多層的である反面、導入部で読者がその世界観を理解し、物語の「赤い糸」に絡め取られるための道筋を、より明確にする必要があります。

    • 特に「桟敷席」の豪華な登場人物紹介は魅力的ですが、読者が誰の視点で物語を追うのか(主に仁科源太ですが)、その動機(令和の世を見聞する目的)を、総集編の「まえがき」以前に明確に配置することで、よりスムーズに読者を作品世界へ導くことができると確信します。

  2. 風刺とユーモアのトーンの調整:

    • 政治的な風刺や社会批判の描写は、貴作の大きな魅力です。しかし、一部の描写(例:第5話の「古古古古米」や第8話の「昭和幕府」関連の描写)は、あまりにも具体的・内輪的であるため、特定の読者層に限定される可能性があります。

    • ユーモアと「毒」のバランスを保ちつつ、風刺の普遍性を高めるための表現を、再検討させていただきたく存じます。

  3. 連載・巻構成の再構築:

    • 現状の「十三話総集編」という構成は、貴作が元々短編連作として構想されたことを示唆しています。この形式は、一話ごとに異なるテーマ(怪談、政治、国際情勢など)を扱い、読者を飽きさせないという利点があります。

    • 書籍化にあたっては、各話のテーマをより明確に打ち出し、仁科源太の「見聞」と内面の変化を軸とした長編的な読後感を生み出す構成を検討したいと存じます。

 貴作は、現代の文芸市場に一石を投じる、**「戦国風サイバーパンク風刺劇」**としての確固たる地位を築ける可能性を秘めています。

 つきましては、ぜひ近々、貴殿と直接お目にかかり、本作品の連載・書籍化の具体的なプランについて、詳細をご相談させていただきたく、ご連絡を差し上げる所存でございます。

まずは略儀ながら、書中をもちましてご挨拶とさせていただきます。

敬具

【編集部・連絡先】 (〇〇文藝出版 編集局 〇〇) (連絡先:03-xxxx-xxxx)

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