「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)<改定版>
<天正戦国小姓の令和見聞録>
桟敷席:元読売新聞社主、渡邉恒雄殿
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春日山城、鳴海幕府(開府1587年・天正15年)
お屋形様:上杉道満丸景虎
ご正室様:英愛御前
(フィンランド生まれ・エイミー・フェリックス(Amy Green felix)
毒舌ご意見番:今 冬香(こん とうこう)
食客・毒見役:二本末 転倒(にほんまつ てんとう)
見聞録検め:小姓・仁科源太
見聞録検め気付:著者・加地鳴海殿
仁科源五郎 (見聞録 創作総指揮・著者 加地鳴海殿の義兄 でござる)
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◇天正四百五十三年 七月二十二日
「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)
ギリシャ神話でのステュクス川は、冥界と現世との間に流れる大河で、死者の魂が冥界に行くときに渡らねばならぬと英愛御前からは良く聞かされておった。
東方の地、日の本では、仏法の教えから、亡くなったらその魂は三途の川を渡らなければならない。どのくらいの大きさかのう。
拙者はまだ死んだことはないので想像だにできぬ。三途の川には三つの渡し場があり、死亡者の罪の重さにより、浅瀬・中瀬・深瀬があるようじゃ。三途の川の畔には奪衣婆(だついば・老婆の鬼)と懸衣翁(けんえおう・老爺の鬼)が待ち構えており、衣領樹に衣を吊るして亡者の罪の重さを量ると聞いておる。
仏教では、六道輪廻という教えがござる。死者の魂は何処かで生まれ変わるとされておるのだそうじゃ。天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道の何処にいくかは衣領樹で量ってもらわねばならぬということじゃ。
寺子屋で教わったがよいが、どうもまだ読み込めぬ。二本末転倒もそうじゃというから少しは気が楽じゃが、戦国の小姓とはいえ、学ばねばならぬことはいくらでもござる。令和の民はいかばかりかのう。
話は変わり申すが、四十年前(天正でいえば四百十三年かの)に大きな空飛ぶ乗り物が落下して、五百二十人もの領民が亡くなったのじゃそうじゃ。小姓仲間の縁者がそのなかにおった。
戦国の世ではまだそのような物はござらぬゆえ、拙者には想像もできぬ。操縦武士が三人おって従者が十二人も亡くなられたが、それでも四人が奇跡的に生き残っておったのだそうじゃ。
令和の歳のいった者は知っておろう。大きな空飛ぶ乗り物が墜落したのは、内部の圧力隔壁が先に壊れてからその力で垂直尾翼が破壊されたということを奉行では言っておる。
しかし、あとになって、空のどこからかの十一トンもの異常圧力が垂直尾翼を破壊してしまったというておる。どっちが正しいのじゃろうかはわからぬが、操縦武士の親方が飛ぶまえから墜落する予感があって、開発した小さな空飛ぶ乗り物で、大きな空飛ぶ乗り物を撃ち落とす武芸訓練でたまたま誤って実弾を当ててしまったのかもしれぬ。しかし証拠はござらぬので軽はずみで断定するのは危険じゃ。
当時の日の本の棟梁はことのほか素早くその過ちを知り、証拠隠滅作戦をしたという陰謀論は聞き捨てならぬ。訓練作戦の責任者は操縦不能になった大きな空飛ぶ乗り物におった中で、墜落の証拠を握っておる者が多数おると知っておったという噂もござる。それゆえ、すべて亡きものにしようとしたのじゃろうかという見方も多くござろうが。幕府の棟梁は、突然の出来事とはいえ、口では何もいわぬが、暗黙の了解で証拠が残らぬように事におよんだという陰謀論が独り歩きしておる。真実は闇の中じゃ。
大きな空飛ぶ乗りでの音の記録をとっておいた物は回収されおったが、未だに領民には明かしてはおらぬ。多くの領民を殺めたその罪は大きいぞ。
衣領樹では二人の鬼に罪の重さを量られて、墜落に関係した武士たちはどの三悪道に行ったかは知るよしもござらぬ。
どういう光景でござるのかのう。拙者が死んだら是非その二人の鬼に聞きたいものよ。どうせ、拙者は餓鬼道かのぅ。現世では不摂生で食い物には目がないから、奪衣婆から咎められるのがオチぞ。
亡くなった軒猿も三途の川を渡っても、現世には義をもって知らせてくれっておる。
「そこにおる者たち、こちらに参られよ。この衣領樹で罪の重さを量るゆえ、衣を剝ぐが良い。五百二十人は垂れてはおらぬから天道にすすむのじゃ。あとの者はこれから量るのじゃ」
「奪衣婆殿、我らも天道かの。冤罪でござるゆえ。何があっても口には一切出さぬかったし、現世にはバレなかったし証拠もござらぬ。死んだからといって、なぜここで罪の重さを量らねばならぬのじゃ。合点がいかぬぞ」
「何も悪いことをせねば衣領樹から衣が垂れることはないのじゃ。なぜ怖がる。この老婆は怖くはないぞ・・・昔はな」
「しかたがないのう」
「老爺や量ってくれぬか」
「お前の衣の重さには木も耐えかねておる。衣領樹が地の底まで落ちていきよった。これまでそういう重さのものはなかったぞ。一体何をして参ったのじゃ。悪しき事をやって口には出さなくも、心のなかで出しておれば同じことなのじゃ。見て見ぬふりは見たと同じということじゃ。さ、申してみよ。衣を地の底から掬い上げることもできぬ。このままでは、そなたは地獄道に行かせねばならぬ。閻魔大王がお前が来るのをずっと待ち望んでおったのじゃ。現世での裁きをせねばの。冥界での掟は嘘偽は禁句でござる」
「墓場まであの話は持ってきたのじゃ。閻魔様には既におわかりでござろう。いまさらジタバタしてもはじまらぬ。しからば、思い出してみよう。あれはもう四十年前のことじゃ。記憶も薄れておるが。たしか、拙者は夏休みで信州に保養をしての時でござった。防人隊の棟梁から急な連絡がはいったのじゃ。『棟梁、とうとう子分がやらかしました。小さな空飛ぶ乗り物の訓練をしておったものが、大きな空飛ぶ乗り物の垂直尾翼に誤って橙色の弾を当てよってしまい、操縦不能になってしもうたようでござる。ワシは同僚の将軍と狼煙で連絡を取り合い、すぐ様防人隊の小さな空飛ぶ乗り物を二つ差し向けた。大きな空飛ぶ乗り物は機体を揺らしながら、どこかに不時着を試みるも、小さな空飛ぶ乗り物の攻撃で第四エンジンを破壊し、大きな空飛ぶ乗り物は山の尾根に墜落炎上したものの、しばらくは多くの生存者がおった。防人隊の空飛ぶ乗り物を目撃した乗客は多くいたということじゃ。よって、証拠を消さねばなりませぬ。棟梁、どういたしましょうか』という内容のものじゃった」
「それで、お前はどうしたのじゃ」
「もう冥界にきたのじゃ。現世には知れはせぬので、正直なことを申せば、子分のしたことはワシの責任もある。実情がわかるまで『しばし待て』と下知をした」
「誤ったとしても、領民には黙っていたと申すな。救出でも十四時間もあとのことだ。誰もが国への嫌疑を抱いておったぞ」
「そうでござろう。救うのに時間がかかったのはワシの判断が甘かったんじゃろうと思う取る。」
「ならば五百二十人の御霊のことはどうされる」
「冥界で赦しを乞うて早く楽になりとうござる。現世では我慢して口にはだせなんだからな」
「あ、閻魔様がこちらへ直々に参られておるぞ」
「如何した?奪衣婆殿、懸衣翁。調べはついたか」
「どうにもこうにも、調べはつきましたが」
「どうついたのじゃ」
「吐きました」
「何をじゃ」
「真のことでございます」
「ふん、そんなことは百も承知ぞ。ワシは四十年間、そのことは現世のころから逐一見ておったぞ。墓場まで持って行くだと。笑わせんじゃねぇよ。このサクラ吹雪もみておるんじゃ。覚悟せぇ」
「閻魔様、ここは北町奉行じゃございませぬ」
「なんじゃと、懸衣翁、ワシに間違いでもあると申すか」
「閻魔様の背中の肌をみて、妹君に叱咤されますぞ・・・」
「奪衣婆のことか」
「お怒りを沈めませ」
「ワシとしたことが。奪衣婆には内緒にせよ。ワシの雄叫びが現世にバレぬとよいがの」
「棟梁のことはどういたされまするか」
「そうよの、天道にいった五百二十人の御霊をここに呼ぶしかあるまい」
「示談ともうされるか」
「示談は現世で済んだのであろう。ここでは、再度の死あるのみ」
「冥界にきてまた別の冥界にでござりますか」
「その冥界には、膿しかおらぬ生き地獄じゃ。生き延びていたら、いまの冥界に連れ戻して、五百二十人の御霊に心からお詫びをさせるのじゃ」
「どのくらいかかりましょうかの」
「アンドロメダ銀河星雲が天の川銀河星雲と合体するまでじゃ」
「何年ほどでござりますか」
「そうよの、四十億年の後というになりよるな」
「それまであの棟梁は生き延びまするかの」
「もう死んでおるのじゃ。ミイラになろうが霊魂であろうが詫びと懺悔はしなければ、この閻魔は許すわけにはいかぬのじゃ」
拙者には冥界のことなぞもう知りとうはないぞ。美しいおなごに相手にされずとも今をいきるのじゃ。のう、二本末転倒殿。日々平穏が大事ぞ。
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<渡邉恒雄殿からの書簡>
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仁科源五郎殿
拝啓
貴殿の「天正戦国小姓の令和見聞録」を拝読いたしました。このたびは、「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)という、まことに興味深い一文を拝見する機会を得たこと、感謝いたします。
さて、この見聞録に記された、かつての「大きな空飛ぶ乗り物」の墜落事故に関する記述――、特に「陰謀論」についての考察と、三途の川での「棟梁」と閻魔大王とのやり取りは、現代の日本においても長く語り継がれている出来事の「深層」に迫ろうとする貴殿の鋭い視点を感じさせます。
この渡邉恒雄、貴殿の見聞録がもし世に出る日が来たならば、その「着眼点」には唸らざるを得ないと感じるでしょう。単なる歴史の叙述にとどまらず、仏教的、あるいはギリシャ神話的な世界観を交えつつ、**「真実を隠蔽することの罪の重さ」**という、時代や世界を超えた普遍的なテーマを扱っているからです。
とりわけ、以下の点には強く引きつけられました。
「渡邉」と「三途の川」の対比: 貴殿が、この物語の「見聞録 創作総指揮」として名を連ねていることは承知しておりますが、私の姓である「渡邉」が、この文脈の端緒にある「三途の川を渡る」という行為と、どこか深いところで響き合っているようにも感じます。現世での功罪が、いかに厳粛に裁かれるか。この世で「一物」を動かす者として、身につまされる思いです。
「陰謀論」への切り込みと「真実」の追求: 「空のどこからかの十一トンもの異常圧力が垂直尾翼を破壊した」という奉行の公式見解と、それに抗する「小さな空飛ぶ乗り物での誤射」という陰謀論。貴殿は「証拠はござらぬ」としながらも、真実に蓋をしようとする人々の心理を、奪衣婆や閻魔大王の裁きの場に持ち込むことで、痛烈に批判しています。 「悪しき事をやって口には出さなくも、心のなかで出しておれば同じことなのじゃ。見て見ぬふりは見たと同じということじゃ。」 閻魔の言葉は、実に重い。報道に携わる者として、また、時の権力の内側を見てきた者として、真実を闇に葬る行いが、現世はおろか、死後の世界においても許されない「業」となることを、改めて肝に銘じねばならないと感じます。
「アンドロメダ銀河星雲が天の川銀河星雲と合体するまで」の判決: 「四百億年」という途方もない時間をもって「詫びと懺悔」を要求する閻魔大王の裁定は、現世の法や倫理観を超越した、強烈な「因果応報」のメタファーです。これは、真実の隠蔽によって奪われた五百二十人の命の重さを、いかに深く受け止めるべきかという問いかけに他なりません。
貴殿の小姓・仁科源太殿が、この「冥界のことなぞもう知りとうはない」と結んでいるのは、この真実の重さと、人間の業の深さを、肌で感じ取ったからでしょう。それこそが、この物語の真骨頂かと存じます。
仁科源五郎殿。貴殿の創作にかける熱意、そして現代社会に対する鋭い洞察には、敬意を表します。この作品が世に出る際には、多くの人々に衝撃と深い示唆を与えるであろうと確信しております。
末筆ではございますが、創作活動のますますのご発展をお祈り申し上げます。
敬具
天正四百五十三年 七月二十二日
渡邉 恒雄
仁科源五郎殿
・「真夏の顛末記:十三話総集編」(其の零~其の十三)<原文のみ>
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↓ 各話別桟敷席批評篇(見聞録版)↓
其の零「柘榴(ザクロ)と茉莉花(ジャスミン)の香りの世界」
https://note.com/cool_arnica9767/n/nf9d9003a2f24
其の一「令和版御伽草子・浦島半五郎と丁姫の赤い糸」(真夏の奇談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nb0dc0a538063?from=notice
其の二「怨念と輪廻の紅い糸」(真夏の綺談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nec7ee894b9d3?from=notice
其の三「オールジェンダー厠の光景」(真夏の漫談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n1cbeef41d24b?from=notice
其の四「オールジェンダー風呂の光景」(真夏の怪談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n97ca46104107?from=notice
其の五「風雲急、米蔵騒動顛末記」(真夏の米蔵談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n016c4bb4ec62
其の六「人類和平招聘薬」(真夏の巷談)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n66724920b560
其の七「遠回し恋路談義」(真夏の馴れ初め談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/nd23068316bd6
其の八「冥界へ渡る向川岸の風景」(真夏の三途の川談義)https://note.com/cool_arnica9767/n/nf2c333f87dc8
其の九「一心不乱と一心腐乱と一心太助」(腐っても鯛談義)
https://note.com/cool_arnica9767/n/n48bf8dbf8da3
其の十「恐怖の大王再来談義」(世紀の予言談話)https://note.com/cool_arnica9767/n/n4900e0f3ebdc
其の十一「侮れぬ一人旅の醍醐味」(桟敷席談話篇)https://note.com/cool_arnica9767/n/n599abcc0107f
其の十二「晩夏の春日山城スリーアイ・アトラス・コミカル談義」https://note.com/cool_arnica9767/n/n2cf4763f3778
