【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#8】
ルミエル、参上!
【主要登場人物紹介】
■ レオル(Leol)
種族:魔族(だが人間として冒険者登録中)
所属:ミレニムのパーティー
ランク:Cランク(実力はそれ以上)
特徴:冷静沈着で実務に強く、人望も厚い。かつて魔王を倒した過去があるようだが、現在は仲間との絆を重視している。
魔剣の使い手 相手の能力を奪うスキルを持つ。
子供を助けたりする、お人好しな一面もあり。
■ ミレニム(Millenim)
種族:人間(魔女)
所属:パーティーリーダー
ランク:Bランク
性格:真面目で努力家。やや貧乏くじを引きやすいが、仲間を大切に思っている。
特徴:術師としての実力は高く、使い魔や封印魔法を操る。戦術眼に優れ、リーダーとして信頼されている。
レオルのことを密かに気にかけている。
■ ジュラ(Jura)
種族:人間
所属:ミレニムのパーティー
性格:陽気で武闘派。強敵との戦いを楽しむ性格で、言動が豪快。
特徴:戦闘能力が高く、蹴り技を主体とした体術使い。
実は冷静な観察力も持ち、仲間への気遣いも見せる一面がある。
■ ハクロ(Hakuro)
種族:獣人
所属:ミレニムのパーティー
性格:理性的で周囲の空気を読む役割。
特徴:感覚が鋭く、偵察や警戒が得意。戦闘も一定の実力を持つ。
ミレニム達の信頼も厚く、パーティーを支える縁の下の力持ち。
■ エルフィ(Elfi)
種族:エルフ
所属:ミレニムのパーティー
役割:薬草採取・補助
性格:ほんわかしているが、時に情に厚く行動力もある。
特徴:精霊術が使えないが、レオルの贈った指輪によりスキルを補助している。
レオルに淡い好意を抱いている節があり、乙女的な反応も多いが、空回りも。
■ グレイシャ(Gresia)
種族:??(人間の少女と思われる)
立場:レオルの養子
性格:健気で控えめ。料理やお茶を淹れるのが得意。
特徴:レオルのことを「パパ」と慕い、ギルドハウス内で家族的な役割を果たしている。
内心では力になりたいと願っており、家事などを手伝っている。
■ カリウス(Carius)
種族:人間
所属:「赤き砂」パーティーリーダー(Aランク)
性格:理知的で礼節を重んじる。レオルを高く評価。
特徴:貴族との繋がりを持ち、堅実に依頼をこなしている。
部下にも慕われており、指導力・人望ともに厚い。
■ ミィナ(Miina)
所属:「赤き砂」スカウト・交渉担当
性格:快活で、やや正義感が強い。ミレニムとは旧知の仲。
特徴:情報通で、貴族との繋ぎ役も果たしている。
■ エイラン(Eiran)
所属:「赤き砂」
性格:気性が荒く、直情型。だが義理堅い。
特徴:カリウスに忠誠を誓っている。初対面ではレオルに突っかかるが、後に理解を示す。
■ カレン(Karen)
職業:ギルド事務員
性格:丁寧で聡明。
特徴:レオルと信頼関係があり、情報提供も行っている。
■ リゼル(Lizel)
種族:不明(高位の貴族の娘?)
性格:寡黙で感覚が鋭い。人を見抜く力を持つ。
特徴:相手の実力を見抜くなど、只者ではない様子。ミレニムを昔から指名している。
■ リン(Lin)
種族:少女(浮浪者)
立場:レオルから物資や薬を受け取り、貧民の子供達と暮らしている。
特徴:魔具で魔法を覚えつつある。レオルに強い恩を感じている。
■ シンエン(Shinen)
正体:海魔「深淵の姫」/人間形態では上品な女性
能力:海を操り、深淵より魔物を召喚。妹(シロガネ)を捜索中。
性格:古風で誇り高いが、レオルとその仲間には好意を持っている。
人間たちの悪行に怒りを感じているが、対話の余地は残されている。
■ シロガネ(Shirogane)
種族:海竜の少女/人間形態あり
立場:シンエンの妹
特徴:倉庫に捕らえられていたが、救出される。丁寧で礼儀正しい。
■ エレクチュア(Erekutua)
種族:半魔族
立場:攫われてきた少女。マスターを探している。
特徴:目がオッドアイで、控えめだが芯は強い。
■ カリナ & ノワール
所属:オルト商会の護衛
職業:殺し屋(アサシン)
特徴:
カリナは電撃魔法の使い手。
ノワールは異常な暗殺技術を持つ少女。
二人とも、レオル達やシンエンの存在を「商会の機密を暴いた」として排除に動く。
■ ルミエル(Lumiel)
種族:天使人形(神の造った兵器)
所属:ロロス王国
性格:おっとりしているが使命には忠実
特徴:魔族を殲滅するために造られた存在。口調はどこか間の抜けた部分もあるが、強大な力を秘めている。
海魔
「人間ではない?……そのギルドの前で会った女の人が?」
ミレニムが少しだけ驚いた顔をする。
最近、色々不思議なものを見続けたせいか、少し慣れが出てきたらしい。
ああ、またか、とまではいかないが、そこに到達する日も近いかもしれない。
倉庫街に急ぐ道すがら、レオルは今回の件で分かっていることを手早く説明した。
「ってことは、そのヒト、倉庫を破壊するほど、凄い何か、てことだよね!?……闘いたい!」
ジュラが、本当に楽しそうに拳を手のひらに打ちつけた。
「その感じ……久しぶりですね。最近、大した魔物もいなかったから、さぞ欲求不満だったでしょう」
ハクロが苦笑する。
「……あのなジュラ、妖魔の属でもかなりのモノだぞ……オルト商会のこと話したら、そんなこと……と鼻で笑ってた」
妖魔は、魔族と違って事象を歪めるルザロ・ワーズは使えない。だが、世界あるいは星の生命ともいえるマナを吸収して、彼等は独自の能力を備えている。
なかには、津波や嵐を引き起こすモノもいるという。
魔族よりも遥かに恐ろしい存在と化した伝説上の妖魔の記録もあるほどだ。
「そっかぁ……うん、分かったよ!」
「レオル、ありがと……そんな凄いヒトに出会ってくれて!」
さらに喜びに拍車がかかってゆく。
「レオル、なに、ジュラを悦ばせてるの?……このコ、最近ホントに溜まってるんだから、止まんないわよ」
ミレニムが、やれやれと呆れたように首を振る。
レオルもそれもそうか、と笑って先を急ぐ。
海の香りが強くなってくる……

3階建てはありそうな倉庫が巨大な手で抉られたように、中程から崩れ去っていた。
「これは……凄い光景だな……」
倉庫街一帯は、まだ海水が掃けず、箱や戸板が浮いている。レオル達も、足元まで水に浸かって進まざるを得ない。
カリウスが、ミィナやエイランを伴って、レオル達の方に海水を踏み割りながら、歩いてくる。
「レオル、ミレニム……よく来てくれた、見ての通りだ……」
「……さる貴族の依頼でね、この倉庫街にまた魔物が来たら、撃退してくれとのことだ」
「魔物の姿は?見た者は誰かいるのか?」
「それが……どうにも、ね。巨大なタコの足が、何本暴れたとか……竜の頭を見ただの……よく、分からないのよ……」
「……レオル、あんたが会った女性、私も遠目に見ただけだけど、何か変なとこなかった?」
ミィナがレオルに質問を投げ返してくる。
多分、ミレニム達の頭には、同じことが浮かんでいただろう……思いっきりあったけど、色々あって言えません……と。
「すまない……こんな事態に繋がるような何かは分からなかった」
レオルが、嘘にならないギリギリの回答をする。
「そうか、まず他のメンバーも含めて、辺りに何かないか調べているところだ……何か、気づいたことがあったら教えてくれ」
向こうの建物の上に、エルフの射手の姿が見える。他のメンバーも瓦礫だのを覗き込んでいる。
七、八人はいるようだ。

「あの倉庫、何が入っていたの?」
ミレニムが、ミィナに近づいて瞳を見てくる。
ミィナが、すっとそれを外す。
「レオルにも言ったけど、かなりヤバいものだと思う。でも、依頼主に必要以上に詮索するなっていわれてる……」
「……大きな水槽の、壊れた物が幾つ流れ出されていたけど、それだけかな……」
「そっか……いいよ、ミィナ、気にしないで」
ミレニムが、彼女の肩を軽く叩いて笑う。
レオルに勧誘をかけたことを許す、と言ってくれた……そうとミィナには分かった。
ごめん、と微かに口にする。
ずっと、苦しかったのだろう。
「カリウス、この協力要請受けさせてもらうわ。ちゃんと、報酬に色つけてよね……
ウチのメンバー、それなりにやるんだから覚悟しなさい」
「ああ、分かった……ミレニム。ありがとう」
カリウスが差し出した手を、ミレニムは力一杯握りしめた。

割れた水槽というのは、すぐ見つかった。
ミレニムがざっと破片や台座を調べたあと、少し考える様子をみせる。
「……確たることは言えないけど、何かを捕縛する陣があったみたいね……」
「……そこそこの大きさだな……」
水棲の妖魔か、何かではあるだろうが……
「レオル、誰か来るよ……」
ジュラが拳を、わずかに上げる。
ハクロも、姿勢を低くする。
「兄さん……嫌な感じがします」
「おやおや、お兄さん達は誰かな?……事件と関係のないモノはあまり触らないように、と聞いてない?」
少女が一人、夜の暗闇から抜け出してくる。
「誰だ?」
「私はカリナ……商会の護衛だよ」

ミレニムの首に、手がそっと回される。
「私は、ノワール、同じく……護衛です」
「……!」
さらに背の低い少女が、ミレニムに、抱きついていた。誰も、気配を感じていない。
いきなり、そこにいた。

ひゅっ、とジュラが息を鋭く吐く。
閃光の如く足刀が、少女を薙ぐ。
だが、少女の姿はかき消え、次の瞬間カリナという少女の傍に立っていた。
「ここから、立ち去ってください……一度だけ、不問にします」
「ええ、このヒト達、違反したんだから、処分してもいいんじゃない?」
ノワールという少女がにこにこしながら、カリナをみると、彼女は舌打ちして下がる。
「……騒がせたようだ……行こう」
レオルが、ミレニム達を促す。
ジュラが、最後までノワールを見てから立ち去る。彼女は、終始にこにことした表情を崩さなかった。
しばらく歩いて、倉庫の入口の階段にミレニムが座り込む。
「……ぞわっ、とした……何か、死神に乗っかられた感じがした…………」
ミレニムが両の腕をさする。鳥肌が立っていた。
「大丈夫か?」
レオルが彼女の肩に手を置く前に、ミレニムが腕に抱きついてきた。
普段の彼女らしからぬ行動だ。
「ごめん……ちょっとだけ、だから……落ち着くまで……待って」
レオルは無言で、隣に座る。
ミレニムの腕が震えている。
レオルは、そっと手を重ねて、彼女の手を包みこんだ。
「あのコ、動く前の『意』がない……少なくとも僕は、感じ取れなかった……」
「……息をするように自然に相手を殺す……そう見えたよ」
ジュラが、握った拳をじっと見つめる。
「あれが……噂に聞く、アサシンかもしれませんぜ……」
ハクロが、後ろを振り返る。
「……商会が雇った殺し屋……魔物ではなく、人を殺す専門家でしょう」
「それだけ、見つかるとまずいものがある、ということか……?ミレニム?」
彼女がレオルの腕に掴まっていた手を放し、すくっと立ち上がった。
「よし、もう大丈夫……!」
「……あと少し、時間を頂戴……準備するから」
腕を何度か振ったあと、腰に括り付けたショルダーバックから、何かを出して術を掛け始めた。
「ミレニム……逞しくなったね」
ジュラがぽつりと呟くように言う。
「……貴方たちに付き合えば、自然とこうなるわよ……」
「……それに、私だって馬鹿にされたままは、絶対にイヤ」
「姐さん……誰かいます」
ハクロが、唇の前に指を立てて、倉庫と倉庫の狭間の通路を指す。
まだ、海水が掃けていない、薄暗い路地裏。

「そこに、いらっしゃいますね、レオルさん」
レオルを大妖の君と呼んだ、シンエンだった。
探知は、あちらの方に分がありすぎる。
レオルが陰から姿をみせると、にこりと微笑んでくる。
知り合いに思いがけず出会えた、そんな風に嬉しそうに一歩こちらへ踏み出す。
水たまりが波紋を生む。
「……それが……君か」
水たまりに、巨大な影が映り込んでいた。
「はい……人間達には、海魔とかクラーケンとか、呼ばれていたこともありましたが、私はその呼び名が好きではありません」
シンエンがレオルの後ろに視線を遣る。
ジュラ達も物陰から姿を現す。
レオルの傍に、シンエンから視線を外さずにゆっくりと近づく。
「レオル、上、見て……」
ジュラが、指を上に向ける。
靄であろうか、白く濁った夜空に、巨大な触手か何か分からないものが映り込んでいる。
「人間に獣人、それに魔女……楽しそうなお友達ですね」
妖艶に笑いかける。
「仲間だ……一応、冒険者をやっているものでね」
少しだけ、笑いが苦いものになっただろうか……
冒険者は、魔物や魔族を討つのが仕事だ。
矛盾は、承知している。
「それでは、あちらで色々とやっている方々も冒険者なのですね……」
「貴方様が、何故そのようなことを……?」
「……私には、分かりかねます」
ため息まじりに、あきれたように言う。
「まあ、そうだろうな……それで、探し人はみつかったのか?」
「お陰様で……ですが、まだひとり、見つかっていない妹がいます……厚かましいとは思いますが、今一度ご協力を願えないでしょうか?」
ミレニムが、口を挟んだものかと視線を彷徨わせたあと、決心したように口を開く。
「あの……シンエンさん?その、今、どういう状況か聞いてもよろしいですか?
おそらく、レオルもほとんど状況を掴めていないと思うのですが……」
ざわっというべきか、ゾクッというか、そんな感覚が、ミレニムの背中を走り抜ける。
シンエンの足元の水面が、辺り一帯に広がっていく。
水面の影が一層濃くなる。水底から這い上がって来るものが、幾つもその姿を現す。

「魔女よ……貴様、冒険者であるその身が、我に問うか?
……此度のこと、人間が我が同胞たる妹達を攫った故のことよ…………その手先たる貴様が『深淵の姫』たる我に問うのか!?」
シンエンの姿が変わってゆく。服が広がり、先端が触手や海竜の頭のようなものになってゆく。
「おっしゃることは、分かりますが!……リーダーは、私です!
レオルに頼みごとをされるのでしたら、私を通していただかないと!……これは、絶対の決まりごとです!!」

ミレニムが、やけくそ気味に叫ぶ。
「……ミレニム、凄い……!」
「姐さん、ちょっと、声を下げて……シンエンさんも、もそっと下げてください……これ以上、ややこしいことは勘弁ですぜ」
ジュラが目を輝かせ、ハクロが両手を何度も下げる動きをする。
「……なんと、そなた、この魔女の申すことは本当なのか?……このような者に使われていると?」
シンエンが、驚きつつレオルに問う。
彼女にしてみれば、レオルほどの力を持つ存在が、どうして一介の魔女に従うのか理解できないのだろう。
「ああ、ミレニムは、俺が最も信頼するリーダーだ」
シンエンはすっかり、毒気を抜かれたような顔をする。 喋り方も、元に戻っていく。
「訳がわかりません……あなたが言うなら、信じるしかないのでしょうが……何一つ腑に落ちないのですけど……」
シンエンになんとか人間の姿に戻ってもらうと、倉庫の裏でこれまでの事情を聞く事ができた。
曰く、人魚族や海竜の子供が商会の船に囚われたこと。
曰く、一度目の倉庫の破壊で人魚族は見つけることができたが、そこで嫌な存在の気配を感じ、撤退。
人魚族の子供だけ返すと、再びここに戻って来たとのこと。
「シンエンさん、その嫌な存在って、何だい?」
ジュラが、シンエンを覗き込む。
「近い、距離感がおかしいです、あなた……
それは、私をかつて封じた存在、天使人形です……」
「……あれは、侮れぬ力を使います……できれば、衝突は避けたいところです」
ジュラに虫を払うように、手を振るシンエン。
「天使、人形?」
ミレニムが聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ミレニムさん、天使人形というのは、神が作った殺戮兵器です。魔族、魔物、魔神、そういったものを殲滅する存在……この王国にも昔から一体います」
とんでもない単語を叩きこんでくる。
「……うわぁ、こんなに立て続けに……もう今夜の許容限界越えましたよ。明日にしてください……」
ミレニムが僅かばかり身を引く。この短時間に暗殺者、妖魔、天使人形ときては、彼女でなくとも悲鳴の一つでもあげたくなるというものだ。
「よそへ移される危険があります。明日までは待てるものですか……
もう今夜、全力で暴れさせていただきます。このあたり一帯破壊し尽くしてでも、妹を探します……」
「……天使人形が来るか、来ないかは賭けになりますが、妹シロガネと二度と会えなくなるよりはましです……
協力して頂けないのでしたら、その一択になりますが、それでもよいですか?」
「……えぇ、そんな破茶滅茶なこと、言われてましても……」

ミレニムに迫るシンエン。
彼女はすぐ後ろの壁に追いつめられてしまう。
「……あそこにウロウロしている者たちは、レオルさんのように頑丈なんでしょうね?」
カリウス達のことだろう。
「……いえ、普通に死んじゃいます……やめてあげてください」
ミレニムが、見たことのない顔をしている。
シンエンの肩が、叩かれる。
「あまり、ミレニムをいじめないでくれ……」
「……助けるよ。君の妹君を」
「探して頂けるだけでも、助かります……ありがとうございます、レオルさん、ミレニムさん」
先ほどミレニムにしてやられた意趣返しだったのか……
シンエンは気が済んだらしく、にっこりと頭をさげたのだった。
天使人形
「タマ、お願い」

黒い球状の使い魔が、ミレニムの召喚に応じる。人の背丈より大きな玉の中に、珍妙な顔がみえる。
「シンエンさん、このタマに触れて下さい……救出対象の海竜の姿が映せます。貴方の記憶にあるものを映し出すことができるんです」
「……不思議な術を使いますね……こう、ですか?」
シンエンが、タマにそっと手を添えると、使い魔の目が光り、像を映しだす。
建物の柱ほどの長さはある銀色の海竜の姿が、映し出された。
さも、そこにいるように像が結ばれている。
「ほお……」
シンエンが、驚きと感心がないまぜになった声をあげる。
「イチロウ、ジロ、この海竜が、この倉庫街の何処かに囚われている……探して、報告。頼むわ!」


続けて呼び出された二匹の使い魔が、海竜の姿を確認した後、無言で倉庫の裏路地に消えていく。
「ここで、少し待ちます……あのコ達、足が速いからすぐ戻ってきますよ」
ミレニムがタマを送還したあと、少しだけ疲れたように倉庫の階段に座り込む。
「ミレニム……大丈夫か?」
「平気よ……さすがに、これだけ呼び出すと疲れるけど、休めば回復すると思うから……」
ふぅ、と息を吐き出す。
シンエンが、使い魔の走り去った方を見遣ると、感心したようにミレニムに視線を戻す。
「見直しました……良い仕事ですね。貴方を甘く見ていたこと、謝罪させて頂きます」
シンエンがわずかばかり、頭を下げる。
「ですが……見つけたとして、またシンエンさんが倉庫を破壊というのは、最終手段として下さい……」
「……先ほどお話したように、こちらは他のパーティーから貴方の撃退の協力を求められている身です」
ミレニムが、何とも言えないような顔をする。
シンエンの頼まれ事と、カリウスの協力依頼が、あまりに相反しているのだ。
「最悪、僕達が、シンエンさんと闘うことになるんだよね……」
「……僕は、どっちでもいいけど……こうやって顔を合わせて話しちゃうと、やりにくいよね」
ハクロは、倉庫の陰から辺りを警戒している。
今一番注意すべきは、あのノワールとかいう商会の護衛だろう。気配なく近寄られては、なすすべがない。
「今は堪えどころです、皆さん。吉報を待ちましょう」
十数分後、使い魔が帰ってきた。
五区画向こうの奥まった倉庫に、海竜の姿があったと伝えてくる。
「行きましょう、シンエンさんも来てください。手伝ってもらうことがあるかもしれません」
ミレニムが、シンエンの同行を促す。
「私まで顎で使いますか……全く、大したものです」
果たして、暗い路地裏にその倉庫はあった。窓には黒い目隠しがしてある。
ハクロが、錠前を静かにいじり始める。周りには、今のところ人の気配はない。
僅かに、カチリと気持ちのよい音が耳に届く。
「兄さん、開きました」
「……行こう」
レオルが、静かに手を振る。
倉庫の中へと、5人が滑り込んでゆく。
薄暗い内部は棚が雑然と置かれていて、奥の方が見えない。
お互いに無言で頷くと、奥へと進んでゆく。
何十歩進んだのだろうか……薄暗い仄かな光が、奥の方から漏れ出でているのが目に入る。
「いました……シロガネです」
水槽の中に、人と海竜が閉じ込められている。眠っているらしく、その目は閉じられている。
水槽の蓋と底に魔法陣が薄い光を放っていた。

「……人間と海竜?……この人、大丈夫かい?」
ジュラが、水槽に近付いて覗き込む。
「私と同じです……仮初(かりそめ)の身体と本体が同時に存在するだけです……壊します」
シンエンが水槽に手をかける。
「シンエンさん……任せてください。私が陣を解除、ハクロが錠を開けます」
ミレニムがそれを止める。物音は、最後まで極力出さないほうがいい。
「……誰かいるんですか?」
さらに奥から消え入りそうな声が、聞こえてきた……
レオルが進むと、奥に牢屋らしき部屋がある。
そこに少女が入れられている。左右の目の色が違う、不思議な雰囲気を持つ若い女性だ。

「……静かにしてもらえると、助かる……君は?」
レオルが、口元に指を立てる。
「私は、エレクチュア……ここには無理矢理連れてこられました……」
「……一緒にこの王国に来たマスターとも離れ離れになってしまいました」
少しだけ言い淀んだ後、言葉を続ける。
「……あの、お願いがあります……助けて貰えませんか? マスターの元に帰りたいのです」
マスター、つまり主人……この少女は、使用人か奴隷ということになる。
「レオルさん、その者は半魔族です……関わらない方が良いでしょう」
「こんなところに、半魔がいるのは妙です」
シンエンが、レオルの後ろから覗きこんでくる。
「君は、薄闇領域の出身なのか?」
「……薄闇ですか?いえ、私はギラ・ファンという処からきました……」
聞き覚えのない地名だ。シンエンも、聞いたことがないという。
「レオル様……お願いします……マスターに叱られてしまいます。どうか……どうか……」
冷たい床の上で、土下座までし始める。
「……分かった。下がってくれ」
レオルは、一つ頷くと魔剣を呼び出す。
「レオルさん」
シンエンが非難を含んだ視線を向けてくる。
「分かっている……だが、見捨てられない」
澄んだ音が一度だけ。錠前が二つに割れる。
落ちる錠前を器用に受け止めると、エレクチュアが格子戸を開けて出てくる。
「こっちだ」
レオルがミレニム達のところへと彼女を導く。
「シンエン姉様……」

「シロガネ……遅くなりました。よくぞ無事で……
姉は、生きた心地がしませんでしたよ」
シロガネと呼ばれた海竜が、人間の姿でシンエンの傍に駆けつける。
「ご迷惑をおかけしました、姉様」
深々と頭を下げる。
「急ぎましょう……レオル、その人は?」
ミレニムが、後ろの女性の存在に僅かばかり驚きの声を出す。
「奥に閉じ込められていた……どうも、攫われてきた半魔族らしい」
「レオル……それは、まずいんじゃない?」
シロガネはシンエンが何とかするだろう。だが、そっちのほうは連れ出した後、カリウス達にどう説明する気なのかと、ジュラは言っているのだ。
まして、半魔族であることはレオルが魔族であることを伏せている件と重なりすぎる。
「カリウス達と合流する前に、何処かに隠れてもらうつもりだ……そのあとは、俺の方で何とかしてみる」
「まずは、ここを出ることが先決です。ここで見捨てては、どのみち後味が悪いことになります」
ハクロが、レオルをフォローする。
「確かに……半魔族だからって、今更よね」
ミレニムも、ハクロに同意する。
「……ありがとう、ミレニム、ハクロ」
「……ありがとう……ございます」
レオルが頭を下げる。エレクチュアも、それにならって深々と頭を下げる。
「いいって……行きましょうか」
ミレニムが笑って、手をヒラヒラと振る。
「……一度は、警告しました……」
まさに次の刹那、ノワールがミレニムの足元にナイフを振り抜いた状態で現れた。
ミレニムが、首を押さえて倒れ込んでゆく。

「ミレニム!」
叫んだのは、レオルとジュラ、どちらだったか……
レオルがミレニムを抱きとめ、ジュラがノワールを拳で撃つ。
だが暗殺者は、それを軽々と躱すと倉庫の入り口から外に飛び出してゆく。
「舐めたマネをしてくれる!」
それと入れ替わるように、外からカリナが紫電の魔術を中へ撃ち込んでくる。
棚や木箱が、焼き砕かれてゆく。
「よくも……!」

レオルの瞳が、怒りで溢れる……
魔剣が一閃……カリナの紫電を切り裂き、彼女との距離をゼロにする。
骨と肉が潰れるような音が周りに響く。
魔剣の刀身で、カリナは胸部の肋骨が左から砕かれ、隣の倉庫の外壁に叩きつけられた。
「カリナさん!」
ノワールが、ミレニムを抱えたままのレオルを見据え、相棒に声をかける。カリナは、呻いて起き上がれずに、激痛に藻搔く。
「……いい……から……、逃がす、な……!」
ノワールがわずかに頷くと、レオルに構えをとる。

「……レオル、行って。一刻を争う……」
ジュラが、ノワールと対峙する。
「……頼む」
レオルは、シンエン達に目で合図をすると、共にその場を離れていく。
「……先に謝っとくよ。手加減とか、できそうにないから」

「こちらも、です」
ノワールが、低く身を沈める
……すうっと、その姿が視界から空気に溶けるように消えてゆく……
ジュラの背後から、ナイフが奔る。
気配の消し方、技の起こりの消し方が、尋常ではない……あのジュラがナイフを躱しきれないほどだ。
彼女は、己の肩を切り裂いたノワールの腕の間に、自分の腕を絡みつかせるように通す。
若木が折れるような、嫌な音が耳に届いた。
「……!」
ノワールが、右腕を押さえながら身を離す。ナイフが、地面に落ちていく。
「技の発がないなら、技の終が意となる……」
ノワールの技能は、気配と技の起こりを、心の揺れを消し去ることで無くすものだ。
だが、切りつけた直後は技が成立し、その瞬間だけは彼女を捕捉できる……ただ、並の技術ではノワールを捕らえられるものではない……
ノワールは、左手で腰のポシェットから細長いガラス瓶を素早く取り出し、中身を口に含む。
右腕は完全に折れているようだ。
「……私に、驕りがありました、か……」
「どうかな……?」
ジュラの右腕にも、わずかに震えがある。
おそらく無理な反撃から、筋をひどく痛めたのだろう。
小さな球体が、転がる……
それは白煙を吹き出し、わずかな時ノワールの姿を隠す。
視界が晴れたとき、ノワールとカリナの姿はなかった……右腕が折れた状態で、仲間の回収をして引き揚げる。
おまけに、状況判断も早い。
決着は、一瞬だった……下手に長引かせれば、手数を読まれて、こちらがやられていた相手だった。
「……もう一度、闘ったら……勝てるか、わからないや」
ジュラは痛めた腕をかばいながら、レオル達に追いつくべく走り始めた……
レオル達が、走って数分たったあたり……
「……レオル、止まって……大丈夫だから……」
ミレニムが、うっすらと目を開ける。首を押さえていた手を離す。
「ミレニム、首は……傷がない?」
抱きかかえていた彼女をゆっくりと降ろすと、ふらつきながらも立つことが出来た。
「さっき、身代わり人形を作っておいたから……でも、衝撃を消し切る事ができなかったから、本当に落ちてた……」
「姐さん、肝が潰れましたぜ」
「ミレニムさん、それこそずっと後味の悪いものを抱えることになるので、当分の間、死なないでくださいよ」
ハクロとシンエンが、ミレニムを覗きこんでくる。彼等なりに心配してくれたらしい。
「シンエンさん、ありがとうございます……それで、時間もないことですし……ここから、離脱できますか?」
「はい……ミレニムさん、助かりました、レオルさんも」
シンエンとシロガネが頭を下げる。
「ミレニムやハクロ達の方が、いろいろやってくれたさ……」
レオルが苦笑いをして応える。
「レオル様……警戒を……来ます」
今まで沈黙を守っていたエレクチュアが、レオルに呼びかける。通路の奥へとその視線が伸びている。
コツン……コツン……
軽い音が短い間隔を刻んで聞こえてくる。

「ああ、ようやく見つけたのですよ……よかったのです」
大きな光の杖を持った女が、コンと床を叩いて現れた。
「そろそろ、分かりやすい手柄をあげないと……またサボったと、この私が怒られるんですよ」
シンエンの瞳が大きく見開かれた。
「貴様、天使人形……ルミエル!」
レオル達も構える。
対魔族の兵器ともいえる、天使人形とこの状況で戦うのか、と。
「久しぶりなのです、海魔……ここで、お前は終わりなのです……」
何処か楽しげに笑う。
シンエンに指を突きつけてくる。
「……お前は、もう海には返しましぇん!」
ひとつまみの沈黙……がその場を支配する。
「……ちょ、ちょっと待つので、す」
いたた、と後ろを向いて屈んでいる。
舌には光壁が張れないとか、ですをつけないと噛むとか、ぶつぶつ呟いている……
「……何だ、あれは」
「……ルミエル、あなた……」
「……あんなのが、天使人形?」
「……イタすぎ、ですね……」
レオル、シンエン、ミレニム、エレクチュアが同時に、呆れたように息をついた。
「とんだ天使さんも、いたものです……」
勘弁して下さいよ、とハクロが肩を竦める。
ルミエルが目の端に涙をためながら、立ち上がって叫ぶ。
「ロロス王国の守護者、ルミエル!」

「お前達のようなヒトを馬鹿にする悪は、絶対にゆるさないのです!……成敗なのですよ!」
ルミエルの声が、夜空に虚しく響き渡っていった……
