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天に還す日

 ポメが来て刺激的な日々が続いても元気に過ごしていたヒデサト。
ポメも年齢を重ね2匹とも落ち着いたシニアライフを送っていました。

特にケンカもなく適度な距離感を保ちながら仲良くしていました。晩年になって桜文鳥のナナが家族に加わりました。ヒデサトもポメもナナを襲うことはありませんでした。ヒデサトは下からじっと見つめているだけで何もしません。ポメは耳や頭に止まっても平気でした。
賑やかになってきた我が家でしたが、ナナが先に天に還りました。

 ヒデサトが20歳になった年の2月。ポメが体調を崩し獣医さんに行ったら腎不全と診断されました。ヒデサトも腎不全の症状はあったものの一病息災で元気に過ごしてくれていました。

普段から元気で陽キャなポメが、大人しくなってきたことに危機感を感じました。ずっと病気知らずだっただので復活してくれるのではないかと期待しながら見守っていました。

痩せて足取りもフラフラで大好きな散歩にも行かないと言いだした時は、
覚悟を決めるしかなかったのです。本当もうダメかと諦めた時、
急にポメが散歩に行きたいと要求してきました。少し歩いたら満足するかと思って散歩に出ました。

1日目はいつもの散歩道の西ルートを1時間弱かけて歩き、翌日は東ルートを1時間ほど散歩しました。ポメの足取りはとても弱く、この頃は散歩も20分が限界だろうと思うほどフラフラだったのです。

このお散歩コースはポメが子犬の頃から慣れ親しんだ散歩道でした。
天に還る前に、最期に全部の散歩道を歩きたかったのだと感じて
言葉を失いました。
そして、3日目の午後、ポメは15歳のお誕生日目前で天に還りました。

ポメがいなくなると、朝夕のお散歩、ご飯などの時間が余ってしまいました。散歩の時間が空白になってしまって何をしたら良いのか分からなくなりました。
私の心の拠り所はヒデサトだけになって依存していたのだと思います。

 その頃ヒデサトは20歳を超えシニアになって弱っているのは
明らかでした。ヒデサトの命もカウントダウンに入っているだろうと
感じていましたが、認めたくありませんでした。

ポメを失ったばかりだったので、これ以上失いたくなくて
「ヒデサト、今すぐはやめてね。せめて1年あけて欲しいよ」とお願いしました。ヒデサトは何の反応もなく私を見ていました。

 お願いしたから1年は大丈夫かな?と楽観視していた私。
7月には大好きなスイーツのお店の2周年記念のお祝いにいくのを楽しみにしていました。

お祝い前日、ヒデサトが今までの中で一番調子が悪そうに見えました。
もしかしたらもうダメなのかもしれない……。明日お祝いに行けるのか?
そう感じる自分を打ち消しながら夜を超えました。

ヒデサトとの別れは少し前から感じていて、ヒデサトもそれを分かってお互いの中で暗黙の了解があったと思います。

時折、腐った匂いがしていたことも気づいていました。
きっと本来ならヒデサトは天に還る時を過ぎていたのだと思います。
気づいていながらヒデサトに無理させている罪の意識も芽生えていました。

翌朝、まだヒデサトの息はありましたが、表情がもう臨終を表しています。この日は仕事が休めない日で、ヒデサトがいつ逝ってもいい様に寝かせ
「ごめんね。今日は休めないんだ。本当にごめんね……」
そう言って仕事に行きました。

昼休み、ふとヒデサトの匂いがしました。帰宅して母に聞いたら
昼に天に還ったそうです。昼休みに感じたのは間違いなくヒデサトが
知らせに来てくれたのだと思いました。

前日に私が行きたいと言っていたスイーツのお店のお祝いに行ける様に
ヒデサトは頑張ってくれていたのだと思います。親孝行な息子です。

ヒデサトは20年以上私の側を離れず甘えてくれました。
ペットとの向き合い方、守り方など沢山のことを学ばせてくれました。
猫きっかけで猫友はもちろん、音楽や他の趣味に繋がる友人とも出会えました。ヒデサトのお陰で豊かで充実した生活を送れました。

本当に有難うヒデサト!

追記
ペットロスに思うことがあります。
失うことは本当に辛いです。でも可愛い子達を無事に天に還すことが出来て良かったと思う様にしています。
ペットロスを受け入れることは忘れることではないと思います。
居なくなったことを悲しむのではなく、姿が見えない、側にいないことに
慣れることだと思う様になりました。


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番外編
うちの猫の前世

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