エターナルライフ第1話 プロローグ1989年春
あらすじ
物語は過去のエピソードを除いて、交互に康輔、美里の一人称で展開する。
南米解放の夢に破れ、死と向き合いながらひとり暮らす康輔は、滝壺に転落した美里を救ったことを契機に同棲を始める。
やがて彼は、美里は戦時中に疎開先で共に暮らしたユキの生まれ変わりだと確信するに至る。
互いに強く惹かれ合いながらも、一線を越えようとしない康輔は、自身の凄惨な過去と未来の無い現実を告白し、美里との関係を清算しようとするが、美里は彼を支えて生きることを誓う。
美里は康輔の半生をかけた夢を別のアプローチで実現することを提案し、二人でブラジルに渡る。
そこで凶弾に斃れた康輔は、生命は永遠であり、必ずまた会えると言い残して旅立つ。
朝はまだ深い闇の中に沈んでいた。
妙にリアリティーのある夢だった。足元を流れる水の冷たさや河岸の木々を揺らす風の音までもはっきりと感じられた。
浅瀬の石をユキが剥がすと、そこに隠れていた魚が驚いて飛び出てくる。俺は捕った魚を腰にぶら下げた竹の籠に入れる。3匹目だ。交代して俺が石を剥がすと、勢いよく泳ぎ出た魚はユキの手をすり抜けた。ユキはジャブジャブと浅瀬を駆けたが見失ったようだ。
「どっか行っちゃった」
額の汗を拭いながら振り向くユキは、日焼けした肌に映える白い歯を見せて笑った。
ユキが短い叫び声を上げて転んだ。藻に足を滑らせたようだった。なぜかユキは起き上がらず、そのまま仰向けに流れに浮かんだ。
「ユキ姉ちゃん、大丈夫か?」
「ああ康輔、気持ちいいよ」
俺は流されていくユキを追いかけるが、流れは速く追いつけない。
「ユキ姉、危ないよ。起きて!」
ユキとの距離はどんどん離れていく。夏の日差しが躍る川面をユキが流れていった。
ユキと川に魚を捕りに行ったのは、遠い昔の現だったのか、それともただ夢の世界の出来事なのか、定かでは無かった。
ユキ、焼夷弾の雨の中で君とはぐれてから長い歳月が流れた。
ユキ、君はどこかで生きているのか。それともあのときに死んでしまったのか。
三年前に受けた肺がん手術の定期検診を受け、その結果を聞きに行ったのが昨日のことだった。がんは再発し、反対側の肺にも転移していた。
この状態では手術はできないので、抗がん剤による化学療法でがんを叩く。化学療法の効果には個人差があり、やってみなければ分からない。
もし効かなければ……?
がんの進行度合いにもよるが、余命は一年~二年程。でも、希望を持って臨みましょう。たとえ効かなくても、医学の進歩は日進月歩。明日、画期的な治療法が確立するかもしれない。
医師は淡々と語った。判決を告げる人のように。
俺はベッドを抜け出してファンヒーターに火を入れる。もう四月とはいえ、山の朝は冷え込む。夜は白々と明け始め、朝霧の立ちこめる草原が窓外に広がる。
この廃屋同然のログハウスを安く購入し、方々手を入れて整備した家に暮らし始めてからちょうど十年の歳月が経った。
移ろう季節の美しさに魅せられ、また、その厳しさと格闘しながら過ごしたこの十年は、人生をフェードアウトするにふさわしい静かな日々だった。
俺は淹れ立てのコーヒーを飲みながら生きているうちにやっておくべきことを考えたが、何も思い浮かばなかった。
ジタバタしてもしょうが無い。これまで何度も死線をくぐり抜けて、なぜか今まで生き長らえてきた。その意味さえも分からないのだから。
