小説「LOVERS」サクライロ編 #7 頑張って生きてきたあなたに贈る詩歌「おさらばしよう、古い時代に」
第7話:憩いの場『ワライバ』で飾らずに生きよう
“小父さん” は、過去の自分を笑い飛ばすように泣いていた。だけど、その場にいたおれたちは誰一人笑わず、彼の心に寄り添った。小父さんが、自分の内面と向き合い、自分で答えを出す、その時まで。
<さくら> もっとたくさんの人が集まれる『ワライバ』へ
福岡での初ライブを終えると、すぐに全国から反響があった。
――なぜだかわからないけれど、泣けた。
――懐かしい氣持ちになった。
――自分の人生を見直すきっかけをもらった。
など。
実際にアトリエを訪れる人の数も急増し、なんの準備も整わない状況でアトリエが「ワライバ化」するという、嬉しい悲鳴を上げている私たちだ。
しかし、アトリエが人々の集い場になると、私たちのひとり時間が確保できないという問題も生じ始める。これははじめから懸念していたことだが、実際に直面してみるとかなりのストレスを感じることがわかった。
「この場所はとても氣に入っているけれど、現状を維持するのは難しいと感じています。何か、いい案はないでしょうか?」
アトリエを紹介してくれた不動産業の三井さんに相談すると、福岡市から離れてもいいなら、空き物件は山ほどあると教えてくれた。それは九州に限らず、もはや全国各地に存在し、朽ち果てるのを待つだけの家屋や田畑も多いという。
移住者を募集する自治体もあるそうだ。応募者には給付金も支給されるという手厚さ。うまく活用すれば、ほとんど出資せずに居を構えることも出来るとか。
「今後のことを考えるなら、広い土地に移るのもありだと思う」
リオンくんは腕を組みながら言う。
「ただ、ここを引き払う必要はないかなって。田舎で家賃の心配がないなら、都市と田舎の二拠点を行ったり来たりするのも楽しそうじゃん?」
「確かに。土地が広ければ、たくさん人がやってきても受け入れられるし」
「屋内でライブもできちゃったり?」
「その案、素敵ね!」
「どんどんアイデアが出るな。じゃあ、早速条件に合う物件を探してみよう」
◇◇◇
県内を中心にいくつかの農地付き物件を案内してもらった。私たちが氣に入ったのは、大濠公園そばのアトリエに雰囲氣が似ている、湖畔の古民家。そこは眺めも良く、のどかな場所。生活するには少々不便だが、路線バスも走っているし、大勢が集まるのには最適と判断した。
「さくら。ここを『ワライバ』にできないかな? ここにいたいと集まる人、みんなで作ってくんだ。理想の居場所を。で、定期的におれたちもここに来てライブをする。もちろん、オンラインでも配信だ。そしたら、めちゃくちゃ楽しそうじゃない? 芸術の輪も広がりそうだ」
リオンくんの語る理想の世界はとても魅力的だった。私たちへの負担が減るだけでなく、それで人々の輪も広がっていくならやる価値はあると思った。
◇◇◇
この話はすぐに広まった。近隣に移住したいと申し出る人、ワライバの内装工事を買って出る人、私たちが福岡市のアトリエにいるあいだ、ワライバの管理人をすると言ってくれる人まで現れた。しかもそれが、あの名前を知らないサラリーマンの小父さんのご家族(磐田さん)なのだから、人生、何が起きるか本当にわからない。
「なんか、申し訳ないね。うちの家族が勝手なことを言って」
奇しくもこの件で名前を知ることになった、小父さん改め磐田錬次郎さんは、仕事の都合でなかなか会えずじまいだったが、第二の拠点であるアトリエ兼ワライバが形になった頃、ようやく対面するに至った。
錬次郎さんは、何度も私たちに頭を下げる。
「迷惑になるからやめておけって何度も言ったんだけど、最後には『お父さんには関係ないでしょ!』って言うなり、妻と娘、二人して飛び出してっちゃって……。僕はただ、常識のある行動をしろと言いたかっただけなのに」
「迷惑だなんて。むしろ、助かってるんですよ。奥様と娘さんが、私たちが不在の間にここを管理してくれると申し出てくれて。お二人とは何度もお話しましたが、とても理解のある方々なので、安心して任せられます」
穏やかに言う私に対し、錬次郎さんは表情を曇らせた。
「そういうけど、家内は外で働いたことがほとんどない。娘だって高校を出たばかり。そんな二人を信用して仕事を任せるなんて、普通はありえないことだよ」
「え、小父さんは奥さんと娘さんを信じてないの? 家族なのに?」
リオンくんの問いに、錬次郎さんは声を低くして言う。
「……信じたいさ、そりゃあ。でも、仕事をするってのは簡単なことじゃない。顧客からの信用を勝ち取る必要もあるし、お金の管理もしなきゃいけない。テキトーってわけにはいかないじゃないか。だいたい、ここで暮らすための原資は僕が稼いだものだぜ? それを、僕の承諾が得られる前に使おうだなんて、虫が良すぎやしないか?」
今の発言を聞く限り、錬次郎さんは奥様と娘さんを手元においておきたい――つまりは、自分の管理下に置きたい――と考えているのが伝わってきた。
家族仲良く一緒に暮らす。聞こえはいいが、私に言わせればそれは束縛でしかない。
実は私の両親は、私が二十歳のときに円満離婚している。理由は、それぞれが自由に生きていくため。家族という縛りがあることで自分のやりたいことが制限されるのは嫌だと、父も母も思っていたらしい。私だけが寝耳に水で、家族の解散を拒んだが、両親の決意は堅かった。
大人になっていたとはいえ、それまで親におんぶに抱っこだったから苦労はあった。けれど、今では両親の方針に感謝している。30を過ぎても結婚について口出しされることはないし、帰ってこいと言われることもない。住む場所だって自由に選ぶことができる。
当時は非常識な両親だと嘆いていたが、錬次郎さんの家族の話を聞いてみて思う。実は多くの人が “家族はひとつ屋根の下で暮らす運命共同体” だという思い込みのせいで苦しみ、自由を奪われている、と。
「錬次郎さん。そんなに二人のことを疑っているなら、ご自分の目で見てみたらどうですか? 実際に見たら多分、今の発言を取り消したくなるはずです」
私はそう言って二人のもとに案内した。
<リオン> 思い込みを捨てて生きるとき、人は自由になれる
錬次郎さんの妻子(奥さんは華さん、娘は亜美さん)は、ワライバの外の畑で水やりをしていた。いつのまにか暦の上では秋らしいが、太陽の下はジリジリと焼け付くような暑さだ。湖畔から吹く風はいくらか涼しいけれど、それでもここ数年の暑さは異常。一日に何度か水やりをしないと植物が枯れてしまう。
ひっきりなしに人が出入りするワライバとはいえ、庭や畑の管理までは氣が回らない人が多い。っていうか、少なくともおれにはできない。頭の中がピアノのことでいっぱいで、どうしても生活が後回しになってしまう。だから、ここのワライバを維持するには常駐してくれる人が必須なのだ。
管理が面倒なら、畑なんてやらなければいいと言う人もいるかもしれない。でも、ワライバでやりたいのは、居場所の提供と、金に代わる物々交換。
誰かが詩を置いてった。そしたら代わりに畑の野菜をあげる。
ワライバでコーヒーを飲んだ。代わりに歌を歌う。
おれだったら、うまい飯を食わせてもらう代わりに、ピアノを演奏する。
そうでなくても、自分たちで育てた野菜は安心して食える。ワライバは、命をつなぐコミュニティーとしても機能するのだ。
さくらはあえて、少し離れたところから華さんと亜美さんを見守るようだ。おれも、そのそばで錬次郎さんの反応を見守る。
「見えますか? 二人が生き生きとしている姿が」
さくらが畑の方を指差した。錬次郎さんは妻子を眩しそうに見つめる。
「……あの二人があんなふうに仲良くしているのが、まず信じられない。家ではいつも言い合っていたんだ。だから、二人で一緒に出ていくと聞いて、うまくいくはずがないと思ってた」
「ここに来てからはずっとあんな調子ですよ。ワライバで知り合った方ともよく話しています」
「人見知りの妻が? 信じられない……」
「それさ、小父さんが決めつけてただけじゃない? 本来はこっちが自然な姿なんじゃないかな?」
「…………」
おれがちょっぴり意地悪なことを言うと、錬次郎さんは黙り込んだ。
なんでそんなことを言ったかと言うと、おれがそうだったからだ。
兄貴に誘われて、きょうだい三人でバンドを組んだとき、おれはこのままずっとキーボーディストとして生きていくんだと信じて疑わなかったし、いつかはメジャーデビューを果たして有名になり、ちやほやされるのを夢見てた。
でも、さくらが魂のこもった絵を売らないという信念を貫く様を見たとき、おれの人生観は変わった。いや、ピアニストとしての生き方を思い出したと言ったほうが正しいかもしれない。とにかく、見える世界が変わった。バンドで電子鍵盤を弾いていたときより、さくらと二人でやってるときのほうがずっと自分の人生を生きていると感じるし、願いの叶うスピードも圧倒的に早くなった。それはたぶん、おれが宇宙の流れに乗り始めたから。
華さんと亜美さんもきっと同じ。家を飛び出し、魂の喜ぶことをやり始めたから、二人の間にあった "しこり” が取れ、笑顔になれたんだとおれは思う。
「あれ? お父さんじゃない? おーい!」
亜美さんが錬次郎さんに氣づいて手を振った。しかし、錬次郎さんが反応を示さないのであちらからやってくる。
「来るなら連絡くらいしてよー。びっくりしたじゃん。ついにお父さんも仲間に加わりに来たの?」
「いや……。二人の様子を見に来ただけだよ」
「だと思った。どうせ、あたしたちが喧嘩してると思って迎えに来たんでしょ? でもお生憎様。ここにいると、争う氣持ちなんて一つもわかないの。みんな親切だし、アーティストの人たちはかっこいいし、毎日が楽しくて仕方がないんだ」
「そうか……」
そこへ華さんもやってきた。亜美さんが冗談っぽく「お父さん、一人が寂しいから迎えに来たって」というと、錬次郎さんはタジタジに、華さんは大笑いをした。
「迎えに来られてもワタシたちは帰らないわよ? だってここが、魂の居場所だからね」
「魂の居場所……」
「お父さんだって本当はわかってるんでしょう? リオンさんのピアノを聴いたり、さくらさんの絵を見たりして感動したのは、魂が震えたから。だからワタシたちにも、ライブパフォーマンスを見に行こうって声をかけてくれたんでしょう?」
「魂が震えたかどうかはわからないけど、いいと思ったのは確かだ。でも、だからって今ある生活を手放せるかよ。例えば僕が仕事をやめてここに移住したって、生きていける氣がしない。きっと暇を持て余してしまう」
「お父さんにはギターがあるじゃない。ここにはギターを一本だけ背負ってやってくる人もたくさんいるわ。でもみんなプロってわけじゃない。ただ好きで弾いてますって人ばかり。だから余計に話が合って盛り上がる。すごく楽しそうにしているわよ」
「最初は楽しいだろうさ。でも、ずっとは無理だろう。どうやって食ってくつもりだ?」
「そのための畑仕事よ」
華さんはそう言って、さっきまで水やりをしていた畑を見遣った。
「そういう考えに至ってしまうのは仕方がないと思う。でも、お金で食べ物を手に入れるという発想は一度リセットしてもいいと思う。あと、三食きっちり食べなきゃいけないという考えもね。ここでは、お金以外のものに価値がある。芸術、慈しみ、奉仕の精神……。それらはお金では買えないし、お金には変えられない価値がある。ワライバってそういうところ」
「…………」
「今日、お父さんがここに来たのもなにかのご縁ね。会わせたい人がいるの。中に入りましょ」
華さんは、亜美さんと微笑み合って錬次郎さんをワライバの中に案内した。
***
「話していた主人がついにここへやって来たの。お相手、お願いできます?」
「お、噂をしてたらほんとに来たじゃん! うっわ、確かに聞いてたとおり、ひどい顔してらぁ。ほら、ここに座んな。コーヒー淹れてやるから」
そう。運のいいことに、今日は関東から本家、喫茶・ワライバのマスター、大津理人さんが視察に来ているのだ。実店舗のほうは信頼できる店員さんに任せてきたらしく、今回は、共同経営者で双子の兄の隼人さんも同行している。
「口の悪い弟で済みません」
隼人さんは理人さんを睨みつけたあとで、錬次郎さんに微笑みかける。
「お疲れのようですから、どうぞ、ここでゆっくりしていってください。もちろん、お代は結構です。好きなだけいていいし、何をしても、何もしなくても構いません。氣の済むまでくつろいでいってくださいね」
「え、お金を払わなくていい……? そんな店が……」
「あるんです、ここに。ぼくたちの店、ワライバは『誰もが好きなときに立ち寄れて、好きなことができる、憩いの場』です。その理念を、ピアニストのリオンくんと画家のさくらさんにも広めてもらう。少しでも多くの人の心が救われるようにと願って」
「…………!」
「もっとも、これだけの人が既にここを訪れていますから、もはやぼくたちが伝授するものは何もありませんけどね。おそらく、これが芸術の力ってやつなんでしょう」
「ほら、コーヒー。磐田の奥さんと譲ちゃんの分も淹れたから、一緒に飲みな」
隼人さんが語っている間に、理人さんが三人分のコーヒーを淹れた。カウンターに並んで腰掛けた三人。早速話し始めた女性陣に挟まれた錬次郎さんは、手元のカップを見つめている。
そのうちに、誰かがギターを弾き始めた。その旋律に刺激され、おれも弾きたくなって立ち上がる。
名も無きキーボーディストが、いつでも弾けるようにと置いていった電子鍵盤。だが、その人から自由になったこいつは、誰でも弾いていい電子鍵盤になった。
スイッチを入れ、ギターに合わせて音を鳴らす。
「いいね、リオンくん」
「あの小父さんに、おれらの演奏を聞かせてやりたくてさ」
「オッケー。じゃあ、小父さんに刺さる、とびきり感動する旋律を奏でてやろう」
ギタリストはそう言うなり、ジャカジャカと弾き鳴らし、歌まで歌い出した。
🔊「おさらばしよう、古い時代に」(作詞:いろうた/作曲:SUNO AI)
#
足を引きずって歩くのに疲れただろう?
毎日おひさま昇るたび 起きるのが辛いんだろう?
泣くのを我慢してさ、歯を食いしばってさ、
生きてきたあんたは優等生
だけどもう、おさらばしよう 古い時代に
人生はまだ長い 自分のために生きよう Every day
好きな人と、笑い合って生きよう Good day
#
「くっはっは……! 僕の人生、何だったんだよ……!」
錬次郎さんの、悲しみを含んだ笑い声がワライバ中に響いた。
あなたも一緒に「ワライバ」で光の時代を生きよう
何者でもない自分として、自由に
第8話:お金では買えないものが価値を生み、
芸術が心を癒す場『ワライバ』はこちら
💖本日も最後まで読んでくださり、ありがとうございます(^-^)💖
あなたの「スキ」やコメント、フォローが励みになります。
心が動いた方はぜひ、足跡を残していってください✨
<ここまでの物語はこちらから>
第1話:朝日差すアトリエとコーヒーの香り
第2話:アトリエを集い場にしたいアーティストの葛藤
第3話:苺が繋ぐ、芸術と人の輪
第4話:何者でもない自分になれる場所
第5話:ライブパフォーマンスが作り出す笑顔の循環
第6話:古きものを、新しき時代に再生するためのピアノ演奏『エリーゼのために』
あなたに寄り添う、いろうたのオススメ記事はこちら↓
🔳自己紹介
🔳いろうたの記事 サイトマップ
🔳敏感な親子のゆっくり生活(マガジン)
🔳完結小説あらすじ
🔳世の中への違和感・主張などをまとめたマガジン
🔳大人氣💓⤴️いろうたの情熱的な詩(マガジン)
いいなと思ったら応援しよう!
芸術家が集う癒やしの場「ワライバ」を提供するのが夢。共感者を大募集中💖記事を読んでピンときたらお声がけを💕一緒に愛と調和の世界を物語りましょう💖