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ちょっと不思議な太陰暦の世界へ|夏目漱石『二百十日』をきっかけに考えたこと

夏目漱石の『二百十日』を読みました。オーディブルで漱石の作品を少しずつ聴き進めています。漱石の本は、意外と多くオーディブル化されていて、気に入って聴き進めています。

しかし、この作品はオーディブルの収録がありませんでした。そこでキンドルの読み上げしてもらって感想を書くことになりました。

それにしても、漱石の小説はいいですよね。何が良いかと言えば、100年以上前の出来事が生き生きと現代に蘇ってくることでしょうか。読み進めるたびに、『昔だなぁ』と感じる部分と、『今も変わらないな』と思う部分の両方があり、それがまた面白いです。

読み終わって感じたのは、意外にも短編小説だったことです。物語の感想と、今回興味を持った、太陰暦の奥深さを少し書いてみたいと思います。

最後までお付き合いいただけると幸いです。

キンドル版【0円です。アカウントがあれば誰でも読めるのがうれしいです】

短い作品ですが、ネタバレを含んだ読書感想ですのでご了承をお願いします。


物語の『二百十日』について

おもむろに書かれている「210」の日付が、現代人にとっては想像が難しいところだと思います。かくいう自分も、最初何の日数なのかな?と思っていました。

きっと210日目のことかなと想像したところ、見事に的中しました。しかし、210日目が何を意味するのかはまだ判然としません。

この本は、夏目漱石が阿蘇山で経験した実話をもとに書かれた作品のようです。そして210日の意味は、1年が始まって210日目を指すようです。ですので8月ごろと想像しましたが、どうも違っていて9月1日ごろの出来事のようです。

当時の年の始まりは立春(2月3日ごろ)のころであり、そこから210日目が現代での9月1日ごろを指しているようです。この時期は台風が多く厄日とされているようで、阿蘇山に登る途中で嵐に遭い、大変な思いをする物語です。

二百十日は、『自然を侮ってはいけない』『気候は変わりやすいものだ』と読者に伝える物語です

旧暦にかける思い

二百十日は太陰暦から来ているということで、当時の太陰暦ではどんな暦になっていたのかと考えると、ロマンが押し寄せました。

ということで、少し太陰暦について考えてみたいと思います。

歴史的にみると大半が太陰暦。太陽暦は新しい考え方

1年は365日であり、4年に1度にうるう年が来て366日になります。ご存じの方も多いと思いますが、これは太陽暦の基本的な考え方です。

しかし、この太陽暦は歴史的にみたら新参者なのです。日本では、明治6年(1873年)から太陽暦を使うようになりました。今年で導入から152年になります。

一方、太陰暦は飛鳥時代(推古天皇のころ)から使われ始めました。西暦602年のことです。

そこから1872年までなので、太陰暦は約1300年使われてきたのです。現代の当たり前と思える1年365日は日本にとってはヨチヨチ歩きの考え方なのです。

太陰暦の1年は354日。数年に1度のうるう月(閏月)

太陰暦は、月の満ち欠けと太陽の動きの両方で暦を決めていました。
(まさにアニメ『チ。』の世界ですね。地球を中心に無理やり考えていたのでかなり面倒な計算のようです)

そのため、太陰暦では、1年=354日が正しいとされていました。しかし、物理的に地球が太陽の周りをまわる日数は365日が正しいので、太陰暦の354日では、1年あたり11日ほどズレます。

そのため、数年に1度、どこかの月で1か月の調整月を挟みます。これをうるう月といいます。例えば、4月の次が『うるう4月』になる、とても不思議な感覚です。

しかも、うるう月の設定ルールはありますが、決まった月に訪れません。様々な月の間にうるう月が登場するのです。

うるう月は、なかなか大変な仕組みです。

当時の生活や制度にどんな不都合があったのか想像すると面白いですね。例えば、もし現代なら会社員の給料はどうなるのか?と考えてしまいます。

誕生日問題もありますよね。特にうるう月に生まれた人の誕生日はどうするのだろう?などいろいろと考えてしまいます。「うるう〇月」は、数年に一度来ますが、自分の月に来るのは数年どころではないと思われます。

それに、自分の誕生日だって、うるう月が挟まると、本当の1年っていったいなんなの?となってしまうのかもしれません。

それにしても、こんな複雑な暦を、推古天皇の時代から現代にいたるまでどのように管理していたのか不思議でなりません。うるう月の判定から、その決定事項を全国に伝播させるのですが、そのメカニズムはロマンですね。

明治5年に12月31日はない

このように太陰暦の運用には複雑な暦調整がされていました。欧米諸国と貿易をするようになると、この考えがとても面倒で不利になってきました。そこで明治政府は太陰暦を太陽暦に思い切って変えました。

そのタイミングが明治5年(1872年)12月3日でして、その日を明治6年(1873年)1月1日にしてしまったのです。そのため、明治5年にはクリスマスや大晦日が存在しなかったのです。1か月前に政府は通達をだしたものの、知らない人も多く、当時は相当混乱したようですね!

明治5年は1か月少なくなってしまったので、不思議なものですね。

旧暦で考えると「新春」の意味と季節感が良くわかってくる

1月1日といったら、真冬です。しかし、太陰暦では2月ごろにあたり、春の予感がしているのです。だから新春という言葉がしっくりくるのですね。

春夏秋冬の感覚は昔からなので、旧暦の新年は、春の始まりなのですね。だから、春夏秋冬と、春からスタートなのです。

太陽暦が昔から使われていて1月1日スタートなら、本来は冬春夏秋(とうしゅんかしゅう)と言われるべきで、新春とも変で、新冬なんていうのが正しいのかもしれませんね。

太陰暦を考えてみると、太陽暦と異なる独特さが面白い

夏目漱石の『二百十日』から、思わず太陰暦に思いを馳せてみました。うるう月なるものも面白く、暦に調整をいっぱい入れる緻密な計算をしつつも、わりと寛容なところもあるおもしろい考えだと思いました。

ちなみに、イスラム教には、ラマダンとありますが、これは毎年ずれます。そこも太陰暦と同じような考えなのですが、違うところはうるう月入れないところです。つまり1年は354日とし何もしません。つまりずっとずれっぱなしなのですね。

冬だと思っていた月が夏になることもあるようです。とても興味深いですね。


ここからは少し余談です(漱石とは直接関係のない話になります)

余談コーナー

※コメント旧仕様のまま投稿します!

先日変わったnoteのコメント欄ですが、「下書き」は旧仕様のままです。この夏目漱石はシリーズで読書感想を書くつもりで、既に記事を埋め込んでいるので、書き直しが大変です。ということで旧仕様のまま書いております。

追記します!
➡ 「あ、コメント欄が直っている!」、下書きも新しいコメントになりました!

なんかうれいしいですね!

1年前の記事:七草みずきさんの本:5冊目を読みました

5冊目です。シリーズになっていておもしろいです。メンタル不調に付き合うには、その時だけでなくて、老後も視野に入れて気長に付き合っていくことが必要になりそうですね。

最後まで、読んでいただきありがとうございました!

夏目漱石シリーズの他の作品の感想はこちら

1. 吾輩は猫である(1905年)

主人公は名前のない猫。中学教師・珍野苦沙弥の家に飼われる猫の視点から、人間社会の滑稽さや矛盾をユーモラスかつ風刺的に描きます。最後はあっけなく終わるみたいですね!

2. 坊っちゃん(1906年)

江戸っ子気質で正義感が強い主人公「坊っちゃん」が、四国松山の中学校に数学教師として赴任し、同僚教師や生徒たちの中で騒動を起こしながらも自分の信念を貫く物語です。

3. 草枕(1906年)

画家である主人公が熊本県の温泉地を旅しながら、芸術や人生について思索を深めていきます。

4. 二百十日(1906年)

二人の男が阿蘇山に登る道中で、自然の厳しさや人間の滑稽さを体験する短編小説です。

5. 野分(1907年)

東京で暮らす青年たちの友情や恋愛、理想と現実の葛藤を描きます。

6. 虞美人草(1907年)

新聞連載小説です。複雑な人間関係や恋愛、金銭問題を背景に、近代知識人の苦悩や社会の矛盾を描きます。

7. 坑夫(1908年)

若者が鉱山労働者として働く体験を通じて、社会の底辺や人間の本質を見つめるリアリズム色の強い作品です。

8. 三四郎(1908年)

九州から東京帝国大学に進学した青年・三四郎が、都会の知識人社会や恋愛、自己の未熟さと向き合います。「ストレイシープ(迷える羊)」しゃれた英語が飛び出します。漱石の前期三部作の第一作目です。

9. それから(1909年)

裕福な家庭に育った長井代助が、親友の妻・三千代への恋と社会との葛藤の末、安定した生活を捨てて愛を選びます。漱石の前期三部作の第二作目です。前期三部作は、登場人物は全く異なりますが、ストーリーは繋がっているかのようです。

10. 門(1910年)

過去の罪(親友の恋人を奪ったこと)を背負い、社会から距離を置いて暮らす宗助と御米夫妻の静かな日常と、救いを求めて禅寺を訪れる宗助の心の葛藤を描きます。漱石の前期三部作の第三作目です。

11. 彼岸過迄(1912年)

複数の人物の視点から、家族や恋愛、人生の意味を探ります。結婚に踏み切れない男女や、知識人の深刻な苦悩を描きます。漱石の「後期三部作」の一作目です。

12. 行人(1912-1913年)

兄弟や家族の関係を通じて、人間の孤独や不安、自己探求を描きます。妻を愛しているが、その妻を信じることができないという心理描写に重点を置いた作品です。漱石の「後期三部作」の二作目です。

13. こゝろ(1914年)

「先生」と「私」の交流を軸に、明治から大正への時代の変化や個人の孤独、罪の意識を描きます。友人「K」との友情をとるか恋愛をとるかの心の葛藤に苦悩します。漱石の「後期三部作」の三作目です。

14. 道草(1915年)

漱石自身の体験を色濃く反映した自伝的作品です。家庭や親族との関係、作家としての苦悩が率直に描かれています

15. 明暗(1916年、未完)

夫婦の心理的葛藤や人間関係の複雑さを描きましたが、漱石の死により未完となった作品です

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