坑夫は堕落なのか?夏目漱石『坑夫』を読んで考えたこと
Kindleで夏目漱石の『坑夫』を読みました。この作品はずっと読むのを楽しみにしていた作品です。というのも、村上春樹の『海辺のカフカ』の大島青年と主人公の家出少年との会話に登場してきた本だからです。
『海辺のカフカ』の読書感想記事はこちらです。
その会話では、「取り止めのない話」「他の漱石の作品と比較すると、面白くない」というやりとりが印象的でした。
そう言われると逆に興味が湧くものでして、せっかくなので読んでみました。残念ながらAudibleにはなっていないので、仕方なくKindleで文字を追いました。途中からは、Kindleの読み上げ機能に頼りました。
『坑夫』は、ざっくり言うと、家出した良家の青年が鉱山での過酷な労働を体験する物語です。
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家出した良家の青年が自暴自棄になり坑夫になる話
主人公は、今の自分の生活に満足していませんでした。少し自暴自棄なところがありました。彼は「どこでもいいから、早く今の場所から離れたい」という衝動に駆られていたのです。ちょうどその時に、坑夫の勧誘に出会ってしまうのです。
その勧誘は、半分詐欺みたいなものでした。そこで体験する過酷な日々が描かれています。
主人公の目線からは、坑夫は最底辺の人、堕落しきった人が就く職業だと思っていたようです。堕落した自分こそがなるべきだと半ば信じ、誘われるがまま坑夫になる道に入るのでした。
下からは水が、上からは土が|大変な職業
坑夫の実際はとても大変な職業です。穴を掘っていきますが、銅がとれるところはどんどん掘り進めていくので、銅山の中(”シキ”という)は、アリの巣のように入り組むようになっていきます。
まるで迷路のようで、迷子になってしまうこともあるようです。
坑道は崩れないように支柱を立てながら掘り進めます。一度崩れたら一巻の終わりという、なんとも危ない場所です。
掘り進めるうちに水脈を掘り当ててしまい、水が流れ込んでくることもあるようです。これはこれで危険です。暗闇の中で茶色の水に染まっていくのは、なんとも恐怖ですね。
南京米と南京虫
衛生状態と食事の内容は最悪なものだったようです。南京米は外国産の細長い米です。「泥のような味」がしたようです。あまり美味しくなかったようですね。ですが、それが坑夫たちの栄養源だったので、食べないわけにはいきません。
明治時代にもそのようなお米が輸入されて安価に提供されていたのは知りませんでした。
南京虫にも悩まされていたようです。南京虫は、今で言うトコジラミのことです。手足が刺されるとひどい痒みでなかなか寝付けなかったようですね。
坑夫が底辺ではない|下には下がいる
坑夫が底辺かと思ったら、どうやらその下にも身分の低い人たちがいるようです。鉱山(銅山)には、常に1万人も中にいたようでした。
坑夫は掘削をする仕事を担います。そして、坑夫のほかに堀子、シチュウ、山市という役割もあります。次のような役回りであり、坑夫の見習いでもあります。
掘子・・・坑夫の下働き(坑夫の指示のもとに働く人)
シチュウ・・・銅山の中の大工のような人(物資運搬や生活支援する人)
山市・・・坑夫の見習いまたは単純労働担当(子供や最初になる位置)
坑夫と呼ばれるようになるには、山市⇒シチュウ⇒堀子⇒坑夫を辿る必要があるのです。主人公は「堀子からどうだ」と誘われました。坑夫の1歩手前からとは、なかなか見どころがあるのではないでしょうか。
最底辺と言われていた職業なのに、そこにでも上下関係があるというのは興味深い話だと思いました。
坑夫になることは堕落したものではない
この物語には、いわゆるインテリ坑夫も登場します。主人公は大学まで出ているのでどちらかというとエリートです。それゆえに、人と話をするだけで、相手の教養を推し量ることができます。
話していくうちに、坑夫の中にも坑夫とは似つかわしくない経歴の持ち主もいたのです。坑夫になるのは、単に『堕落』したからではなく、個人的な事情からそうならざるを得ないこともある、ということのようです。
いろいろな社会を経験することは、自分の視点を広げてくれるのだなと思いました。
夏目漱石シリーズの他の作品の感想はこちら
1. 吾輩は猫である(1905年)
主人公は名前のない猫。中学教師・珍野苦沙弥の家に飼われる猫の視点から、人間社会の滑稽さや矛盾をユーモラスかつ風刺的に描きます。最後はあっけなく終わるみたいですね!
2. 坊っちゃん(1906年)
江戸っ子気質で正義感が強い主人公「坊っちゃん」が、四国松山の中学校に数学教師として赴任し、同僚教師や生徒たちの中で騒動を起こしながらも自分の信念を貫く物語です。
3. 草枕(1906年)
画家である主人公が熊本県の温泉地を旅しながら、芸術や人生について思索を深めていきます。
4. 二百十日(1906年)
二人の男が阿蘇山に登る道中で、自然の厳しさや人間の滑稽さを体験する短編小説です。
5. 野分(1907年)
東京で暮らす青年たちの友情や恋愛、理想と現実の葛藤を描きます。
6. 虞美人草(1907年)
新聞連載小説です。複雑な人間関係や恋愛、金銭問題を背景に、近代知識人の苦悩や社会の矛盾を描きます。
7. 坑夫(1908年)
若者が鉱山労働者として働く体験を通じて、社会の底辺や人間の本質を見つめるリアリズム色の強い作品です。
8. 三四郎(1908年)
九州から東京帝国大学に進学した青年・三四郎が、都会の知識人社会や恋愛、自己の未熟さと向き合います。「ストレイシープ(迷える羊)」しゃれた英語が飛び出します。漱石の前期三部作の第一作目です。
9. それから(1909年)
裕福な家庭に育った長井代助が、親友の妻・三千代への恋と社会との葛藤の末、安定した生活を捨てて愛を選びます。漱石の前期三部作の第二作目です。前期三部作は、登場人物は全く異なりますが、ストーリーは繋がっているかのようです。
10. 門(1910年)
過去の罪(親友の恋人を奪ったこと)を背負い、社会から距離を置いて暮らす宗助と御米夫妻の静かな日常と、救いを求めて禅寺を訪れる宗助の心の葛藤を描きます。漱石の前期三部作の第三作目です。
11. 彼岸過迄(1912年)
複数の人物の視点から、家族や恋愛、人生の意味を探ります。結婚に踏み切れない男女や、知識人の深刻な苦悩を描きます。漱石の「後期三部作」の一作目です。
12. 行人(1912-1913年)
兄弟や家族の関係を通じて、人間の孤独や不安、自己探求を描きます。妻を愛しているが、その妻を信じることができないという心理描写に重点を置いた作品です。漱石の「後期三部作」の二作目です。
13. こゝろ(1914年)
「先生」と「私」の交流を軸に、明治から大正への時代の変化や個人の孤独、罪の意識を描きます。友人「K」との友情をとるか恋愛をとるかの心の葛藤に苦悩します。漱石の「後期三部作」の三作目です。
14. 道草(1915年)
漱石自身の体験を色濃く反映した自伝的作品です。家庭や親族との関係、作家としての苦悩が率直に描かれています
15. 明暗(1916年、未完)
夫婦の心理的葛藤や人間関係の複雑さを描きましたが、漱石の死により未完となった作品です
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