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夏目漱石『草枕』(1906年)は難しい?現代人こそ知りたい「非人情」という生き方

夏目漱石の3作目『草枕』を読みました。
1作目『吾輩は猫である』は明治らしいユーモア(明治ギャグなので現代では少し難しい)が魅力、2作目『坊っちゃん』は軽快でわかりやすい青春物語。

そして3作目『草枕』は、これまでの作風と大きく異なる、少し難解で妖艶な雰囲気の作品です。“文学の温泉”のような作品です。温泉に浸かる前に、ちょっとぬるめの予習が必要かもしれません。

すこし、読んだ感想を書きますが、ネタバレとなりますのでご容赦くださいませ。

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おすすめ:あらすじを聞いてから読んでも良いかもね!

率直な感想ですが、この本は、いろいろな面で、現代人にとっては難易度が高い作品だと思いました。

当時の知識人には受け入れやすい作品だったようです。当時の文学を親しむ者にとっては「草枕」の字面をみただけで、「ほう、面白そう!」と感じる作品だったみたいです。

現代人で「草枕」という言葉を見ても聞いても、「はてなんのことでしょうか?」が正しい反応ではないでしょうか。それだけ、明治時代の常識と、現代の常識が違っているのです。

とはいえ、常識は、明治時代の文学をこよなく愛する知識人の常識です。なので、現代は便利な世の中にいますので、あらすじというネタバレを駆使して概要を知った上で読むのもいいかもと思いました。

実際のところ、自分も途中からあまりに頭の中に入らないので、あらすじを読みました。

草枕とは?タイトルの意味と背景


※ここからネタバレを含みます※


草枕とは、万葉集や俳句では、「仮の宿」とか「旅」を形容した言葉でした。明治に生きる人がこのタイトルを見ると、「そうか旅路での物語なのかな?」と想像を掻き立てられて手に取られていたようです。

現代人が、草枕が旅や仮の宿という連想は、ほぼ無理なのではないでしょうか。それこそ古代の文学や俳句を研究している方は好きな方のみ、連想可能なのです。

非人情をテーマとした物語

登場する主人公は、無名の画家でして、物語上は、「余(よ)」とか「私」と書かれています。世俗を離れた生き方(非人情)をしており、そこで出会う宿屋の娘(那美)とのやり取りが気になる展開です。

非人情と書くと、血も涙もないと思われがちです。非人情は、人情が無いという意味ではないのです。

俗世に流されず、感情に流されず物事を観察して、美や人生の本質を追求する生き方を意味しています。

そんな主人公(名前はない)と那美とのやり取りが、興味深いのです。那美は、主人公に対して、時に挑発的で、時に距離を保ちつつ、二人の間には微妙な緊張感と親密さが読むものを引き込んでいるような気がするのです。

教科書にも載る作品|自己本位を推し進めてところは先駆的

「非人情」がテーマであって、世俗を離れた考え方は、現代の自己本位の考え、すなわち「自分らしく生きる」の原型ともいえる考え方と言えます。

その考えを先駆的に世に出したのは当時も現代も意義のある作品になっています。読むと表現が詩的で抽象的でもあります(だからわかりにくいのですが)

そんなことを考えて読んでいくと、多少わかりやすく読めるかもしれません。当時の読者も最初からは全部理解できない作品で、読めば読むほどいろいろな発見がある作品なのです。

夏目漱石シリーズの他の作品の感想はこちら

せっかくなので、夏目漱石シリーズの作品を集めてますので、よかったらどうぞ。感想が書けた者から出現してきます!(だんだんと増やしています)

1. 吾輩は猫である(1905年)

主人公は名前のない猫。中学教師・珍野苦沙弥の家に飼われる猫の視点から、人間社会の滑稽さや矛盾をユーモラスかつ風刺的に描きます。最後はあっけなく終わるみたいですね!

2. 坊っちゃん(1906年)

江戸っ子気質で正義感が強い主人公「坊っちゃん」が、四国松山の中学校に数学教師として赴任し、同僚教師や生徒たちの中で騒動を起こしながらも自分の信念を貫く物語です。

3. 草枕(1906年)

画家である主人公が熊本県の温泉地を旅しながら、芸術や人生について思索を深めていきます。

4. 二百十日(1906年)

二人の男が阿蘇山に登る道中で、自然の厳しさや人間の滑稽さを体験する短編小説です。

5. 野分(1907年)

東京で暮らす青年たちの友情や恋愛、理想と現実の葛藤を描きます。

6. 虞美人草(1907年)

新聞連載小説です。複雑な人間関係や恋愛、金銭問題を背景に、近代知識人の苦悩や社会の矛盾を描きます。

7. 坑夫(1908年)

若者が鉱山労働者として働く体験を通じて、社会の底辺や人間の本質を見つめるリアリズム色の強い作品です。

8. 三四郎(1908年)

九州から東京帝国大学に進学した青年・三四郎が、都会の知識人社会や恋愛、自己の未熟さと向き合います。「ストレイシープ(迷える羊)」しゃれた英語が飛び出します。漱石の前期三部作の第一作目です。

9. それから(1909年)

裕福な家庭に育った長井代助が、親友の妻・三千代への恋と社会との葛藤の末、安定した生活を捨てて愛を選びます。漱石の前期三部作の第二作目です。前期三部作は、登場人物は全く異なりますが、ストーリーは繋がっているかのようです。

10. 門(1910年)

過去の罪(親友の恋人を奪ったこと)を背負い、社会から距離を置いて暮らす宗助と御米夫妻の静かな日常と、救いを求めて禅寺を訪れる宗助の心の葛藤を描きます。漱石の前期三部作の第三作目です。

11. 彼岸過迄(1912年)

複数の人物の視点から、家族や恋愛、人生の意味を探ります。結婚に踏み切れない男女や、知識人の深刻な苦悩を描きます。漱石の「後期三部作」の一作目です。

12. 行人(1912-1913年)

兄弟や家族の関係を通じて、人間の孤独や不安、自己探求を描きます。妻を愛しているが、その妻を信じることができないという心理描写に重点を置いた作品です。漱石の「後期三部作」の二作目です。

13. こゝろ(1914年)

「先生」と「私」の交流を軸に、明治から大正への時代の変化や個人の孤独、罪の意識を描きます。友人「K」との友情をとるか恋愛をとるかの心の葛藤に苦悩します。漱石の「後期三部作」の三作目です。

14. 道草(1915年)

漱石自身の体験を色濃く反映した自伝的作品です。家庭や親族との関係、作家としての苦悩が率直に描かれています

15. 明暗(1916年、未完)

夫婦の心理的葛藤や人間関係の複雑さを描きましたが、漱石の死により未完となった作品です

おまけコーナー

ここからは、本編とは異なる別の話題です。

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