明治ニート代助の禁断の恋…『それから』(1909年)|読んでハマった人妻略奪ストーリー!
夏目漱石の前期三部作の2作目、『それから』を読みました。
タイトルの『それから』の意味を考えながら読んでいましたが、最後まではっきりとはわかりませんでした。
『三四郎』の続編としての『それから』、そして次作『門』へつながる『それから』の両方を示唆しているように思えました。
物語の中では、「それから」という言葉が割と多めにも感じたのも、タイトルをほのめかしている可能性があります。
今回も、最初にネタバレを読んでから挑むことにしました。明治作品は現代人からしてみると、生活習慣も違うので戸惑うことが多いので、良くわからないという結果になりがちです。
しかし、この作品は現代人でもわかりやすいものだったと思います。
おそらく、いつの時代にもある恋愛物語でもあり、人妻に対する略奪愛にも捉えられるので、こういったゴシップネタは読者から共感を得やすいと思います。
『それから』の作品リンク
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実際に使ってみたAudibleとKindleの違い
音声で聴く読書と、紙や電子書籍の読む読書の良い点、悪い点を実際に使った感想をもとに比較してみました。
主人公:ニートの長井代助と親友の妻・三千代

主人公は現代でいうところのニートです。親は資産家で30歳にもなっても仕事もせず親の仕送りで暮らしています。仕送り額は十分なようで、何不自由ない暮らしをしています。名前を長井代助(ながい たいすけ)といいます。
一方、代助の親友である平岡の妻・三千代(みちよ)は彼の幼馴染のような 存在で兄弟姉妹のように過ごしていました。
いつしか、三千代と代助は恋人のようになります。
しかし、親友の平岡が三千代のことが好きとわかると、譲ってしまいます。
そもそも、代助が三千代を平岡に譲ったことが、後に夫婦関係の歪みを生み、再び代助の恋心を燃え上がらせたとも言えます。
夏目漱石の前作『三四郎』に当てはめてみると、代助は「三四郎」であり、三千代は、「美禰子」とみることができます。
三四郎を読んだだけでは、あのままハッピーエンドと想像したくなりましたが、『それから』のように、そうはならないのが人生のおもしろいところですね。
悠々自適生活への警笛なのかもしれない
代助は、親から十分な仕送りがあり、悠々自適な生活ができていました。本人は働いていなくても、親に頼めばさらにお金を工面できます。
一方、三千代のご主人は銀行員でしたが辞めてしまいます。金銭的に苦しくなっていきますが代助と話しているときは、見栄をはります。
そのうち、首がまわらなくなってきて、そうなると人は不思議なもので浪費や遊びに興じてきます。そのことは三千代の病気も誘発します。
代助は、そんな平岡に資金援助をします。もちろん代助は働いていないのでお金はありません。親の金です。
その援助を受けつつ、代助への嫉妬があり、代助は三千代を奪おうとします。人間関係が複雑に絡み合い、破綻していく様子が生々しいですね。
もう、生活の堕落は精神自由をなくし、負の騒擾効果で回りを駄目にしていくのだなと思いました。
代助もやけぼっくりに火が付いて、全てを失う
不幸になったのは、平岡家だけではありません。代助もすべてを失うのです
代助の親は、代助が30歳になろうとしていることから、結婚の縁談を半ば強引に取りまとめようとしていました。
しかし、代助が好きになる女性は現れませんでした。縁談をしては破談を繰り返していました。それでいて、ずっとニート生活。
一度は嫁を貰った方が良いのではという親御心です。
結局、それも三千代が好きというカミングアウトで破談にしてしまいます。その結果、親から勘当されて、物質的支援も受けられない状態になりました。
三千代と半ば駆け落ち状態になりましたが、自分は平岡よりも頼りない存在だと告白しています。
それを聞くとなんとも情けない気持ちになります。一時の気の迷いか、後悔か、しっかり考え抜いた末の選択か…いずれにせよ、失うものはあまりにも大きかったのです。
その後三千代も病気になりました。金銭的に困ったので三千代は平岡のもとに戻りました。
代助は、平岡と三千代を再び戻してもらう口約束はしたものの、病気の三千代を渡すわけにはいかないということで、いっしょになれませんでした。
代助は、後悔と絶望の淵にいるのでした。
なんとも中途半端にも見える終わり方です。続きは、『門』でどうなるかというところでしょうね。
これほどまでに次作への期待を残して終わる構成は、漱石らしい余韻の残し方だと思いました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
夏目漱石シリーズの他の作品の感想はこちら
1. 吾輩は猫である(1905年)
主人公は名前のない猫。中学教師・珍野苦沙弥の家に飼われる猫の視点から、人間社会の滑稽さや矛盾をユーモラスかつ風刺的に描きます。最後はあっけなく終わるみたいですね!
2. 坊っちゃん(1906年)
江戸っ子気質で正義感が強い主人公「坊っちゃん」が、四国松山の中学校に数学教師として赴任し、同僚教師や生徒たちの中で騒動を起こしながらも自分の信念を貫く物語です。
3. 草枕(1906年)
画家である主人公が熊本県の温泉地を旅しながら、芸術や人生について思索を深めていきます。
4. 二百十日(1906年)
二人の男が阿蘇山に登る道中で、自然の厳しさや人間の滑稽さを体験する短編小説です。
5. 野分(1907年)
東京で暮らす青年たちの友情や恋愛、理想と現実の葛藤を描きます。
6. 虞美人草(1907年)
新聞連載小説です。複雑な人間関係や恋愛、金銭問題を背景に、近代知識人の苦悩や社会の矛盾を描きます。
7. 坑夫(1908年)
若者が鉱山労働者として働く体験を通じて、社会の底辺や人間の本質を見つめるリアリズム色の強い作品です。
8. 三四郎(1908年)
九州から東京帝国大学に進学した青年・三四郎が、都会の知識人社会や恋愛、自己の未熟さと向き合います。「ストレイシープ(迷える羊)」しゃれた英語が飛び出します。漱石の前期三部作の第一作目です。
9. それから(1909年)
裕福な家庭に育った長井代助が、親友の妻・三千代への恋と社会との葛藤の末、安定した生活を捨てて愛を選びます。漱石の前期三部作の第二作目です。前期三部作は、登場人物は全く異なりますが、ストーリーは繋がっているかのようです。
10. 門(1910年)
過去の罪(親友の恋人を奪ったこと)を背負い、社会から距離を置いて暮らす宗助と御米夫妻の静かな日常と、救いを求めて禅寺を訪れる宗助の心の葛藤を描きます。漱石の前期三部作の第三作目です。
11. 彼岸過迄(1912年)
複数の人物の視点から、家族や恋愛、人生の意味を探ります。結婚の意思はないのに男ができると深く刺さるという知識人の苦悩を描きます。漱石の「後期三部作」の一作目です。
12. 行人(1912-1913年)
兄弟や家族の関係を通じて、人間の孤独や不安、自己探求を描きます。妻を愛しているが、その妻を信じることができないという心理描写に重点を置いた作品です。漱石の「後期三部作」の二作目です。
13. こゝろ(1914年)
「先生」と「私」の交流を軸に、明治から大正への時代の変化や個人の孤独、罪の意識を描きます。友人「K」との友情をとるか恋愛をとるかの心の葛藤に苦悩します。漱石の「後期三部作」の三作目です。
14. 道草(1915年)
漱石自身の体験を色濃く反映した自伝的作品です。家庭や親族との関係、作家としての苦悩が率直に描かれています
15. 明暗(1916年、未完)
夫婦の心理的葛藤や人間関係の複雑さを描きましたが、漱石の死により未完となった作品です
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