夏目漱石『野分』を読む:100円に込められた理想と屈辱の物語
夏目漱石の『野分』を読みました。初期作品の一つです。
最初は理解が追いつかない部分もありましたが、読み進めるうちに、現代にも通じる社会構造と人間の理想を描いていることに気づきました。
少しネタバレを含みますが、読後に感じたことを書いていきます。
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『二百十日』と『野分』の両方が入っています。実は少し関係がある作品です。どちらも金持ちが幅を利かす社会を批判した物語ですね。
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3人の象徴的な登場人物
目漱石の「野分」には、以下、特徴的な3人が登場します。
理想主義的な文学者・白井道也
現実主義者の中野輝一
理想と現実の間で葛藤する青年・高柳周作(白井を信奉する青年)
白井は理想を熱っぽく語り、高柳はそんな白井を信奉します。とはいえ、白井の理想は、ことごとく裏目にでます。
白井は学校の教師なのに、その理想を掲げると疎まれ、学校を追われてしまいます。それでも高柳は、なお彼を信奉し続けました。しかし、白井の方は、理想と現実の狭間で揺れ動くさまを見て、高柳を見捨てます。
一方、現実主義者の中野の方は、裕福な家庭に生まれ、お金持ちとして育っていきます。大人になってもお金があり、施しをする立場です。
現代でも、理想を語る人が疎まれ、現実主義ばかりが評価されていると感じます。
理想と現実を象徴する100円
この物語のメイン部分は、おそらく本書最後の方だと思います。
白井は妻君に、反対されながらも、表立って演説をします。
お金と学問は相いれないものという立場をとります。それの演説を聞く民衆は嘲笑ともとれる反応をします。でも理想は曲げません。
一方、理想と現実に揺れる高柳は、その演説を聞き拍手をするも、自身は結核と呼ばれる病に侵されます。
中野とは友人で、彼から施しを受けます。(お互い立場もあるので、お金を渡す代わりに、高柳の転地先から、作成した文学作品を送るというものです。)
そこで、一時金としてもらい受けるのが100円です。
その100円を持って、転地の前に白井に挨拶をしに行くと、ちょうど白井には借金取りがきていて、白井は窮地に立たされていました。白井は借金に苦しみながら理想を追い求め『人格論』という作品を作成していました。
窮地にたった白井に対し、高柳は100円でその作品を買い取るというのでした。そこで、100円を渡し買い取りました。
物語はそこで終わるのですが、いろいろと考えることがありました。
漱石が伝えたかったメッセージ―世の中は金―
当時の100円は現代の20万円くらいの価値があったと言われます。
この20万円をめぐって考えることが多いです。
まず、白井は100円(現代の20万円)で書き上げた著作を高柳で売り渡します。借金の窮地から救われたものの、お金と文学は切り離して考える立場からすると、屈辱的に現実を受け入れたと言えそうです。
また、高柳は巧妙です。うまく世間を渡り歩いています。お金で作品を買うことにより、中野に今後自分が執筆しなくても、作品を小出しに渡していき、定期的にお金を受け取れるのです。
100円は一時金であり、作成できた分の作品を提供すれば、その間お金の援助を続けるという約束をしています。まさに現実と理想を叶えているとも言えそうです。しかし、結核という不治の病になっているので、未来の暗い現実感が漂います。
そして、中野は、裕福な家庭に生まれ、今でも裕福です。お金である程度のことを解決して、今に至ります。もっともおいしい立場だと感じました。
逆境を乗り越えるという作品が、当時多かったようですが、夏目漱石は、「それは幻想だよ」ということを言いたかったのだと思います。
だからこそ漱石は、あえて『お金が一番大事』という主張を『野分』の中に込めたのだと思います。
『二百十日』との季節と主題のつながり
二百十日は、立春から210日目になり、これは今の暦で9月1日です。阿蘇山を舞台にして、自然の厳しさがつづられていました。3万文字とすぐに読めました。
一方、野分は「台風」を意味する明治ごろの言葉です。現代人にとってはこのタイトルは謎めいているのかもしれません。10万文字の作品と2日ほどかかりました。
両方の厳しさは、現代の厳しさを表しています。お金を持つものが勝つ世の中は、今も明治も同じようです。登場人物の立ち位置と状況においてもよくわかります。
しかし、当時も『学問を修めれば明るい未来が待っている』という幻想がありました。完全に間違いではないですが、人の将来はそのようなものでは測れません。
結局、お金の影響力はいつの時代も変わらないと痛感しました。
漱石が描いた理想と現実のせめぎ合いは、私たちの社会にもそのまま当てはまるような気がします。だからこそ、『野分』は今読んでも示唆に富むのかもしれません。
まとめ
結局、世の中はお金だと痛感させられる作品でした。
当時の100円は現代の20万円ほどです。白井にとっては理想を売り渡す屈辱であり、高柳にとっては現実と理想の間で生き抜くための手段だったのだと思います。
漱石は「理想だけでは生きられない」という現実を、冷静に、しかし痛烈に描いています。
夏目漱石シリーズの他の作品の感想はこちら
少しずつ感想を書いていっているので、少しずつ増えていっています。「この記事は御覧できません」の部分がある場合には、公開するたびに表示されていきます。
1. 吾輩は猫である(1905年)
主人公は名前のない猫。中学教師・珍野苦沙弥の家に飼われる猫の視点から、人間社会の滑稽さや矛盾をユーモラスかつ風刺的に描きます。最後はあっけなく終わるみたいですね!
2. 坊っちゃん(1906年)
江戸っ子気質で正義感が強い主人公「坊っちゃん」が、四国松山の中学校に数学教師として赴任し、同僚教師や生徒たちの中で騒動を起こしながらも自分の信念を貫く物語です。
3. 草枕(1906年)
画家である主人公が熊本県の温泉地を旅しながら、芸術や人生について思索を深めていきます。
4. 二百十日(1906年)
二人の男が阿蘇山に登る道中で、自然の厳しさや人間の滑稽さを体験する短編小説です。
5. 野分(1907年)
東京で暮らす青年たちの友情や恋愛、理想と現実の葛藤を描きます。
6. 虞美人草(1907年)
新聞連載小説です。複雑な人間関係や恋愛、金銭問題を背景に、近代知識人の苦悩や社会の矛盾を描きます。
7. 坑夫(1908年)
若者が鉱山労働者として働く体験を通じて、社会の底辺や人間の本質を見つめるリアリズム色の強い作品です。
8. 三四郎(1908年)
九州から東京帝国大学に進学した青年・三四郎が、都会の知識人社会や恋愛、自己の未熟さと向き合います。「ストレイシープ(迷える羊)」しゃれた英語が飛び出します。漱石の前期三部作の第一作目です。
9. それから(1909年)
裕福な家庭に育った長井代助が、親友の妻・三千代への恋と社会との葛藤の末、安定した生活を捨てて愛を選びます。漱石の前期三部作の第二作目です。前期三部作は、登場人物は全く異なりますが、ストーリーは繋がっているかのようです。
10. 門(1910年)
過去の罪(親友の恋人を奪ったこと)を背負い、社会から距離を置いて暮らす宗助と御米夫妻の静かな日常と、救いを求めて禅寺を訪れる宗助の心の葛藤を描きます。漱石の前期三部作の第三作目です。
11. 彼岸過迄(1912年)
複数の人物の視点から、家族や恋愛、人生の意味を探ります。結婚に踏み切れない男女や、知識人の深刻な苦悩を描きます。漱石の「後期三部作」の一作目です。
12. 行人(1912-1913年)
兄弟や家族の関係を通じて、人間の孤独や不安、自己探求を描きます。妻を愛しているが、その妻を信じることができないという心理描写に重点を置いた作品です。漱石の「後期三部作」の二作目です。
13. こゝろ(1914年)
「先生」と「私」の交流を軸に、明治から大正への時代の変化や個人の孤独、罪の意識を描きます。友人「K」との友情をとるか恋愛をとるかの心の葛藤に苦悩します。漱石の「後期三部作」の三作目です。
14. 道草(1915年)
漱石自身の体験を色濃く反映した自伝的作品です。家庭や親族との関係、作家としての苦悩が率直に描かれています
15. 明暗(1916年、未完)
夫婦の心理的葛藤や人間関係の複雑さを描きましたが、漱石の死により未完となった作品です。
ここからは、本編から少し話題を変えた余談の記事です。
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