人生のドーパミン遺産(3)第二章 生きた証
第二章 生きた証
Kさんは、いつも最後に来た。
産業カウンセラーとして面談する社員は、月に十数名。
高血圧やアルコール、喫煙の問題のある人、最近だとストレスによるメンタルヘルスの問題を抱えている人が多い。
木曜の最終枠がKさんだった。
五十代の男性で、来年の春に控えた会社の創業百周年記念式典を、一手に担っていた。会社の威信をかけた、一大イベントだ。
健診で引っかかり、指導票に「要経過観察」と書かれる。これも毎年の一大イベントだった。
でも、Kさんは無口で、面談の場でほとんど話さなかった。
「最近どうですか」と聞くと「まあ普通です」。
「眠れていますか」と聞くと「そこそこ」。
「ストレスはありますか」と聞くと、少し間を置いて、「仕事が多いですから」。
表面的なラリーの繰り返し。テニスの試合ならスマッシュもボレーもない単調な試合。逆光で対戦相手の表情が見えないまま、わたしは、来たボールをただ打ち返していた。
Kさんの言葉から見えるのは、Kさんの影だけだった。
ある日の面談のことだった。
今日も同じだな、と内心でため息をつきかけたときだった。
Kさんが持っていたクリアファイルから、数枚の紙が床に落ちた。
「あ、すみません」
わたしは拾おうとして、ふと目に入った文字を読んだ。
『創業百周年記念式典 進行案』
「式典の資料ですか」
「ええ」
Kさんは少しだけ表情を動かした。
付箋が何枚も貼られていた。
赤、青、黄色。
何度も開いて閉じた跡がある。
「大変そうですね」
「まあ」
いつもの返事。
「五年やってますから」
「五年?」
思わず聞き返した。
来年の春の式典だ。
そんな前から準備するものなんだろうか。
「企画を出したのが五年前です」
Kさんは資料を閉じた。
「会場押さえて、出演者調整して、記念誌作って。やることは、だいたい終わりました」
そう言う声は、どこか誇らしそうだった。
五年間同じ仕事を続ける。
とても想像がつかない。
わたしなら途中で飽きてしまう気がする。
以前にわたしが企画した「一日七千歩でストレスをふっ飛ばそうキャンペーン」は、一ヶ月後にはわたし自身すっかり忘れていた。
「式典、好きなんですね」
そう言うと、Kさんは少しだけ笑った。
「好きというか、成功してほしいですね」
それだけ言って、また黙った。
結局、その日の面談も大半は沈黙だった。
そんなKさんにある日、突然はっきりと輪郭が現れたのだ。
面談室に入って来た時から、いつもとは明らかに違っていた。何ていうか、ぶっきらぼうな感じ。Kさんは普段、どこか丁寧さも持ち合わせていて、無口ではあっても嫌な感じはしない人だった。ところがこの日は、話し始めると、ますます様子はおかしかった。
表面的なラリーが続いたかと思うと、Kさんは苛立った様子で急に立ち上がった。
「血圧なんてもういいんですよ。これで失礼します」
諦めなのか、何度も同じ事を指摘されて辟易としたのか。
Kさんの心が読めないまま、突然のスマッシュにわたしは一歩も動けず、ボールを見送った。
ある日の昼休み。
廊下を歩いていると、角を曲がった先でKさんが電話をしていた。
珍しく声が大きい。
「その日は難しいです」
「いえ、こちらは変更できます」
「先生の日程を優先してください」
わたしは思わず足を止めた。
普段のKさんからは想像できない口調だった。
真剣というより、必死だった。
「五年準備してきたんです」
わたしは慌ててその場を離れた。
あれは何の電話だったんだろう。
十一月の中頃、人事担当者から連絡が来た。
「Kさんの件で相談がある」という内容だった。血圧の数字が何年も下がらないから、さすがに会社も業を煮やしたかな。人事からもお灸を据えてもらおうかな、なんて気軽に考えていた。
会議室に先に来ていた人事担当者から、書類を渡された。
健診の結果票ではなく、診断書だった。
癌。ステージは進み、余命は、長くない。
「治療と仕事を両立した前例が、社内にないんです」
人事担当者は言った。
「制度も整っていなくて。本人のためにも、会社のためにも、療養に専念していただく方向で話をしようと思っています。ゆずさんにも同席していただけますか。本人が不安定にならないよう、サポートをお願いしたくて」
わたしは書類を持ったまま、何も言えなかった。
Kさんが会議室に入ってきたのは、十分後だった。
人事担当者が、用意してきた言葉を話した。丁寧な言葉遣い。
「長い間、本当にお疲れ様でした」から始まり、「健康が一番大切ですから」と続いた。「会社としても最大限のサポートを」という言葉で締められた。
癌、という言葉ばかり頭に浮かび、人事担当者の言葉は、正直ほとんど覚えていない。
Kさんは、椅子に座ったまま聞いていた。
「百周年の式典は——」
Kさんが言った。
「引き継ぎをお願いできればと思っています」
人事担当者がすぐに答えた。
「チームがいますから、大丈夫です」
Kさんは、それ以上何も言わなかった。
わたしは、手元の書類を見ていた。
——本人の意向を、確認しましたか。
そう言おうとした。喉の奥で、言葉が固まり、出てこない。
お灸を据えられたのは、わたしの方だった。
会議室の時計が、静かに時を刻んでいた。
面談が終わり、人事担当者が先に出ていった。
わたしは後片付けをするふりをしながら、少しだけ残った。Kさんもまだ席に座っていた。
沈黙に耐えられず、やっとのことで言葉を探した。
「Kさん、……大丈夫ですか」
違う。大丈夫かどうかじゃない。でも他に言葉が出なかった。
Kさんは少し間を置いてから、ぽつりと言った。
「俺、百周年の式典、ずっとやってきたんですよ」
「はい」
「五年です。企画から全部、俺が作ってきた」
「はい」
「見たかったなあ。実は、この業界のレジェンドを特別ゲストに呼んでるんです。野球でも将棋でも、その道で頂点に立つ人っているじゃないですか。あのクラスの、この業界の超大物です」
Kさんは軽く天井を見上げながら続けた。
「式典でそのレジェンドがサプライズで登場して、会場がどっと湧き上がる。その瞬間を見るために五年間準備してきました。式典の日程もレジェンドのスケジュールを中心に組んだんですよ」
わたしは、もはや何も言えなかった。
「俺は——生きた証を残したかったんです」
低い、静かな声。
「ゆずさんは」とKさんは言った。「死ぬまでにやりたいこと、ありますか」
全然ピンとこない。命に関わる病気になったり、事故に遭うことなんて想像したこともなかった。わたしもいつか寿命を迎えるのか。わたしの、やりたいこと。
「……ゆずさん、……ゆずさん、大丈夫ですか」
どのくらい時間が経っていたのだろう。口を開こうとしたまま、何も出なかった。
職場では毎日、人の話を聞き、「お気持ちわかります」と言っている。
でも今、自分に問われると——まったく、何も出てこなかった。
「難しいですよね」
Kさんは柔らかく笑い、それだけ言って、立ち上がった。
「あと、この間はすいませんでした。ちょうど午前中に医師から説明を受けて、動転しちゃって。八つ当たりみたいになっちゃったなと気掛かりだったんです」
「いえ、お気になさらないでください」
それだけ言うのが精一杯だった。
Kさんが会社を去った日のことは、よく覚えている。
十二月の初めだった。エレベーターの前でKさんと鉢合わせた。段ボール箱を抱えていた。その隙間から、分厚いファイルが見えた。付箋が何十枚も貼られている。角は擦り切れ、表紙は少し色褪せていた。何度も開かれ、何度も書き直されたのだろう。五年分の仕事が、そこに詰まっていた。
「お世話になりました」Kさんが軽く会釈をした。
わたしは、その箱を見つめたまま「お大事にしてください」と答えた。
エレベーターのドアが開き、Kさんが中に入り、振り返った。
その目を——見た。
助けを求めているわけじゃなかった。怒っているわけでもなかった。諦めている、という目でもない。それよりもっと深いところにある何かだった。言葉にするとしたら——生きたいと思っているのに、生きることを許されていないと知っている目、だろうか。
まるでスローモーションのようにその瞬間が脳裏に焼き付く。
ドアが閉まり、廊下に、一人立ち尽くした。
声を上げるタイミングは、あったはずだ。会議室の中に、確かにあった。でも——出なかった。喉の奥で固まったまま、会議は終わっていた。
その固まりは、その日の夜も溶けなかった。
スマホを開き、SNSを眺めていると、動画が流れ始めた。猫の動画。誰かの旅行。料理のレシピ。見ていると、少しだけ固まりが薄れた気がした。でもそれは、溶けたんじゃなくて、ただ奥に押し込まれただけだった。
気づいたら二時間経っていた。我に返り、スマホを閉じた。画面が暗くなると、奥に押し込んだはずの声が、戻ってきた。
——俺は、生きた証を残したかったんです。
職場の面談室には、今日も観葉植物が置かれていた。
本物なのか造花なのか、入社二年目になっても、未だにわからない。
水をあげるべきか迷いながら、二年間、見て見ぬふりをしてきた。葉っぱはつるつる、匂いは無臭、試しに「元気?」と話しかけたら、当然、無視された。
ただ一つ確かなのは、こいつはこの面談室で、わたしより長く人の悩みを聞いてきた、ということだ。泣き出す社員も、キレて出ていく社員も、ぜんぶ見届けてきた。葉っぱ一枚、動かさずに。
たぶん、わたしより優秀なカウンセラーだ。少なくとも、相手を泣かせたことは一度もない。
向かいに座ったのは二十六歳の男性、陽太だった。
健診結果に問題はない。
血圧も正常。
体重も適正。
酒もタバコもやらない。
人事からの依頼理由は、「最近元気がないように見えるから」だった。
「ほら、最近の若い子って、すぐパワハラとかモラハラとか言うでしょ。メンタルヘルスの問題のある人も増えてるしさ。ゆずちゃん、ハラスメントとか問題ないかパパっと聞いちゃってよ」
「パパっと」で人の心が読めるなら、わたしは今ごろ売れっ子の占い師にでもなっている。億万長者になって、南の島のリゾートで、優雅に海でも眺めているわ。
そんな妄想を、たっぷり三秒。
顔では「わかりました」と笑った。これも仕事だ。
丁重なご依頼を受け、面談室に来たのだった。
陽太はわたしより年上だったが、他の会社を経験して、転職してこの会社にやってきて二年目。
ここでは同期で、新入社員研修に一緒に参加したのを覚えている。
IT部門に所属し、隣の席の人に用事があるときも基本チャットを使う。
一日しゃべらないことも珍しくないそうだ。
「久しぶり。研修の時以来だね。最近どう」
陽太はすぐに答えた。
「別に普通っす」
口調は違うけど、Kさんを思い出した。
また普通か。
「仕事はどんな感じ」
「まあ、それなりっす」
「人間関係は」
「悪くないっす。逆に、興味ないっす」
質問するたびに、問題は見当たらなかった。
休日には一人で旅行にも行くらしい。
健康だ。
収入も平均以上。
履歴書だけ見たら、何の問題もない人生だった。
「何か困っていることはある」
そう聞くと、陽太は少しだけ笑った。
「困ってるっていうか」
初めて表情が動いた。
「何のために生きてるんだろうなって」
わたしは一瞬、言葉を失った。
もしかして、希死念慮。
うつ病とか、適応障害とか、重い病気でもなさそうなのに。
借金でもない。
ハラスメントでもない。
それなのに、どの相談より答えに困った。
「あーちなみに、死にたいわけじゃないっす」
陽太は慌てて付け加えた。
「ただ、このままでいいのかなって」
「何かきっかけがあったの」
「特には」
陽太は肩をすくめた。
「仕事して、給料もらって、動画見て、寝て」
少し笑う。
「それをあと四十年くらい繰り返すのかなって思ったら」
そこで言葉が途切れた。
昼休み。
わたしはコンビニで買ったサンドイッチを机に置いたまま、スマホを開いていた。
猫の動画。
旅行動画。
料理動画。
次から次へと流れてくる。
ふと手が止まった。
仕事して。
給料をもらって。
動画を見て。
寝る。
「このままでいいのかな」
今度は、その言葉が自分に向かっている気がした。
──────────
【全話もくじ】人生のドーパミン遺産 ― 猫だるまと渡す、20代からの終活 ―
(1)プロローグ 遺産分割
https://note.com/jolly_lotus814/n/n687cd0dd5751
(2)第一章 声にならない言葉
https://note.com/jolly_lotus814/n/n6a3b19da90e1
(3)第二章 生きた証
https://note.com/jolly_lotus814/n/n7933a6164818
(4)第三章 メメント・モリ
https://note.com/jolly_lotus814/n/n47f7db7cd5a6
(5)第四章 人生のカードゲーム
https://note.com/jolly_lotus814/n/ne940872a5043
(6)第五章 後悔を先に知る
https://note.com/jolly_lotus814/n/n0fe9a6a2aeab
(7)第六章 行く、と決めた
https://note.com/jolly_lotus814/n/nb0372931122c
(8)第七章 時を越えた形見
https://note.com/jolly_lotus814/n/nfd2381d40a05
(9)第八章 占い師と産業カウンセラー
https://note.com/jolly_lotus814/n/ndb68876446da
(10)第九章 帰る場所
https://note.com/jolly_lotus814/n/n9f46c63dc7aa
(11)エピローグ 余白を受け取る
https://note.com/jolly_lotus814/n/n3dea09cc614c
──────────
