夫に「愛してる」という日本語は教えない
アフリカにいる夫から、カードとともに薔薇の花束が届いた。
バレンタインデーは、アメリカでは、男性が頑張る日。
出発前にはリクエストしていたギフトも贈ってくれた。
こんなふうに商業魂胆にのせられない人たちでも、さすがにこの日はスーパーには駆け込んだりする。入口には、溢れんばかりの花束やリボンをつけたテディベア、チョコレートやカードが並ぶ。青空の下、真っ赤なハートの風船と花を抱えて出てくる男性たちの姿がとても微笑ましい。
でも、本当は、大切な人に愛を伝える日でもある。
子供たちは友達や学校の先生へカードを贈る。家族どうしで愛を伝える。私も元夫の母親にカードを送った。
そもそもこちらでは、「I love you」という言葉が、まるで呼吸をするように日常に溶け込んでいる。
息子が私との会話を終えて電話を切る間際の「Love you」。 夫から毎日かけられる言葉。 スーパーで初老の男性がスマホで話していて、切るときに「Love you, honey」なんて言ってるとキュンとする。
こういう文化はとても好き。でも、私は、日本語を習っているアメリカ人の夫には、「愛してる」という言葉を教えていない。 もし彼がどこかで覚えてきて、私に「アイシテマス」なんて言おうものなら、私はきっと背中がムズムズして、全力で訂正してしまうだろう。「ダイスキ」でいいのだと。
私は「愛してる」と言われて育ってこなかった。
両親には大切に育てられたが、愛という言葉での表現はなかった。昭和だったからかもしれない。あるいは日本人特有の照れくささ?我が家はそうだ。最近の人たちは普通に使っているのかもしれないが。
先日、おすすめに流れてきた日本の芸人さんのトークを耳にした。私と同年代の 男性が、人生で自分を褒めたいことの一つは「今の嫁と結婚したこと」と言っていた。ついでに聞いちゃった別の芸人さんも、自分の家族がいかに大切かを、ささやかな日常生活のことを話しながら表現していた。
なんて素敵な人たちだろう、って心から思った。「愛」という言葉を一度も使わずとも、その大きさと深さがしっかりと伝わる。 それが日本人の持つ、言葉に頼らない美しさなのだと改めて感じる。
ストレートな愛情表現が街中に溢れるアメリカの暮らしは、とても風通しがよく、住みやすい。 けれど、愛の言葉をあえて介さずとも、互いの存在が愛で満ちている日本の関係も、また同じくらい尊い。
形は違えど、どちらも本物。
そんな二つの世界の間に立って、私は私なりの「愛」を、これからも大切に育んでいきたいと思う。
🌈夫がアフリカで見てる景色
🌈愛は憎しみより強いースペイン語で響いたラブレター
🌈ディーパップ・チョプラへの違和感
🌈古代の記憶ってこういうことか
🌈勝たなければ、終われない。でも、負けなければ、救われない
🌈地球の裏側にある熱気
🌈夫、ナイロビで散歩する
🌈地球が手のひらサイズに見えた夜
🌈小さなときめき、大きな喜び
🌈自由は好きな色をしている
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