アメリカのサラダと、サラダボウル社会(移民のこと)
先日、夫がひとりで築地に行き、マグロの大きな切り身を買ってきた。
夜にはそれを軽くソテーして“アヒツナ”のディナー。アメリカでもときどき作ってくれるけれど、触感がまるで違う。とろけるように美味しかった。
この滞在ではほとんど料理をしていない。食いしん坊の夫と一緒ということもあって外食が続き、さすがに苦しい。胃を休めるために食事を抜いたりしてるけど、毎日のカフェだけは欠かせない。人と会うときも、だいたい食事とセット。
日本の外食は本当に美味しい。だけど。。。。絶対的にサラダが少ない。
高級店でも安い店でも、野菜が主役のディッシュがほとんどない。ステーキやハンバーガーは恋しくないのに、アメリカのサラダだけがすごく恋しくなってきた。
アメリカのレストランで出されるサラダは、意外なほどに美味。
たくさんの種類があるけれど、私が特に好きなのは「ハニーバルサミックのゴートチーズサラダ」。ベビーリーフやバターレタスのミックスにゴートチーズを合わせ、甘酸っぱいドレッシングでまとめる。季節によっては洋ナシやイチゴが添えられることもある。チキンやエビなどのたんぱく質をトッピングする人も多い。ボウルいっぱいのボリュームで、これだけでランチやディナーが成立する。見た目も華やかで、胃にもたれず、身体が喜ぶ味。アメリカの“サラダ文化”って、健康志向というより「ごちそうの感覚」があると思う。

そういえば、アメリカは「サラダボウル社会」とも言われてきた。
かつては移民たちが溶け合う“メルティングポット”だったけれど、いまは「混ざらずに共存する」方向へと変わってきた。
多文化共生よりも、“アメリカ的価値への同化”が求められる時代。
サラダボウルはまだ健在だけれど、ドレッシング(共有する価値観)が少し濃く、重たくなっているようにも感じる。
私はアメリカに住んでいるので複雑な気持ちになるけれど、それはとても理解できる気がする。すでに何十年も前に、ヨーロッパの街で、移民問題が進行していく様子をこの目で見てきたから。
そして今、かつては円高で日本が遠かった時代を経て、ようやく憧れていた人々が日本に次々と訪れている。ここ2,3年だけでも、幾度となく海外で「日本に行ったけど、本当によかった!素晴らしい国!」と私に向かって絶賛してくる人が多く、そのたびに日本の凄さを思い知らされるし、その人たちが素敵な時間を過ごせたことを嬉しく思う。
だけど、移民となると話は別。アメリカが「メルティングポット」から「サラダボウル」へ変わったように、日本もまた、ゆるやかに“サラダ化”している気がする。その一方で、海外に移住したり、国籍を変える人も、もしかしたら増えているのかもしれない。そう思うと、日本で踏ん張っている若い世代が、なんだかいちばん気の毒にも感じる。
インバウンドの振る舞いにうんざりしても、「昔は日本人だって海外で同じことをしてた」と言われてしまうかもしれない。移民は嫌だと言っても、「あなたたち日本人も海外移住してるでしょ」と言われたら、それも否定できない。自分には関係ないことなのに。
なので、私自身はインバウンドや移民について何かを語る資格はないのだけど、祖国は日本だから。これから起きていく変化はちゃんと見届けていきたいと思う。
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